慰安旅行、湯煙温泉の館
『慰安旅行、湯煙温泉の館』
ブッラクパール海賊団は、あの怪談肝試し事件から、二週間程南海を突き進み。
難破船の金品を強奪など多少、寄り道をしながら、当初の目的通り南に位置する孤島、シャリマー島に無事上陸した。
シャリマー島でも、何故か港町ではブラックパール海賊団は歓迎を受け、多めの食料の補充のため、五日も停泊する事になった。海賊と言えば、ならず者で漁師や町民にとっては、自分たちの生活を脅かす者達でしかない。しかし、セシルが強制的に海賊に入ったここ、ブラックパール団は、やはり漁師にも町民にも親しまれていた。幼いリオンは、港に着くなり近隣の子供と遊びに誘われ、水夫長バルナバスは地元漁師の男達と一緒に、この辺の海域について情報交換していた。航海長と狙撃手のお調子組二人は、町に入るなり大勢の妙齢な褐色肌の美女達に囲まれ、どこかに消えてしまった。(その光景を見て、料理長モーリスが、ダーリン!!浮気だわ!とハンカチを噛んでいた。)
そして、セシルはと言うと・・・。
「あの・・・副船長さん、僕一人でも買い出しできますから・・・一緒でなくても」
「却下。オマエは直ぐに迷子になるだろ。」
「ひょえっ!即答!!」
一向に逃げ出せる機会も無く、ガッチリとクロウに手を引かれて、シャリマー島のシルドアの町観光及び、地獄の恐怖耐久時間を五日間過ごした。
星赤石月 二十四日 晴れ、だが心は雨模様。
結局、今回の町でも逃亡できなかった・・・。
これじゃ、いつまでたっても、家に帰れないよ。どうしよう・・。
ああ、二ヶ月ちょっとの間に、母さんに何かあったら、妹に何かあったらどうしよう。
このまま、ずっと僕は家にも帰れないし、家族にも会えないの?
てっとり早く、会えるのは父さんだけかも。
今ここで、自害でもすれば・・・会えるかな。船から身を投げてとか。
この前、もらった短剣とかで喉をぐっさりとか。
でも、母さんが病気だし、僕が死んだらきっと仕送りできないね。
ぐふふ。八方塞がり、どうしよう。・・・ああ、どうしよう。
副船長さんは、未だによくわからないし、恐いし、悪い人ではないんだろうけど・・・。
皆も悪い人じゃないし、良くしてもらってるし・・・この船至れり尽くせりだし。
楽しいけど、心臓に悪いな。副船長さんが恐いし。(あ、二回言っちゃった)
セシル心の日記より
「だりゃああああああああああああ!氷結切り!!」
銀の剣を一メートル離れた、殻樽に向けて振り降ろす。
バァ―――――――――――――ン!
すると振り降ろされた剣の先から、身を裂く程冷たい氷が床板を走り、殻樽を木端微塵にした。
深朱石月 二十九日 快晴。
突き刺さるような太陽の光の下、黒い海賊船の上では、尻尾髪青年の雄叫びが轟いていた。
床板には氷により塵になった樽の残骸と、一直線に凍る氷結の筋。
「お!」
作業する横で、ずっと見守っていたバルナバスが、驚きの声を上げる。
昼も近くなってきた中。朝からルシュカは銀の剣を使いこなす為、いつもの副船長による地獄の鍛錬をしていたのだ。氷狼が宿る剣が目覚めて、早二ヶ月ちょっと。
副船長クロウに散々しごかれた結果、今日やっと的を絞って破壊する事が、出来たルシュカであった。
「・・・おー。やっと斬れる様になったな。」
ぜぇぜぇ・・・と一振りで体力を持っていかれたのか、肩を上下させて片膝をつくルシュカの背後では、涼しい顔でクロウが無表情に言ってのけた。
ルシュカは、この副船長の言葉に、だったら自分は斬れるのかよ!と半分怒りを滲ませて文句を言いたかったが、何気にあの副船長なら、すぐさま使いこなせそう・・・安易に想像できてしまい、ぐうの音も出ないルシュカであった。
そんなルシュカを余所に、
「つーか、オイ、クロウ。周りも氷漬けなんだが」
「心配ない。この暑さだ、直に溶ける。」
全くもって疲れた狙撃手を気に掛けるでもなく、床板の心配をする水夫長と副船長だった。
ルシュカさんのココでの地位って一体・・・みんな、もっと褒めてあげてもいいのに。
セシルはそんな事を想いながら、遠くの方でモーリスと洗濯物を干していた。
最後の白いシャツを洗濯紐にかけて、洗濯クリップで止める。
「セシル~抱っこして」
白い干したてのシーツを捲り、トテトテッボスン!セシルの胴へ走り寄って抱きついて来た小さい影。白銀の髪を無邪気に、セシルの服に摺り寄せる。
「うん、いいよ~」
ひょいっと、リオンの脇に手を添えて抱き上げる。
「あらま~、二人共そうしてると、まるで兄弟みたいね~」
そう言って洗濯かごを持ちながら、モーリスが微笑ましく二人を見守っていた。
実質リオンは副船長クロウが、ガンダルシア領の無人島で、拾った子供だとセシルは聞いていた。なので、ガンダルシアに縁のあると考えても、おかしくない。ガンダルシアに住まうルピ族特有、白銀髪と朱眼、色素の薄い肌は、エルラド大陸ではまず見かけない。なにより、傍目から見ても、ガンダルシア出身のセシルとリオンは顔つきも、淡い髪の色も似ていたので、本当の兄弟の様だった。
僕に弟が居たら、こんな感じなのかな。そう思うセシルには二歳年下の妹がいるが、男の兄弟は居なかった。なので、リオンとこうやって一緒に居ると、弟が出来たみたいで純粋に嬉しかった。
セシルはリオンを抱きかかえて、その場でクルクル回る。これはリオンが好きな、遊びのひとつだ、なんでも早くめぐる景色がおもしろいらしい。そしてお決まりのパターンなのだが、ある程度回っていると、回しているセシルでさえも眼が回り、そのまま脚がもつれ・・・ベチャッ!!
雪崩の様に崩れて、子犬の様に床に転げたのだった。
白いシーツがはためく青空の下、無邪気に遊ぶリオンとセシルを、眩しそうに見ていたクロウは、ふと故郷にいる弟の事を思い出した。この間、たしか伝書鳩に弟から、事付けを頼まれていた。
「あ。兄弟で思い出した・・・。」
「どうした、クロウ」
とーとつに、言葉を発したクロウに、バルナバスが問う。そのバルナバスに、クロウは相変わらず無表情に、淡々と答えた。
「バルナバス、進路変更だ。これから北へ向かう。」
「アイ・サー、んで、目的地は何処だぁ?」
「あぁ。魔の海域を通過した先、北東のグラガン島、ジャパリアの町。」
「わーったぜ!おぉーい、ルーヴィッヒー」
そう言いつつ、船内の扉に備えつけられた、灰色パイプの伝報器に向い、副船長の進路変更を素早く伝える。操縦席にて舵を取っている航海士は、窓から大きなあっ軽いいつもの声で、アイ・サー☆と応えた。
「ジャパリア?」
聞きなれない町の名前を聞いたセシルは、リオンを抱きかかえたまま首を傾げる。
「うん?セシルは知らないっけ?魔の海域を越した、此処より北東の島国さ。あの島には火山のお蔭で、天然の温泉が幾つもあって、貴族の間では結構、旅行地として有名なんさ」
修業を終えて汗を拭いつつ、狙撃手がセシルの呟きを聞いていたのか、ジャパリアの町を簡単に説明する。
「へぇ、そうなんですか」
温泉とはどういうモノなのか、昔、本で少し読んだことがある程度なので、いまいちピンとこない。そんなセシルの膝の上でリオンは、行った事があるのか、朱い眼を不思議そうにセシルに向ける。
「セシルは温泉初めてなの?」
「うん、どんなものなの」
素直に頷いて、聞くセシルの横で、ルシュカが分かりやすい喩えで説明する。
「あー・・・セシルは、町で暮らしてたもんなぁ。普通の風呂の、デカいヴァージョンだと思えばいいと思うよ」
「ふ――――――――ん」
釜風呂式のセシルの家では、この船に備え付けられてある、立派なバスタブなんぞ瞬時に思い浮かべられなかった。釜風呂が大きくなるなら、釜は深くなるし、風呂に入る人は溺れるのに・・・どうやって入るの?などと微妙な想像をして、セシルは頷くだけにしておいた。
「ルシュカ兄、セシルあんま解ってないよ」
「ま。着けば分かるって」
リオンはルシュカの尻尾髪を引っ張り、こそこそと指摘する。
その言葉に軽く溜息を吐いて、昼飯まだかなーと心の奥で、兄弟の様な二人を見て笑った。
深朱石月 二十九日 快晴。
やべぇ・・・
すっかり、弟の頼まれた事、忘れてた・・・。
今度帰ったら、またうるさい小姑なみの、小言くらわれそうだ。
しかも、それに便乗したあの父親まで、からかいに来そうだ。
なんとか。なんとか、早めにアイツの所に行って、早急に手を打たないと。
マジで。何言われるやら。
弟はまだいい・・・。
問題はその後ろに居る、父親だ。
あぁ、鉢合わせだけは避けたい。
副船長 クロウ・ユーイン
ブラックパール号航海日誌
いつもの日課として、じいさんと俺の組手や剣の稽古を終えて、一息ついた時の出来事。
「のうのう、クロウや」
「んー何だ。爺さん。」
腕で汗を拭うと、じいさんが俺を縋る様な目で見ていた。
「もうそろそろ、儂の家族にも可愛い女の子が欲しいんじゃが・・・」
第一マストの傍に腰かけて、じいさんは皺くちゃの手を擦り、おねだりする様に俺に言う。
そんなこと言われても、船には可愛い女の子なんぞ、居ないも当然で。
別に女を乗せるのも、俺はかまわないが、何故それを俺に言うのか・・・。自分で見つけてくればいいモノを。まったく七面倒くさい事かなわん。それより、ウチには生物学的に男だが、女より女らしい料理長もいる。何の不満がるのか・・・このじじい。
「爺さん。可愛い女子なら、ウチにはモーリスが居るだろ。」
俺がそう言うと、じいさんは眉を八の字にさせて、泣き崩れた。と言っても、嘘泣きなのはいつもの事なので、知っている。
「そ、しょんな!!クロウや、儂は情けないぞぃっ!お主の眼は、いつから節穴になったんじゃ!!あんな骨太男子を女子だなんて!むしろ怪物じゃぞ」
涙目で俺を非難するじいさん。ズボンのポケットから出した、ハンカチでブフォーと鼻をかみだした。
「爺さん。殺されるぞ。つーか、ウチの紅一点に何てコト言うんだ・・・」
いや、本当に何てこと言うんだよ。こんな会話聞かれたら、モーリスの機嫌が悪くなるどころじゃないぞ。じいさんにはあたり辛いから、ぜってぇー俺に言われのない、八つ当たりがくるに決まっている。また、ルーヴィッヒの馬鹿と、一緒に荷物持ちにされるのは御免こうむる。そんな事を思っていると、じいさんはその場で、駄々をこね始めた。
「嫌じゃい嫌じゃい~、男ばっかりぃ~華が無いぞぃ!むさい~むさい~」
ルーヴィッヒの阿呆と同じように、俺の足元でじいさんが、ゴロゴロ転がって泣き叫ぶ。
女の子が欲しいなら、自分で見つけて連れてくりゃいい・・・。俺には女も男も興味ねぇよ!!
じいさんは、一際ぎゃあぎゃあと泣き叫ぶ。
「だぁ―――――――――――うっとおしいっ!うるせぇ―――――!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
一連の話を聞き及んで、しばし重たい沈黙が部屋を包んだ。
今現在、僕は恐怖の副船長室にて、魔術に関して講義を聞いている途中だった。
いつもなら、仮面の楽士も一緒なのだが、今日は食事当番で居ないので、副船長と二人きりで、高等術式授業を受けているセシルだった。
「・・・・・と言う訳で、この『変身の(・)霊薬』が苦心して作られた経緯だ。」
黒曜石の瞳を伏せ、透明なガラス瓶を片手に、感情の読めない声で語り終える。
腰のベルトを最小まで締め上げて、ぶかぶかのシャツの腕をまくっている副船長クロウ。
シャツもキッチリ着こなしているクロウを知っている為、普段なら、そんな格好はしていない事は、重々承知のセシル。ただ、今セシルの目の前に立っている人物。クロウのシャツからは、鎖骨くっきり、豊満な胸が収められている。その上、腰はくびれて手足の長いすらっとした美女と化していた。
「ふ―――ん、そう、なんだ・・・でも副船長さん。いくらお爺ちゃん船長が可愛いからって、なんでも与え過ぎはよくないと思うよ。」
クロウの講義を聞き終わった後、死んだ魚の眼をして、セシルは正直な感想を述べる。
何かの折に、薬学術の話になり、副船長クロウが、どう言う訳か性別を超えて、グラマー美女になってセシルの前に仁王立ちしている。
先ほどの副船長と老人船長の思い出話を聞かされて、家族に女の子が欲しいから、探してくるのが面倒という事で、自分が娘になる薬を発明したと言うクロウに、セシルは本当にこの人は、ある意味馬鹿なんじゃないか、と考えていた。
天才となんとかは紙一重って言うけど・・・(正しく天才と狂人は紙一重)、普通なら町で可愛い女の子を探そうかってなるよ普通は!!何故、面倒だからって、自分が娘になるのか・・・副船長さん。貴男の思考は、予想外の変化球すぎるよ。後、男としてのプライドは無いのだろうか。そして、娘になれるように、性別変換の薬を作ってしまう辺りが、また凄いと言うか、その頭脳は宝の持ちぐされなんじゃ・・・とか、色々思いが溢れてセシルの胸が詰まる。
そんなセシルの前で、美女になったクロウは、眉間に皺を寄せ、頭を抱えた。
「年寄の駄々をごねる姿を見ると、つい・・・」
「だからって、アータはそうやって女性になるって!どうなんだよ!!リオン君の教育に悪いでしょぉおお―――――――――がぁっ!!」
グシャァ!先ほど見せて貰っていた、薬の研究論文を握りしめて、セシルが叫ぶ。
こんな育ての父親をみたら、幼いリオンの教育に大変よろしくない。(海賊にいる限り、すでによろしくないが。)成長過程の男の子は、周りの環境に敏感だ、父親が母親になったら、混乱を招くだろう。なので、セシルはめずらしく、大声を上げて抗議したのだ。普段では信じられない程、クロウに強く打って出る。
「あぁ?!オマエだって説得力無いぞ!」
ズビシッ!と腰に手を当て、人差し指をセシルにさす。何気に仕草が、普段より女性っぽくなっている。そしてクロウが身体を動かすたびに、豊満な胸が揺れるので、大変目のやり場に困る。
「えぇ?!なんで」
「リオンに言われたら、オマエ結構なんでもするだろうが!!昨日だってリオンを抱きやすいように、おぶい紐まで作って!!」
「ちっちゃい子が、甘えてくるのは普通でしょ!まだまだ甘えたい盛りだよ?!じゃないと、リオン君の情操によくないでしょうよ!!」
握りしめていた研究論文を丸めて、クロウの脇腹プッシュを狙うセシル。何気に論点がずれてきているのには、二人とも気が付かない。
セシルの柔い攻撃をひらりと避けて、
「だったら!俺がこの姿でリオンに世話すりゃ、教育によろしいじゃねぇーのかよ!!」
今度はクロウがセシルのオデコめがけ、こちらも丸めた用紙を振りかざす。
手加減をしているのか、只のじゃれ合いだからか、その振りかざす速さは通常より遅い。
「だーかーらっ!!父親がいきなし、母親になったら、余計混乱するって言ってるでしょ」
こちらも、クロウが手加減をしているのを、知ってか知らずか・・・。ひょいっと頭を寸での所で引っ込め尚もセシルは叫びつつ訴える。
リオンの事になると、普段クロウを怖がっているセシルも、かなり強気だ。二ヶ月半もいれば慣れて来たのか、クロウに抗議する事もしばし見られる様になった。
(本当に強い子だダヨネ・・・って言うか、私は何時、部屋に声をかけヨウ・・・?)
副船長室の外、扉の前でそんな二人を、見守っていたペルソナはひっそり眉を潜めた。
昼の食事の用意が整ったため、二人を呼びに来たのだが・・・なにやら自分が居ない間に、混沌とした状態になっている。なんだって、クロウは女性になっているのか。そして、なんだって、そんな格好でリオンを軸に、熟年夫婦みたいな会話が、繰り広げられているのか。皆目、想像できない。だが、面白いのでこの際、もうちょっと見学しようと、にっこり微笑みを仮面の中に湛え、見学する事にしたペルソナだった。
傍から観れば、完全にただのじゃれ合いにしか映らない。
遂にクロウとセシルの二人は、副船長室でチャンバラごっこをし始めている。
扉に備え付けられた、窓を覗いて苦笑いがこぼれる。
内側からギャアギャアと、二人の騒ぐ声。
「じゃぁ!オマエが母親になればいいだろーがァっ」
「はぁああああ?!なれる訳ないでしょ―――――――――!!!!」
ビシ!バシ!!と紙で叩き合う音と、半ば熟年夫婦のような会話が飛び交っている副船長室。未だ仮面の楽士が、ドアノブに手を置いたまま。硬直の状態が、約三十分。
セシルが、そんな薬飲むかぁ―――――――!!と叫ぶまで、ペルソナは声を潜めて笑っていた。
琥珀石月 一日 晴れ
セシルがお勉強中なので、つまんなかったので、
バルナバスおじちゃんに、肩車してもらいました。
そしたら、普段よりみんなのお顔が、いっぱい見えました。海も空も、見渡せて気持ち良かったです。セシルに抱っこされてる時も、高いからおもしろいけど、
こんなに見渡せられないので、ちょっぴりお得な気分です。
あと、ルシュカ兄とルーヴィッヒ兄が、こそこそとまたおじちゃん曰く、
悪巧みしている顔で、話し合っていました。
とりあえず、バルナバスおじちゃんに、言っておきました。
僕ってエライでしょ?
雑用係り リオン
ブラックパール号航海日誌
あの後、もうすぐご飯だよ~♪とペルソナさんが部屋に入ってきて、今日の魔術講義は明日になった。日にかざすと虹色に輝く変身の薬を飲んで、すっかり男の体に戻った副船長、ひよこの仮面を被ったペルソナさんと、僕は一緒にそのまま、皆より早い昼食をとった。
ちなみにお昼ご飯は、シーフードパスタ盛り合わせだった。
(セシルは術のぉ上達が早いのノネ♪私びっくりしちゃったァ~)
おいしい♪と言いながら、ペルソナはパスタを絡めた、フォークをくるりっと回して、セシルの横で食べている。黒いおかっぱの髪が、さらりと揺れた。
「そうですか?あーでも、祖国がガンダルシアですから、他の国より術者はいっぱいいますし。生活に溶け込んでますから」
モーリス料理長の、搾・り・だ・て・オレンジジュースを飲みつつ、セシルは祖国の生活を思い出した。ガンダルシアは別名魔術師の国。
そう言われる程、住む国民殆どが術者なのだ。
と言っても、料理に火を灯すことができる者、郵便配達に風を操り、馬車より早く走れる者など、微々たるチカラの使いの人々で、魔術師となれる者は半分以下なのだが。他国と比べれば、やはり多い方だろう。セシルが術の呑み込みが早いのも、そういう生活に溶け込んでいるからであって、上達が速いと思われているのはそう言うモトで、自分は育ったからだと思っていた。
「いや。オマエの術の上達は並みの魔術師以上だぞ。二ヶ月で高等魔術の本をほぼマスターしているしな。」
(私達が教えるコトも、もうナクナッチャタもんねー)
だが、クロウとペルソナの見解は違っていた。
二人の術師は三国一と謳われる、豪傑の魔術師リーストである。魔術国家ガンダルシアの国王賢者から堂々と、賢者の位を授かったが、それを断り一介の魔術師として国を出たと言われ、各地の病気の民をそのチカラと頭脳をもって癒し、今や国王側近としてジェーダイト国の守り刀だ。人々はそんな魔術師リーストを尊敬の意を込めて、尊師リーストと呼んでいる。その師の愛弟子が、クロウとペルソナの二人である。直に賢者の位を授けられた魔術師に、術が何たるかを教えられている二人には、セシルの素質がかなり常識離れしたモノであることも知っていた。それに付け加えて、アルバの町で店を構える、緑眼鏡の隠者ローグルも、セシルについて曰く古代人だと言い。術の資質について計り知れないと、滅多に人を褒めないローグルが唸るほど、セシルに極上の賢者が身に着ける術道具を与えていた。それについても、セシルは全くもって知らない事であるが、クロウとペルソナには手に取る様に視ただけで解ってしまった。術道具には、持ち主に合わない物を身に着けるだけで、術の暴発、持ち主に反発して、体調がおかしくなるなど、様々な現象が起こるが、セシルにはそんな様子も無かった。
「あの高等魔術、普通の術者で言うと、どのくらいの階位なんですか」
そんな事を露とも知らず、セシルは首を傾げ、今自分がどの辺のチカラの使い手なのか、気になっていた。セシルの真正面に座るクロウが、サラダに手を伸ばしながら、しばし考えて応えた。
「一般の魔術士ぐらいか。」
淡々と無表情に言うクロウに、頷いて彼の幼馴染ペルソナも応える。
(それ以上行くとなるとダト、魔術師、導師、賢者。分野は異なるけど、退魔師、治癒者、神官かな?)
一般的に術者の階位は、普通に自然を少し操れる者を術者。それより古代よりつたわる言葉を乗せ、自然に意識を同調できるものを魔術士。(一般的に魔術士となってから、一人前扱い)それ以上に、自然を意のままに操る者、そして弟子を持ち育てる者を魔術師。同列で四大元素を操る者を導師。最高の階位であり、あらゆる自然を極めて操れる者を賢者。と術を操る者達の間では、それぞれ階位がある。
その中でも分野は異なり、魔物を払う事に特化した魔術師を退魔師。治癒術に長けた者を治癒者。特別にエルハラ教で修行僧から修行を積み、光術に長け神に仕える者、神官などが居る。
ちなみ言うと、この船の誰にも知られていないが、クロウとペルソナの二人は、魔術師の位を己の師から貰い受け。深淵の魔術師、傀儡の魔術師と二つ名を持っている。
「ま。オマエは、基から賢者レベルの素質だ。詠唱なしでアレだけの術を、行使できるんだし。俺らが追い抜かれるのも時間の問題だな。」
「はぁ・・・そうなんですか」
クロウの言葉にイマイチ、実感が湧かないセシル。この眼の前の恐い権化を、追い抜く・・・そんな事できるのだろうか、いやできまい。(反語)脳内でセシルは思っていた。
(ん~属性を全て操れる人ナンテ、滅多にイナイよ?ソレにセシルは、大小なりとも力加減はできてるし、チカラの暴走なんてシナイでしょ。それスナワチ、修行を沢山した賢者達と同じレベルなんだヨ。)
セシルの脳内反語つぶやきを、聴いてしまったペルソナは苦笑いを零す。フォークを口元に宛てて、ペルソナはセシルを宥めた。
「そ、そんな事を言われても・・・そりゃ、魔術師を生業として生きたかったけど、僕が祖国の王と同レベルなんて、おこがましいよ。」
セシルの祖国ガンダルシアの王は、代々賢者の位を持つ、優れた血筋の部族の長が王位を継ぐことになっている。それは男女関係なく、五つの種族の部族の長から王は王座に着いていたのだが、時代を経ると部族同士の戦により、近年は二種族のルピ族、アルペシア族の部族しか残っていない。現国王はアルペシア族長アレクシア女王がガンダルシアを治めている。古い血筋でもない、ましてや一般の市民。しかも二つの種族の混血である自分が、賢者の素質=王位と同列などおこがましいにも程ある。そう考えると、眼の前が遠くなるセシルだった。
青ざめて絞り出すように言うセシルに、黒を纏う二人は苦笑い。もっと胸を張ればいいモノを、謙虚だな・・・と二人は思っていた。
「セシル、オマエはオマエでしかない。あまり気にするな。」
(そうソウ♪賢者レベルの魔術師でも、イイじゃない♪言わなきゃ分かんないしネ)
「はぁ・・・。」
術に関して先輩のクロウとペルソナに励まされ、ガタガタと震えながらセシルは、恐れ多いとオレンジジュースを飲みほしたのだった。
魔術談義を真面目に話していた三人を余所に、甲板でいつもの作業をしていた指揮官メンバー達はと言うと・・・。
「そぉら、高いたかーい。」
「うぎゃあおぉう☆タンマー!マジで高いぃっ!!」
バルナバスがにこやかに、あっ軽い航海士の体を持ち上げる。大きな両手が襟首と腰にかけられ、いとも簡単に、金髪碧眼の馬鹿を空高く掲げ上げる。
そしてその横では、びしょ濡れのルシュカと、いかにも静かに怒る航海医師ミゲル、呆れた顔で傍観する最年少海賊のリオンが佇んでいた。
何故彼らがこんな、状態になっているのか。
それには、丁度セシルがクロウの部屋で、魔術講義を受けていた時間までさかのぼる。
操縦室が備え付けられている、傍の甲板の方で、敗れた漁網を治していた手を止めて、
溜息交じりの声が、ルーヴィッヒを呼んだ。
「なァ・・・ルーヴィッヒー・・・」
「ん?何だルシュカ☆」
相方が名を呼ぶが、返事もそこそこに、目線は手元の網目に集中させる。
ほつれた網を解いて、新しい縄で網目を、器用に結び目を作り、切れた網を補修する。
ここブラックパール号では上下関係、関係なく手の空いた者、手先が器用な者が、洗濯、掃除、料理、雑用、がある程度順番に当番制になっている。なので、副船長が甲板掃除をしていたり、水夫達の服の繕いものをしている。そうして今、手の空いている航海長でもあるルーヴィッヒが、こうして漁網の綻びを修繕する事もあるのだ。なんでも副船長のクロウが、『指揮官こそが、なんでもできなくてどうする』という方針の下、この海賊団が結成された当初から今迄、それは忠実に守られている。
「セシルって女?男?お前、どっちだと思う」
普段航海士の破天荒ぶりに隠れているが、相方の尻尾髪の狙撃手は、これでも結構、好奇心が航海士より強い。ルシュカはセシルがこの船に生活し始めた当初から、この疑問が頭の隅に置かれていた。
「ん~セシル?・・・・どっちだろ」
唐突な狙撃手の疑問に、ルーヴィッヒも漁網から顔を上げて首を捻る。
「見ていてもセシル、中性的過ぎてわからねぇーんだよなァ・・・」
セシル自身が、僕は男です!!と言い張っている分、ルシュカは今まで少年だと思うようにしていたのだが・・・・、いかんせん、セシルの容姿から男だという印象が薄かった。だからと言って、極端な肌の露出もないし、胸がない分、女という印象も朧な訳で。
「たしかに、成人してる割には、体がこう・・・細っこい、と言うか・・・華奢と言うか。俺も体あんまガッチリしてないけどさー☆俺らあの歳に、あんな体してなかったしなー」
「だよなー・・・。」
これにはいくら、両刀使い・・・彼女もいれば、彼氏もいるルーヴィッヒさえも、気になっていたのか、ルシュカと同じような意見を持っていたらしい。
それを聞いていて、ルシュカも自分に、セシルに対する疑問は俺だけではなかったと、妙な納得して頷いた。補足としてだが、二人ともこの時点で漁網修繕の手が、完全にお留守になってしまっている。
「男だって言ってるけど、男装してるだけかもしれないし☆ホラ!俺らのトコ来るまで、セシルは船に乗って出稼ぎに出てたって言うし!危ないじゃん☆」
成人していたとしても、まだ二人は(クロウもだが)二十歳と三年。貴族の坊ちゃんで、女性にはモテまくり。だが女性への興味はまだまだあるし、女性から言い寄れ、話はすることはあれど、自分からまとも話しかけるなんてした事がない、隠れ奥手君だったのだ。
何よりセシルが女の子だった場合、永い船の生活四六時中一緒に居る訳である。
どう接すればいいかわからない、下手な事をして女の子に嫌われでもしたら、いままで嫌われた事のない貴族の坊ちゃんにしては、これは精神的(大)大外傷である。
「船長もセシルには、べた惚れだし・・・。モーリスもペルソナも、セシルは男の子だって言い張ってたしなー。だから、余計その、なァ、分かるだろうルーヴィッヒ」
ルシュカは航海士の相方に、疑問を聞く前にも、他のアンリ達水夫と相談し、それとなく四六時中一緒に居るモーリスや、風呂を共にするペルソナにもセシルの性別について、訊いてみたのだが。
料理長も仮面の楽士も、セシルは男だと言っていた。しかし、一人部屋組の二人に言われると、ますますもって怪しい。さっそくその事を、アンリ達に話した結果。男所帯のこの船だ、女の子が一人居るのはさすがに、下手なことが起きてはいけないと、料理長と仮面がセシルを庇っているのでは・・・とかなり深読みをしている男共だった。下手な事が起きる前に、恐怖の副船長が止めにはいり、そんな事は絶対ありえない。という考えは全くもってない。能天気な仲間達であることは、まぁ、この際、今は置いておこう。
「おぉう!ワッカルー☆セシルが居ない間・・・今日あたりに、こっそりセシルの部屋に忍び込んで、下着かなんか物的証拠見つけに行くか!!」
ルシュカの言いたいこと、およそ八割は受け取って、ルーヴィッヒがその場の調子で、過激な発言を投下した。えっ?!下着~!!それは、駄目だろーっと、眼を剥いて航海士を止めにかかろうとする尻尾髪。
そんなお馬鹿な青臭い青年二人の背後に、ぬっと大きな影が伸び。
「お・ま・え・ら~~~~~~~!!」
地震の如く響く野太い濁声が降りかかった。
驚いて背後を振り向くと、そこには・・・・・・米神に血管を浮き上がらせ静かに怒る、バルナバス水夫長。もといブラックパール号のよき親父が、仁王立ちして立っていた。
「うぉっと、手に力が入らねぇー・・・」
太く鍛え上げられた浅黒い両腕は、船の縁先に伸びて空に掲げられている。
「うぉおおおおおおイヤ――――――」
「親父~☆タンマ!タンマ!」
バルナバスの左手に狙撃手ルシュカ、右手に航海士ルーヴィッヒがそれぞれ、襟首を掴まれ宙吊り状態。もちろん馬鹿二人の足元には、蒼い大海原が広がっている。
バルナバスがリオンの報告を聞き、二人の下へ足を運べば、下品な悪巧みが聞こえて来たので、内心思わず頭を抱える。
ここにいる連中は、まだ若いし独り身が多い、だから、まぁ・・・男同士の女に関する話もあるだろう。それは、まだ許せる。それに理解もできる。
だが、一人の年頃の娘が、男装してまで出稼ぎに行かなきゃならんかったセシル。
あの子の境遇を皆もう知ってもいるし、もう仲間も同然であるセシルに、なんつ―セシルの自尊心や人権を無視した事を、言ってやがんだ、お前等はっ!!
こんな奴ら、見過ごしてはいられねぇ――――――――なぁ、本当に。
同じ年頃の娘を持つ、バルナバスはセシルの事を、完全に女の子と間違えて、馬鹿二人に頭を冷やすよう制裁を加える闘志を燃やしている。
「もうそのまま、二人とも落としていいと思いますよ。」
冷やかに、絶対零度の眼差しを馬鹿二人に向けて、ミゲルがバルナバスに進言した。
自称保健室の先生ミゲルも、セシルの事は男だと知っているが、たまたま偶然にこの二人の話を聞いてしまい、その行為の卑劣さにかなりお怒りだった。その隣では、リオンが呆れた顔で二人を見ている。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人に、まったく反省も観られないと判断したバルナバスは・・・。
「そうだなァ」
そうバルナバスは呟いて、パッと襟から手を放した。
『イィヤァ――――――――――――――――――――!!』
海水の飛沫が盛大に上がり、馬鹿二人は真っ逆さまに海へダイブした。
「まったく、セシルに何するつもりだ。頭冷やせー」
海面で口をアプアプッさせながら、必死に泳ぐ馬鹿二人を見つめ、バルナバスは息を荒げる。そんな水夫長の横に居た、リオンは首を傾げ、
「んーでも、バルナバスのオジちゃん、セシルは男の子だよ」
バルナバスの間違いを正そうと、本当の事を伝えた。
「おぉおおう!!がはっはっは~!リオン~お前は、クロウに育てられたから、心配したけどよぉ。お前も立派にフツーの男の子だなァー!!俺は安心したぞぉ~」
「・・・・・・。」
だがリオンの主張は虚しく、水夫長にはリオンがセシルを守るために、嘘を言っていると思い込んで、安心しきった笑みを零していた。
十分後・・・。
ミゲルに冷たい眼差しで、射すくめられながら、差し出されたロープを伝い、ルシュカとルーヴィッヒは甲板へ上がった。
「何で、俺ばっかり・・・俺はそこまで賛成してねーのに」
「あー冷たかった、ちょっとした冗談だったんだけどなー☆」
びしょ濡れで、項垂れ座り込むルシュカに、あっけらかんと笑う、反省の色のない航海士。
「お前のは、冗談に聞こえなかっぞぉ――おぉ、コラ!」
「イッテ☆」
そんな反省の色のない、航海士の頭にバルナバスの拳が唸った。
そのまま、ゴリゴリ・・・拳を頭に擦り付け、制裁を下す。
「ルーヴィッヒさん、それでも、それは男性として最低です」
その様子を、冷やかに見ていたミゲルも、まだ怒っているのか、普段より低温で言葉を発し窘める。
「・・・ですよネー☆」
これには、ルーヴィッヒも冷や汗を流し、すごすごとその場で正座をする。別の世界でなら二体の金剛力士像が、阿吽の呼吸で睨み付けていると、例えられてもおかしくない程、水夫長と航海医師の二人が、凄い形相で航海士を睨み付けている。
しかし、そんな二人の傍で、好奇心旺盛なルシュカが、本当に悩んでいるのだろう、いつになく情けない声で二人に抗議した。
「でもよー俺としても、気になってさァー・・・、セシルが女の子だったら、気ィ使うっていうか、なんていうか・・・。気になるしさ」
もごもごと煮え切らない声で、話したルシュカにバルナバスは眉をしかめた。
「何言ってんだ、お前は?!セシルはどう見たって、女の子だろーが!!俺にはあれぐらいの娘がいるから、なんとなくわかるが、それに付け込んで、女の子の部屋に忍び込むなんざァ、最低だろ!」
当の本人、セシルが卒倒しそうな、大変失礼な誤解と共に、バルナバスがお説教を喰らわせる。その言葉にミゲルも、ぎょっと眼を剥いてバルナバスを見た。
(・・・バルナバスさん、もしかしてセシルさんの事、女の子だと思ってるんですかねぇ。うーん・・・どうしましょうか。)
身体検査をしているミゲルには、セシルの性別など基から知っていたし、良識のあるバルナバスなら知っているだろうと、思っていたのだが・・・どうやら違ったらしい。
「それはそうなんですが・・・うう、ハイ。反省してます。」
ミゲルがどうしようか悩む中、尻尾髪の青年は反省し、頭を下げていた。
が、その横の航海士は・・・。
「じゃあさっ!セシルの入浴中、こっそり覗けばよくねぇ☆?!」
・・・・・ブチ!
バルナバスの中で、何かの線が切れる音がした。
まったくもって、反省してない。
反省と言う物を、どこかの道具屋で、この馬鹿に売ってやってくれないか。
そう、バルナバスは思った。
「そぉら、高いたかーい。」
「うぎゃあおぉう☆タンマー!マジで高いぃっ!!」
バルナバスがにこやかに、あっ軽い航海士の体を持ち上げる。大きな両手が襟首と腰にかけられ、いとも簡単に、金髪碧眼の馬鹿を空高く掲げ上げた。
本日二回目、金髪碧眼の航海士は海へ身を投げ込まれた。
相方のルシュカも、『ルーヴィッヒ・・・お前ってば、懲りないのな』と呆れて、溜息を吐いてしまった。
(はァー、まったく・・・。これから俺が、しっかりセシルを守らなきゃな~クロウもクロウで、彼奴等みたいなことはしないだろーが。それでもなー・・・)
溜息を吐くバルナバス、その横ではミゲルが、
(んー・・・セシルさんは男だって、いつバルナバスさんに説明しよう・・・結構、信じきっている節がありますからねぇ。)
などと水夫長と航海医師は、それぞれ頭を悩ませつつ、食堂に向いその場を後にしたのだった。
琥珀石月 一日 晴れ
あの後、みんなが間違っているので、
間違いをルーヴィッヒ兄とルシュカ兄に話したら・・・。
またまた~
オマエは友達が欲しいからって、そんな事言って~
と言われて、信じてくれませんでした。ぼく、間違ってないのに・・・。
むぅ~~~~~~~~~くやしい。
雑用係り リオン
ブラックパール号航海日誌
そんなお調子者達が、珍しく水夫長から、海へ落とされた日。
その後、他の海賊船と一悶着があったものの、いつも通り癖のあり過ぎる彼らは、滑るような速さで、相手の海賊船の横に船を突き合わせ船上戦へと持ち込んだ。セシルの後方援助、守護盾でしっかり守護され。相手方の海賊船に乗り込んだ数名、副船長と航海士、力自慢のアンリ達は見事勝利し、麻薬密売の形跡がないか、相手方の頭にこってり尋問していた。だが、裏切り者アーチャーの情報は得られず、捕まえた頭から、命を見逃す代わりに、少しの上納金を出すよう要求して終わった。
それから、さらに三日後。
その日は土砂降りの雨にて、風も無く船は碇をおろし、海の上に留まっていた。
昼ごろは何もあまりする事も無く、モーリス料理長の手伝いと、仮面の楽士と副船長による術の演習を少しだけして、セシルは後の余暇をリオンと遊んで過していた。
「リーオーンーくんー♪」
食堂の長机の下を見渡しながら、セシルはリオンの姿を探す。今は皆、自室に引きこもっているか、操船室と船底のモーター室で作業中だ。賑やかないつもの、食堂には誰も居ない。
「ど~こ~いった~♪」
始めの頃、ここに連れてこられてから、かなり慣れてしまったのか、セシルの声は穏やかに響いていた。船の中での迷子もなくなり、今ではすっかり、どこが誰の部屋で、船の命ともいえる、モーター室、設備室、操船室、機関室も把握している。
「うーん、いない・・・。以外にかくれんぼ上手?」
遊んで!とリオンにせがまれて、一時間ほど前から、二人っきりのかくれんぼをしていたのだが、隠れているリオンの姿が一向に見つからない。先ほどは保健室(正しくは医務室)にお邪魔し、ベッドなど見て回ったのだが、小さな少年の影は見当たらなかった。(ベッド下を見ている際に、うっかりセシルは頭をぶつけ、ミゲルに笑われたのは内緒だ)
外は雨なので、甲板に上がる事は考えにくい・・・十人部屋のハンモック部屋は、もう探済み。残るのは風呂と客室、船長室かな?さすがに皆が働いている部屋には、入らないだろうし・・・とセシルはリオンが隠れそうな場所を推測していると、ちょうど食堂の通路を、通りがかったジョセフがセシルに声をかけた。
「お!セシルじゃないか、どうした?そんなところで」
琥珀の瞳を瞬かせて、アンリと同じ顔を持つ、金髪をタオルに巻いたジョセフは、モーター室で作業していたためか、額にじんわり汗がにじんでいた。
「ジョセフさん、今ちょっと、リオン君とかくれんぼ中で・・・」
「あーリオンが隠れてるのかァ、この船は結構でっかいからなー、リオンなら隠れる処いっぱいありそうだ」
セシルが理由を説明すると、ジョセフも笑って、リオンの隠れる場所を思い浮かべた。
空き樽の中や、倉庫の木箱の影など、いくらでもある。しかもリオンはこの船を知り尽くしている、セシルがリオンの傍まで来ていたとしても、セシルの後ろからこっそり抜け出して、移動しながら隠れるなんて造作も無いだろう。頭の良い、副船長に育てらている、リオンなら尚更だ。
「ですよねー、ちっちゃい子だから、一番高いハンモックの上なんか、ぱっとみて分からないしね」
セシルもジョセフの言葉を聞いて、くすりと笑う。初めこそは引き攣った顔で、接していたが、最近は慣れたのか、ジョセフ達が話しかけても、表情や声がどこかやわらかい。
「あァ~確かに・・・・・・。」
返事をしながらも、ジョセフはセシルを見て、最近ここの仲間達の間で、話題になっている事をふと思い出した。
「どうしましたジョセフさん?」
まじまじとジョセフに見られて、セシルは首を傾げる。
「あ、いや・・・なんでもないぜ!あァ、そーいえば・・・そ、それよりもセシル」
ハッと気が付き、少し上擦った声で、ジョセフはセシルに向き直った。
「はい?」
「セシルは好きな異性のタイプってよぅ、その・・・どんな感じなんだ」
「好きなタイプ?唐突にどうしたんですか??」
ジョセフの予想もしない、問いかけにセシルは一瞬呆けるも、どうしたのかと疑問に思った。いきなり、異性のタイプと言われても、今まで生活に追われていたセシルには、そう言う話もできる友達もいなかったので、返答に大変困った。
「いや~何となく・・・聞いてみたいなっと、思ってさっ!」
たぶん、この場合ジョセフさんはジョセフさんなりに、僕との会話が弾むよう気を使っているのかも。普段から祖国の近隣の同い年の者達には、気味悪がられていたので、セシルはジョセフの気使いに感謝しながらも、質問に正直に答えた。当のジョセフは、仲間の間で、セシルは女か男か、という疑問に、異性のタイプを聞いてみれば、ボロが出るのでは・・・という、まったくもって馬鹿な下心在りの質問だったのだが。
「ん~・・・、胸が大きくて、髪の毛サラサラの美人さんかな?鎖骨から胸のラインが綺麗な、こう・・・豊かさがある・・・」
「・・・セシル、結構、君って子はマニアックだな」
何でも無い風に語るセシル、予想もしていなかった発言にジョセフは、正直に感想をもらした。お兄さんびっくりだよ?!!セシル君!!内心ジョセフはそう叫んだ。
「そう?鎖骨からの胸のなだらかなラインは、いいと思いますよ?後、ロングスカートからちらっと見える足首とか。」
穏やかに言うセシルの顔は、いつも通り表情が薄いので、ジョセフとしては、これはセシルが男のフリをしているのか、そうでないのか、見極めがつかなかった。
「ん~~~~~~~~、俺としては、腰のきゅっとしたラインが好きなんだが・・・じゃなかった、じゃァさ、もしセシルが女の子だったら、どんな奴が好みなんだ?」
半ば自分の好みを出しそうになったが、今度は聞き方を変えて聞いてみることにした。
「僕が女の子なら?」
不思議そうに首を傾げるセシル。ジョセフに言われて、思い浮かべてみるも、男であるセシルは、すぐに思いつかない。ただ一言、言えるならば、あの恐い副船長は好みとは、対象外だろうか。しかし、あの副船長クロウが恐いので、それさえも声に出せない。
なのでセシルは精一杯、言葉を選んで答えた。
「んーっと、僕の精神的に負担にならない人かな?ペルソナさんみたいに細見で、知的な・・・感じの。僕のお父さんみたいな・・・」
「へぇ――――――・・・親父さんみたいねぇ」
セシルの答えに、神妙な顔で頷いて、ジョセフはタオルで巻いていた頭を擦った。
あ、ありきたりな返答過ぎて、やっぱりわからねぇ・・・そう胸の内、ぼやくジョセフ。
「それがどうかしました?」
「いや!聞いてみたかっただけだからっ、気にしないでくれ!」
セシルに言われて、ジョセフは慌てて思考の淵から起き上り、慌てて後ずさる。
セシルの瞳に見つめられれば、ウソがばれそうで怖い。なにより、何故かあの瞳に捉えられれば、自分からボロを出して本当のことを言ってしまいそうだ。
「じゃ、邪魔して悪かったな!リオンはたぶん客室にも、潜り込むことあるから、そっちも探してみな!!」
ブンブンと両手を振って、ジョセフはセシルから離れると、そそくさと交代の者のもとに向かった。ぽつんと、また一人になったセシルは首を捻る。とりあえず、リオンが居ないので、通路に出ることにした。
「・・・僕、変なこと言ったかな?」
通路に出てぽつりと零す呟き。
静かな廊下が、どこかよそよそしく感じる。そんなセシルに、
「どうした。」
誰にも聞かれていないと思っていた呟きに、背後から低い返事が返ってきた。
セシルの体がその声に、引き攣った。
「ひっ!・・・副船長さんって、あれ?リオン君?!」
驚いて振り向くと、そこには布団に包まれて眠るリオン、そのリオンを抱きかかえた黒い副船長が立っていた。
「俺の部屋に来てしばらく。ベッドの影に隠れてたんだが・・・寝てしまってな。」
「ありゃ・・・僕が見つけるの遅いから、寝ちゃったんだ、・・・ごめんねリオン君。じゃあ、僕このまま部屋戻りますから、僕がリオン君抱っこして運びますね」
淡々と感情のない低い声で話すクロウ。さすが、育ての親。子供の抱き方を心得ていらっしゃる。なかなか小さな子供抱える姿が様になっていた。
「いや、ぐっすり眠っているから。このまま運んでく。起きるかもしれないしな。」
「そうですね、すみませんお願いします。」
セシルの申し出をやんわりと断ったクロウに、これが西海に君臨する海賊の副船長とは、セシルは何事も人は見かけによらないよね・・・そう思って一緒に自室へ歩き出した。
「よっこいせ。」
眠りこけたリオンをベッドに横たえて、クロウが布団を掛けてやった。
「すみません、運んでもらって」
すやすや、安らかな子供の寝息が聞こえ、セシルは、ほぉーっと息を吐いた。
「いや。オマエ来る前までも、よくこうやって運んでたんでな。慣れてる。」
「あぁ、なるほど・・・」
クロウの言葉に、セシルは納得してほっと笑み湛え、入った自室の扉前で頷く。
リオンの寝顔を見て安心しきって微笑むセシルに、急に横から腕を取られてクロウに抱き込まれた。セシルの右肩口にクロウの顔が埋められ、背中には腕を回されて、完全に身動きができない。
「え、うぇ?!!ちょっ・・・ちょっと!!」
当然の事に、リオンが寝ているのに構わず、動転して声を上げてしまう。腕で押し返すがびくともせず、途端にセシルの中で恐怖心がせり上がる。
こわい、恐すぎる・・・逃げたい、逃げたい。
半分涙目になって来たセシルの頭上で、クロウの感情のない声が響いた。
「ん。・・・・・・・・・・・細い。」
ぼそり、それだけ言うとクロウはパッと腕を緩めた。
「えええ?!」
どういう事?!何それ!!っていうか、恐いよ!この人恐いよ!!
悲鳴が上がりそうなセシルは慌てて口を塞ぐ。今はリオンが寝ているのだ、起すのは忍びない。そんな事は関係ないとばかりに、マイペースな副船長は、セシルから腕を話すと、黒曜石の瞳を細め、自身の顎に手を当ててセシルを見つめた。
「細すぎる。オマエ、ちゃんと食ってるよな?何であばら骨があたるんだ・・・。」
「そんなこと僕に言われても・・・きちんと食事は取ってますよ?」
セシルの日頃の生活を見ている分にも、その言葉は本当だと分かる。だが、それにしも細すぎる、これが十八の成人男子の体格とは・・・とてもじゃないが思えないクロウだった。
「体質か?いやそれにしても、これは事故ったら、めちゃくちゃ危ないぞ。これで今までよく生きてこれたな。」
眉を潜めて首を捻り、両手でバフバフと、服の上から胴を確かめる様に触られた。セシルでは分からなかったが、クロウを見知っている者なら、顔がかなり引き攣っている事が分かっただろう。
「うう、気にしてる事を・・・。これでも生きてますよ、生きる事で精一杯ですよ、僕は。」
「オマエらしいっちゃ、らしい。か。あぁでも、顔色は初めて会ったときより、随分ましになったな。」
セシルは自分が貧相なのは十分承知していたので、半ば投げやりに自分なりに主張をしてみた。だが、クロウにはセシルのコンプレックスに気が付いていないのか、それより健康状態が気になるらしい。どこか無表情なりにも神妙な顔つきで、セシルの顔を覗き込んだ。
顔が近くなって、途端に恐くなってセシルは数歩下がる。
「え、あ、・・・そうですか。」
今まさにその顔色が貴方への恐怖で、悪くなりそうなんですが!!と、とてもじゃないが、言えないセシルだった。沈黙と当たり障りのない言葉は、時には大変重要である。
クロウへの恐怖で体が固まるセシルに、クロウは苦笑いを零し、灰色の髪を一房手に取った。
「本当に。オマエらしいな。」
サラ・・・流れた猫毛を黒い視線が追った。窓の外の雨音がいやに大きく聞こえた。
「?」
何か重い鉛の様な言い方だ。セシルはその声音に、引っ掛かりを感じ、コテンッと首を傾げた。僕らしいとは、どういう事なのだろう?今まで他人にそんな事を言われたのは、初めてか・・・な。誰も僕の生きてる姿で、らしい・・・と言う人達は居なかったし、でもだからと言って、何故この人は、僕にそう言えるのかな。精一杯生きてるって、言って嗤わないの?一体、僕の何を見てそう言えるのか・・・わかんない人だな・・・。
ポカンとして思考の海へ入っていたセシルの頭上で、理解できない副船長の声が降って来た。
「明日の夕刻には、ジャパリアに着く筈だ。」
「え、はい?」
唐突にそう言われて、クロウに何を言われているのか分からなかったが、目的地の話だと瞬時に思い出して、セシルは返事を返した。いつも、この副船長は話が唐突なのだ。なので、何を考えているのかさも、セシルには見当もつかない。
「明日もちゃんと、食っとけよ。」
セシルがそんな事を思っているのを知らず、クロウはセシルの頭をポンポンと撫でて、ククク・・・と笑っている。何気に気にしている事を示唆されているようで、無性に腹立つセシルだった。
「~~~だから食べてるよ!」
う~と唸り憤慨するセシルを残して、人の悪い笑みを湛え、クロウはリオンとセシルの部屋を後にした。
琥珀石月 五日 雨
今日はセシルと、かくれんぼ!
どこにかくれよう♪
セシルが見つけにくいトコ~
あ、ミゲちゃんだ!!でも、ミゲちゃんの所、すぐに見つかっちゃう・・・
そうだ!おじちゃんの所にしよ!
それなら、セシルも見つけにくいもんね!
雑用係り リオン
ブラックパール号航海日誌
次の日、雨雲は去りいつも通り、目的地ジャパリアへ目指し、針路を他の海賊船に出くわすことも無く、順風満帆に突き進んだ。そのおかげか、北東のグラガン島、ジャパリアの町には、太陽が沈む前に着く事が出来た。セシルが船上から島を観察していうと、グラガン島には緑が茂る大きな島だった。島の奥には雲に隠れた、大きな山がそびえている。
いつも通り、飲み水や食料の確保のため、空き樽や荷を降ろす水夫長達より先に、老人船長達は、ある程度見張りの者を残し、クロウを先頭にジャパリアの町へ入った。
この島ではガンダルシアやジェーダイト、マライトの三国より、北の民族色が濃いらしい。セシルが船の中で見かけた、北方民族出身であるミゲルが、時々着込んでいる詰襟に釦は全て布制で留め具されていて下は、スカートの様なダボダボの(ミゲル曰く)袴と言う物を穿いていた。そんな北民族衣装を着た、町の人々が多く見られた。町の建物も、どこか作りも違い木造建築が多く、セシルが祖国いた頃、本で読んだ遠い東の国の建物が建ち並んでいる。
「温泉~温泉~うひゃひゃひゃひゃ~☆」
「ルーヴィッヒ~お前ってば、その笑い声なんとかならねーの?」
「もう!ダーリン大声で恥ずかしいわよ!!」
航海士の奇声にも似た笑い声と、それを窘める料理長と狙撃手の声。
「クロウや~今夜のご飯は、豪勢かのぅ?お腹がすいたんじゃが~」
リオンに手を引かれた、やや呑気な老人船長。
「船長~お土産買ってもイイっすよねぇ~」
(おみっヤゲ~♪温泉まんじゅう~♪)
早くもお土産を買う気満々のジョセフとペルソナ。
「ハイハイ、皆さんハシャグと怒られますよ。ところで副船長さん、おやつにバナナは入りますか~?」
その最後尾に手を叩いて、のんびりと航海医師ミゲルが、注意している。心底楽しそうに副船長の神経を煽りながら。
セシルはというと相変わらず、クロウの隣で杖を握りしめながら、表情は曇り空で歩いていた。
近くに居る騒がしい海賊達の声が、何故か遠くに聞える様な気がする。
あれ?なんだっけこういう場合の集団・・・見た事も聞いたこともあるんだけど?!
町の人々も海賊の集団が歩いていると言うのに、くすくす微笑ましく、笑われている様な・・・うん、だから、何て言うんだっけ?!こういう集団を!!
「・・・副船長さん」
セシルは遠い眼をしながら、暗黒副船長を見上げる。いかにも物言いたげに。
「何だ。」
クロウの低い声が、セシルの頭上に落ちる。夏も過ぎた心地よい風が、クロウのいつもの黒いロングコートをなびかせる。それが何処となく、哀愁を思わせるのは気のせいだろうか、セシルは今現在、物凄くこの暗黒副船長が可哀想に思えた。
いかに最恐と畏れられるクロウも、この癖のあり過ぎる集団の中では、学舎での生徒を纏める先生に見える。最早これはもう、気分は引率だ。
クロウは眉間に皺を寄せセシルを見ている、セシルも意識を明後日に飛ばして、クロウを見ている。
「・・・・・・苦労してるよね。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
絞り出すように言われた、セシルの言葉に、クロウは重たく沈黙。
そんな二人の背後では、がやがやと五月蠅い、遠足気分の仲間の声。
そして一番五月蠅い、馬鹿笑い声が背後で木霊する。
「うひゃひゃひゃっひゃっひゃはは~~~~~~~~~☆」
それにはクロウとセシル、二人ともが同時に深い溜息を吐いた。
死んだ魚の眼をしたセシルの横で、副船長クロウは、さらに大きく溜息を吐いた後、背後を振り返り、見事にブチ切れて怒号を轟かせた。本来クロウは、五月蠅い場所、五月蠅い人間が嫌いである。
「うるさいぞッオマエ等――――!!静かにしろっルーヴィッヒ!テメーは落ち着け!!子供かっ!!二列に並んで人様に迷惑かけんなっ!!」
ビシッ!!と二列に並べと、ばかりに指をさして整列の号令を、クロウは怒りをぶちまけ叫ぶ。セシルは黙って、やっぱり引率の先生だ・・・と死んだ眼で成り行きを見守る。
『えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~』
しかし、さすが一筋縄ではいかない、ブラックパール海賊団である。副船長クロウの、怒りの整列命令にも負けず、不満の声は練習したかのように、全員そろって声を上げた。
「えぇ――じゃねぇよっ!!ささっとしろ―――――――――!!!!」
やや悲痛な声を滲ませながら、クロウの怒号がジャパリアの町一番の観光宿、湯煙の館の門前に響いたのだった。
「――――で。あの従兄君は、何時になったら、こちらに入られるんでしょう?」
「さ、さぁ~?」
湯煙の館『ライラック・アメジェスト』の主。支配人チェスター・リーフ・オールベイン
は、紫水晶の瞳を窄め、肩で切りそろえた優雅な亜麻色の髪を掻き上げつつ、開け放たれた門前を呆れた顔で見ていた。執事である初老の男性も、苦笑いしながらクロウ達を見守り、主への返事を返したのだった。
引率にげんなりと額に手を当てた、副船長クロウは不機嫌丸出しに、大きな洋館の門をくぐった。その大きく立派な如何にも貴族が、避暑地にしていそうな洋館に、副船長を先頭に入ったセシルは、その広い玄関に圧倒された。
「お久しぶり、クロウ♪二週間も遅れてご到着、おめでとうございます~♪もう少し遅ければ、君のお父様がこちらにお見えになるところでしたよ」
ウインクをして、チチチっと指を振る年若い支配人チェスターに、
「久しぶりだな。チェスター・・・今回はまぁ、色々とあってな。」
げっそりとした表現がとても似合うだろう、クロウは挨拶もそこそこ、言葉を濁した。
「ルーヴィッヒ。オマエ等は先に部屋に行って、湯でも浴びてゆっくりしてろ。」
「アイ・サー☆」
不機嫌そうにそう航海長に言いつけると、クロウは大事な用事があるらしく、支配人と呼ばれている、身のこなしが優雅な青年と奥の間へ消えて行った。
「それではお部屋にご案内します。」
にこやかに執事であろう初老の男性に案内されて、セシルは皆からはぐれない様に、着いて行くことにした。
案内された温泉の館は、セシルにとっては奇妙なものだった。大広間で分厚い絨毯が敷き詰められた場所で、靴を脱ぎ下駄と言われる履物を履くように勧められた。もちろん靴下を脱いで。航海長を始め他の仲間達は何度も来ている為か、手慣れた物だった。
「セシルさん、これはこうやって裸足で履く物なんですよ」
「へぇー・・・・なんか変な感じ」
セシルも北民族出身のミゲルの説明を受けつつ、用意された下駄を履いた。銘々靴やブーツは、館の使用人が、預かる様になっているらしい。セシルはリオンに手を引かれて、執事の案内に従って、皆と一緒に今夜泊まる部屋までついて行った。細かい花柄のやわらかい、白乳色の壁紙が敷かれた壁の美しさ、豪奢なシャンデリアが並ぶ廊下に、セシルは珍しく溜息が付いた。生まれてこの方、こんな綺麗な場所にお目にかかった事の無い、セシルにとって、ここは別世界だった。キラキラ星の輝きを見せる、シャンデリアに見惚れて、前方を歩いていたルシュカの背にぶつかってしまい、どうしたセシル~呆けてと、苦笑いをされてしまった。
それぞれ部屋の鍵を渡されて、永い廊下に誂られた重厚な品の良い扉が、陳列されていた。
気の合う者同士なのだろうか、航海士と狙撃手、複数の水夫達は大人数部屋に通され、
ミゲルと老人船長は三人部屋、料理長と仮面の楽士には一人部屋を、そして鍵を渡されたセシルとリオンは二人部屋だった。
渡された鍵を入れて部屋を入ると、床板が一段上がっており、リオン曰くここの部屋では下駄を脱いで、部屋で寛ぐのだそうだ。部屋は何とも落ち着いており、井草の匂いが芳しい、畳と言われる床。その緑床に背の低い、しかしかなり細かい細工が施された、長机が置かれていた。そしてその部屋の奥は、白い引き戸で仕切られた、(これもリオン曰く、襖と言うらしい)布団が引かれた部屋があった。
「今回はセシルと一緒なの!これはね!お煎餅、おいしいよ♪」
「お、おせんべ?」
トテトテ・・・と嬉しそうに部屋を走り回りながら、リオンはセシルに部屋と異国の代物を説明し始めた。
「おや~、リオン君が説明してくれてたんですか?私も混ぜてくださいな」
「あ、ミゲちゃんだ!いいよ♪」
今回初めて宿泊なので、心配して顔を出したミゲルも加わり、リオンの説明に補足してもらいながら、障子、活け花、襖、畳、布団、浴衣、甚平、羽織と、北東民族の文化を直に堪能したセシルだった。
「ミゲルさん、リオン君、これが活け鼻ですよね!!」
花瓶に飾られた花に、セシルが手を添えて二人にそう自信満々に言うと、
「活け花ですよ、セシルさん」
「活け花だよ、セシル」
と、二人ともほぼ同時に、指摘を喰らうセシル。
覚えるのには時間が解決してくれるだろう・・・うん、きっと。
琥珀石月 六日 晴れ
今回はセシルと一緒のお部屋!
前はおじちゃんとお爺ちゃんと一緒だったけど、
セシルと一緒なら、お爺ちゃんに寝てる間、潰されることないもんね!
大きなお風呂!お風呂が、た~の~し~み~♪
雑用係り リオン
ブラックパール号航海日誌
セシルがミゲルとリオンと一緒に部屋で寛いで、緑茶を楽しんでいると、料理長達が温泉に入るからと誘いに来た。手には手ぬぐいと、タオル、この温泉館の市販、着替えの浴衣を持ってセシル達は、料理長に案内され、複雑な廊下を通り脱衣場に着いたのだった。
「んー眼福、眼福」
満足そうに、にっこりとほほ笑むモーリス。頬に手を添えて、どことなく顔がほんのり赤い。モーリスの言葉に隣に立っていた、セシルは首を傾げた。
「どうしたんですか?モーリスさん」
一体、男湯の脱衣場に何があるのだろうか、あるのは多くの棚と中に陳列された藤籠、それに衣服を入れて服を脱ぐ仲間、後は部屋の隅に設置されたフカフカの椅子ぐらいだ。モーリスが喜びそうな可愛い物なんて一つもなさそうだ、不思議に思うセシルだった。
そんなセシルの疑問に、モーリスはうっとりした声で応えた。
「いやねぇー、こう・・・みんなが脱いで腰にタオル巻いてるじゃない?」
「え?あ、はいそうですね」
脱衣場で脱いで、温泉に入る気満々の水夫達を静観し、ゆっくりセシルは頷く。
「そしたら、ホラ!いつもよりお尻のフォルムが観えて素敵じゃない!」
嬉しそうにモーリスが、舌なめずりをした。お尻を触っている様な手振り付きで。
「あ、・・・えーと、そ、そうです・・ね」
とんでもない告白と、そのモーリスの表情を見ていたセシルは、一瞬にして寒気が全身に伝い青ざめる。何気に体がモーリスから離れ去ったセシルであった。今まで温泉を楽しめるとウキウキしていた瞳も、一気に死んだ眼に早変わりする。
そして、その場に居た水夫達は、
『俺ら全員狙われてる!!』
今、漢達の心が一つになった。
二人の会話を聞いていた仲間達もセシル同様、全身悪寒が伝い、青ざめる。
早くこの脱衣場から出なくては!!尻が!否、貞操まで危ない!!
そんな心を胸に、モーリスの視線から逃れるために、必死に服を脱ぎ。一目散にガラス戸の先、安全地帯の風呂へ向かう。
バタバタ慌ただしく、風呂場へ飛び込んでいく水夫達。それに続いて、獲物を逃がさん!!とばかりに積極的(肉食系)女史モーリスは瞳を、ギラギラ輝かせて狩りに向う雌豹。素早く脱いで逃げ出した者達を追っていった。嵐が去った脱衣場ではリオンとセシル、ミゲルだけが残された。
「さ、さぁ、私達はゆっくり(・・・・)脱いで(・・・)、お風呂に向いましょうか・・・」
「そ、そうですね・・・」
「ママン・・・こわい。」
顔を引き攣らせ、どこか張り付いた笑いを浮かべて、ミゲルが年少組の意識を切り替えさせる。年少組の精神衛生上、風呂場で何が起きているかわからないので、ゆっくり脱いで、と言う言葉を強調させながら。
そんなミゲルを、セシルは見た限りでは、ミゲルの蒼い瞳は、全然笑ってはいなかったので、かなり精神的に無理をしているのではないかと、セシルは心配になっていた。
そんな事を言っていると、今度は荷降ろし作業が終わったのか、バルナバス水夫長、作業組の水夫達と、今までカードゲームをしていたらしいお調子者の航海長と狙撃手が、ガヤガヤ、ワイワイと脱衣場の衝立がある入り口から顔をだした。
「お!ミゲル、先にいったジョセフの奴らはどうしたぁ?」
仲のいいミゲルの姿を見つけた、バルナバスはタオルを片手に問いかけ辺りを見渡す。
「あー、それならもう風呂に入ってますよ・・・。ハハハ・・・」
「なんだぁ?お前ぇ・・・そんな乾いた笑いして」
普段見られないような疲れた顔のミゲルに首を傾げると、バルナバスの足元から、細い声が聞こえた。
「バルナバスさん、そこはあまり追求しないであげて」
バルナバスが目線を降ろすと、足元には何故か顔色の悪いセシルが居た。
「おぉう、・・・ってセシルゥ~?!!お前さん、ここは男湯だぞ!?何してんだぁ!!!」
バルナバスは、何故女の子であるセシルが、男湯の脱衣場に居るのか、目玉が飛び出るぐらい驚いた。いくら、普段男装しているからと言って、ましてや仲間だからと言って、女の子が肌を晒すのは大変よろしくない。
「え?何って、皆とお風呂入りに・・・リオン君と」
バルナバスの思いも知らず、(あたりまえだが)男であるセシルは、何がいけないのか?と眉を潜めた。ただ、誘われるままに、他の水夫達、リオンと一緒に温泉を楽しむだけである。
「いや、でも、その・・・、大丈夫なのか?!リオンの歳ならまだ女湯に入ってもおかしくないし、~~~~~~お前はいいのかそれで?!」
「何がですか?僕ならよくわかんないけど、大丈夫ですよ」
もしかして、皆に誘われたから断りきれなかったのか?!それとも、セシルの場合妙に淡泊な所があるから、体を俺らに見られても平気なのか?!などと、かなり焦ってセシルの性格上の事を考えて、しどろもどろなバルナバス。何がそれでいいのか・・・まったくもって理解できないセシルは、大丈夫だと頷いて、もうリオンと一緒に服を脱ぎにかかっていた。
焦り冷汗だらだらなバルナバスの横では、セシルは男だという事実を知っている航海医師ミゲルが、口に手をあて爆笑を抑え込んでいる。
「セシル!一緒にお風呂!!」
リオンはもう準備万端だとばかりに、全裸でタオルを頭に乗せて、セシルを呼び飛び跳ねていた。これを子持ちの親は、子供特有、全裸待機というのだろうか。
「はいはい、待ってねリオン君、すぐ脱ぐから」
七分袖の白いシャツを脱ぎ、風通しの良いズボンを脱いで、畳んで籠に入れる。
すると、何故か背後から、自分が観られている様な・・・視線をいくつか感じる。セシルは、何だろう・・・と顔を上げてみると、ババッと後ろに居たアンリ達が、顔を逸らした。
遠くの方、脱衣場の奥では、金髪碧眼航海士も、静かに目を凝らしてセシルを観察している。
え?僕、本当に、バルナバスさんに言われる程、何か悪い事でもした???
普通に服、脱いでるだけなんだけど・・・僕の肩の傷が見苦しいとか?それを見ちゃって、気分悪くしたとか??いや、でも皆、裂傷の痕とか、弾痕とかあるし・・・今更だよね??
悩めるセシルは、うーんと内心唸って、自分の手元に視線を戻そうとしたその時。
「あ。」
声を発したのは、セシルではない、セシルより身長の高い尻尾髪のルシュカであった。
リオンを挟んで横に居た、狙撃手と眼が合ったのだ。
一言零れた、あ。という音に、妙な沈黙が二、三秒。しかも、声を発したルシュカは、自分の脱いだ上着を持って、眼を見開き半裸で固まっている。セシルもこの反応には、何か本当に自分は、悪い事してるんじゃないだろうかと思い、未だ微動だにしない尻尾髪の青年に自分から口を開いた。
「えーっと、僕に何か・・・気に障る事しました?」
とセシルが恐る恐る聞いてみれば、
「えっいや・・・なんでも、なんでもないぜ!」
慌てて、ルシュカに首を振って愛想笑いをされ、そそくさと結っていた髪を解いている。何でもない・・・そう言われてしまえば、その先を聞くのは少し気が重い。それ以上は聞けなくて、そんな狙撃手に、はぁ、そうですか・・・と、セシルは首を捻り、不安な心境で自分の下着のシャツを脱ぐことにした。
一方、狙撃手ルシュカの心境としては・・・。
あ、あ、あ、眼が合っちまったよ!本当の事なんか言えねぇし!!つーか、セシル、男湯に居るってことは、モーリス達が言ってた、男なのか!?同性?!!イヤ、イヤ、イヤ、でも、でもよ?!!セシルの性格上、淡泊過ぎるし、見られても平気な女の子だったり・・・。
どっちだ!!どっちなんだ!!~~~~~~~~~~~~~~~~~~気になる!!
けど、あんま、じろじろ見るのも・・・いやだって、腕とか首、細!!肩幅とか俺らと全然、違っ、わっかんねェ―――――――――――――――――――?!!!!
どっちだ~~~~~~~~~~!!!
胸の内で盛大に吠え、頭を悩ませていたのだった。
そして、ルシュカ以外の他のその場に居た航海長及び、水夫達も同じような意見で、心中穏やかではなかった。それを観察していたミゲルはというと、終始笑いをこらえるのが必死で、脱衣場で蹲っていた。セシルにとっては、大変失礼な話である。
そして先に露天風呂を楽しんでいる、モーリス料理長達はと言うと。
広大な石畳の床、そして白い湯気が漂う、幾つも設けられている温泉。
「私は美しい人魚姫よ~おほほほほ!」
その中の炭酸が多い天然の風呂の中で、けたたましい声が木霊していた。
「どの辺が・・・」
「いかつい人魚姫だなぁ・・・オイ」
「むしろ海坊主だろ」
「どちらにしても、魔物だよな」
げんなりしながら、体を備え付けの石鹸で清めつつ、ジョセフ達が小声で頷き合っていた。
背後では、厳つい体のモーリスが、脚を上げて泳いでいる。
「アンタ達!聞こえてるわよ!!失礼ね!」
水夫達の小声を聞いていたのか、モーリスが桶をジョセフに投げつけた。
コ―――――ン!!と桶の小気味よい音が風呂場に響いて、素早く桶を避けた、ジョセフの情けない声が上がる。
「つーか、何でこんな時に、彼奴は居ないんだよ?!」
もういやだ~~~~~~~~~、と溜息交じり不満の声が風呂場に盛大に上がっていた。
かなり、気分が盛り下がる露天風呂の外。
脱衣場でセシルは脱衣場の妙な空気の下、不安に駆られながらも、リオンが足元で早く!早く!とピョコピョコ飛び跳ねて待っていので、広いお風呂とはどんな物なんだろうと、少し楽しみにしながら上着を全て脱いだ。
下履きも全て脱いで、手ぬぐいを腰に巻き終え、準備万端。さあ、一緒にお風呂入ろうと、セシルがリオンに声をかけようとした先に。
「え、セシル、お前・・・」
バルナバスが珍しく、か細い声(だが濁声)で、セシルに声をかけた。
それもその筈、バルナバスはセシルを女の子だと思っていた節があったからだ。
『やっぱり、男~~~~!!』
内なる絶叫。
セシルが下履きを脱いで、自分達と同じようなモノがあったのを、確認した銘々。
思わず目が点になる、仲間達だった。何度も言うが、セシルにとって大変失礼な話だ。
「へ?!」
状況が全く掴めないセシルは、素っ頓狂な声で首を傾げた。リオンも不思議そうに、まじまじと他の仲間達を見つめている。どうしたの?と言いたげに。
・・・男だったのか。とセシルに聞えない声で、バルナバスが息を吐いて、その場に珍しくへたり込んだ。その肩をポンポンと叩く、爆笑を堪えて満面の笑みを向ける航海医師。
「お前・・・ミゲルよゥ。知ってたんなら、言えよ。ホント。」
「いや~、面白かったですよ?バルナバスさん」
そんな愉快犯ミゲルと水夫長を置いて、さっそうとセシルの前に、飛び出した影は、いままで珍しく静かだった金髪碧眼だ。
「よぉ――――――――しっ!セシルゥ~俺らも風呂はいろ――――――――ぜ☆」
あっ軽い声と、どこかヤケクソ気味な航海士に、セシルの腕と脚をガッと掴まれ、セシルは風呂場に担ぎ上げられた。
「え?!ちょ、っちょと、待ってルーヴィッヒさん!!!!」
ルーヴィッヒの肩に担がれ、セシルの視界が地面から、脱衣場を出たのであろう、夜空にグルリと反転する。
航海士は『なんだよ~びっくりさせんなよ!』と言う思いと、『女の子の裸が観られなくて残念!!』という下心を裏切られた、セシルにとって理不尽な思いを抱いていた。
だから、やきもきした思いを、セシルで晴らしてもらう事にしたのだ。これを人世間では八つ当たりと言う。
そのままルーヴィッヒは、セシルを頭上に掲げて持ち上げる。目指すは一番広く、深い天然湯の中だ。
「うわぁああああああああああああああああああああ」
セシルは広い湯船の前に持ち上げられる事に対し、だいだい航海士が、これから何をしようとしているのか予想できて、悲鳴をあげる。しかし、こんなモノでこの航海士が止める筈も無い。
「あ~~~~~ははははははははっははっはははははっはははは~~~~~☆」
けたたましい航海士の無邪気な笑い声が、露天風呂に響き。
ドボ―――――――――――――――――――――――ン!!!!!!
白い湯煙と、派手に上がる湯飛沫。一部始終見ていた仲間達は、遂にセシルも航海士の犠牲に・・・と可哀想なモノを見る眼で眺めていた。
そして、露天風呂の入り口では、リオンの手を引いたルシュカが相方の暴走を止めず。
「いいかリオン、お前はあんな大人になっちゃいけないぞ」
「大丈夫ルシュカ兄、なれない。」
静かに頷くリオンと一緒に、途方に暮れていた。
当の投げ込まれたセシルはと言うと・・・。
脚はそこに着くも、湯船の底が深すぎて、水面に上がれずもがく一方だった。しかも航海士に放り込まれたのが、頭からだったので碌に空気を、吸い込む暇さえなかったのだ。
それに湯が、熱過ぎて一気に体温が上がり、早くも意識が朦朧としてくるセシルだった。
「あれ、一番深い所だぞ・・・セシル背がないから、上がってこれなくね?!」
途方に暮れたルシュカが、はっとして声を上げた。
あっぷあっぷと、セシルの指先が水面から、浮き沈みするも、当のセシルが一向に姿を現わさない故に、気が付いたのだ。
「うひゃひゃひゃひゃ~~~~~~~~~☆」
何が面白いのか、けたたましく大笑いする航海士。
「うわぁ!!セシルゥ―――――」
「ダーリン!!何やってるのよっ」
制裁とばかりに料理長が、桶をルーヴィッヒに投げつけて、アダ☆と、声が上がった。
「ゴラァ~~~~~~~~~ルーヴィッヒ!」
最後にセシルを助けるべく、脱衣場から駆けだした、バルナバスの怒鳴り声が響いた。
温泉と言う物を、セシルは生まれて初めて、死と言う瀬戸際で味わったのだった。
「ずみまぜん・・・バルナバスさん」
鼻水交じりの声が、脱衣場に落ちる。
「いいって事よ・・・まァ、あの馬鹿には鉄拳下しておいたからな」
「はぁ・・・」
ワシャワシャと大きなタオルで、未だ朦朧とする頭を拭いてもらい。セシルは情けなく、細い声で応えた。
深い湯船の底で、溺死しかけたセシルを、なんとかバルナバス、モーリス、アンリが脱衣場に救出。のぼせてしまったセシルは、タオルを頭からかぶった状態で、腰にもタオルを巻き、部屋の隅にあった椅子に腰かけている。
浅黒い大きな手が、タオル越しにセシルの頭を、撫でていてくれて少し安心するセシルだった。
自分の娘と同じ位、背の小さい、細い体のセシルを、タオルで拭きながら見ていたバルナバスは、ふぅ―――――と溜息を気が付かれない様に吐いた。
まさか、この目で見るまでセシルが本当に男だとは、思いもしなかったのだ。何て言ったって、己が娘も十八のこの位の背にして、セシルよりはちょっと肉も付いているが、可愛らしいカミさん似の美人の自慢の娘も居る。そのためセシルも中性的な顔だし、ここの男連中より大人しい者だったので、女の子だと思ってしまっていたんだが、これはセシルに悪い事をしたなぁ・・・と、かなりセシルに心の内で謝るバルナバスだった。そして、セシルが男だという事実に、ふと、違う思いもよぎる。
それは黒髪に黒目の、あの自分の上司の事だ。
セシルが男って事は・・・え、あれ、クロウは・・・たぶん、あいつの事だし、知ってるのか?!つぅー事はだ、え?オイオイ・・・マテマテ、落ち着け~俺。クロウの好みって・・・あれ、うん、あっれェ―――――――――?!
セシルの目の前で、ぶんぶんと首を振って、一人頭を抱え悩む水夫長。
セシルはそんな子持ちの水夫長を、今度は何を悩んでいるんだろう、不思議そうにぼんやり見つめた。娘を持つ父親は、いつだって大変なのである。
「セシル・・・」
「はい?」
「もし、もしだっ・・・クロウに何かされたら俺を呼ぶんだぞ!!あいつの事だから何もないと思うがっ!何か嫌なことされたら、俺を呼ぶんだぞ!!すぐに駆けつけるからなっ」
「え?!あぁ・・・はい???」
がっしり両肩を掴まれ、水夫長の瞳が真剣にそう訴えた。迫力に押されたセシルは、訳は分からないがとりあえず、逆らってはいけないと思い、頷くだけ頷いのだった。
・・・・・・・・・・・・・訂正、娘や男の娘を持つ父親は、いつだって大変なのである。
豪奢なシャンデリアの灯りの下、支配人チェスターの私室にて副船長クロウは、弟エリオットから頼まれていた、マライト、ガンダルシア、ジェーダイトの海域を行き来する、商船のリストを貰いうけた。表だって動きにくい国勤めのエリオットや父親は、こちら海賊の息子にはなかなか出向くことができない。そのため、この湯煙温泉の館の観光地を所有するユーイン家の縁の下、従弟であるチェスター・リーフ・オールベインが、ユーイン家財産管理の任を受け、こうして内密に祖国と他国の貴族、商人の動きを調べ、情報収集をして内密に報告しているのである。
「はい、これがここ近隣の商船と、商人たちの乗った船のリストです。」
備え付けられた、上品な机と椅子に座りながら、二人は大量の情報交換を始める。
「悪いな。こっちが貴族連中の私船か・・・はぁ――。やはり、ゴーゴン家か。一番動きが活発だな。分かりやすいぐらい。」
分厚く細かく記載された、商船の情報の紙束に眼を素早く通して、クロウは頭をフル回転させる。ゴーゴン家とは、軍の上層部に席を置いている、古株の貴族である。ゴーゴン家これなら、海軍も疑う事すら許されないだろう。しかし、こんなに頻繁に動いているとなると、もっと上の位の者が後ろ盾に居る事が安易に予想できる。
「えぇ。それにこれおかしいんですよねぇ・・・行き先はガンダルシアだと記されてるのに、ガンダルシアに着く前に、小舟でマライトの港に着いた形跡があるんですよね~」
チェスターは秀麗な顔を歪ませ、口元に指を添えて情報の紙束を睨み付ける。
「んで。悪さして、帰りの本船に回収されて帰国か・・・。」
目頭を押さえて、クロウが椅子の背にもたれる。
小舟をみっちり縛り上げて、麻薬密輸の現場を押さえればいいが・・・、それだけでは祖国のダニを全部取り除くのは無理があり過ぎる。親ダニは、ゴーゴンと名の子飼いを斬り捨て、のうのうと国に居座り甘い汁を吸うだろう。
「ま~そんなとこでしょ♪」
パラララ・・・束ねた用紙を捲って、クロウの意図が読めたのか、ユーイン家財産管理人は軽くウインクした。クロウは大量の情報を束ねて、次の計画を頭の中で組み立てる。貴族には立ち入る事は出来なくても、賊になら裏の情報網にも強引に入る事もできる。
「今度は小舟を重点に置いて、マライト周辺探るか。」
そう言うと、ニヤリと口角を上げクロウは嗤う。そんな凶悪な顔をしていたクロウをまじまじと紫水晶の瞳が、嬉しそう細められた。
「ふっふっふー♪」
「何だ。」
悪戯を思いついたとばかりの笑声に、クロウは不機嫌に眉を潜める。この従弟は、弟エリオットと同じく、頭の回転も速く、弁もたつ、それに動くとなると早い。この従弟の奸計に嵌ると、痛い眼を見るのがクロウの教訓だ。できれば、なるべく関わり合いたくないのがクロウの心情だった。
「今の君、鏡みせてあげたいね!君の父君にそっくりー」
わざとなのか、それは。さらに眉間に皺を寄せたクロウだった。
「だまれ。」
グワシッっとチェスターの胸倉を掴むと、
「おお!暴力反対―!!」
にっこり優男な笑みを向けて、チェスターはクロウにチッチッチと指を振る。
「そんな暴力振るっていると、可愛い婦女子のみなさんにモテないですよー」
「モテなくていい。」
まったく懲りない性格の従弟に、バッサリと斬り捨てるクロウ。
そしてクロウは思うのだった、どうしてこう自分の周りの親族は、一癖もふた癖もあるのかと。何故、自分にお見合いしろだの、モテないだの、女を押しつけたがるんだと。恋愛だの恋情の心は、当人の内から出てくるものだろう、何故見合いまでして、気のない奴と心を通わせにゃならんのだ。モテても一つも良い事なんてない。べたべた触られるのも嫌いだし、美しい者でも、可愛い者でも、誰でも、心一つ動かん。みんなどこか心が満たされていて、どこか心が満たされていない、普通の人間たちだ。こんな俺でなくとも、すばらしい人間が居る。
「え~~、私ならモテたいですよ。特にガンダルシアの女の子は、色素が薄い子が多いから、私の好みど真ん中なんですがね~、知ってます~島民は皆、術者なんですよ?神秘的でいいかなーなんて」
「・・・・・・・・・・・・。」
しかしクロウの心に反して、彼の従弟はかなり軟派な思考の持ち主だった。
クロウが聞いてもいないのに、次々と自分の好みの女性の話をする財産管理人。あーだれか。コイツの口喧しい、さえずりを止めてはくれないか。クロウは半ばあきれて、溜息を吐いた。時計を見れば、もう日が沈み夜の八時だ。朝から航海士を怒鳴りつけ、昼には引率・・・そして今は、従弟のやや偏った独り女性談義、クロウには疲れがどっと出る瞬間だった。
一方的に悦に入って野鳥の如くさえずる男と、対照的に大木の様に物言わぬ沈黙男の二人の室内に、コンコンと小気味よいノック音が響いた。
どうぞ♪此処の支配人である主の声に従い、初老の忠実な執事が、静かに入ってきた。
「チェスター様失礼致します。ユーイン様のお連れの方が、ユーイン様に緊急の御用事ですので、お部屋の前でお待ちしております。」
深く一礼すると、執事は少し困り気味に微笑みながら、クロウを見た。
「おや・・・どうしたのかな?クロウ」
「さぁな。」
執事の要件に、首を傾げクロウは座り心地のいい椅子から、離れると執事に扉を開けられチェスターの私室から顔を出した。すると灯りの行き届いた華やかな扉の前に、眉を八の字にして、いかにも困ったと言う顔でセシルが立っていた。モーリスに着付けられたのだろう、藍色に細かく描かれた紅い椿の花柄模様の女物の浴衣に、臙脂の羽織を着ているので、セシルを知らない者から見れば、一見本当に女の子に見間違えそうだった。
「副船長さん、すみません・・・お仕事中に」
言いにくそうに言葉を零すと、セシルがクロウの顔を見て、あきらかにほっとしたような様子を見せた。
「どうした。」
クロウはセシルが自分を見て、ほっとする顔は初めてであるため、何か余程の事があったのだろうと、察しがついて訝しみ尋ねると、
「ルーヴィッヒさんが、ちょっと手が付けられなくなって・・・バルナバスさん達が呼んできてくれって」
淡い緑の瞳が、遠くを見ていると、言っていいほど、死んだ魚に似た眼をし、航海士の名を言った。その名を聞いて、クロウは軽く頭痛を憶えて内心舌打ちをする。そこへ、なんだ、なんだと、自分の従弟が背後へ近寄ってくる気配。
「・・・アイツまたか。分かった直ぐ行く。」
すぐさま、案内されるままに向おうとするクロウの背後で、
「おやおや?可愛い人だねクロウ」
間延びした声がクロウの背後で落ちる。
財産管理人が、紹介してよクロウ、と小さく囁いて優雅に躍り出たのだ。
「へ?!だ、・・・だれ?」
「おっと、これは失礼♪私は此処の館の支配人、チェスター・リーフ・オールベインです。以後お見知りおきをお嬢さん」
セシルが素っ頓狂な声を上げて、眼を見開いた。知らない人物の出現に、動揺するセシルの両手を、チェスターは颯爽と持ち、にっこり余所行きの笑みを浮かべる。
「お、お嬢さん?!!」
お嬢さんと呼ばれて、セシルも普段あまりしない、引き攣った嫌そうな表情を浮かべる。それを見ていたクロウも、軽く息を吐いた。
ああ、めんどくさい奴が来たな。クロウはチェスターに話に割り込まれない様(もう十分割り込まれている様な気もするが)、セシルを隠して、さっさとお調子者航海士をとっちめようと行動を移そうとする。クロウは、チェスターの腕を掴み止めに入った。
「・・・セシル、コイツは無視していい。」
「あ、ちなみにこの恐い人の従弟です♪」
ギリギリギリ・・・と音がしそうなほど、チェスターの腕を掴み放しやがれと、クロウが睨み付けるのにも、臆さずに彼の財産管理人も、笑みを湛え両手を握ったまま、頑として譲らない。さすが、従弟・・・副船長さんにも対抗できるだなんて・・・とある意味感心しながら、セシルは二人の必死な形相に少し後去る。
「は、はぁ・・・、とりあえずこの手、放してもらえませんか。」
知らない人に、両手を拘束されるのはあまり好きではない。・・・と言うか気持ち悪い。
セシルはそう思いつつ、嫌そうに眉を潜める。しかし、一向に相手は話してくれる様子も無く・・・。クロウから見ていて、明らかにセシルも嫌な顔をしている、何とかこの軟派な従弟を退けなければ・・・、面倒だが納得がいくように事実を叩き付けた。
「めんどうが増えた・・・。チェスター、セシルは男だ。オマエは、男は守備範囲外だろ。さっさと放せ。」
クロウがチェスターの腕に爪をくいこませた。それに眉を寄せチェスターは、声を顕わにした。
「え!!だってこの人、女物の浴衣着てますよ」
ああ、言うと思った。とクロウは思い、同時にこの従弟非常に面倒だとも思った。しかし、クロウが何処から説明しようかと、頭を悩ませるまもなく、このチェスターの言葉には、普段おとなしいセシルの、怒りの琴線に触れたらしい。セシルもこれには憤慨し、チェスターの手から逃れる様に、乱暴に振りほどいた。
「悪かったですねぇえ~~!!男物でサイズが無くて、こんな事になったんですけど!僕だって不本意だよっ」
握りしめられていた手をぶんぶん振って、振り解き、セシルはその場で地団駄を踏みつつ、チェスターを睨み付ける。セシルは散々、仲間達にこの姿の事をからかわれた所だったのだ。クロウは今まで、セシルがこんなにも強い姿勢を示した事に、少し驚いたが、男なのに女物を着せられては、憤慨するのもあたりまえか、と納得した。
それには、分かっているのか、ないのか、チェスターは、セシルをまじまじと見つめ。
「あぁ~~~~なるほど。」
間延びした呟きで、顎に手を当て微笑みを向けて頷いた。クロウはこの従弟の顔を一瞥すると、あ、コイツ分かってねぇぞ。と一瞬にして悟った。しかし、今はそんな事を言い合っている場合ではない。
「わかったか。それじゃ、行くぞセシル。」
分かっていないのも承知で、クロウはそう言い放つとセシルを促した。
「ああ!そうだ!!忘れる処だった、宴会場の方、・・・こっちです。」
クロウの言葉にはっとして、宴会場の大惨事を思い出し、セシルは廊下を駆けだした。クロウも、それに従いながら駆け足で走り出した。セシルの思い出した時の顔色を見る限り、かなり航海士が馬鹿をしているのが、解りたくもないのに理解できる。
「何故だろうな。胃痛がしてきた。」
宴会場でどんな惨事が起こったのか、考えただけで胃痛がするクロウだった。どうせ、あの馬鹿な奴の事、碌なことがない。セシルの横で小走りになりながら、クロウは青白い顔で胃を無意識に押さえた。そんなげんなりするクロウに、セシルは悲痛な叫びを上げる。
「頑張ってくださいよ!あんなの副船長さんしか、止められませんよ!!うわっぶ」
「うおぉっ。なんで、何もないトコでこけるんだ――?!」
絨毯に下駄がつんのめって、セシルがクロウの横で、ズベシャッとこけた。
それをギョッとしながらも、助け起こして、クロウはセシルと、ぎゃあぎゃあ言い合いながら宴会場へ走って行った。
そんな二人を傍観していた、支配人のチェスターは、ふむふむ、と頷きみて、
「ん~~~セシルさんか、あのクロウに気に入られるとは、――――是は奇なり。」
従兄がライバルか~手強いな~などと、まだセシルを女の子だと勘違いして立ち尽くしていた。
クロウとセシルが宴会場に着いた時――――――――――――。
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!!!!」
「シャァゲ――――――――――――――――――!!」
野生と化した航海士と野生の猿が、長テーブルに上で睨み合っていた・・・。
クロウが辿り着くまで、かなり暴れたのだろう。大きなテーブルに広げられていた、料理や酒もグチャグチャに倒れている。睨み合う二匹の猿の傍では、尻尾髪のルシュカが浴衣もはだけ、ボロボロになって畳に倒れていた。アンリ達水夫達も、顔にひっかき傷やら、浴衣が所どころ乱れ、呆然と立ち尽くしよれよれの状態だ。そんな中、アンリ達と同じように、ボロボロになりながらも、
「ルーヴィッヒ!!眼をさまさねぇ―――かっ」
バルナバスが暴れるルーヴィッヒを抑えようと、背後から羽交い絞めにしようと悪戦闘している。しかし当の野生化した航海長は、キシャ――――――――――ッと、威嚇しそのままテーブルの上を器用に跳梁跋扈する。その度に、テーブルの上に並べられた、料理皿が盛大に音を発てて、畳に落ちてゆく。遠くの方では、リオンを抱えたモーリスが必死に、ダーリン眼を覚まして!!と叫んでいる。その声にも触発されて、野生の猿も、暴れまわる。それを何とかくい止めようと、航海医師と老人船長も猿を追い掛け回している。その大惨事の様は、まさに地獄絵図。他の宴会場の部屋からは、沢山の朗らかな笑い声、観光に訪れていた貴族の者達だろう。こちらの状況が知られなくてよかったが、大きな宴会場の引き戸を開けて、クロウは大きな座敷を忠実に再現した、宴会座敷を見てさらに頭痛に襲われ、思わず米神に手を添える。これには、セシルが自分を見て、ホッとする筈である。胃痛と頭痛を感じながらクロウは冷静に、そんな事を思った。
ルーヴィッヒの感に障る声、それに共に叫ぶ悲鳴。本物の猿の横行。
クロウは畳に靴を抜いて上がると、今日最高とも言える殺気を漂わせながら、一歩一歩、足を踏みしめる。その尋常でないクロウの殺気に、バルナバス達も思わず、ひぃっ!と声を上げて固まった。扉付近に居たセシルは、部屋の隅に避難していたペルソナに、背後から、浴衣の袖手でなるべく、ショッキングな光景を見せない様、目隠しをされてしまっていた。
そんな事は無視して、クロウは未だ、テーブルを跳ねるルーヴィッヒめがけ、
「なにやってんだっオメ―――は!!!!」
地響きがするほど、重低音の怒号を放ち。
跳び蹴りを航海士の胴に食らわせ、吹っ飛んだ彼の人の首を持ち上げ殴った。文字通り容赦なく、躊躇も無く。その容赦のないクロウの行いに、野生の猿も動きを止めて、ぶるぶると部屋の隅で大人しく座り込んでいる。野生の掟は強い者がボス。・・・それだけである。
後にクロウのその時の姿は、魔物の王さながらだとか、地獄から這い上がって来た鬼神だとか、水夫達に恐ろしく語り継がれたらしいが、今は関係ないので割愛させていただこう。
殴られ畳の上にものすごい音を発てて、倒れた航海士は、口から血反吐をペッと吐き起き上がる。眼を覚ましたらしい、普段の彼に戻っていた。
「・・・ぐ。あれ?せんちょー・・・????」
片頬が朱く腫れ痛いのか、涙目でぼけ~っと、己が目の前に立つ暗黒副船長を見上げた。
口ぶりからして、自分が何をしたのか全くもって覚えてないらしい。そんな航海士の頭に明らかに怒りを含んだ低い声が降ってそそいだ。
「オイ。」
「は、ハイ?」
ルーヴィッヒは、その総毛立つ寒気に、これはヤバい!!と本能で感じすぐさま、その場で正座する。クロウはそのルーヴィッヒの胸倉をもう一度引っ掴み、口角を上げて笑った。
その黒い瞳には、かなりの殺気を込めて。
「今から選ばせてやる。このまま此処の山に猿と仲良く暮らすか。俺の不快感が無くなるまで殴られるか。」
「え!?えぇーっ!!ちょ、っちょっと待っ!!!」
尋常じゃない空気を察して、ルーヴィッヒは言い募る。
だがそんな事、この暗黒副船長には関係なかった。怒りが頂点に達しているクロウに、待ったは効かない、むしろ余計虐殺精神を煽るのだった。
「いっいぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
宴会場には、正気に戻ったルーヴィッヒの悲鳴が轟いた・・・。
あれから、副船長クロウにボコボコに殴られ、落ち着きがない、場所をわきまえろ、迷惑かけるな、などと・・・説教をされた航海士は今現在、宴会場の部屋の隅でかれこれ一時間、正座で反省させられている。その説教されている横では、何故か猿も一緒に正座し、反省の意を示している。
クロウがルーヴィッヒに説教をしている間、皆はやれやれと、ほっと胸を撫で下ろし、散らかった部屋を片付けにかかった。引っ掻かれた傷をミゲルとモーリスに看て貰う者や、一番被害をこうむった、未だ眼を覚まさない狙撃手を部屋の隅に寝かせる者(彼は相方を止めに逸早く入り、二匹の猿に襲撃され、ひっくり返り、軽い脳震盪を起し倒れていたのだ。)、台無しになった料理を手早く片付ける者に分かれた。
「いいか。今度。猿に触発されて、オマエが猿になったら、山に捨てに行くからな。覚悟しとけ。」
そのクロウの吐き捨てる言葉に、迷いなんてない。
「はい・・・反省しております。」
「うきぃ・・・」
一人と一匹は部屋の隅で、正座しクロウに頭を下げた。仲間達は遠くの方で、これぞ野生、強い者に屈服、弱肉強食、自然界の掟か!!と自然界の猿まで、手なずけた副船長を、ある意味、尊敬を込めて見つめていた。
クロウは説教をし終え、状況を知るべく(知りたくもないのが本音だが)セシルとペルソナに問いかけると、二人が言う阿鼻叫喚、地獄絵図と化した宴会場での、一連の事件はこうだ。
温泉を楽しんだブラックパール海賊団は、夕食の時間になり、使用人に連れられて宴会場
へ脚を運んで、酒を飲みかわし宴会を楽しんでいた。少し、部屋の温度が暑くなってきたので、宴会場の窓を開け暫くすると、そこへ野生の山に居る筈の猿が、窓から入り込んできたのだ。初めこそはルーヴィッヒも、猿を追い払おうとしていたのだが・・・。
猿に威嚇され、一度引っ掻かれた後、猿と本気で喧嘩し始め、猿と対等に渡り合うには猿とばかりに、野生化したのだと言う。もちろんこれには、皆も止めに入ったのだが(これの一番の被害者はルシュカ)、野生化したルーヴィッヒの行動力は凄まじく、自分たちの事も忘れたのか、殴る、引っ掻く、物を投げるなどの抵抗を受け、それに興奮した本物の猿も暴れまわり、あの地獄の惨状になったのだと言う。
そうして、たまらずバルナバスが、セシルにクロウを呼んでくるように頼んだのだ。これはバルナバスの、セシルが呼べば、クロウも否とは言えないと踏んでの計算だった。
一連の騒動の話を、仮面とセシルの二人から聞き終えたクロウは、深く溜息を吐いた。
まさか、猿一匹でこの騒動。自分の予想の範囲外を飛び越える、あの航海士にさらに頭痛が重たくクロウに圧し掛かった。そこへ、小さなリオンが歩いて来た。
「おじちゃん・・・お腹すいた」
ロングコートの裾を握り、ぐぅとお腹の蟲を鳴らす。猿の騒動で十分食べられなかったのが、クロウにも一目でわかった。
「そう言えば、僕らそんなに食べてなかったね・・・あはは」
「食べ始メタ所だったモンネー」
渇いた笑で言うセシルに、ペルソナもコクコクと頷く。周りを見渡せば、本当にあまり食べていなかったのだろう、口々に文句を言いながら、片付けにはいっている水夫達がいる。遠くの方で老人船長が物欲しそうに、料理の残骸を見つめている。
「仕方ない。料理の追加を頼んでくるか。」
はぁ―――っと、また溜息を吐いて、クロウは料理の追加を宿の使用人に頼むことにした。
いやはや、まったくもってご苦労様である。
「おい、ルシュカ起きないぜ」
「気の毒になぁ、おい」
同じ顔を見合せて、同情の声をそれぞれ上げるのは、双子の水夫、アンリとジョセフだ。寝かされたルシュカを、突いて起そうにも、かの尻尾髪の青年は、未だ眠ったままである。
多くの追加の夕食が並ぶ宴会場。
ブラックパール海賊団は、やっと掃除を終え夕食の席に着いたのだった。
「はぁ~あ、やっとゆっくりできると思えば、コレかよ」
北の地名物鍋料理に、手を伸ばしバルナバスは息を吐いた。今日は航海士に、振り回されてばかりである。
「まぁまぁ、退屈しないでイイじゃありませんか、まずは一献」
そんなバルナバスの横で、ミゲルが熱燗片手に慰める。
「おぅ」
ニッカリ笑って、そうだなとバルナバスも杯を差し出す。ミゲルは笑みを返し、差し出された杯に酒を注いだ。その横では、老人船長が上機嫌で、魚の刺身を食べている。
「うまいぞぃ、クロウ」
北出身のユージン船長は、久方ぶりの祖国の味にご満悦だ。
「そりゃ。よかった。おい、オマエも食べろ。せっかく山から下りて来たんだ、付き合え。」
「きっきっきっ!!」
そう言うなり、部屋の隅で反省していた猿に手招きし、クロウは老人船長との間に座らせて魚の切り身を膳に置いた。猿も嬉しそうに、言っている事が分かるのか、素早く座り切り身を食べている。
「遂に手なずけたね・・・副船長さん。」
「しゅごいね!おじちゃん」
クロウの隣で食べていたセシルとリオンも、凄いとしか感想が出なかった。野生の猿まで舎弟にするとは・・・暗黒副船長の持つチカラは、野生に近いのかとセシルは少し思った。
反省している航海士は、モーリスに部屋の隅にて、正座のままお酒は抜きで、夕食を食べさせられている。
「ハ―――――――――イ♪ペルソナの声マネコント!いきま~~~~~~~~~ス♪」
「よっ!待ってました~宴会座長!!」
楽士ペルソナは、やんや、やんやの喝采を浴びて、皆を盛り上げていた。
「お前ってば、懲りない奴だよな~、おぅ何だぁありゃ~、や~んダーリン!!うふふ~♪」
身振り手振りもそっくりだ。七色の声を持つ、ペルソナは声マネをして、水夫達に芸を見せていく。
「ルシュカに、バルナバス!最後はモーリスだろ!!」
「似てるぅ~~~~~~あひゃひゃひゃひゃっ」
酒に酔っている海賊達の夜は、まだまだこれから・・・。
拍手喝采、酔いどれ音頭、踊り出す者、笑う者、満腹になるまで食べる者、疲れを吹き飛ばし、明日はどっちだ、西へ、東へ、古今東西。
こうしてブラックパール海賊団の夜の宴は、にぎやかに過ぎて行った。
約一名、気絶している狙撃手を残して・・・。
『慰安旅行、湯煙温泉の館』終




