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プロローグ 

この作品はチャッピーに添削を頼んでいるのでそれが嫌な方は読まないでください。

ちょっと手直ししました

ゲームを遊ぶ時、どうしても譲れないこだわりはあるだろうか。


 強さでも、効率でも、ランキングでもない。他人から見れば、何がいいのかよく分からない。けれど、自分にとってだけは譲れないもの。


 僕、奥村珠紀の場合は――小柄な少女が、身の丈を超える武器を振るうことだった。


 文字に起こしてみると、なかなかにひどい。効率が悪いのも、他人には理解されにくいのも分かっている。それでも、好きなものは好きなのだ。


 昔から、別に一人でいることが苦痛だったわけではない。学校や職場に友人がいなかったわけでもないし、遊びに誘われれば一緒に行く。話しかけられれば普通に返す。


 ただ、自分から輪の中心へ入っていくのが少し苦手だった。


 ゲームでも、その性質はあまり変わらない。パーティを組めば攻略は楽になる。ギルドに所属すれば受けられる恩恵も増えるし、役割を分担すれば、一人では難しい相手にも挑める。


 そんなことは分かっている。


 けれど、自分の失敗で他人に迷惑をかけたり、そこに負い目を感じたりするくらいなら、一人でやった方が気楽だった。ソロなら、失敗しても自分一人で済む。変なビルドを組んで攻略していても、誰かに迷惑をかけることはない。


 そんなことを続けているうちに、僕はすっかりソロ中心のプレイヤーになっていた。


 その僕が、何年も遊び続けているゲームがある。


 Vastimia Axiom。


 通称、VA。


 魔法と機械が混ざり合った星、ヴァスティミアを舞台にした、三人称視点のアクションMMORPGだ。


 大地に突き刺さった旧文明の巨大建造物。空に浮かんだまま折れた軌道施設。魔術と機械技術が混ざり合い、制御を失った魔導機械の獣たち。


 初めて紹介映像を見た時、画面の中では小柄なキャラクターが、自分の身長よりも大きな武器を振るっていた。大型の魔物が振り下ろした脚を受け止め、そのまま巨大な刃で押し返す。


 たった数秒の映像だった。けれど、僕にはそれがひどく刺さった。


 こういう構図が作れるなら、このゲームはきっと面白い。


 そう思って、僕はVAを始めた。


 僕が使っていたキャラクターの名前は、タマキ。


 由来は単純で、自分の名前をカタカナにしただけだ。凝った名前を考えるのが苦手だったし、いかにもファンタジーらしい名前を名乗るのも少し気恥ずかしかった。それに、自分が呼ばれてもすぐ反応できる名前の方が楽だった。


 だから、タマキ。


 小柄な人族の少女。淡い色の髪。琥珀色の瞳。少し眠たげな表情。黒紺を基調とした魔導装備。


 そして、タマキの身長を明確に上回る、機械的な特大剣。


 重量武器を使うだけなら、もっと向いている種族はいた。体格に優れた巨人族。頑丈な機械の身体を持つ機導人。あるいは、人族でも大柄な体格に設定すればいい。


 小柄な人族は、重量武器との相性がいいとは言えない。剣に身体を引かれやすく、一度姿勢を崩せば立て直しにも時間がかかる。武器の重さを受け止めるため、ステータスや装備にも相応の投資が必要になる。


 それでも、僕は小柄な少女を選んだ。ステータスを振り、装備を整え、スキルツリーを何度も組み直した。


 不釣り合いな見た目を、実戦で通用するところまで持っていく。


 それが、僕のこだわりだった。


 タマキのジョブは、《デバステーター》。


 重量武器の運用、身体と装備の強化、武器へのエンチャント、部位破壊や内部構造の破壊を得意とする、高出力型の前衛ジョブだ。


 特大剣や大槌を扱うプレイヤーの間では、それなりに選ばれている。珍しいのはジョブではない。小柄な人族の少女が、そのジョブで特大剣を振っていることだった。


 もっとも、見た目に反して実用性はある。


 タマキはSTRとMPを高く伸ばしている。重量武器用のパッシブも取得しているため、通常状態でも特大剣を構え、振り抜き、防御や迎撃へ使うことができる。


 ただし、動きは重い。一撃ごとの慣性は大きく、無理に連撃を続ければ簡単に体勢を崩す。軽量武器のように、好きな瞬間に攻撃を止めたり、軌道を変えたりすることもできない。


 その制限を越え、特大剣を高速で切り返しながら攻勢を続けるために使うのが、デバステーターの中核スキル《イグニッション》だった。


 身体能力と魔力循環、装備制御を段階的に高出力化する自己強化。攻め続けるほど出力は上がる。その代わり、MPと身体負荷を消費しながら、確実に限界へ近づいていく。


 長く戦えば際限なく強くなるわけではない。限界が来る前に、相手を壊し切る。


 そういうジョブだった。


 僕のビルドは、その中でもソロ攻略へ偏っている。危険な攻撃を切り抜ける緊急防御や、散開した敵を足止めする集団制御を削り、二種類の終端スキルを取得していた。


 安定して戦うための構成ではない。それでも、一人で最後まで勝ち切るためには、その方が都合がよかった。


 SNSも一応使っていた。交流が嫌いというわけではない。ただ、何を書けばいいのか分からない。


 だから投稿は、大抵が記録用の一言だけだった。


『いってきます』


『今回は第二形態まで進めました』


『装備を更新しました』


 淡々とした報告ばかりで、人力botと言われても仕方がない。それでも、挑戦の記録を残しておくのは嫌いではなかった。


 少しずつ進めるようになったこと。以前は避けられなかった攻撃を避けられたこと。新しい装備が、想定通りに機能したこと。


 誰かに見せるためというより、後から自分で振り返るための記録に近い。


 その時、僕が挑んでいたのは、新しく実装されたエンドコンテンツダンジョン。


 星骸炉心《アストラル・コア》。


 旧機械文明が星脈エネルギーを制御するために建造した、巨大炉心施設だ。


 実装からしばらく経ち、攻略情報はすでに出揃っている。敵の行動。ギミックの処理方法。部位破壊の優先順位。推奨される装備構成。


 初見で挑む気はなかった。


 僕は、何も知らない状態から反射神経だけで突破できるようなプレイヤーではない。


 調べる。準備する。挑む。負ける。原因をメモする。装備や行動順を変える。そして、また挑む。


 そうやって、少しずつクリアへ近づいていくタイプだった。


 一度目は、第二形態の広域攻撃で焼かれた。避ける方向を間違えたうえ、直前の攻撃を欲張ったせいで、回避が半歩遅れた。


 二度目は、《イグニッション》の高出力状態を引っ張りすぎた。装甲は割れた。ダメージも十分に出ていた。けれど、負荷を抜く判断が遅れたせいで出力が崩れ、そのまま踏み潰された。


 三度目は、《メルトダウン》を外した。


 それが一番きつかった。


 そこまでの流れは悪くなかった。長時間攻勢を続け、必要な部位を破壊し、十分なダメージを与えていた。あとは、積み重ねたものを一撃へ集約するだけだった。


 けれど、守護個体の軸ずらしが想定より早かった。特大剣は炉心の横を通り過ぎ、タマキは限界を越えた負荷だけを残して強制解除された。


 その後は、何もできずに踏み潰された。


 失敗するたびに、水を飲み、メモを書き直した。


 もう今日はやめよう。


 そう思ってコントローラーを机に置く。数分後には、また握っている。


 あと一回。


 あと一回だけ。


 そう言って始めた一回が、本当に最後で済んだことはほとんどなかった。


 星骸炉心の最深部は、何度見ても綺麗だった。


 巨大な円形炉心室。床には星脈の魔法陣と機械回路が重なって走り、天井には折れた軌道施設のような骨組みが広がっている。


 中央には、半壊した巨大炉心。その前に、守護個体が立っていた。


 星骸炉心守護個体《アステリオン》。


 猪とも獅子ともつかない姿をした、大型の魔導機械獣。分厚い外殻。破壊可能な四肢。胸部を覆う重装甲。そして、第二形態以降に露出する炉心。


 大型で、重装甲で、破壊可能な部位が多い。デバステーターにとっては相性のいい相手だった。


 問題は、その相性の良さを活かし切る前に、こちらが限界を迎えることだった。


 戦闘開始の表示が消える。


 アステリオンが低く身を伏せた。突進の前兆。


 正面から受ければ、《グラウンドアンカー》があっても押し切られる。タマキは特大剣を低く構えたまま、巨体の正面から外れた。


 直後、アステリオンが床を削りながら突進する。巨体がタマキの横を通過した。


 すれ違いざまに後脚を狙いたくなる。だが、手は出さない。ここで欲張れば、反転後の攻撃に間に合わない。


 アステリオンは前脚を軸に巨体を回した。予想通り、太い尾が床すれすれを薙ぎ払う。


 タマキは特大剣を斜めに構えた。刀身の腹へ尾の先端がぶつかる。


 正面から受け止めるのではなく、刃の角度を合わせ、衝撃を横へ流す。それでも完全には殺し切れない。靴底が床を滑り、タマキの身体が横へ押された。


 尾が通り過ぎる。


 その直後、タマキは前へ出た。狙うのは、右前脚。以前の挑戦で、最も動きを止めやすかった部位だ。


 特大剣を振り上げる。小柄な身体へ引かれるように、黒紺の刀身が大きな弧を描いた。


 振り下ろし。


 刃が脚部装甲へ食い込む。


 硬い。


 ダメージは入っているが、一撃で割れるような厚さではない。


 タマキは剣を振り抜いた勢いに逆らわなかった。足を踏み替え、身体を半回転させ、特大剣の重さを次の構えへ繋げていく。


 アステリオンが前脚を持ち上げた。踏みつけ。


 後方へ退く。直後、床が陥没した。砕けた破片が装備へ当たり、HPが僅かに削れる。


 大した損傷ではない。


 タマキは再び距離を詰めた。今度は装甲そのものではなく、継ぎ目を狙う。特大剣の切っ先が、右前脚の接合部へ触れた。


 《クラッシュポイント》。


 指定した箇所に、人工的な破壊点が形成される。紫色の細い亀裂が、装甲表面へ一瞬だけ走った。


 まだ弱点とは呼べない。この一撃だけで、装甲が脆くなるわけでもない。同じ箇所へ攻撃を重ね、不安定化を進める必要がある。


 アステリオンが頭部を振り上げた。角のように突き出した装甲が、下からタマキを跳ね上げようと迫る。


 回避が遅れた。


 タマキは両足を地面につけ、特大剣を斜めに構えた。


 衝突。


 画面が激しく揺れる。


 《グラウンドアンカー》が働き、身体が宙へ浮くのだけは防いだ。それでも衝撃までは消えない。腕が大きく押し上げられ、タマキは数歩後退した。


 姿勢が崩れかける。


 ここで《リコイルキャンセル》を使えば、すぐに立て直せる。けれど、まだ使わない。第一形態の序盤から、追加のMPを払う場面ではなかった。


 タマキは特大剣の切っ先を床へ落とした。剣の重さを支えにしながら、身体の軸を戻す。アステリオンが追撃へ移るより先に、構え直すことができた。


 第一形態では、《イグニッション》の出力も抑える。発動自体はしている。だが、無理に攻撃を繋いで負荷段階を引き上げる必要はない。


 終盤へ、MPと負荷の余裕を残さなければならなかった。


 アステリオンの動きを見ながら、一撃ずつ重ねていく。突進を避けた直後の振り下ろし。尾の薙ぎ払いを受け流した後の横薙ぎ。踏みつけを外へ避け、持ち上がった脚部の継ぎ目へ追撃する。


 狙うのは、すべて同じ場所。


 攻撃を重ねるたび、紫色の亀裂が少しずつ長く、深くなっていく。


 アステリオンの動きにも変化が出始めた。右前脚をかばうように身体を傾け、左側からタマキを押し潰そうとする。


 予定通りだった。


 一か所へ損傷を集中させれば、敵もそこを守ろうとする。動きが変われば、次の攻撃もある程度絞れる。


 アステリオンが左前脚を振り上げた。叩きつけと同時に、床を走る衝撃波。


 タマキは後ろへ逃げず、右前方へ踏み込んだ。攻撃の外側ではなく、巨体の内側へ潜り込む。


 振り下ろされた左脚が、タマキの背後で床を砕いた。


 目の前には、亀裂の広がった右前脚。


 特大剣を引く。刀身内部の機構へ魔力が流れ込み、黒紺の表面に紫の光が走った。


 《インパクトブレイク》。


 特大剣を、破壊点へ叩き込む。


 刃が装甲へ衝突した。直後、その衝撃が表面で止まらず、内側へ浸透する。


 脚部内部から、金属が軋む音が響いた。アステリオンの巨体が僅かに沈む。


 まだ壊れてはいない。


 タマキは剣を引き抜こうとした。だが、刀身が装甲の亀裂へ深く食い込み、動かない。


 アステリオンが身体を持ち上げる。このままでは、剣ごとタマキの身体が振り回される。無理に引き抜けば、こちらが先に姿勢を崩す。


 タマキは柄を握り直した。


 巨体の動きに逆らわず、持ち上がる方向へ刀身を押し込む。亀裂がさらに広がった。装甲が歪み、ようやく刀身が抜ける。


 その反動で、タマキの小さな身体が後ろへ大きく引かれた。


 ここで初めて、《リコイルキャンセル》を使う。


 追加のMPが削られた。特大剣の慣性を魔力放出で斜め下へ逃がし、切っ先を床へ落とす。


 完全に反動が消えたわけではない。肩が引かれ、足元が滑る。それでも、倒れずに済んだ。


 低く沈んだ姿勢から、そのまま次の一撃へ繋げる。


 アステリオンは、崩れた体勢を立て直そうとしていた。右前脚へ体重が乗る。


 その瞬間、破壊点へ集中していた亀裂が一気に広がった。


 今だ。


 タマキは踏み込み、特大剣を両手で振り上げた。


 重い刀身が、傷ついた脚部へ落ちる。


 装甲が砕けた。


 内部の駆動機構が露出し、右前脚が不自然な方向へ折れ曲がる。アステリオンの巨体が床へ傾いた。


 だが、これで終わりではない。


 守護個体は残った三本の脚で無理やり身体を支え、頭部をタマキへ向けた。口腔部へ青白い魔力が集束していく。


 直線状の砲撃。


 タマキは倒れ込んだ巨体の側面へ回り込んだ。


 光が放たれる。背後の床が、白く焼けた。


 射線を外したタマキは、そのまま胸部へ近づく。狙うのは分厚い正面装甲ではない。


 破壊した右前脚と胴体を繋ぐ基部。残った脚で姿勢を支えようとして、最も大きな負荷が集中している場所だ。


 横薙ぎ。


 特大剣が接続部へめり込む。


 一撃では浅い。


 アステリオンが残った前脚を振り、タマキを追い払おうとする。剣を引き、後退する。


 再び砲撃の予兆。射線を外す。近づく。同じ箇所へ刃を叩き込む。


 何度も繰り返した。


 一度攻撃すれば、次の構えまでには時間がかかる。それでも、特大剣の重量と慣性を無理に殺さず、足の運びと身体の回転で次の動作へ繋げていく。


 やがて接続部が歪み、アステリオンの身体がさらに沈んだ。


 胸部装甲の一部が、機械音とともに開く。その内側から、青白い光が漏れた。


 第一形態終了の合図。


 アステリオンの各部から、ギアの唸りが響き始める。破壊された脚部を切り離すように装甲が変形し、胸部の炉心出力が上昇していく。


 床を走る魔法陣と機械回路が、一斉に光を強めた。


 第二形態。


 ここからが、本番だった。


 アステリオンの各部が展開し、炉心から溢れた魔力が周囲の装甲へ流れ込む。


 広域攻撃の前兆。


 一度目は、ここで死んだ。


 もう一撃だけ入れられる。


 以前はそう考えて踏み込み、回避が半歩遅れた。


 今回は欲張らない。


 タマキは特大剣を引き、守護個体から距離を取った。《イグニッション》によって上昇していた負荷を、《ヴェントアウト》で強制的に排出する。


 装備の隙間から紫色の魔力と熱気が噴き出した。赤く染まり始めていた強化表示が弱まり、特大剣の切り返しが目に見えて遅くなる。


 火力は落ちた。それでも、強化自体が解除されたわけではない。


 まだ戦える。


 アステリオンが咆哮する。声というより、巨大な金属同士を無理やり擦り合わせたような音だった。


 次の瞬間、露出した炉心から光が溢れた。


 床を走る回路が順番に発光し、炉心室全体を青白い奔流が薙ぎ払う。


 タマキは攻撃範囲の外でそれをやり過ごした。


 光が収まる。床の一部が焼け落ち、足場が減っている。


 アステリオンは広域攻撃直後の硬直に入っていた。


 タマキは地面を蹴った。特大剣を低く引きずるように構え、巨体へ向かって走る。


 《イグニッション》は続いている。負荷を落としただけだ。ここから再び攻撃を重ね、出力を引き上げていく。


 胸部装甲へ振り下ろし。


 深く食い込んだ刃を引き抜き、その慣性を利用して横薙ぎへ繋げる。アステリオンが身体を反転させようとする。その動きへ合わせ、刀身の腹を胸部へ叩きつけた。


 攻撃を続けるたび、振り返しが速くなる。攻撃後の姿勢復帰が短くなり、次の一歩が早まっていく。


 黒紺の刀身を走る紫色の魔力光も、徐々に強さを増していた。


 アステリオンが前脚を振り下ろす。


 タマキは特大剣を引き戻し、その一撃を刀身で受けた。


 重い。


 《グラウンドアンカー》が働いても、衝撃は腕から肩へ抜け、足元の床へ亀裂が走る。


 それでも、押し切られない。


 特大剣を斜めに傾け、前脚を横へ滑らせる。そのまま身体を回し、無防備になった胸部へ刃を叩き込んだ。


 装甲が割れる。


 アステリオンの内部から、炉心の光が漏れた。


 第三形態。


 守護個体の外殻は各所で砕け、胸部の奥にある炉心が完全に露出していた。


 残りHPは僅か。


 だが、ここからが長い。


 暴走したアステリオンが、床を抉りながら突進してくる。


 正面から受ける攻撃ではない。


 タマキは右へ走った。巨体が横を通り過ぎる。削れた床の縁を踏み、折れた右前脚の側面を抜ける。


 すれ違いざま、胸部装甲の亀裂へ特大剣を差し込んだ。


 《インパクトブレイク》。


 刃が触れた瞬間、衝撃が装甲表面で止まらず、その奥へ浸透する。アステリオンの内部から、何かが砕ける音がした。


 直後、特大剣の重さに引かれ、タマキの身体が半歩持っていかれる。


 《リコイルキャンセル》。


 追加のMPが削られる。振り抜いた剣の慣性を斜め下へ逃がし、崩れかけた姿勢を次の踏み込みへ繋げる。


 足が滑る。肩が大きく揺れる。それでも、倒れずに済んだ。


 アステリオンが反転する。


 再び突進。


 今度は避けきれない。


 タマキは両足を地面へつけ、特大剣を盾のように構えた。


 衝突。


 画面が激しく揺れた。


 《グラウンドアンカー》による姿勢制御が働いても、衝撃までは消えない。HPが削られる。MPも大きく減った。


 《イグニッション》の出力は維持されている。けれど、それを安全に支える余裕は少なくなっていた。


 ここから先は、同じ動きをしても負担が重くなる。ゲームの中では、残量と警告表示で分かる。現実なら、きっと身体が悲鳴を上げている状態なのだろう。


 一度引くべきだ。


 そんな考えが頭をよぎった。


 だが、アステリオンの炉心が光を増していた。


 大技の準備。


 守りに入れば、残った床ごと削られる。ここで仕留められなければ、また最初からだ。


 アステリオンの胸部。何度も攻撃を重ねた亀裂。外殻を砕いた時に一瞬だけ見えた、炉心と駆動部を繋ぐ接続部。


 そこを壊せば、終わる。


 タマキは踏み込んだ。


 特大剣を振り下ろす。


 アステリオンの前脚が跳ね上がり、刃の軌道を逸らした。即座に柄を引き、剣の重さを利用して横薙ぎへ繋げる。


 刀身が胸部を抉った。


 HPゲージが僅かに残る。


 同時に、《イグニッション》の警告表示が変わった。強化アイコンの輪郭が崩れる。強制解除までの短いカウントが始まった。


 負荷限界。


 もう《ヴェントアウト》は使えない。《ラストドライブ》も発動できない。


 残された選択は、強制解除を待つか。それとも、最後の一撃を撃つか。


 前回は外した。


 守護個体の軸ずらしに合わせられず、特大剣は空を斬った。


 だから、今度は急がない。


 アステリオンの動きを見る。炉心が発光する。巨体が沈む。大技を放つ直前、胸部の向きが僅かにずれる。


 前回より早い。


 それでも、もう知っている。


 タマキは踏み込む角度を変えた。


 半歩。


 ほんの半歩だけ深く。


 長く続けた攻勢。与え続けた損傷。武器内部に残った出力と、攻撃のたびに積み重なった反動。


 そのすべてが、特大剣へ集約されていく。


 終端スキル、《メルトダウン》。


 黒紺の刀身を走る紫の光が、焼けるような輝きへ変わった。装備の輪郭が揺らぐ。


 タマキは特大剣を引きずるように振り上げた。


 アステリオンが身をひねる。炉心の位置がずれる。


 それに合わせ、踏み込んだ足を僅かに外へ開く。


 剣へ身体ごと乗せる。


 振り抜いた。


 刃が、胸部の亀裂を通る。炉心と駆動部を繋ぐ接続部を断ち切った。


 炉心が割れた。


 アステリオンの動きが止まる。


 青白い光が内側から亀裂となって走り、装甲の継ぎ目を焼き払っていく。


 巨大な魔導機械獣が、ゆっくりと崩れ落ちた。


 撃破演出が流れる。


 戦闘終了。


 しばらく、僕は何も言えなかった。


 ようやく勝てた。


 何度も負けた。メモを書き直した。装備も行動順も見直した。それでも、また負けた。


 そのたびに、もう今日はやめようと思った。


 けれど、やめなかった。


 画面の中では、《イグニッション》を強制解除されたタマキが、特大剣を杖のようにして立っている。


 小柄な少女が、自分よりも大きな剣を支えながら、崩れ落ちた守護個体の前に立っていた。


 その絵面を見て、僕は少しだけ口元を緩めた。


 やっぱり、これが好きだった。


 スクリーンショットを撮り、SNSを開く。


 何か気の利いたことを書こうとした。けれど、何も思い浮かばない。


 内心ではかなり嬉しい。それをそのまま書くのは、少しだけ恥ずかしかった。


 結局、いつも通り短くした。


『勝ちました』


 少し迷ってから、もう一行付け足す。


『いえーい』


 クリア時のスクリーンショットを添えて投稿する。


 送信した直後、少しだけ後悔した。


 いえーいは、おかしかっただろうか。


 いや、消すほどではない。


 そう思いながらゲーム画面へ戻る。


 そこで、違和感に気づいた。


 報酬ログが流れていない。クリアタイムも表示されない。ドロップ一覧も、称号獲得の通知もない。


 退出用のゲートすら出現していなかった。


 代わりに、星骸炉心が光っていた。


 撃破演出は、すでに終わっている。アステリオンは倒れ、フィールド内の機構も停止していた。


 それなのに、中央の炉心だけが動いている。


 画面中央へ、見たことのない文字が表示された。


Axiom Sync:Failed

Visitor Registration:Pending


 意味が分からない。


 隠しイベントだろうか。特殊リザルト。追加ストーリー。ソロ撃破時だけ発生する演出。


 そう考えようとした。


 けれど、画面の光が強くなる。


 モニターの中だけではない。


 白い光が画面の奥から滲み出し、部屋の壁を染めていく。机の上の物が、輪郭を失う。


 違う。


 これは、ゲームの演出ではない。


 コントローラーを離そうとした。


 その手が、小さく見えた。


 黒い手袋。


 細い指。


 ゲームの中で何度も見た、タマキの手。


 立ち上がろうとして、椅子が消えた。床が消える。部屋の音が遠ざかる。


 最後に見えたのは、星骸炉心の中心部だった。


 何度も挑み、何度も見上げた光。


 けれど、それはもう、モニターの中にはなかった。


 白い光が、視界を埋める。


 ログアウトは、できなかった。

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