救世主 シマモト・ヨシオ目覚める
《天海聖暦681年》
島本義男は、大魔導士ガブリエル・モーガン公爵の大邸宅の豪華な部屋の天蓋付きベッドで寝ていた。まだ朦朧としている意識の中で、研究室ごと崖下に落ちた自分は奇跡的に助かったのかと思いながら目を静かに開いた。
「 お目覚めです!」「公爵様をお呼びして!」
その声で意識がはっきりしてきた。ベッドの両側の白い服の女性2人が、奇跡が起きたような驚きの表情をして私を見ていた。
「ここは何処ですか?」と言いながら上半身を起こそうとしたら、すぐに2人の女性が介添えをしてくれた。部屋には他に黒いメイド服の女性2人が待機していた。
「すみません、すべて公爵様からお話します。少しお待ちください」
…公爵とは誰だ? この部屋はなんて豪華だ、ここは病院ではないのは確かだ…
しばらくして、3人の男性が入室し、女性達は退室した。
「救世主様、お目覚めですか! 私はこの屋敷の主ガブリエル・モーガンと申します。それからこれが執事のボリス、従者のジャックです。よろしくお願いします」
「……」
「突然の事で混乱されていると思います。私が詳しくお話をさせていただきます。その上でお願いしたいことがあります」
深々と頭を下げているガブリエルに向かって
「私は本当に混乱していて何が何だか分からないです。説明を受ける前に、外の景色を眺めたい。ここが何処なのかをこの目で確認したいです」
ガブリエルが「かしこまりした」と言うと、ボリスがテラスに出られる扉を開け放し、ジャックが立ち上がる介添えをしてくれた。身体は自分でも驚くほど軽やかに動いて、介添えなど必要なかった。テラスからの眺めに「ウワァー 素晴らしい眺めだ、綺麗だ凄い!」と叫んでしまった。欧州の中世時代の様な街並みが、遠くに見える海に向かって拡がっている。テラスを回り込んで後ろ側を望むと大きなお城が見えた。
この景色を眺めたら、しっかりと話を聞く覚悟が出来た。それから2日間、このグルンジ王国の基本的な情報、財政破綻寸前の王国の内情、食糧不足に苦しむ国民、そして自分が救世主として国民に発表されていることなどの説明を聞いた。
日本で起きたあの大地震の元凶は、この屋敷の主である大魔導士ガブリエル公爵の禁忌の実験によって引き起こされたのだと思い腹が立った。協力は絶対にしないと思ったが最後まで説明を聞いて考え直した。シマモトは「実験のせいで地震が起きて津波に襲われ大災害になった」と怒った。しかし、それは違う、異世界から食糧を大量に運び込む為で、異世界に災害をもたらす実験では決してなかった。大地震は我々の実験とは別だと公爵は断言した。
国民を飢えさせない道が他に見つからなくて全責任を取る覚悟でやった実験だった。失敗した後は、公爵家の屋敷や土地、その他全財産を売却して、国民に配給する食糧の購入資金を確保したら、モーガン公爵家を取り潰す予定だ。しかし、資産の売却先を見つけるのにある程度の期間が必要だ。その為の時間稼ぎに私が利用されたという事だ。
日本に戻れないならこの異世界で生きるしかない。それに自分の容姿と肉体が若い青年に変わっている。私は長生きするかも知れない。覚悟を決めた。
「ガブリエル公爵殿、救世主の役をお受けします」
「おおー ご決心頂きありがとうございます! もし不運な状況になっても、私が脅して救世主と言わせた事にします。シマモト様にはご迷惑はおかけしません」
「私は植物学者です。私が貢献出来るのはこの分野しかありません。私に植物と土壌の調査・研究の権限を与えて下さい。そして、王国の民にはこのように発表してください」
------------------------
翌日、王国大広場にて国民に『救世主様のお言葉』が、国王陛下より発表された。
「救世主様のお名前は、シマモト・ヨシオ様 日本という理想郷からお越しくだされた。救世主様のお言葉は、『この国を救う為には90日間の調査が必要である。その調査が終わり次第に食糧事情改善策の大発表をする』と言うものである」
引き続き大魔導士ガブリエル・モーガン公爵からモーガン家の覚悟を発表した。
「それまで国民には何とか耐え忍んでもらいたい。良い結果が出るまでは、モーガン家のすべての金貨と宝飾品の売却で得た資金を使って、国外から麦・芋・とうもろこし、肉類を購入して配給する事を約束する」
この広場での発表の効果はとても大きかった。救世主のお言葉の内容は別として、王国内で一番裕福な大貴族モーガン家が金も宝飾品も全部手放してでも食べ物を確保すると約束した覚悟は庶民に希望を与えた。他の貴族も食糧を買う為の資金の提供を約束した。
さらに広場では、漁船漁業組合から朗報が発表された。
「敵対していた隣国ビルト王国と漁業協定が結ばれて、長く禁漁になっていた漁場から大量の魚介類がまもなく入荷します!」
広場は拍手と歓声に包まれた。
「ウォー!!! 」「やった やったー!」「魚だ、魚だ!」
元々、最高の漁場だった海域である。その権利争いが発端となって隣国との長い抗争が続いてしまった。新協定によりその海域で獲れた魚はすべて2国で折半となるので、現地でそのシステムを構築する為に時間がかかったらしい。さらには開発されたばかりの魔石入りボックスに入れられて入荷する魚介類は鮮度が保たれ、長期保存が出来て腐らずロスが無いことも大きな朗報となった。
漁船漁業組合からの発表で、救世主の話はかすんでしまったかのようだ。シマモトは王国大広場を一望出来るモーガン家の部屋からこの様子を眺めながら微笑んでいた。この雰囲気の方が落ち着いて調査が出来るだろうと思った。




