救世神と出会う
《天海聖暦769年 ゴウ 転生3日目》
今朝はケイとベンと俺の3人でテーブルを囲んだ。明るい会話をしながら食事をしていると、全てを失って異世界に飛ばされてきたという悲壮感が湧かない。アハハ!アハハ!と良く笑いこちらも楽しくなる。
「今日は貨幣の話をするよ」と説明を受けた。
貨幣は基本的に金貨と銀貨のみ。
価値の高い順から
特製金貨、大金貨、中金貨、小金貨、
大銀貨、中銀貨、小銀貨、1/2小銀貨、1/4小銀貨
それぞれ10枚で一つ上の硬貨と相当額となる。
「金貨と銀貨しかないのですか?」
「中銀貨以下の硬貨には、グルンジ鉱石が練り込まれて鋳造されている。その割合は、中銀貨が5割、小銀貨が7割、1/2小銀貨が9割、1/4小銀貨は全部がグルンジ鉱石さ。今は1/4小銀貨はあまり見かけないよ」
「あの~、ラーメン1杯の相場はどのくらいですか?」
「小銀貨3~5枚の間さ。スープの種類、麺の量、具材の種類と量、それにお店の立地によって変わるよ」
「たまに、高級具材をトッピングしたラーメンが中銀貨1枚というのを見かける。これは旅行者向けが多いかな。ただし、ボッタクリは国王通達令で厳しくチェックされているので、原材料の品質にあわない非常識なものは排除されている。それを知っているから旅行者も高くても食べるらしい」
「まずはお金が必要だろう。出かける前にお金を渡すぞ、前金だ」
「大銀貨1枚、中銀貨5枚、小銀貨10枚ある」
「こんなに沢山、ありがとうございます」
「後で給金から差し引くから礼は要らないさ。それにこんな金額は直ぐに無くなるよ」
「これは俺からのプレゼントだ。出来立ての[魚屋ベン&ケイの杖]だ」
「杖ですか?」
「グルメストリートは、東の港側からグルンジ救世神広場までは緩い坂が延々と続いている道だ。かなり疲れるから持っていると便利だ。それから困ったときや暴漢に襲われそうになった時、この杖が御守り替わりになるぞ。まぁ、その時になれば分かる」
杖は、こげ茶色の堅い木で出来ていて上部には魚の頭のような彫刻が施されている。魚の目の部分はおそらく魔石だろう。彫刻の下側にはベン&ケイの文字が浮き文字で彫られている。かなり威圧感がある。これはベンが腕の良い杖職人に作らせた一振りのようだ。
「ありがとうございます。この代金も給金から引いてください」
「こらっ これはプレゼントと言っただろう、黙って受け取れ」
「はっはい、すみません」
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第一王城通りの東端に立ったゴウは、グルメストリートと言われるこの通りの豪華さとスケールの大きさに圧倒された。観光グルメマップに掲載されていたレストランやホテルはごく一部でしかなかった。長く続いている通り両側のレストラン数なども想像出来ない程の多さだ。
ゆるい傾斜が延々と続いている通りをダラダラと歩きながら、お土産店にも入ってみた。小さな魔石が付いた商品が多く、〈永久にインクが枯渇しないペン〉や〈永久に研がなくても切れ味が落ちない調理ナイフ〉などが売れていた。
筆記用具のペンは必要で欲しかったので品定めをしていると、店主が声をかけてきた。
「お客さん、この国の火山近くで採掘される魔石類は極上だから一生使える品になりますよ。だからとてもお得な買い物です。お土産用にもご自身用にも大人気ですよ」
値段を見て断念。今持っている金はすべて飛んでしまう。それでもまだ足りない。
「とてもとても、私には買えません。これは高級品過ぎます」
「もっと安い普通のペンとインクはありませんか?」
「何をおっしゃっているのですか。そんな凄い杖をお持ちのお方が…」
店主は驚いた。
「私の店ではそんな普通の商品を扱ってないですよ。というかこのストリート界隈の店では何処も扱ってないですよ。高くて品質の良い商品を置かないと棚が勿体無いですからね」
店主が杖の浮き文字に気づいた。
「あっ ベン&ケイさま、これは失礼いたしました。ご関係のあるお方でしょうか?」
「私はベンの親戚です。といっても遠い親戚です。北西の辺境地のハビラ村から来ました田舎者です。初めての王都で右往左往しています」
「はぁー、ご親戚でしたか。私はベンさまの大ファンです。救世神祭りで、近衛兵団長としてこのストリートを先頭で行進するお姿に胸がキュンキュンしておりましたわ。あの筋肉の付き方はイイ! 私の理想の肉体美よ」
店主の声が裏返った。
「売り物じゃないけど、普通のペンとインクよ。あなたにあげちゃう!」
急に口調が変わったが気にしないことにしよう。ここは有難く頂戴して退散しよう。
「ありがとうございます。ベン叔父さんに頂いたこと報告しておきます」
土産店を出て再び広場側に向かって歩き出した。何処まで歩いても観光客で賑わっていた。広場に着くまで、この世界では何と呼ぶのか分からないが、アニメの中でエルフ、獣人族、ドアーフと呼ばれていた種族と何度もすれ違った。いろんな種族がグルメを求めて探索していると思うと楽しい。
やっと『グルンジ救世神広場』に着いた。とても大きい広場で、中央に大きな石像が3体建っている。近づくと見上げる高さの石像の迫力を感じる。3体の真ん中の一番大きな石像の台座に近づいてプレートを見た。
「えぇぇぇぇぇぇーーー!」
〘始まりの救世主 シマモト ヨシオ〙
出現 天海聖暦681年
ご逝去 天海聖暦748年
救世神 天海聖暦758年 石像建立
……これはどういう事だ? この若い男性の石像は島本義男先生なのか? しかも今から88年前に転生している。そしてもう会えない、お亡くなりになっている。今は神として崇められている……
急いで、他の2体の台座のプレートを見た。
「えぇぇぇぇぇぇーーー!」「どーーして!」
〘第2の救世主 マユミ キョウカ〙
出現 天海聖暦690年
ご逝去 天海聖暦757年
救世神 天海聖暦767年 石像建立
〘第3の救世主 ナカムラ シュンイチ〙
出現 天海聖暦690年
ご逝去 天海聖暦757年
救世神 天海聖暦767年 石像建立
……この石像は、真弓京香先生と中村旬一先生か! やはりお2人共お亡くなりになっている。直接お話を聞くことが出来ないとは悲劇だ。島本先生より転生したのが9年も後だ。3人の先生とも救世神と崇められているのはどんな活躍をしたのだろうか?……
……そうだ、渚、山本渚、渚は、渚はどうした?
ここに渚の石像が無いのは、日本で生き延びたのか? 転生したが活躍出来なかったのか? それともこれから転生して来るのか? この世界で渚に会えるのか? .....
「ううううーー」と唸り声を上げたゴウは、救世神となった3人の先生の若いお姿の石像の前で大の字に寝ころがった。目を閉じると答えの無い仮説が頭の中で駆け巡った。
「ゴウ! ゴウ! ゴウ!」
「ゴウ、危ない! ゴウ、起きて!」
なんとなく呼ばれているような気がして目を開けた。男が懐の中に手を伸ばしてお金を盗もうとしていた。別な男は杖を盗もうと手を伸ばした。抵抗しようとしたが、喉元にナイフを突きつけられた。恐怖を感じた瞬間、男が「ガァーー」と叫び転がった。ナイフを持っていた腕に小剣が刺さっていた。杖を盗もうとした男の方は、杖に触った瞬間に感電したように痺れてのたうち回った。
「ゴウ、大丈夫? 怪我はなかった」
「サクラ! サクラ、安心した。ありがとう」
「安心するのはまだ早いですよ。私の後ろに下がってください」
泥棒の仲間らしい3人が並んでこちらを睨んでいる。中央は長身の男でかなり長い剣を上段に構えている。左側は筋肉質の女性で槍の構えにはまったく隙がない。右側は太目の男で重そうな太い剣を下段に構えている。
長身の男がニヤリと笑いながら言い放った。
「ははは! メイドのお嬢ちゃん、おままごとの時間は終わりじゃよ。短剣投げはお見事じゃ。しかしこの陣形を見れば隙が無いことは分るじゃろ」
「ふうーん、それが何です」
「アシ一人で相手は十分じゃが、特別見せてやったのじゃ。黙って金と杖を渡せ! 言うことを聞かないと痛い目に合うぞ。お嬢ちゃんはアシの奴隷メイドにしてやるから覚悟するのじゃ ははは!!」
短剣は投げてしまったし、武器になりそうなのは杖しかない。対して相手は上段・下段・正面からと隙の無い一斉攻撃ができる陣形を見せている。自分の為にサクラを危険に晒すことはできない。金と杖よりサクラが大事だ。
「サクラ、金と杖を渡そう」
「そこのじゃじゃじゃじゃと煩いお兄さん、私の大事なお方にこんな事を言わせてはいけませんよ。こんな可愛いメイドの私に奴隷なんて物騒な話をしないでほしいわ。それにね、反対にあなたが私の奴隷になりたいと言ってもお断り、ジャワーーー」
杖を持って相手の陣営の前に飛び出したサクラは、相手の同時攻撃を避けながら杖の中から細長い刀を引き抜き、一瞬で3人の足を斬った。次に杖の魔石の部分を倒れた賊に向けると3人同時に痺れて動けなくなった。うつ伏せにして服を切り刻み露わになったお尻にあった蜘蛛の入れ墨を確認し「やっぱり!」と声を上げた。
目の前で見たサクラの剣術は、日本の時代劇の中で盲目の按摩が仕込み杖で相手を斬るシーンにそっくりだった。3人の陣形も何かの時代劇で観たような気がした。とても現実とは思えない。
「ゴウ! サクラ!」と声を上げながらマリーが兵士と一緒にやって来た。兵士は王都ラグールの治安維持隊とその調査隊員だ。悪徳組織SSCの地下組織がこのラグールにも出来たと情報が入り、グルメ観光客に大きな被害が及ぶ前に組織を壊滅させたいと動いている。
サクラが倒した賊5人のうち2人は雇われただけの街の不良で、他の3人がSSCのメンバーで組織の準幹部らしい。他の場所で3人の目撃情報があり逮捕に向かった治安維持隊員だったが相手の力に負け怪我をした。すぐに増員をして奴らを探していた最中だった。サクラ1人で全員を倒したのにはとても驚いたようだ。
隊員はサクラと俺に詳しい状況説明をさせ、縛った5人を連れて行った。
「2人とも無事で良かったわ」
「それにしてもゴウ、こんなところで大の字で寝そべって、目をつぶって、お守りの杖も手放して、危機管理が出来てないわよ。本当に危ないところだったわ」
「すみませんでした」
「そしてサクラ! 杖で痺れさせれば済んだのに、あんな斬り合いしてはダメ!」
「奴隷にすると言われて腹が立っちゃいました。すみません」
「本当はそれだけでないわね。 仕込み刀を試してみたかったのでしょう」
「エヘッ!」
「こら、エヘでないでしょう。まったくサクラは…」
2人には事前にベンが杖の説明をしていたようだ。持ち主が危険と感じた者に杖の魚の目の部分を向けると相手が痺れる。またその相手が杖に触れても痺れる。痺れが効かない相手の場合、切れ味鋭い仕込み刀を引き抜き戦えるようした特殊な杖だ。仕込み刀はゴウが使う事は想定しておらず、3人一緒に行動中にマリーとゴウを守る為にサクラが使う剣だ。軽くて切れ味鋭いその仕込み刀は、動きの速いサクラの剣術をさらに速くする。そうなればスピードでサクラに敵うものはいないらしい。
「あの、お尻にあった入れ墨は何ですか? ベンもケイも何度も俺のお尻の話をしているので何か関係があるのか気になります」
「極悪なSSCのメンバーのお尻には蜘蛛の入れ墨が彫ってあるわ。下っ端は逮捕された時にバレないように入れ墨を削ってから悪事をするのよ。でも痕が残るので分かるわ」
「という事は、ベンもケイも俺がSSCのメンバーかどうか確認したくてシャワー室に見に来たのですね。それなら裸で入って来なくても良かったのではと思いますが…」
「あはは! ケイですね」
「そう、ケイですわ。ケイはあまり疑ってなかったと思うわ。念の為にゴウの裸を見るのにタダで見る訳にいかなから、自分の裸を見せてあげると…きっとそうだわ」
これには何も言えなかった。
あっ、色々あって大事な事を忘れていた。救世神となった3人の先生について、そして渚について調べなくてはいけない。そう思ったら身体が震え出した。
「お願いがあります 救世神について詳しく知りたいです。石像を見たら『私達の事を知りなさい』とお告げがあったような気がしました。そのお告げで身体が震えています」
「救世神の事を知らないのは、この国の事を何も知らないと同じだわ。特に始まりの救世主のシマモト・ヨシオ様については最初に勉強しないといけないわ。本屋で売っているシマモト様の書物は、脚色されてしまい事実と微妙に異なるからゴウにはお薦めしない。30冊限定で製本された王族・貴族のみが読める『シマモト・ヨシオ自叙伝特別版』と王宮図書館の密書庫に原本がある『ヨシオ日記』の5冊しかない書き写し版を読めれば最高ね」
「是非、読みたいです」
「自叙伝特別版は今日手配して、明日サクラに届けさせるわね。その本は部屋から持ち出し禁止ね。国家機密に近い内容も書いてあるから厳重な保管が必要な本よ。あのベンの所なら安心だけど他では心配なの」
「自叙伝特別版を盗んで、闇で売り捌いたら、中貴族の豪邸を建てられるくらいの金額になりますよ。誰にも見られないようにして読んでくださいね! もちろんベンとケイに見せても大丈夫ですよ」
「そんな高価なもの私の部屋に置いて大丈夫か心配で怖いです」
「サクラがまた余計な事を言うから心配かけてしまったわね。これも私の為ですわ。私がゴウに読んで欲しいの、知って欲しいの、この国のこと全てを」
会ったばかりの俺に、どうしてそんなに思い入れがあるのか確認しようとしたが止めた。それより自叙伝に何が書かれているか気になって仕方がなかった。
翌日、サクラが届けてくれた自叙伝は片手で持てないほどの重さがある分厚い豪華な本だった。ゴウはそれから3日間は部屋に閉じこもった。一睡も出来ずに震えながら泣きながら何度も読んだ。この本の自叙伝は前編のみで転生後から約20年間のもので、中編・後編は借りられなかったらしい。しかし、真弓先生、中村先生とこの世界で再会して、3人それぞれ活躍した話などが書いてあり、前編だけでもかなりの事が分かった。
ただし、渚の事は何も書いてなかった。




