異世界でラーメンと出会う
《天海聖暦769年 ゴウ 転生2日目(午後)》
マリーとサクラは衣服が仕立て上がるのを待ちきれず、それぞれ服屋と靴屋の店内で仕上がるのを待っていたらしい。迎えに来た早々に「急いで着替えていただいてお出かけします」とサクラに早口で催促された。かなり急いでいるらしい。
漁港近くの魚屋から観光船が入る港方面へ早歩きで向かった。観光用の港に着くと観光客の多さに驚いた。これがグルメパワーか! 大型船が遠くに見え、そこから小型船に乗り換えて入港している。港の街並みと海がとても綺麗でつい見入ってしまった。
マリーが声を上げた。
「ゴウ こっち こっち この店で食べるの」
「すごい行列ですね」
3人は、急いで行列に並んだ。前には30人程の行列だ。
「この店は何を食べさせる店ですか?」
「ラーメンという料理を知っている?」
いきなりラーメンと聞いて狼狽えてしまった。
「えっ ラーメン? えっーと知りません」
この世界にもラーメンがあったとは衝撃である。行列の人の頭でラーメンと書いてあったのが見えなかった。「醤油」「味噌」「塩」の味が楽しめるらしい。神レシピの厳守店と認める食文化堅固協会の公認看板もあった。店名は〘カールの神ラーメン〙。
「食べたら思い出すかもしれないわね」
「ここは一等地だからいつも行列なの。だけど席数が多いから、すぐ順番が来るわ。でもこの時間はスープが無くなって食べられなくなることも時々もあるの。間に合って良かったわ! 急がしてごめんなさい」
順番が来て中に入った。石造りの教会のような大きな建物で吹き抜けの高い天井になっている店内には驚いた。120席程の広い客席が満席になっている。アニメでしか見たことがない人種の客も大勢来ているので、ついキョロキョロしてしまってサクラに小声で叱られた。
「だめよ! ゴウ、あまりジロジロ見るとお客さんに失礼ですよ」
「ここは、王家が経営しているラーメン店なの。豪華な店内なのは納得でしょう。幼馴染のカール第三王子がお店の管理を任されているけど、色々大変みたいですよ。カール第三王子もアンリ第二王子もマリーを狙っているのよ。マリーはモテモテなのですよ。でも2人とも何かにつけてちょっかいを出してくるから困るの。マリーの護衛として王子にどう対処していいか、それが大問題なのです」
「王子と幼馴染とは、お二人は何者ですか? 俺などがお供しても大丈夫なのですか」
「こら、サクラ、余計な事まで話してはダメでしょう」
「ゴウ、今の話は聞かなかった事にしてね。私たちの事は詮索しないでね」
「あっ はい 分かりました」
3人のテーブル席にラーメンが運ばれてきた。
異世界のラーメンとご対面である。
〔醤油チャーシュー麺〕〔味噌ラーメン〕〔塩ラーメン〕の3種類だ。
ほぉーと眺めていると早く食べてみてと催促された。
「まず、ゴウが全部味見してね。私たち2人は何度も食べているから」
「それにこの後に、野菜たっぷりのラーメンも来るから急いで」
言われるままに食べたが、どれも想像していたよりずっと美味しかった。俺は異世界を舐めていたようだ。ラーメン云々以前に、この世界にこんな美味しい醤油や味噌があることが驚きだ。麺も綺麗な仕上がりの細麺で美味しい。チャーシューも肉の旨味たっぷりである。3種類のラーメンはどれも文句を付けようがなかった。
次に、〔野菜味噌ラーメン〕と〔塩タンメン〕が来た。どちらも野菜の旨味が凄かった。日本で食べた野菜の味が霞んでしまう程にこの国の大地の力を感じた。麺は幅が広く少し厚みがあるように切り出されていて弾力もあった。
結局、どれを食べても美味い美味いと声を上げて食べていた。
「すみません、こんなに食べきれません。全部に口もつけてしまいました」
「大丈夫、サクラが食べるわ。凄い大食漢なのよ、気持ちいいくらいに食べるわよ」
「頂きます、ラーメン大好き」
サクラはあっという間に野菜がたっぷり入った2杯を完食した。さらに醤油チャーシュー麺を食べ終わり、残りの2杯を食べようとしたとろでマリーに止められた。
「サクラ、今日はそこまでよ、自重なさい。出るわよ。ゴウ、店を出てから色々聞きたいわ」
店を出て、真向かいにある港のカフェのオープンテラス席に座った。マリーが待ちきれない様子で色々と聞いてきた。
「ラーメン食べて何か思い出したかしら?」
「いえ何も… ラーメンは初めて食べて美味しくて感動しました」
「納得いかないわ! 初めてラーメンを食べた人が麺をあんなに上手にすすれないわよ」
「い、いえ、隣の席の客の食べ方を見てマネしただけです」
それでも納得がいかないマリーは頬っぺたを膨らましながらまた質問をしてきた。
「じゃー 今食べたラーメンをどう思ったか聞きたい」
「どうって、とても美味しかったですよ」
ゴウは少し真顔で話した。
「俺、記憶が戻らなかった時の夢が出来ました。自分のラーメン屋を開きたいです!」
マリーとサクラの目が光った…気がした。
サクラが強い口調で話しかけてきた。
「ラーメン店をこれから始めるのは大変です。並半端な覚悟では潰れてしまいますよ」
大変な理由を沢山挙げてきた。
「この王都ラグールだけでもラーメン店が500店以上もありますよ」
「そしてね、海外の評論家がラーメンは飽きたと言っているらしいです」
「店ごとに材料が微妙に違っても、所詮同じレシピですもの」
「サクラの言う通り、神レシピの堅固派と改革派とで一番揉めているのがラーメンよ。そうね、ゴウはまだその争いの事は知らないからね」
「揉めているのはベンから聞きました。経済誌にも書いてありました。でもその争いの中心の料理がラーメンとは驚きです。もっと驚きなのは、その500店が全部同じ神レシピに基づいているとは…」
「でもね、今まで改革派指導で神レシピを改変したラーメン店はすべて失敗したわ。神レシピはやはり絶対だという風潮は変わらないわ」
「でも、俺がやるなら全く違うレシピの新しいラーメンに挑戦したいです」
「本気なら、応援するわ。…でもゴウ 私達に何か隠し事していない?」
ドキッとしたが、俺が転生者でラーメン王と言われていたことは秘密にしないといけない。俺について何か知っている感じがするが、まだ誤魔化すしかない。
「隠すも何も、記憶が無いだけですよ。記憶が戻ったら何でも話します」
「俺まだ金も知識も全くありませんが、一から一人で挑戦してみたいと思っています」
…フムフム、「一から一人で」か、マリーは妙に納得した…
マリーが飲み物の代金を払らおうと、ポーチをテーブルの上に出したと同時に、マリーの斜め後ろからカギ手の付いた棒が延びてきた。咄嗟に、サクラがスカートの中に潜ませていた短剣を一瞬で取り出して棒を払った。「くそっ」と一言発し、賊は逃げようとしたが、サクラの動きの方が早かった。鞘に収まったままの短剣で賊の背中を突いた。賊はそのまま勢いがついて海に落ちた。ドッボーンと大きな音がして、カフェの客からの注目がこっちに集まった。
「最近、あんな輩が多くなったわね。スリやひったくりの被害が増えているそうよ」
「ビックリしたぁ~ 俺、ドキドキしています」
「サクラがいてくれて安心だわ、ありがとう」
「お財布を盗られなくて良かった。役に立てた!」
「注目されているから早く店を出ましょう」
魚屋に戻ったゴウは、まだドキドキが治まらなかった。ベンとケイに、カフェで起こった顛末を興奮して早口で話した。
「サクラにとっては普通さ。サクラはあたいの弟子だからね」
事情があって孤児になってしまった赤子をマリーの母親が引き取り、マリーと一緒に我が子のように育てた。笑うと頬がピンク色に染まるのでサクラと名付けられた。
サクラはマリーが大好きで、12歳の時に自分からマリー専属のメイドになると言い出した。さらにマリーと一緒に外出できるように護衛役も努めたいと言い出し、通っていた王立の天海聖真校の実践武術特別科の選択授業を受けた。しかし学校内では才能あるサクラの相手ができる剣の使い手がみつからなかった。そこで最強の女性剣士と言われたケイに弟子入りした。
「もう王家の近衛兵団に入れる実力があるよ。もし入団しても並みの男には負けないさ」
ケイの熱弁が止まらない。警備役には最適、可愛くて強そうじゃないから相手が油断する。さらにサクラの筋肉は理想的で羨ましい。普段は綺麗で軟らかいのに少し力を入れると鋼のような筋肉になる---
「ケイはサクラの自慢話になると止まらないんだ。娘のように思っているからな」
「そうだ お二人にお話ししたいことがあります。私に叶えたい夢が出来ました!」
このまま記憶が戻らなければラーメン屋を開きたい。と言っても金も知恵も情報もまだ何も無い。そこで二人の仕事を手伝わせてもらい、少し給金を頂ければ助かると厚かましいお願いをした。
深く頭を下げているゴウに対して、2人は驚きもせず笑っていた。
「あんた、 いいよね」
「ああ ケイがいいならOKだ」
「なんせさぁー、あたいら3人は裸の関係だからね。はっはっは」
「給金は少ないけれど仕事はしっかり手伝ってもらうぞ」
「家賃と食事代は給金から差し引くからね。それでいいかい?」
「はい、それでお願いします。ありがとうございます」
「前にも言ったけど、この国やこの街のことが分からないと何も出来ないぞ」
「まず1ヶ月は仕事をせず、色々と勉強しな」
「はい、あの基本的な事ですが、1ヶ月とは何日ですか?」
「あー! 教えてなかったね 本当に1から勉強だね」
1ヶ月は120日だ、春月、夏月、秋月、冬月の4つ
1年は4つの月を合わせた480日、春月1日で始まり冬月120日目で終わる
「今日は、春月2日だ、あと118日が勉強する期間さ。分かったね」
「分かりました、ありがとうございます」
明日は、マリーが何か用事があるようなので一人で街を探索する予定だ。サクラからこの観光客用のラグール案内マップを渡されていた。これを見ると迷路のように道が入り込んでいて、どこから観たら良いか迷ったのでアドバイスを受けた。
「先ずはお決まりの3大グルメ・ストリートを歩くといいだろうな。正式な名前は、北から第一王城通り、第二王城通り、南王城通りと言って、どの通りも『グルンジ救世神広場』につながっている」
毎年、秋月の1日に、近衛兵団を3編成に分け、3本の通りを海岸側から救世神広場に向かって行進する様子がとても壮観らしい。広場に近衛兵団が到着すると、グルム国王からお言葉を頂いた後、第一王子の『グルンジ救世神祭り』の開催宣言で、8日間の祭りがスタートする。
「楽しいぞ」
ベンの顔も楽しそうだ。
「あっ 明日と関係ないこと話してしまった」
「いえ、参考になります」
「3大グルメ・ストリートは一日では廻り切れないぞ」
「頑張って色々見て回ります」
「食べ物だけではなく、調理道具類・文具・武具・本、その他、飛びっきり良いものばかり揃っている店が多いから目が肥えるぞ」
「楽しみです」
部屋に戻ったゴウは、3大グルメストリートを調べた。昨日読んだ経済誌にも載っていた。海外からの王族や貴族をターゲットにした超高級レラントランや高級グルメホテルが沢山建ち並び、そのほとんどが予約を取るのが大変な人気店となっている。この通りの高級レストランやホテルは、グルンジ王国直営か貴族が経営している店が多い。
王族や貴族が庶民を差し置いて儲けに走っていると思ったが、読み進めると驚いた。王家はこの商売で得た利益の7割の額を国民から徴収予定の税額合計から差し引いている。つまり国民一人当たりの税負担額を減らしている。貴族は得た利益の6割の額を農業・畜産・水産の各研究機関への資金提供することを自らの義務としている。
この3大ストリート以外にも、数本ある人気のストリートに出店する王族と貴族にはこのルールが適用されるらしい。その他の場所では自由である。




