異世界で一目惚れ
《天海聖暦769年 ゴウ 転生2日目(朝)》
ゴウは、魚を焼いた香ばしい匂いで目を覚ました。ベンのお下がりの服に着替えたがサイズが大き過ぎる。上着の袖とズボンの裾もかなり捲り上げたが、それでもダブダブだ。靴には詰め物をして履いた。階段を降り、匂いに誘われるようにケイの方に向かった。
「おはようございます、昨日はありがとうございました」
「あっ 起きたかい、おはよう! 朝飯、ちょうど今出来たよ」
テーブルに焼魚とスープ、そしてライスを出してくれた。
「ありがとうございます。いただきます」
旨い! 焼き魚もスープも美味くて身体が震える。ライスは日本の米よりかなり大きい粒だが味は似ていて嬉しい。
昨日のシャワー室の一件もあり、テーブルでケイと二人向かい合わせで食べているのが気恥ずかしくなり聞いてみた。
「ベンさんは今居ないのですか?」
「契約しているレストランに魚を届けに行ったよ」
背中から声がした。
「ケイ、おはよう!」
「おはようマリー、早いね」
ゴウが振り向くと、綺麗で可愛い金髪の女の子が立っていた。ドキドキ、ドキドキ、これは人生で2度目の一目惚れだ。しかし、凄く惹かれている自分を隠した。
「この人は事故で記憶喪失になって、何一つ覚えてないってさ。昨日から店の2階に寝泊まりさせている。この街を案内して色々と教えあげな。それと、自分の顔も名前も憶えて無くてさ、仮名でゴウと名乗ってもらっているよ」
「そしてこのお嬢ちゃんは、マリー、貴族だよ。ある公爵のご令嬢さ、でもここでは堅苦しいことは一切必要なしだからね」
「ゴ、ゴウです、マリーさんよろしくお願いします。俺、昨日からケイさんとベンさんの2人には良くしてもらって本当に感謝しているんです」
「ゴウ、さん付けは止めてよ、あたいとはもう裸の関係ではないか」
「うっ」「えっ」
ゴウとマリーが声を漏らした。
「ゴウのお尻はとても綺麗だったよ」
「ケイさん いやケイ! もう意地悪するのはやめて下さい」
「私もゴウと呼ぶので、マリーと呼んでね」
笑顔が眩しい。
「お食事中ごめんなさい。用事を済ませてすぐ戻ってきます」
マリーは飛ぶように弾んで店を出て行った。
ケイにまじまじと顔を覗かれた。
「マリーに惚れただろう! あんなに綺麗なら仕方ないさ。首をふってもダメさ、あたいには分かるんだから」
両手で頬を挟まれた。
「でも、貴族の娘に手を出してはいけないぞ、大変なことになるからね」
見透かされていた。迂闊なことは出来ないと肝に銘じた。
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魚屋の外に出たマリーは信じがたい思いでウキウキしている。
昨夜、ベンからのメモ書きがマリー専属メイドのサクラ経由で届いた。
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◦マリーの探し人かもしれない青年をケイが発見した
◦俺の船のタラップに寝ていたので他の者は見ていない
◦本人は記憶喪失だと言っているが本当なのか分からない
◦とりあえず魚屋の2階に寝泊まりさせることにした
◦しかし、外国から来る詐欺集団の一味の可能性もある
◦鋭い感性のケイが悪い人間ではないと保証すると言っている
◦探し人でなくても害はなさそうな奴だとは俺も感じる
◦ケイはすでにお気に入りだ
気になるようなら明日にでも来て確認されたし ベン
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このメモ書きが届いてから眠れなかった。朝食も取らずにその青年を見に行った。ゴウと名乗る青年が振り返った時、頭の中で何かが光った。運命の人? 恋をした?
それはともかく探していた人物の可能性が高いと感じる。
近年、凶悪な世界組織の悪徳集団シャドー・スパイダー・コヴェン(SSC)から派遣された詐欺師が転生者の真似をして港で寝ている自分を発見させ、救世主だと偽り貴族から金を騙し取る事件が多発した。
嘘が発覚して捕まった詐欺師の尻には蜘蛛の入れ墨があった。最近捕まった詐欺師の尻に入れ墨は無かったが、蜘蛛の入れ墨を消した傷痕があったらしい。もっとも、もう騙される貴族はいないと思うが捕まる賊の数は減っていない。
ケイが言った「ゴウのお尻はとても綺麗だったよ」は、この悪徳集団SSCのメンバーとは違うようだと教えてくれたものだ。
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朝食を食べ終わった頃、マリーが2人の男性を連れて戻って来た。マリーに転生者だと見抜かれ男達に逮捕されるのではと思い、ケイの後ろに隠れるような行動をとってしまった。
「ゴウ、腕の良い服職人と靴職人を連れてきたよ」
安心して、ケイの前に出た。
「ありがとう。でも俺、金を持っていないから買えない。ごめんなさい」
「お金は要らないわ! これは私の為だもの。ラグールの街を案内するのにその服で一緒に歩かれたら私が恥をかくわ。人気で忙しい職人さん達なのよ。直ぐに採寸してもらってね」
急かされて2階の部屋に上がった。2人の職人に裸にされ頭から薄い布をかぶされた。それで採寸は終了らしい。ダボダボの脱いだ服と靴を先ほど使った薄い布で包み、魔石を上に置いたら青く光った。包みを開けてみると自分の身体に合うサイズになっていた。
「今はこれで我慢してください。明日には仕立て上がりますから」
着てみた、服と靴のピッタリ感に驚いた。
「俺、この服だけで充分です。靴も履きやすいです」
「そんなー マリーお嬢様に怒られます」
その後は強い口調で、
「それに、私共も商売なので新しく仕立てさせていただきます!」
階下に降りると、3人でテーブルを囲み何かをしていた。その中にメイドの衣装を着た女性がいた。マリーとメイドが椅子から立ち上がった。
「ゴウ、紹介するね。 サクラよ」
「小さい時から一緒に育ったから姉妹のようなものね。一応、屋敷では私専用のメイドなの。屋敷の外では護衛役も務めてくれるわ。こんなに可愛いのに、とても強いのよ」
「それとこの可愛いサクラにも、さん付け禁止ね」
「ええ、サクラ、よろしくお願いします」
「ゴウさん、あっ ゴウ、よろしくお願いします」
目が合った、可愛い! サクラの頬がピンク色に染まった。
…可愛いメイドが剣を持っている、なんかアニメみたいだ…
ケイが声を出した。
「ゴウ、可愛いからってボーッとしてないの! ははは!」
豪快な笑い声に、サクラの頬がまたピンクに染まった。
「服の生地とデザインを3人で決めていたのさ、ゴウには分からないと思ってね」
「すみません、お任せします」
2人の職人はデザインと布生地の指示書を受け取って満足気だった。良い商売になったのだと想像できる笑顔だ。マリーからの「出来るだけ急いでね」という強い要求に対して、「一着は今日の午後にお届けします」「靴も一足、お昼過ぎまでに仕上げてきます」と言って出て行った。
「午後に迎えに来るわね」とマリーとサクラが出て行く際に、王国の歴史書と経済誌、ラグール観光ガイドやグルメ本など沢山の本を置いていった。勉強しなさいと催促されているみたいだ…
ケイが魚屋の店先に開店の立て看板を出すと、すぐにお客が入って来た。ゴウは仕事の邪魔にならないように本を抱えて2階の部屋へ上がった。
本を開いて読み始めた。4、5ページ読んだあたりで、魚の納品を終えて帰って来たベンが「少し話がある」と部屋に入って来た。
「昨日、ケイとも話したのだが、街で記憶喪失と言うと怪しまれると思う。そこでだ、俺の遠い親戚で北西にある田舎の村から来たことにしようと思う。どうだ?」
「はい、田舎の村から初めて首都の街に来た何も分からない田舎者になります」
「そうだな、そうしよう。北西の村の名前は、ハビラ村。小さな村で、ほとんど誰も知らないはずだ。かなりの辺境地にあるからな」
「はい、ハビラ村出身という事にします」
「今、経済誌を読み始めたところでした。グルンジ王国の財政問題と書いてあるこの雑誌です」
「ああ、俺も読んだ。こんな難しい本に興味あるのか?」
「いえ、何も知らないので何にでも興味あります」
「俺が簡単に説明してやるよ」
ベンの説明は分かりやすかった…
現在、この国の収入の9割が外国から訪れる大勢の観光客がレストランや宿泊施設に落としていく金銭である。その観光客全員の目的はグルメである。
約70年前に、持ち回りで2年に一度開催される各国の王族や貴族が参加する《新文化交流ビエンナーレ》が、グルンジ王国主催で開催された。この時に提供された新しい料理の数々を食べた他国からの来客は度肝を抜かれた。見たことが無い食材、斬新な料理、想像を超える味、そして何よりも震えるような美味しさに騒然となった。
世界中にこの小国のグルメの話題が拡散された。その翌年あたりから、観光客が激増した。王族や貴族がグルメホテルを競って建て始めた。庶民が経営する安価なホテルも増えた。王都の街中には、王族・貴族経営のレストランが溢れ、さらにそれよりも多い数の庶民のレストランが乱立した。それでも外国から訪れた観光客にとっては、どの店で食べても感動する美味しさに出会えて、料理の評判が落ちることはなかった。
その後、《新文化交流ビエンナーレ》参加国の総意により、奇跡のグルメ国家である「グルンジ王国」の食文化を守る為の宣言案が採択された。【何者かによりこの国の食文化を壊そうとするような不穏な動きが発覚した場合、参加国がその排除に協力する】という簡単な内容だ。
しかし、その宣言文の出された効果は大きく、世界中からこの国に観光客が押し寄せるようになった。おかげで国民の生活は豊かになり、国の財政も安定した。
「ベン、とても分かりやすかった。凄いね」
「違うぞ ゴウ! 経済の話、この本の大事な内容はこれからだ」
最近、海外のグルメ雑誌に、何人かの評論家が同じような内容の批評文を載せたもので『グルンジ王国の首都ラグールは、何度行っても美味しさに溢れた素晴らしい街だ』と、ここまでは良いのだがその後だ、『いくら素晴らしい料理でも、私のように毎年数回もラグールの街を訪問し毎日食べ歩きをしていると、新鮮味が無くなるのは仕方ないことなのか…』と書いている。つまり、遠回しに食べ飽きたと言っている。
グルメが唯一の収入源と言っていい我々は、これらの批評を簡単に無視することは出来ないと大騒ぎになっているのだ。今、グルメ対策会議では、2つの会派の意見を巡って紛糾している。
食文化堅固協会は、カルロ・マルタン公爵を代表とする保守派である。神レシピを改変するなどは先代への冒涜だ。神レシピの数は多い、故に改変の必要性など無い。各料理の神レシピを厳守し、レシピに忠実な調理技術の精度を一段と高くして神レシピで作る料理の頂点を目指して欲しい。それが《飽きることがない料理》を作り出す究極の方法である。その為には、神レシピ専門の王立料理学校の創設が必要と説いた。
一方、食文化未来研究会は、エンリケ・ロベール(レストラン案内本『ジャポ』編集長)を会長とする改革派だ。しかし、メンバーはバラバラでまとまりの無い組織である。料理は神レシピといえど、良くなるなら改変しても構わないという考え方だ。これまでは少数派の意見に過ぎないと言われるので静かにしていたが、今回は違った、意見を引かない。
料理学校で技術を教えるのは賛成で、神レシピにもしっかり敬意をはらうのも賛成だ。だが、これからのこの国の未来の為にはそれだけでは足りない。調理人は、それぞれの個性で神レシピを超える料理を作り出す挑戦をすべき時期であると説いた。
「グルンジ王国の財政はレストラン経営と同じみたいですね。とにかく、料理でお客をどんどん呼ばないと財政破綻の危機になると」
「ははは! まぁその通りだな。グルメがこの王国の基盤だ」
ベンが部屋を出て行った後も財政問題が書いてあった経済誌を読んだ。やはりベンの説明は本当に分かりやすかった。『伝統と技術を守り抜く事』と『新しい発想と技術で新たな価値を生み出す事』はどちらも重要だ。神レシピの堅固派と改革派との対決内容が詳しく書いてあり、不謹慎と言われそうだが内容はとても面白かった。




