救世主現れる?
《天海聖暦681年》
漁業権の争いから発した南の隣国のビルト王国と50年続いた紛争が、両国の痛み分けという内容の公正書に両国王が調印して戦乱が終結した。このとても長い紛争によりグルンジ王国は財政破綻寸前の状態に陥った。国民、特に庶民の食糧不足が深刻化している。漁師が獲ってくる貧相な数の魚介類が唯一の食料という緊急事態だ。
それを打開すべきと、国王が唯一公認した王室御用達大魔導士のガブリエル・モーガンが禁忌の実験に手を出してしまう。実験と呼ばれるのは魔導書の中に「誰も試したことが無い禁忌の実験方法」と書いてあるからだ。
「国王陛下! もうあの実験に頼るしかありません」
「うーむ」
「このままではグルンジ王国は財政破綻し、国民は餓死してしまいます」
大魔導士ガブリエル公爵は何度も頭を下げた。
「何卒、何卒、実験の許可を…」
「お前がそれほど言うなら許そう。頼りにしておるぞ! ただし、これは禁忌の実験だということを肝に銘じておるな」
「はい、ありがとうございます。必ずや成功してみせます」
その実験とは、禁忌の方法を使い異世界から大量の食糧を運び出すことを画策したものだ。失敗したらどんな災害が襲ってくるか分からないので禁忌とされてきた。しかし、実験は禁忌の魔導書の内容通りに決行されることになった。海岸沿いに大規模な魔道装置を数か所に設置し、周辺の住民を避難させ安全を確保して準備が完了した。
大魔導士ガブリエル公爵は「奇跡の瞬間だ!」と叫び、魔道装置を本当に起動させてしまった。光の柱が何本も空高く昇り、空間が歪んで見えた。それから光の柱が空中で大爆発を起こし、光の破片が地上に落ちてきた。周辺の建物200棟、漁船70隻が破壊された。試みは大失敗に終わり悲惨さだけが国民の目に焼き付いてしまった。
破壊された浜辺の舟の残骸の中に黒髪の若い男性が半裸で眠っている姿で発見された。ガブリエルは、自分の保身の為、失敗では無かったと言い訳をする為にこの男を利用しようと考えた。とりあえずの時間稼ぎが出来ると…
「このお方こそ救世主である。詳しくは、お目覚めになってから発表する!」
こう宣言し男を従者に運ばせ、逃げるように自分の屋敷に向かって行った。
眠ったまま発見されたこの若い男性こそ、植物研究の世界的権威だった島本義男博士の転生後の姿だった。後に、島本はグルンジ王国の本当の救世主になる。
しかし、この時は住民の誰一人としてガブリエル公爵の話を信じた者はいなかった。食糧難のこの時期に、実験の失敗で数多くの漁船に被害が出た。希望が持てないのは当然であった。




