47. グルンジ救世神祭り Ⅲ (葱)
天海聖暦771年 秋月1日 午後
葱ラーメンの屋台は8ヶ所に分散してテントの周りに均等の距離で配置されている。屋台といっても木工職人が組み立て式に仕上げた大きく立派なものだ。そこで今日の為に練習してきた8つの葱農家の家族がラーメン屋台開店に向けて最後の準備をしている。ラーメン屋台の隣にはそれぞれの葱農家が収穫した葱の売店も併設している。
その8ヶ所の屋台の前には、すでに長い行列が出来ている。皆が並びながら渡されたパンフレットを真剣な顔で見ている。特製葱ラーメンのレシピと葱の説明が書いてあるからだ。この世界ではここグルンジ王国以外では葱は栽培をしていない。観光客にとっては珍しい美味しい食べ物なのだ。
「ドクターはまた来てくれなかったわ。まったく…」
列に並んでいたマンダリンが3人のイブロ王国のラーメン戦争部隊員に愚痴をこぼした。ドクターSは他に寄るところあるからと現地で集合となっていた。
「うーん、これで何度目!?」
部隊員にこれ以上愚痴をこぼしても何にもならないと気持ちを切り替えた。パンフレットを見た。葱はマンダリンの得意分野だ。転移前、健康サプリの開発の為に葱の抽出液やフリーズドライした粉末を使った研究をしていた。だからこそシマモト先生がゼロからこれだけの葱を作り出した凄さに感動している。葱の名前付けも転生前と同じで分かりやすい。
メインの《救世神の曲がり葱》は、転生前の郡山市の《阿久津曲がりねぎ》を目標に作ったと書いてある。美味いのは食べる前から分かる。救世神の葱名は料理人が勝手に付けたのが一般化した。
隠し味に、油葱酥を使用するとは? これは間違いない。このレシピを書いた天才ラーメン王のゴウとは、竹岡一進社長だ。私には分かる。
エシャロットといえば、苦い経験があった。会社の仕入れ部の先輩にエシャロットの抽出液の発注書を出した。しかし、届いたのはエシャレットの抽出液だった。エシャレットは若い時期に収穫した[らっきょう]で、元々はエシャロット名で売られていたらしい。玉葱の一種のエシャロットが市場に出るようになって、名称がエシャレットに変更されたので間違いやすい。混同されないように詳しく書いて発注するようにと上司に注意された。
白葱は、曲がり葱の他に真っすぐの長ネギもレシピに記載されていた。
◦《白髪ネギ》
長ネギを5cmほどの長さに切り、白い部分のみを取り出す
繊維の方向に細く切る
切った葱は水にさらしシャキシャキ感を出す
◦《揉みネギ》
サッと表面を水洗い
斜め切りにした葱を手でよく揉んで、辛味を抑え、甘さを引き出す
甘辛い香辛料をほんの少し加えて混ぜ合わせる
トッピングの最後に、選んだ2種類の細い青葱を刻んで上からバランス良くふりかける。使用する青葱は、〔葉葱〕、〔チャイブ〕、〔あさつき(浅葱)〕、〔わけぎ〕から好きな葱を選択するとあった。
細かく言うと、〔あさつき〕は、青葱に似ているが別の品種だ。細い葉葱をあさつきと呼ぶこともあるが本来のあさつきとは別種だ。〔わけぎ〕は、葱とエシャロットの交雑種で分類上は青葱ではない。
「マンダリン殿! マンダリン殿! 大丈夫ですか?」
同行していた部隊員の1人が深く考え事をしている様子が気になって声をかけた。
「あっ ごめんなさい。頭の中が葱だらけになったの」
「……?」
「ラーメンの提供が始まりましたよ」
マンダリンと3人の部隊員はテントの中で特製葱ラーメンを食べて飛び上がった。
「美味しい!」「美味し過ぎる!」「凄い!」
「この国に来て、毎回何かを食べる度に飛び上がっている。もう身体がもちません」
「しかし、今日のこの特製葱ラーメンの旨さは凄いですね」
「しかもレシピを公開するなんて太っ腹ですね」
「葱を帰国の手土産にさせる作戦が見え見え」
もう特製葱ラーメンを食べた裕福そうな観光客達が、帰国の船に乗せる葱の予約をしている。食材の鮮度が落ちない魔石が入った木箱を購入して葱を持ち帰るようだ。何度も使用可能な魔石なので次に来る時は魔石だけ持参すれば箱だけ買えば済む。
盛り上がっている部隊員に指示を出した。
「ここで販売している全種類の葱を買って屋敷まで運んでください!」
「レシピには使われていない〔芽葱〕〔赤葱〕〔太青葱〕も忘れずに買ってね」
◦◦◦
「また怒っていますね」
「怒るのは当たり前だ」
ガーゴ王国ラーメン開発プロジェクトチームは、マンダリンが居るテントとは別のテント中に居た。リーダーのアンとアルバンとチームのメンバーが特製葱ラーメンを食べている。
「また美味しいから怒っているの?」
「違う、分かるだろう」
「発表された採点評価基準のことね」
「思惑が外れた。腹が立つ! 新しいことが評価する重要ポイントだと…」
「今まで見たこと食べたことがない新しいラーメン。難しいわね」
「箱の発明が無駄になる」
……
アルバンの戦略は、王都ラグールの評判の高い人気店の味を寸分の狂いなくそのまま再現することだった。それが出来れば、イブロ王国とのラーメンの戦いに勝てると考えた。その為には、店のラーメン1杯を丸ごと持ち帰り分析し研究する必要があった。だったら持ち帰ることが出来る箱があればいいと思いついた。
最初にトライしたのは、肉・魚介類・野菜の鮮度を落とさない魔石箱だ。ラーメンのような汁物を入れてみた。時間を置いて箱を開けてみるとスープの温度が下がり、具材が汁を吸って柔らかくなってしまった。それを見てアルバンの研究者魂に火が付いた。この世界の様々な魔石を砕石し組み合わせをする箱作りに没頭した。しかし、なかなか結果が出なかった。
ある日の早朝、徹夜したアルバンが屋敷の裏庭に出て、ぼんやりと屋敷の下側に広がる街並みを見ていた。研究は行き詰まっていた。そこに同じく徹夜明けのアンも裏庭に出て来た。
「アルバン、おはよう! また徹夜? 私も徹夜よ」
「おはよう、アン」
「私、この時間の街並みが好き。通りに誰もいなくて時間が止まっているみたいで…」
突然、アルバンが叫んだ。
「アン! それだ! それだ!! 凄いぞ」
「突然どうしたの?」
「その発想は自分には無かった。ありがとう」
「時間よ~止まれ~だ。時間よ止まれ作戦だ!」
転移して活性化したアルバンの脳が急に大きく動き出した。それまで試した魔石の大量のデータからの組み合わせる計算式が湧きだした。アルバンは、自分は天才から神に近づいた存在になったとさえ感じた。計算上、考えた魔石の組み合わせでラーメン丼が入る程度のサイズの木箱なら中の時間を止めることが出来る。
試作した木箱に、お湯を入れたラーメンの器を入れた。蓋をして鍵をかけた。箱を揺らしたり逆さにしたりした。それを半日放置して蓋を開けた…
「湯気だ! 熱々だ! お湯が一滴もここぼれていない!」
「やりましたねー」
「時間を止めた!!!」
時間を止める箱は、何種類もの珍しい貴重な魔石の粉末を使用するので試作箱と合わせて4箱のみの制作だ。これは、転移前の世界でも、この世界においても驚異の大発明品だ。これはアルバンとアンだけの秘密だ。チームにもラーメンの鮮度を落とさない箱と説明し、時間を止めたことは伏せてある。
……
「箱の発明は無駄にならないわよ。これから戦略を見直すだけよ。アルバンは研究と発明の神になったのでしょう。これからよ」




