42. アンとアルバン
天海聖暦771年 春月21日~
転移した船室で大沼ユリと興梠三郎は開かないドアを叩きながら叫んだ。
「開けてくれ!」
「誰かいませんか、助けてください!」
ドアの外から声がした。
「何者だ!」
「どうやって中に入った」
「イブロ軍のスパイだな」
「ガーゴ国王を狙ったアサシンか」
2人は聞いたことがない異国の言葉に戸惑ったが何故か意味が分かった。
「怪しい者ではありませんわ」
言葉も話せた。
「いいか、よく聞け。ドアから離れて両手をひらいて真上に上げていろ」
「絶対動くな! 動いたら命はないぞ」
「わかった」「わかりました」
バーンと大きな音がして両開きのドアから剣を持った10人程の兵士が入って来た。素早い動きで2人の首元や心臓に剣を突きつけた。
「ひぃー 助けて」「うっー、怪しい者では…うっ、待ってください」
「うるさい! 何も話すな。イブロ軍だと分かっている」
兵士の上官らしい男の指示で服を脱がされた。何も隠していないと確認すると次の指示が出された。
「簀巻にしろ」
2人は筵で身体を巻かれロープで縛られた。興梠三郎はこのまま水の中に放り込まれる恐怖に襲われた。
「助けてください! 何でも話します! 話させてください」
「黙っていろと言っただろう! 今直ぐ始末はせぬ。後で自供させるから覚悟しろ」
「2人を船底の汚物保管室に閉じ込めておけ。今は引っ越しで忙しい」
さらに上官は、脱がせた奇妙な服と金属の鞄に入っていた不思議な器具類を帰国後に専門調査官に渡すように指示した。
……
大沼ユリと興梠三郎の2人は、戦艦が2日がかりでガーゴ王国に帰還するまで臭い汚物保管室の中で簀巻にされたまま閉じ込められた。与えられたのは水のみで憔悴しきっていた。その後は島の断崖絶壁に掘られた小さな牢屋に1人ずつ入れられ、真ん中に穴が空いた長い布と強く引っ張ると切れそうなボロ縄を服だと渡された。食事は1日1回のみだ。昼時に粗末な食べ物と水が運ばれる。
牢屋に入れられた2日目からガーゴ軍の尋問官による取り調べ(尋問)が始まったが、2人を見て呪われた生き返り人だと恐れられて尋問が中止された。交代で担当した尋問官もゾンビとかアンデットとか言い出して取り調べが進まない。
これは、尋問官達がトラキール帝国の『呪われた白髪死人出現禄』を読んでいたからだ。トラキール帝国では、突然出現した光の渦の中から死人が現れるという珍事がおこる。その死人は白髪で50歳ぐらい年齢、そして見たことが無い奇妙な衣装をまとっている。ここ100年の事象を記録した書簡だ。100年で80人の白髪人が出現したが、生きて出現した者は1人もいない。それで呪われた白髪死人と云われ、不吉な存在とされている。
海側が断崖絶壁の地形の丘に建つガーゴ王国の島城。会議室は大騒ぎとなった。この国の実質的な実力者は51歳になる宰相のマルセロ・カイナスで、王の相談役や指南役の立場で権力を握っている。知識も能力も王国一と云われジョン・ガーゴ王からの信頼も厚い。宰相の長男のセド・カイナスも政務参謀の立場で王と宰相を補佐している。父親と同じ金髪だ。28歳と若いが父親を超える宰相になると評判の人物だ。
セドが怯えている2人の尋問官に聞いた。
「呪われた白髪死人が日本という異世界から来たと言っているのは本当か?」
「本当です。何度も言っております。話をさせろと言うのですが薄気味悪いです」
「俺が話しを聞く」「私も聞く」
「宰相殿は呪われた者に近づかない方がよろしいと思います」
「セド殿も会わない方がよいです」
「呪いで危害が及ばないうちに、もう一度簀巻きにして海に投げ落として始末しましょう」
「バカ者! 私は呪われた者だと信じておらぬ。自分の目と耳で事実を確かめる」
セドと一緒にマルセロ宰相も白髪の2人から話しを聞きくことになった。翌朝、牢屋から出されたユリと三郎はそれぞれ女兵士と男兵士に悪臭が消えるまで汚れた身体を洗われた。宰相と政務参謀に会うため小綺麗な服を着せられて政務会議室に入った。室内にある横長のテーブルの端の席に座るように指示された。
「お前たちは何者だ? 最初に名前を聞く」
2人は、コオロキ・サブロウ、オオヌマ・ユリと答えた。
「それでは全てを話してもらう。嘘偽りを話すな。いいな!」
サブロウは、セドの鋭い目つきと声に怯えながら話し出した。日本で就職したばかりの研究室の外に光の柱が出現し地震や津波が発生した。その後、光の渦に巻き込まれた。光が消えると二人は船室の中に転移していた。この事実をありのまま伝えた。
宰相のマルセロは、光の柱と聞いて昔トラキール帝国の魔道士が行って大災害をもたらしたという帝国の伝記を思い出した。その大災害後に、白髪の死人が帝国の港に出現するようになったらしい。この二人も何か関係がありそうだと感じる。
「その研究室は、何の研究をするところだ?」
「日本にはラーメンという食べ物があります。そのラーメンの研究をする場所ですわ」
緊張していたユリだが、サブロウの話を少しは信用してもらえたと感じて話した。
「…」「…」一瞬の沈黙があった。
「なんだと! それは本当か!」
「ラーメン! 今、ラーメンと言ったな。ラーメンを研究する場所にいたと」
マルセロもセドも驚きのあまり大声を出した。
深呼吸をしたマルセロは側随員のメグに指示を出した。
この世界では私設秘書を側随員と呼ぶ。
「メグ、食事と飲み物をお2人にお出ししろ」
「お2人は我々が資料を準備して戻って来るまで朝食をお取りください」
サブロウもユリも口調が変化したしたと感じた。ラーメンという言葉にあんな驚きの反応をしたことと関係がありそうだ。しかし、それより今は食事だ。目の前に運ばれた料理が宝石のように輝いて見えた。久しぶりのまともな食事だった。食べながらユリは涙を流した。サブロウは食べ物をこんなに美味しいと感じたのは初めての経験だった。
2人が食べ終わり、お給仕がテーブルの食器類を下げたタイミングでマルセロとセドが政務会議室に戻って来た。その後から薄緑髪の側随員メグが大量の本や資料を従者と一緒に運んで来た。
このメグという側随員はマルセロ宰相の私設秘書の仕事を完璧にしている。平民の23歳の女性だ。2年前、マルセロは優秀だと評判の高かった3人の若者を側随員として同時期に雇った。マルセロは思い立ったことは直ぐ行動しないと気が済まない性格で、雇われたメグと2人の男性は対応に苦労した。希望通り素早く対応出来たのはメグ1人だった。
結局、マルセロは全てメグに指示するようになり、2人の男性側随員はマルセロのもとを去った。それからはメグの給金が2倍に上がった。マルセロはメグを信頼し可愛がった。もっとメグを気に入ったのはセドだ。マルセロに宰相としてではなく自分の父親として相談した。「メグを妻にしたい、可能ですか?」と。「それはいい!」と賛成され、メグを貴族の養女にしてから娶らせることに決まった。
――――――
【メグと従者が運んで来た書籍類や資料】
『ガイロ王国連邦と連邦内の3つの島国ガイド』
『ガーゴ王国歴史書』+ガーゴ王国案内資料一式
『世界の魔石ガイド』
『世界何でもランキング』
『世界の軍事力考察』
『グルンジ・ラーメン・ガイド・マップ』
『ラーメン戦争時代のラーメン批評500』
『ブラック自叙伝…本屋の再生からブラックラーメンまで』
『シマモト・ヨシオ自叙伝』
『マユミ・キョウカの救世主伝記』
『ナカムラ・シュンイチの救世主伝記』
『グルンジ王国の歴史』
…他…
――――――
「コオロキ・サブロウ殿、オオヌマ・ユリ殿、もっと確認したいことがある」
「はい」「どうぞ」
「ここからは、政務参謀のセドと秘書のメグから質問させる」
「何でもお答えしますわ」
「日本という異世界から来たという証拠が欲しい」
証拠と言われても直ぐに思いつかない2人にメグから質問だ。
「グルンジ王国の救世主は日本から転生して来たとされています。分かりますか?」
メグは自叙伝や伝記の書籍を指しながら、シマモト・ヨシオ、マユミ・キョウカ、ナカムラ・シュンイチの名前を言った。さらに、まだ自叙伝も伝記も出ていないリーナ・アントーニ公爵夫人の名前を出した。
「公爵夫人以外は知っています」
「ラーメン研究室で救世主と云われているその先生達と一緒でしたわ」
「信じられん、信じられん!」
「まさか、まさか! それは本当か!」
マルセロとセドは興奮したが、メグは冷静だった。
「それが真実なら疑問があります」
グルンジ王国の救世主は18歳の若さで転生している。しかし目の前の2人はガサガサの白髪で50歳ぐらいの年齢だ。納得がいかないので説明を求めた。
「どうしてこうなったのか私も分からないわ」
「転生者と転移者の違い。考えられるのはこれだけかな」
投げやり気味のユリと違ってサブロウは考えを話した。
光の渦に巻き込まれ身体が浮き上がった瞬間、真下に見えた研究室の建物が地盤ごと崩れ落ちていった。あれでは建物の中にいた先生達は助からない。おそらく彼らは日本で亡くなっている。その後に生まれ変わってこの世界に来た。
一方、自分達は死亡していない。光の渦の中でも意識がある状態でこの世界に来た。もしも光の渦の中で意識を無くしていたら白髪死人となっていたと考えている。
この説明には説得力があった。続いて、ユリから3人の救世主の日本での活躍や業績などこの世界では知られていない話を聞いたマルセロは宰相として日本から来た転移者と認める決断をした。
2日後、ジョン・ガーゴ王へ日本からの転移者出現の報告をし、王から今後の戦略実行の裁可をいただいたマルセロは、サブロウとユリに協力を要請した。
「えっ ラーメン戦争への協力ですって?」「勝者には島国が与えられると?」
これまでの経緯を詳しく説明された2人は唖然とした。協力と言っているが強制だ。協力した結果の成功と失敗は、生と死だ。そんな覚悟が必要だ。
「日本のラーメン研究室の室長と副室長だった2人なら勝ったのも同然だろう」
「しかし私達はまだ…」
慌ててサブロウはユリの言葉を遮った。「…まだ日本でもラーメンの研究を始めていなかった」と言い出しそうだと思ったからだ。ここは余計なことを言わず、やるしかないのだ。
「協力させていただきます」
「期待している」
「ガーゴ王からラーメン戦争に勝利したら褒美が出る。伯爵の地位も堅いだろう」
「私から2人に注意事項ある」
セドが真剣な顔で話した。
1.日本からの転移者だと知られてはならない
2.確実にラーメン戦争に勝利する為に専門の研究者がいることを隠す
3.その為に、トラキール帝国にも報告しない
4.トラキール帝国側に転移者と知られたら命の保証は出来ない
5.知られた場合、ガーゴ王は知らなかったことで通す
6.2人は名前を変えて、国外に住んでいた私の親戚とする
「早速、名前を決める」
「私は、アルバン・クリケットにします」
「分かった、サブロウ殿はアルバン・クリケット・カイナス」
「私は、えーと…」
アルバンは冗談を言った。転移したユリが発した「あーん、どうなってんねん」の言葉を茶化した。
「俺がつけてやる。アン・ドーナットだ。ははは」
「こんな真面目な席で冗談とは悪い癖だわ」
「いい名前だ。ユリ殿はアン・ドーナット・カイナスだ」
「ええー」
「それともう一つ。2人は夫婦とする。その方が怪しまれない」
マルセロも指示した。
「これからラーメン開発プロジェクトを組む従者にも2人の素性は秘密にする。普段はアンとアルバンの呼び名だけで良いが、秘密がバレそうな問題が起きたらカイナス一族だと言えば、従者達は余計な詮索をしなくなる。いいな」
「わかりました」「了解ですわ」
この日よりアンとアルバンの待遇は劇的に変わった。島城近くの大きな邸宅が与えられ、8人の世話係が付いた。その環境で2人はこの世界やガイロ王国連邦のことから始めて様々なことを短期間で学ぶことになった。先生役は、マルセロ宰相の側随員のメグだ。優秀なメグの説明や解説は完璧で分かりやすいと2人から感謝された。
そのメグが驚いたのはこの2人の能力の高さだ。一度説明したことは確実に記憶しているようだ。さらに本や資料を読むスピードが尋常ではない。実はアンもアルバンも驚いている。2人は転移前の日本でも学習能力は誰にも負けなかった。本を写真に撮るような感じで速読出来る能力もあった。
この世界に転移した後は、その能力が何十倍にも高まっていると感じている。思考能力と思考スピードも同じく恐ろしい程に高まっている。アルバンはこの能力の代償が白髪だったのなら許せると思いはじめた。アンはどんな研究でも大きな成果を出せる自信が湧いてきた。
それから20日程過ぎた。アルバンは邸宅の一室を自分の研究室にして閉じこもるようになった。メグを経由して宰相に依頼し転移時に持っていたアルミの鞄を返してもらった。それに加えてガーゴ王国が保管している全ての種類の魔石のサンプルを邸宅に運ばせた。
50日も経つと学ぶことが無くなったアンも邸宅内に専用の研究室を作った。早くグルンジ王国の王都ラグールにラーメンの研究に行きたかったアンだったが、アルバンに研究が成功するまで行けないと足止めをされた。その研究は春月が過ぎ夏月に入っても成果が出なかった。
しかし、夏月48日についに研究実験が成功した。革新的な研究成果品を持って、アンとアルバンの〔ガーゴ王国ラーメン開発プロジェクトチーム〕がグルンジの港に入ったのは夏月85日のことだ。




