マリオラ・ダークリス皇妃の生い立ち
世界3大国の1つのオーパス共和国は、世界一の貿易力を持つ。国土は世界一広く豊かな大地がある。その北に広がる雪山には山岳民の雪族が住んでいる。その族長の娘がマリオラだった。酷寒の地で食べ物が少なく山賊のような暮らしをしていた。
雪族の特徴は、頭脳明晰、剣の達人、美男美女である。さらに冷徹な判断力と実行力を持つ。それらは酷寒の環境で生きる為に必要な要素だ。政府のコントロールが効かない雪族はオーパス共和国にとっては厄介な存在だった。
独身皇子時代のベルゴス・ダークリスは、オーパス共和国の積雪地帯の山に雪鷲狩りに行った。雪鷲は羽を広げると3mにもなる。その羽は雪で出来ているような美しい真っ白な鳥だ。
雪山に入り目撃情報があった場所に生け捕りにするための罠を仕掛けた。しばらく待つと罠の方角に白い鳥が降り立ったのが見えた。急いで罠の場所まで駆け登った。大きな罠籠の中に餌につられた雪鷲が入っていた。
「うわぁー 綺麗な鳥だ!」
バサッと音がした瞬間、ベルゴスをはじめ鷲狩りにお供した十数名の喉元にも鋭いナイフが突きつけられた。雪の中から突然現れたように見えた。
「ひぃー 雪族だ」
「助けてくれ!」
隊員がパニックになっている。出国前に父から、そして出発前の現地雪山ガイドからも雪族には気を付けろと何度も言われていた。「雪族は非常に頭が良く自分たちが一番得をする交渉をしてくる。遭遇したら絶対に抵抗せず冷静に相手の話を聞いて対処せよ」この言葉思い出した。
「要求はなんだ? 言ってくれ」
ベルゴスはゆっくり低い声で話した。するとナイフを突きつけながらベルゴスの正面に回って顔を睨みつけて来た。女だ、しかも今まで出会った事がない凄い美女だ。
「雪鷹は放してもらうわ。雪鷹は空の守り神よ」
「わかった」
「武器と有り金全部、他の金目の物もみんな置いていけ」
「言うとおりにする。みんなも分かったな」
「さっさと帰りな! 今度会ったら命を取るわ」
「最後に一つ良いか、俺はトラキール帝国の皇子ベルゴス・ダークリスだ。そなたの名前を聞かせて欲しい」
「命拾いしたお前が、お嬢の名前を聞くとは、命が惜しくないのか!」
「いいわよ、2度と会うことがないから、マリ・オーラよ。じゃあね」
その男が帝国の皇子と知ったマリオラは、ベルゴスを見つめながら「マリ」「オーラ」と名乗り、眼光と言葉で即効の魅惑術をかけた。
雪山から下山し、麓の小さな街のホテルに到着したベルゴスは隊員達に何を言われても上の空だった。マリ・オーラと名乗ったあの娘にもう一度会いたい。それしか頭になかった。
10日後、ベルゴスは再び雪山に向かった。ガイドや隊員の反対を押し切った。この時期に雪族が一番必要としているものは食糧、とくに肉類が不足していると聞いた。周辺の街から大量の干し肉を集めさせた。途中までは荷馬車、雪積地からは車輪を取り外しソリ状の板を取り付け、12の荷台を200人で押して雪山に向かった。雪が深くなり、ここまでが限界という地点に辿り着いた。
バサっと音がした。現れたのは雪族ではなかった。それは巨大な白熊だ。十数頭に囲まれてしまった。ベルゴスは襲われると覚悟し剣を握った。その時、笛が鳴り、熊は後に下がった。囲まれたのは熊だけではなく雪族にも囲まれていた。雪族は一瞬で現れ弓矢で隊員達を狙っている。
「お前、また来たのか!」
「親方、こいつがお嬢の名前を聞いたバカ皇子です」
「話があって…」
族長はベルゴスの言葉を遮った。熊が襲いかかりそうだ。
「もう押さえが効かん。雪熊に一塊ずつその干し肉を与えろ」
熊は隊員達が投げた干し肉の大きな塊を咥えて去って行った。
「まだお前には話をさせぬ。お前がワシと話す価値がある男だと証明しろ」
剣を使った決闘に勝つことが条件だ。それも2人に勝つことだ。1人に勝ってもまぐれで勝つこともあるから2人に勝てと告げられた。断れる状況ではないが条件を付けた。もし自分が負けて死んでも隊員は傷つけず下山させてくれと。族長は頷いた。
「ビーラ お前が相手しろ」
剣の勝負には自信があったベルゴスだが足元が雪で滑りやすく踏ん張れない。こんな場所での戦いは経験がないので不安だった。しかし、相手はまだ成人していない女の子だ。これなら大丈夫だろうと剣を構えた。
「始めろ!」
相手の動きは滑りやすい雪面など全く関係なかった。身体の動きと剣を振る速さでは敵わない。しばらく防戦一方だったが、捨て身の作戦に出た。剣を上段に振りかぶった瞬間、速さに勝る相手は腹を突いてきた、身体を捻って避けたが脇腹を少し刺された。
そのチャンスを逃さず剣のポンメル(柄頭)をそのまま垂直に振り落とし相手の剣の持ち手を痛打した。剣を落とした相手の首元に剣を突きつけて勝負ありだ。周りを囲んで囃し立てていた雪族は驚いた。
「えっえー」
「ビーラが負けた!」
危なかった、相手が本気で俺を殺そうとしていたら剣をもっと深く刺されていた。驚異的な女の子のスピードに勝てたのは運が良かっただけだ。まだ安心している余裕はない。
「次は、エース、お前がやれ」
今度は少年か? やはりまだ成人前の年齢のようだ。女の子の動に対して、この少年は静だ。構えに全く隙がない、少しでも無駄な動きをしたら斬られる。勝負は一瞬で決まりそうだ。相手が少しずつ間合いを詰めて来た。剣を振ってきた瞬間に反撃する為に足に力を入れて踏ん張った。
その踏ん張った前足が相手の方に滑った。ベルゴスは自棄になり、そのまま地面すれすれの低い体勢で相手の脚に突っ込んだ。相手は水平に振るった剣が空を切りベルゴスに足を払われ前のめりに倒れた。倒れた相手の首に剣を突きつけ勝利した。
「エースにも勝ちやがった!」
「あいつの身体が一瞬消えたぞ!」
「エースが負けたのを初めて見た」
足を滑らした瞬間、終わったと思った。2度とも運が良かっただけの勝利だ。しかし2勝したのだ。
「よかろう、認めよう。お前の話を聞く、話せ」
「ありがとうございます! マリ・オーラという娘ともう一度話がしたくて来ました」
「マリ・オーラ? そんな名前の者は知らない」
「……」
「ハハハ、マリオラだ、私の娘だ」
「話をさせてください。その代償として大量の干し肉を持って来ました」
雪族が騒ぎ出した。
「お嬢と話などとんでもない、帰れ」
「雪姫と下界の者がまともに話せると思うな! 帰れ!」
族長が騒ぎを制した。
「お前はバカか! あんな大量の干し肉を持ってきたら雪熊に襲われて命はない。我々が見つけたから助かったのだ。干し肉を貢がれても娘とは話しをさせられぬ」
「どうすれば話が出来ますか?」
「お前は、トラキール帝国の皇帝の息子と言ったな」
「はい、皇子のベルゴス・ダークリスです」
「うーん… マリオラをトラキール帝国皇子の正妻として娶るなら認める」
これには雪族も隊員も驚いた。
「それに、婚姻の条件もある。この返答は240日以内だ、国に帰れ」
「その条件とは何ですか?」
「書き出すから少し待て」
しばらくして、ベルゴスは何かの動物の皮でできた巻物を渡された。
「中の紙に条件が記してある。父親の皇帝と相談しろ。帰れ!」
「あっ! マリオラ、最後に顔ぐらい見せてやれ」
雪山から下山したベルゴスはホテルの部屋で呟いた。
「どうしてもマリオラが欲しい、どうしても、どうしても、マリオラ、マリオラ」
マリオラに憑りつかれているようだ。婚姻の条件は実現が不可能に思えるものばかりが並んでいた。その条件には族長の強い思いが込められている。
雪族の雪山での暮らしはもう限界に来ていた。毎年寒さが厳しくなり食糧不足の深刻度が増し、凍死者や餓死者が出る年も増えた。背に腹は代えられず下山して山賊行為や盗みを繰り返した。族長として追い詰められていた時にベルゴスがやって来た。男の眼つきが気に入った。あれは雪鷹の眼だ。雪中の戦いで見せた勝利は雪熊の加護だ。この男にかけてみる価値はあると思い込んだ。
.........婚姻の条件.........
〇婚姻後は、雪族1,500人のうち1,200人は雪山を出て雪姫マリオラの配下となる▪トラキール帝国は彼らの衣食住、給金を生涯保証すること▪住む国は選ばない
〇雪山に残る300人の食糧と給金を生涯保証すること▪今後雪族は山賊行為や盗み等の行為を一切行わない▪オーパス共和国は雪族への迫害行為を禁止すること
〇雪山に生息する雪鷹や雪熊の狩りを禁止すること▪雪族の守り神であるので保護の対象とすること▪保護と管理は雪族が担当する
〇雪山の麓に狩用に設置された物を撤去すること▪キラキラ光る石を敷き詰めた板や回転して微振動音を出す装置は、雪鷹の眼と聴覚に影響して雪の斜面に激突してしまう▪雪熊は眩しくて精神が乱され狂暴化する▪これが撤去されれば雪族が雪熊を管理して麓の村に被害が出ないように対処する
〇条件に合意するなら契約を交わす・雪族、トラキール帝国、オーパス共和国の3者がオーパス正教大司教の立ち合いのもとで契約する
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トラキール帝国に帰国したベルゴスは、皇帝に雪山での顛末を話し、条件が書かれた巻紙を渡した。「女に狂ったのか!」と怒鳴られると思ったが、予想外に考える時間をくれと言われた。
数日後、皇帝からお前の婚姻を認める。雪族が出した全ての条件に合意する。ただしこちらからの条件もある。それは、姫として迎える雪姫マリオラの出生と配下となる1,200人の雪族のことは公表しないことが帝国の条件だ。
「えっ、父上、本当によろしいのでしょうか?」
「嬉しくないのか」
「しかし、信じられません」
「お前は幸運だ、分からぬか」
雪族は今の族長の二世代前まで、戦争が起きるとお助け部隊として多額の報酬をもらい世界各地の紛争地域に出かけて行った。雪族の知力とその策略・武力は凄まじく応援した側を必ず勝利に導いた。しかしある時期からどの国の将軍が行っても応援するに値しないと追い返された。世界ではもう忘れられた存在の民族だ。
「世界最高の頭脳と戦士を手に入れるチャンスを得たのだ」
「ありがとうございます。本当によろしいのですね」
「それから、オーパス共和国との交渉はワシがやる」
「最後にもう一つ、結婚したら姫とは喧嘩するなよ。首が飛ぶぞ、ハハハハ」
オーパス共和国はトラキール帝国の提案に飛びついた。対応に手を焼いていた雪族との揉め事を自国は金貨の一枚も払わず解決できるとあってすぐ合意した。
マリオラはオーパス共和国の裕福な貴族の養女となり、貴族の娘としてベルゴス皇子の花嫁として迎えられた。トラキール帝国で行われた盛大で豪華な結婚式でマリオラを見た賓客達がその美しさに驚いた。
ここから絶世の美女伝説が始まった。
雪山でベルゴスと戦ったエースとビーラはマリオラの希望で花嫁の付き人としてトラキール帝国に入った。他の1,200人の雪族は、トラキール帝国から支給された大量の金貨を持って世界各地に散らばり地下組織を作った。
数年後、組織の司令塔として大きな成果を残したエース・スパイダーとビーラ・シャドウを最高幹部にし、組織名をSSCにした。これら全てはマリオラの指示で進められた。
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春月7日
ホテルの特別室。応接ソファに座るベルゴス皇帝の前。
「隣の部屋で久しぶりにマリオラ様が剣を振っているお姿を見ましたわ」
「相変わらず全く隙が無い剣使いでした」
「あれは怪物じゃ、結婚してから木剣で何度も対戦したが、一度たりともワシの木剣がマリオラの身体はおろか衣服にさえ触れたことが無い」
「おそらくイサドラ様も凄いと思います」
「護身用にマリオラが教えているらしいが、ワシには稽古を絶対に見せない」
「イサドラ様は普段の可愛らしい仕草の中でも隙が無いですわ」
「お前たちがイサドラの話を出した魂胆は分っておる。例の話だな」
「はい」
エースとビーラの2人は揃って頭を下げた。
「コルデロ民主共和国は好きにせよ! お前たちにやる」
「ラーメン戦争に勝ってからとのお約束でしたが…」
「自分達の国を持つのはマリオラの希望でもある。だから今回の失態に激怒したのだ」
「はい」
「コルデロの実質支配は進んでいるのか?」
「順調です。先日は移民政策法案を通しました」
移民・移住条件を大幅に緩和した法案に修正して議会を通した。移民後1年で国籍と国民投票の権利を取得出来る。議員など国政・行制への参画は3年後からと短くした。世界各地に散らばってSSCの組織を作り上げた雪族は、組織を各地に根付かせたままコルデロへ移民する準備をしている。
移民審査には悪徳組織の一員では無い確認の為の尻の検査がある。しかし、雪族は尻に蜘蛛の入れ墨をしていないので問題ない。入れ墨は雪族が各地でスカウトした男にさせている。その中で少し能力があるものを準幹部にすると煽てて使っている。雪族は実行部隊として直接動かず、情報収集や策略を練るなどに徹している。それぞれの地域に溶け込んで目立たず暮らしている。
「これから各地に散らばった雪族がコルデロへ移住します」
「数年もすれば雪族が完全に実行支配出来ますわ」
「急ぎ過ぎるな、ゆっくり確実にやれ」
「はい!」
「それと、今後も雪族とSSCの関係は絶対に知られてはならないぞ」
「心得ております」
「すでに乗っ取りに成功している国家をわざわざ新たに民主共和国として建国させて実行支配するとは雪族は凄いな」
「真面目で働き者のコルデロの国民が稼いでくれますから、我々は搾取するだけですわ」
「やはり恐ろしいな、お前たちは」
「ところでお前たちもラーメンを食べたな、正直な感想を聞かせろ」
「数店で色々なラーメンを食べました。すみません、感動してしまいました」
「我々の調査網を搔い潜って500店が新しいラーメンを出すなんて信じられませんわ」
「どこに行っても、ゴウは天才ラーメン王だと聞かされました」
「我々が世界一美味しいと宣言したラーメンとは別物で比較出来ない美味しさでしたわ」
「比較するものでないと言われているみたいでした」
「あのゴウという男はただの田舎者ではない、かなりのキレ者じゃ」
500以上ある全てのラーメン店を2種類の本で紹介し、新しいラーメン作りにゴウとその仲間が協力したことを公にした。これによって《新文化交流ビエンナーレ》参加国の総意によって採択された「グルンジ王国の食文化を守る為の宣言」の対象となり全てのラーメン店主、ゴウとそのスタッフや協力者、ラーメンに関わるシステム等が守られると世界に発信した。迂闊に手を出すと、大国を含む多くの国を敵に回すことになる。
「完敗じゃ! マリオラと結婚してから初めて負けた」
「悔しいですが負けました」
「ここまで完璧にやられると気持ちいい、ハハハハ、最後の一発逆転を仕掛ける」




