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天才ラーメン王、全てを失い異世界で無双する  作者: とみた美味いろは


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皇帝、新ラーメンに衝撃を受ける

《天海聖暦771年 春月2日 異世界開店日より482日後 (ゴウ転生後962日)》


 この日の王都ラグールの街は異常な熱気に包まれていた。本屋には開店と同時に『グルンジ・ラーメン・ガイド・マップ』と『ラーメン戦争時代のラーメン批評500』を買求める客が殺到した。『ブラック自叙伝…本屋の再生からブラックラーメンまで』も売れ行きが良かった。

 

昼には品切れになる本屋も続出した。それは、前日の午後から発売予告の張り紙を出した効果でラグールの住民が飛びついたこと。さらにトラキール帝国に招待された各国の賓客達がお土産用にまとめ買いをしていた影響も大きかった。


 ラーメン店はもっと異常な状態だ。それは代理で並ぶことが特例で認められたことも要因の1つだ。一等地の店には開店前から長い行列が出来ている。路地裏の立地で今まで観光客が来ることなど皆無だった店にも行列が出来た。並んでいるのはほとんどが代理人だ。

 批評500はゴウの希望で立地の悪い店から順に紹介している。これも影響していると思われる。路地裏で世界の王族や貴族とその護衛人がウロウロしている光景を初めて見た住民は覚悟した。新しい味のラーメンを食べられるのは、代理の特例が解除される8日後以降だと...。


 昨夜、グルンジの王城から戻った使者が持ち帰った親書の内容にベルゴス皇帝の怒りが収まらない。

 ...ワシに食べ歩けだと! 庶民の街を探索せよだと! ゴウを案内人には出来ないだと! …


「父上、おはようございます!」


 娘のイサドラが部屋に入って来たのを気づけなかった。


「おおー お前か、おはよう」

「怖い顔していますよ」

「行く店には代理人を並ばせている。お前が行くまでずっと並んで待っている」


 並んだ代理人が店に入る番になっても依頼人が来なければ、自分の後に並んだ者を先に入店させて待つ。こんな代理人ばかりが並んでいると混乱すると思うが対策がされていた。

 依頼人が来るまでは代理人は赤のプレートを見せて並ぶ。並べるのは1グループ5人以内。到着した依頼人は赤のプレートを見せて並んでいる代理人を抜かして入店する。これはホテルの支配人からプレートを渡され説明を受けた。


「今日は父上とは別行動ですね。大食い部隊員から選んだ3名も私と母上と一緒に行きます」

「お前、なんか楽しそうだな」

「父上に対抗するラーメンがこんなに沢山あります。ハラハラドキドキです!」


 本を手に持って話す娘の笑顔を見て怒りが再び湧いてきた。


「また怖い顔していますよ、行ってきます!」


 昨夜の親書を読んでから今日最初に行く店を皇帝は決めていた。あの親書の差出人は、この国の第三王子のカールだった。クソ王子が! 奴が運営している店「カールの神ラーメン」に行く。不味いと怒鳴ってやる。限定ラーメンを食べるために一番先頭に並ぶように指示した。


 夜中に代理人が店に向かった。しかしそこには既に3グループの代理人が並んでいた。それはベルゴス皇帝の代理人は想定済みだった。他の代理人を高額の賄賂で買収して先頭に並んだ。


 開店一番乗りでトラキール帝国のグループが店に入った。ベルゴス皇帝とドラクダール将軍と3名の大食い部隊員でテーブルに着いた。


「限定スペシャル神ラーメンです」


 全員でスープを飲んだ瞬間に「不味い!」と叫ぶ手筈だ。濁ったスープを飲んだ瞬間、皇帝は皆が叫ぶのを手で制止した。おそらく制止されなくても声が出なかったようだ。


 濁ったスープの深いコク、その美味しさに震えた。これを「不味い!」と叫んだらトラキール帝国は味覚音痴の集まりだと評判になってしまう。下手したら、味覚音痴の皇帝で何が世界一のグルメシティだ、何がニュー・エル・ドラード計画だと言われてしまう。スープも麺も具材もケチを付けるところがなかった。


 食べ終わったころ、「スペシャル神ラーメンは限定数に達し本日売り切れになりました」とスタッフの声が聞こえた。やはり皆が限定ラーメンを注文したようだ。


 すぐに次のラーメンが運ばれて来た。


「期間限定のウマグロ塩ラーメンです」


 このスープには衝撃が走った。ドラクダールも大食い部隊員も椅子を引いて立ち上がり美味しいと叫んでいた。我慢できなかった。皇帝も立ち上がりはしなかったが美味いと口走っていた。


 店のスタッフを呼び止めウマグロについて質問した。高級料理店で使用される魚で、ウマイがグロテスクなのでウマグロと名を付けられた魚の旨味のみで仕上げた一杯との説明は完璧。この日の為に店のスタッフ全員で準備していたことが分かる。


 神ラーメン醤油と神ラーメン塩を注文し大食い部隊員に麺を食べさせ、追加の麺が提供されるのを待った。予定と違って2杯完食してしまったので次は大食い部隊員を頼った。


「追加の和え麺です 海老味と魚味です」


 汁が無い極細の麺をタレと混ぜて食べると海老の旨味や魚の旨味が口の中いっぱいに広がった。さらに神ラーメンのスープの中に入れると、新しい味のラーメンに変わった。極細麺も食感が変わって楽しめた。大食い部隊員の「美味い!」「凄い!」の叫び声は止まらなかったが咎めなかった。


 完敗だ。以前から同じ味のここの神ラーメンと比べると、艦上で提供した我々のラーメンの方が美味しいかも知れない。でも、それだけだ。こんな店はぶっ壊してやると荒んだ気持ちで来たが、今はラーメンを楽しんでいる自分に驚いている。

 我々のラーメンとの違いはなんだろうか?


「ここは王族直営の店だからたまたま上手く作れただけですよ」

「そうです」「そう思います」


 苦し紛れのドラクダールの言葉に大食い部隊員も賛同した。


「しかしお前たちは美味いとはしゃいでいたな」

「申し訳ございません」

「もうよい、一旦ホテルに帰るぞ」


□□□□□□


 グルンジ王城 特別室


「忙しいところ呼び出してすまない」


〘カールの神ラーメン〙からホテルに戻ったベルゴス皇帝からの親書を帝国の使者が持ってきた。その内容は、春月8日にグルンジ王国主催で開かれる『トラキール帝国ベルゴス・ダークリス皇帝一家を囲む祝賀会』についての要望だった。


 この祝賀会は世界中の王族貴族のラグール滞在終盤の夜に盛大に行われる予定だった。それを突然中止にして欲しいという。準備に掛かった費用は全てトラキール帝国が負担する。中止の連絡もトラキール帝国側で行う。


 代わりに、ベルゴス・ダークリス皇帝家とベルナード・ファン・グルム国王家のみのパーティーを開催して欲しい。さらに、ゴウとそのスタッフに聞きたい事が山ほどあるので必ず同席をさせて欲しい。


「これは敗北宣言ですか?」


 ベンの嬉しそうな言葉に国王は首を横に振った。


「ベルゴス皇帝は策士じゃ、そんな甘い男ではない」

「祝賀会では世界一美味しいラーメンを祝ってもらう思惑があったと思いますわ」

「ケイ、その通りじゃ、それを中止にしたのはカールの店に行った影響じゃ」

「しかし父上、カールも策士になりましたね」


 アーサーが言ったのは昨晩ベルゴス皇帝宛てに書いた親書のことだ。あえて国王名ではなく、カール第三王子の署名にした。親書の内容に怒ってカールが運営している店に向わせる作戦だった。


 事前に集めた情報でベルゴス皇帝の大好物は魚のブイヨン、フュメ・ド・ポワソン(魚のだし)の料理だと分かっていた。ゴウに相談し、ウマグロの美味しい魚だしのラーメンを食べさせることにした。


 皇帝が最初に行った店でこのラーメンを食べたらかなりの衝撃を与えることができると考えた。カールもここまで思惑通りに事が運ぶとは予想以上だったが、ベルゴス皇帝の動きがあまりにも早いのでこれから何が起こるか逆に心配になった。ただ、自国のグルメを潰そうとする帝国の祝賀会など中止で良かった。


「新たな問題が発生じゃ! きな臭い情報が入った。アーサー話せ」


「ベルゴス皇帝に恨みを持つ集団が街に潜伏し何かを企んでいるらしい」


 入国審査で捕まえた不審者から聞き出した情報だ。その不審者は金で雇われただけの連絡係でベルゴス皇帝に何の恨みも無い。


「潜伏者の連中はクズばかり。奴らは、権力争いが絶えない小国で、帝国が派遣した工作員の活動により国の重要な地位に就くことが出来た。しかし、その地位を利用して帝国に内緒で利権を独り占めし暴利を貪った。それを帝国側に気づかれて不正を暴かれ国外追放になった。自業自得・身から出た錆という表現では足りないクズどもばかり。酷い逆恨みだ」などと不審者はペラペラと良く喋る男で聞けば何でも話した。


「小さな爆発魔石を持っているらしい。威力は弱いが馬車ぐらいは破壊できる」

「問題は、ベルゴス皇帝の対応じゃ」


 世界で一番と云われる闇の情報網を持っているベルゴスが、この件を知らないはずがないと考えた方がいい。

〔あえて皇帝襲撃事件を起こさせ失敗させる。その後、襲撃した奴らを陰で操っていたのはグルンジ国王だと発表する。グルメトップの地位をトラキール帝国に奪われるとグルンジ王国の崩壊に直結する。その為にこの襲撃計画を実行に移したと動機も明示する〕こんな最悪なシナリオを阻止しなくてはならない。


「先手を打ってベルゴス皇帝にこの情報を流し、我々は関係ないと示しました」

「それだけでは足りぬ」


 ベンとケイに勅命が出された。逆恨みしているクズどもに事件を起こさせないよう警備隊に監視を強化するよう指示しているが、万が一事件が起きてしまった時には真っ先に対象者を守ること。対象者は、ベルゴス皇帝、マリオラ皇妃、イサドラ皇女の3人だ。かすり傷一つ負わせてはならない。事件が起きてもグルンジ王国が襲撃事件を事前に察知し3人を守ったと言える状態にしなくてはならない。


「頼んだぞ、重大な任務じゃ」

「はい! 全力で取り組みます」

「あたいにお任せください!」


「そしてゴウ、事件に巻き込まれないように注意をするのじゃ」


 今日から新しいラーメンの提供を開始した店主達は、期待と不安が入り混じった複雑な気持ちのはずだ。もし何かあってもゴウに直ぐ相談できることで安心していた。まだラーメン戦争突入初日なのに、ゴウが怪我でもしたら大変だと国王は心配した。


「父上、ただいま帰りました」


 外国に貿易の研修留学中のアンリ第二王子が、長い銀髪をなびかせて特別室に入って来た。中止になってしまったが大祝賀会の為に一時帰国したのだ。


「おおー、アンリ良く戻った!」

「アンリ、髪を伸ばしたのか? お帰り」

「兄上、お久しぶりです、お帰りなさい!」


2年ぶりのみんなの顔を見ながら抱き合った。


「マリー、サクラ、とても綺麗になったな! 恋でもしているか?」

 冗談のようなアンリの言葉に2人は戸惑った。


「君がゴウか?」

「はい、ゴウでございます」

「カールからの手紙にはゴウの事しか書いてなかった。初めて会った気がしないな」

「よろしくお願いします」


 これからの行動を再確認してそれぞれの持場に戻る時間になった。


「緊急会議は終わりじゃ!」


 帰り際、ケイが振り返った。


「アンリ様、あたいにも何か言うことありません?」

「ごめん、ケイとても綺麗になった! ベンに愛されて」

「はい、よろしいですわ」

「ケイには敵わないな~ なぁベン!」

「すみません、相変わらずで」

「いや、やっと国に帰って来た実感が湧いた。ありがとう」


□□□□□□


『ブラック/ブックス&カフェ&ラーメン』の本店は、ベルゴス皇帝が宿泊しているホテルからほど近い場所にある。朝から店には2つの行列が出来た。1つは本日発売のラーメン関連本を買う為の列、もう一つは新作ラーメンを食べる為の列だ。本は昼前には売り切れた。午後になりラーメンも残り15人分となった。ホテルで待機していた皇帝が呼ばれて店に入った。黒が基調の落ち着いた雰囲気の店内は黒の艦船を思い浮かべてしまう。


「本店限定のダミアン・ハーベスト・ブラック醤油ラーメンです」


 ラーメン批評500に載っていたラーメンの挿し絵よりも真っ黒だ。漆黒のラーメンという表現がピッタリだ。見た目だけで驚きだったが、スープを飲んだら塩辛さが無いまろやかな美味しさにもっと驚いてしまった。


「深い! コクが凄い! やさしい! 美味い! 」


 立ち上がって皇帝は声を上げた。真っ黒な中細の麺は小麦の風味がする。黒醤油で煮た黒いチャーシューもスープと一体感のある旨さだ。黒葱や黒猪の黒油も香ばしくて美味しい。どんぶりもレンゲも箸も全て真っ黒に統一してある。本には漆黒の闇の中から新しい美味しさが飛び出してくる感覚を味わって欲しいと書いてあった。その感覚を今まさに味わった気がした。


 同行しているドラクダールや大食い部隊員の事は気にせず一杯のラーメンと向き合った。トラキール帝国の黒い戦艦は悪魔の戦艦と恐れられる黒だ。恐怖を与える為の黒だが、このラーメンは真逆だ。漆黒の闇から新たな価値が生まれる。それは美味しさだけではない。闇から、優しさ、楽しさ、色々な思いがあふれ出て来た。我々が艦上で世界一と宣言したラーメンとは大きな違いだ。皇帝は店主から話を聞きたくなった。指示された大食い部隊員の1人が店のスタッフに声をかけた。


 店の厨房控室に密かに待機していた店主のブラックとゴウのもとにスタッフが飛んで来た。かなり動揺していて声を出せない。


「落ち着いて、深呼吸して」

「旦那様、大変です! 皇帝陛下が旦那様をお呼びしろと、私、何か粗相を…ハァハァ」

「もう一度深呼吸して、落ち着いて」

「ハァ、ハァ、ハア」


 スタッフはやっと落ち着いたが、今度はブラックの様子が変だ。


「ゴウ殿、私などが皇帝陛下と直接お会いするのは緊張します」

「美味しそうに食べていたと報告がありましたから問題はないと思います」

「そうでしょうか?」

「何か聞かれても、全てありのままに話してください」


 ブラックは息を整え、トラキール帝国のテーブル席にゆっくりと向かった。


「ベルゴス皇帝陛下、私が店主のダミアン・ハーベスト・ブラックでございます」


 この時点でラーメンが完売になり客も食べ終わり、トラキール帝国の客のみが残った状況になった店内は異様な雰囲気が漂い出した。そんな雰囲気など気にも留めない性格の皇帝が珍しく相手に気を使った。


「緊張しなくてもよい、聞きたいことがある」


 このラーメンを考案したのは誰か、自叙伝を書こうとしたのは自分の意思か誰かのアドバイスか、この2点を聞かれた。


「ゴウという若者が、私の店の為に作ってくれたラーメンです。自叙伝も彼の提案です」


 地下に篭った話を聞いたゴウが感動し、黒い色のラーメンからもう一歩踏み込んで仕上げたラーメンは店主の人生そのものを写したような一品になった。


「ゴウは策士だな」

「いえ、ゴウ殿は天才です! 実感しています。ラーメンの天才です」

「天才とはっきり言うか!」

「はい」


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