楽園紀 / 美味しい定義 / ミルクラーメン
《天海聖暦770年 異世界開店日より200日後》
「迎えに来たわ」
いつものようにマリーとサクラが迎えに来た。まだ早朝だが馬車で郊外まで遠出するので早い出発となった。馬車には先にルーシーとカミラが乗っていたが、カール王子の姿は無かった。
「カール王子は来ないの?」
「大事な会議があるらしいの。こっちに同行出来ないのを残念がっていたわ」
「カールには悪いけど、ピクニックみたいで楽しいですよ」
今日の行先は、グルンジ王立畜産酪農園だ。子供連れの観光客には知られていた程度の穴場的な農園だったが、近年、レストラン・象牛に乗って散歩する等の娯楽・お土産類、これらを充実させた結果、観光園として人気が爆発した。この施設に相応しいラーメンを作って欲しい。それは国王の希望でもあると言われた。神ラーメンの改変からスタートしたが要望がどんどん難しくなっている。
だが今回は、ゴウに畜産酪農向けのラーメン案が浮かばなかった。そこで困った時には『富多康明語録帳』だ。さすが師匠だ、参考になる事例や参考資料が沢山あった。畜産酪農園に着くまで、寝たふりをして頭の中を整理しておこう。
「ゴウはもう寝たの?」
「寝かせておきましょう」
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トラキール帝国、改装工事中の戦艦の甲板上
見学を終えたベルゴス皇帝親子に、ドラクダール将軍が誇らしげに話した。
「完成までもう少し、後200日ぐらいで完成です。凄い速さで実現させています」
黒船と恐れられている世界一大きい戦艦を「世界一美味しいラーメン」を提供する世界一豪華な戦艦に改装する工事が順調に進んでいた。大屋根は完成し、複数の厨房室と客席の工事に入った。大屋根の内側は金の装飾で見上げると眩しい。
戦艦の前方と後方に設置されていた巨大な魔石投擲兵器はそのまま残した。その台座にも金の装飾を施した。この兵器は世界中で恐れられている。使われたのは1度だけだ。
トラキール帝国に敵対していた隣の王国が国境線を破り攻めてきて帝国市民に大きな被害が出た。何の宣告も無い突然の攻撃に対して怒った皇帝は、戦艦から敵の王城がある都市に向かって魔石投擲兵器から爆発魔石の発射命令を出した。
3個の爆発魔石で王都は壊滅、王国は滅んだ。その凄まじい威力には使った帝国軍も驚いた。以来、3つの大国も戦争抑止力の名目で同じ兵器を持つようになってしまった。
「もう金ピカ! お父様、やり過ぎです」
「イサドラ、食器はお前の言う通りにした。戦艦はワシの好きにさせてくれるな」
「はい! でも…」
「イサドラ、私達はもう帰りましょう」
ベルゴスがマリオラに見せた表情は、イサドラを何とかしてくれとのサインだ。これから大事な話がありそうな雰囲気を察したマリオラ皇妃は娘のイサドラと下船した。
試作品のテーブルと椅子で会議をする。テーブルも椅子も真っ黒だが、テーブルの側面と椅子の背もたれの中心部に金の装飾板を張り付けた。全部を金にしたベルゴスの案を娘に却下されてこのデザインになった。SSCのAとBも艦内見学を終えて甲板にやって来た。
「まず、私から報告があります。誘拐の件は予想通り我々まで追求は無いようです」
3つの大国の判断として、ロイダ王国の廃国で手打ちにした。発表された内容によると[続けて子供に対する事件が発生した場合は、他に原因分子が潜んでいる可能性があるので徹底した調査を行う]と最後に明記してある。次は覚悟せよと。
「ワシとAの予想は当たりだな、今後は慎重にせよ、ドラクダール」
「はっ!」
「楽園紀、良くやった。B、凄いな」
「久しぶりにお褒めいただき嬉しいですわ」
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『楽園紀』というのは、世界で一番発行部数が多い雑誌のことだ。大衆に分かりやすい内容のグルメ・観光ガイドとして有名だ。旅紀行などの連載企画がとても人気だ。そして何よりも安価である。
世界一発行部数が多いので広告掲載はスペースの取り合いになるぐらい人気が高い。その収入のお陰で安価に出来るので他の追従を許さない。雑誌に広告を載せるというのは楽園紀が世界で初めて行った手法だ。
雑誌の最終頁には必ずこの文章が掲載される。
《多くの広告主様のお陰で雑誌を安価で販売できますことを感謝します・しかし読者の皆様に宣言します・記事の内容に広告主様の意見が反映されることは一切ありません・楽園紀がすべて責任を持って取材し記事を書きます---編集長 トールズ・アンブリッジ》
楽園紀の出版社がある国は、世界一の人口を誇り王国の中の王国と言われ長い歴史を誇るメルガ王国だ。その王都の中心街の中に大貴族が経営する楽園紀出版社がある。
その楽園紀で時々特集が組まれる《グルンジ王国の奇跡のグルメ街、王都ラグール滞在記》のシリーズは9回を数えた。この特集が組まれた時には増刷が続き発行部数が3割程増える人気ぶりだ。
これにベルゴス皇帝とビーラが目を付けていた。この楽園紀の出版社に、ビーラの信頼する3人の美女工作員を送り込んだ。
彼女達のSSCでの呼び名は、B1、B2、B3だ。事前の情報で編集長のトールズ・アンブリッジは、色欲・金欲・物欲の塊だと分かっていた。そんな人物の攻略は3人にとっては簡単だった。とても多忙な編集部の面接はトールズ編集長の一言で3人の採用が決まった。こんな美人を採用しないはずがない。
B1の本名はリリー・エス・ポンド、没落貴族の娘で気品がある。クララの名前で働き出した。
トールズはすぐにクララの思惑通りの行動を取った。美人で気品があり仕事も完璧にこなすクララにメロメロだ。仕事の後に食事に誘い高級なワインを飲ませた。酔ったふりをしているクララをホテルの部屋に連れて行った。
ベッドに寝かせて服を脱ぎクララに抱きついた瞬間、部屋にB2とB3が飛び込んで来た。
「お姫様に何をする!」
「離れなさい!」
喉元にB2の持ったナイフが触れ、何事が起きたか分からないままベッドから転げ落ちて震えているトールズにB3が近寄った。
「分かっていて襲ったのね」
「何を? 姫って誰ですか?」
「とぼけるの? 死刑だわ」
しばらく考えてはっとした。
「もしかして、クララ姫様! ひぇー!」
B1は変装の名人だ。背格好が同じならどんな女性にも化けられる。このメルガ王国のサリオン国王の娘クララに変装した。本物のクララ姫は1年後の婚姻が決まっている。
トールズには、
『結婚前に社会勉強がしたいと国王に内緒で働き出した。B2はクララ姫の付き人で護衛役。B3はクララ姫の社会勉強を理解した婚約者(大公爵の子息)の指示で編集室に派遣された付き人で護衛役』
という設定で話をした。
...何度も王家の公式行事で姫様のお姿を見ていたのに気が付かなかった。見たことがある顔だと何度か思ったが、自分の編集室に姫が来るとは夢にも思わなかった。トールズは自分の愚かさを悔やんだ...
「私は死刑ですか!」
「あたりまえだわ」
「ちょっと待って」
酔って寝ているふりをしていたB1クララが起きて来た。
「編集長を死刑にしたら、お父様に内緒で社会勉強をしていたのを怒られるわ」
「なら、ここで処刑も出来ますよ。その後の始末はなんとでもなります」
「この男は良い記事を書くのは間違いないですが、他のことは酷いクズですよ」
短期間にB2は広告主との契約書類、B3は広告主の入金額とトールズの身辺を調べ上げた。広告主との契約額と入金額が違う事例が沢山あった。
優先して広告を掲載する代わりに少ない金額を書いたダミーの契約書を作らせていた。差額はトールズが着服して女性との飲み食いや貢物、さらに愛人の為の建物の購入資金に充てていた。
「これが発覚して、自分でこの世にさらば。この筋書きがいいと思います」
ロープをB3がトールズに放り投げた。
「ヒィー!」
「待って! 私もガードが甘かったわ。他に制裁の方法がないのかしら?」
「公開で処刑か自らさらば。そしてもう一つは命が助かるかもしれない方法よ」
藁をもつかむようにB3に聞く。
「命が助かる方法とはなんですか!?」
◦◦◦◦◦◦
トールズに書かせた楽園紀の記事で、グルンジ王国内を混乱させて神ラーメンの改良を遅らせる作戦だ。仕掛けは成功した。
「後は高みの見物だ、ハハハハハ、B、本当によくやった!」
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グルンジ王城 特別室
「引き留めて悪かった。午後のグルンジ議会までにお前の意見を聞いておきたかった」
畜産酪農園にゴウと同行するのを楽しみにしていたカールだった。何事なのかと心配顔のカールに、兄のアーサーが『楽園紀』の最新号を手渡した。《グルンジ王国の奇跡のグルメ街、王都ラグール滞在記》の10回目を記念した特集号だ。
先ずは読んでみろと父ベルナード王から急かされてページを捲った。相変わらず庶民が喜びそうな視点も交えた文面で書いてある。ラグールの街の魅力を伝える為に時間をかけて取材したと一目で分かった。
特にトールズ・アンブリッジという編集長自ら取材したグルメ記事は、書かれた料理を食べに今直ぐに飛んで行きたいと思わせる凄さがあった。
感心しながら読み進めていると、
【10回記念の緊急取材・グルンジ王国グルメの光と影 】
という大きな文字のタイトルが目に入った。
「なんですか! これは!」
「読んでみるのじゃ、この為にカールを呼んだのじゃ」
トールズの署名で書かれた〘 グルメで繁栄する街の憂鬱 〙の頁には、
・・・・・
・ 王族や貴族が街の1等地を独占してレストランやホテルを運営している
・ 利権を独占している
・ 一般庶民の利益を取り上げている
・ 庶民の店は2等地、3等地へ追いやられている
・ 神レシピに固執させたのは、
庶民の店に1等地の王族や貴族の店が味で負けない為の姑息な手段だ
・・・・・
こんな内容で書かれている。
「これは酷い、なにか対策を立てないと」
「まず、アーサーから意見を聞こう!」
「騒がず無視するのが一番。楽園紀は所詮大衆誌で、経済誌や政治解説誌などではない。我が国の広報や経済誌には、王族と貴族は儲かった利益を国民に還元している事がしっかり書いてある。どっしりと構えた方が良いと思います」
「ワシの考えも同じく無視じゃ。気になるのは世界一売れている雑誌の影響力だ。だから下手に騒ぐとやっぱり怪しいと誤解される恐れがある。堂々としている方が得策じゃ」
しばらく腕組みをしていたカールが話し出した。
「無視には反対です。対策を立てるべきです」
「理由を聞こう。お前の意見を待っていたのじゃ」
「少し長くなりますがよろしいですか?」
「構わん話せ、カール」
やはりあの説明会からだ。地下会議室にラーメン店主を集めた説明会でゴウの〘美味しい定義〙の話を聞いた時から自分の中の何かが変わった気がした。
説明会の数日後、ゴウから富多という人を師匠と仰ぐようになった経緯を聞いて、自分が変わったと確信した。
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製麺業をしている富多康明氏に会いに行ったゴウ(竹岡一進)はとても焦っていた。早く美味しいラーメンを作りたいと高ぶった気持ちを抑えられなかった。感動した『麺や花園』のような美味しいラーメンを教えてくれ、早く、早く、美味しいラーメンを作りたいと富多氏に詰め寄ってしまった。
「お聞きします。あなたにとって美味しいとは何ですか? 美味しい定義はありますか?」
美味しい定義なんて考えてもいなかった。言葉に詰まった。
「俺が食べて美味しいと感じたもの…」
「あなたが趣味で作って自分が食べるだけならそれで正解です」
「はぁ」
「しかし、お店を開きたいのですよね。それならもう少し、美味しいを考えましょう」
プロの調理人さんがプロの腕で作ったお店でも、繁盛店とそうでないお店がある。それでは繁盛していないお店の料理は美味しくないのかというと必ずしもそうではない。繁盛店と同じくらいのレベルであっても、繁盛していないお店も沢山ある。私が食べて確かに美味しいと思うラーメンを出している店でも繁盛していない。
商売とは難しいものだ。その要因として、立地や接客や価格・店構え等大切な事が色々あるが、もっと大事な事は、「美味しい」を理解する事だ。
個性的な味を出して差別化を図ったり、プロが作るレベルの高い味でも繁盛しないという経験や、色々なお店を見聞きしたり、その味を確認した経験で、出した結論はとても当たり前の事だった。
私の美味しい定義は、
「美味しいということ」と「美味しいと思ってもらうこと」とは違うという事だ。
新しく商売を始める人は、これを理解しているかどうかで成功の確率が大きく違う。多くの人は美味しい定義なんて考えないと思うが…。
つまり、《商売上の美味しい定義》は『美味しいと思ってもらうこと』だ。
この考え方は、どの商売にも・政治、行政にも当てはまる事があると思う。
この定義から、商売上、美味しいものを作るということは、
◦美味しいと思ってもらうものを作るということ
◦美味しいと思ってもらえるコンセプト
◦美味しいと思ってもらえる店作り
◦美味しいと思ってもらえる接客
◦美味しいと思ってもらえるメニュー作り
こういう風に考えると質問した意味が理解できると思う。
「味の美味しいは絶対条件ではありません」
「ええっ」
「飽食の時代の日本には旨いもので溢れています。美味しいは最低条件です」
美味しいと思ってもらえるには、私と弊社のノウハウで今全部公開は出来ないが、お店ごとに細かくお手伝いをして、開店後の成功確率を上げる応援をしている。
『美味しいと云うモノクロのラーメンを
色々な手法・表現で、
美味しいと思わせる色彩豊かな一杯のラーメンにする』
「これが私の仕事です。そして、この考え方は、どんな業種の仕事においても共通する、自分の仕事を自己満足のレベルから、プロの仕事に変える考え方だと思います」
「富多さん、師匠とお呼びします。これから色々教えてください」
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「長くなりましたが、我々も『思ってもらいましょう』」
グルンジ王国では、王家の商売で得た利益の7割を国民から徴収予定の税金額から差し引いている。国民が払う税金を減らす努力をしているのだ。貴族は儲け分の6割を農業・畜産・水産の各研究機関への資金提供を自ら義務としている。
この事実を国民みんなが知っていると勘違いしている。不都合な数字を隠しているよりはずっと良いが…伝える努力が足りなかった。一般庶民は難しい経済誌や数字ばかりの広報などちゃんと読んでいない。
「反論しましょう」
「具体的にどうする」
「メルガ王国の国王宛てに親書を出しましょう」
「記事を書いた楽園紀側ではなく、いきなり大国の国王にか?」
「”グルンジ王国の食文化を守る為の宣言”に抵触する事態だと訴えます」
メルガ国内の出版社から出された楽園紀最新号の間違った内容の記事により、グルンジ王国内で暴動やデモが起こり混乱することが危惧される。貴族からの農業・畜産・水産の各研究機関への資金提供が止まる。王国民と築いてきた食文化が壊れる可能性があると書く。
「なるほど、良い案じゃ」
「カールを呼んだのは正解だった。父と私は意見が合い過ぎるからな」
「事実を書いた反論の号外も出してください」
「分かりやすい文面で事実を訴える。楽園紀を販売している本屋には号外をはさんで売ることを指示する」
「グルンジ王国は、どんな民主国家よりも国民に寄り添った政策をしている事を国民に分かってもらう。 我々の国民に対する政策が素晴らしいと思ってもらう。これからはその意識を持って取り組むことにする。カール感謝じゃ、ゴウにも感謝じゃな」
「ありがとうございます。それでは私は失礼します」
「外に早馬隊を待たせてある。ゴウによろしくじゃ」
駆け足で部屋を出て行ったカールを見送った2人は満足そうに微笑んだ。
「父上、少し前のカールとは別人のようでした。自信に溢れていました」
「ふむ、アーサーが国王になった時には最高の相談役になるぞ。成長したな」
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親書を受け取ったサリオン・メルガ国王は面子を潰された形になって怒った。グルンジ王国の食文化を壊す可能性がある誤報記事を出したのが自国の出版社とは悲しい。記事を書いた編集長のトールズを王城に呼び出して問い詰めた。
トールズは編集室に届いた匿名の告発文の内容を信じて記事を書いた。この一点張りで通した。もし本当の事を話したら広告代金の着服が明るみに出る。自分の命も危うい。クララ姫の婚約者がグルンジ王国に恨みを持っているので、この告発内容を編集長の名義で楽園紀に書いて出版するなら命だけは取らないと脅されたとは絶対言えない。
国王の命令が下った。
1.全世界に楽園紀編集長トールズ・アンブリッジ名でお詫びと訂正文を出せ
2.訂正した内容の楽園紀を新たに刷り、世界中の書店の在庫本と取り換えろ
3.新しい本と交換する内容を印刷した大紙を書店に送り張り出してもらえ
4.この措置でかかる莫大な赤字分はトールズの全財産を没収しその費用に充てる
5.編集長の職は解任し全ての本を回収するまで復職はさせない
全ての本の回収は無理な命令である。国王の怒りだ。
「直ぐに動いて結果を出せ。早く誤報を正せなければ実家のアンブリッジ公爵家にも傷がつくぞ。分かったな!」
「ははー」
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グルンジ王立畜産酪農園
「着いたようですよ」
カミラの声で目が覚めた。寝たふりしたつもりが本当に寝てしまった。馬車から降りると、広い草原の奥から気持ちの良い風が吹き抜けた。先に降りていたマリーとサクラは楽しそうにワァーと声を上げながらクルクルと舞っていた。そこに出迎えが来た。
「お越しいただきありがとうございます。園長のニックです」
「副園長のミカです。お目にかかれて光栄ですわ」
黒髪の男性ニック・ホールは畜産部門のチーフ、銀髪の女性ミカ・エリートは酪農部門のチーフだ。2人は観光園としての魅力を向上させる為に昨年から園長と副園長に抜擢されて張り切っている。
広い園内の2カ所にレストランがある。畜産側には野外のバーベキュー・コーナーとそこに隣接した建物内に焼肉レストランがある。酪農側には大きな空間の室内型レストランがある。園長・副園長に就任した2人が最初に取り組んだのは、以前から要望が高かった神ラーメンをメニューに加えたことだ。確かに人気だが何か物足りないと2人は感じていた。
今日は酪農側のレストランを休業にして試作会をする。そこに向かう途中に見た象牛の巨大さに驚いた。この世界に象は生息していないがマユミ先生が象みたいと言ったことから象牛と呼ばれるようになったらしい。
マユミ先生は豚に愛されるので気性の荒い豚でも平気だが牛の扱いには不安だった。でも、この世界の牛はとてもおとなしい。象のような大きな野生の牛でも静かで人にも懐く。それで家族連れに大人気の象牛の背中に乗って園内を散歩する娯楽が可能なのだ。
「あっさりミルクラーメン、醤油味と塩味です」
ルーシーとカミラが手際よく作った。最初のラーメンには出来るだけスッキリとした牛乳を選んだ。癖が全くない牛骨スープに温めた牛乳を濾して加えたミルクスープだ。麺はアルカリ度数を抑えたものを使用し、具材の主役はローストビーフにした。
このスープは『富多康明語録帳』を読むと師匠の知人で若くして亡くなった店主のメニューで、やさしくてホットする味だったと書いてあった。違いは豚骨を牛骨にしたことだ。
「これは家族連れにピッタリのラーメンだと思います」
「なんかやさしい味です」
「ホッとしますわ」
良かった、皆が思惑通りの反応を示してくれた…
そこに息を切らした青年が飛び込んで来た。
「あれ、カール王子、王城で会議では?」
「はぁはぁ、会議を終えて、はぁ、早馬で飛んで来た。はぁはぁ」
「王子、お水です」
「はぁ、ゴウの仕事は見逃せない」
カミラからもらったグラスで水を飲みだいぶ落ち着いたカール。
「私にも同じラーメンを…」
カールがラーメンを食べている間に次のラーメンを作り始めた。牛乳と聞いただけでは思い浮かばなかったが、これはゴウにとって思い出の味だ。「ミルクワンタン」の復活だ。
師匠と東京有楽町のガード下にあった居酒屋に2度程行った。そこは創業70年を超える老舗だったがウィルス騒動時に閉店してしまった伝説の店だ。料理は頼まなくても大将がタイミングをみながら色々な品を次々と出してくれる。
そろそろとお腹が膨れてきたと声をかけると納豆チャーハンが出て、最後のシメにミルクワンタンが出てくる。料金もリーズナブルだった。馬車の中でこのワンタンを観光園向けにどうアレンジするのが良いかと考えていた。その居酒屋では〔鶏もつ〕を牛乳で煮込んだものにワンタンが入ったもので、ダイコンや人参の野菜も入っていた。
それをアレンジし、鶏もつを牛もつに変え、ミルクラーメンのスープに濃厚なタイプの牛乳を加えて煮込んだ。さらに臭みを抜いた牛小腸をさらっと湯がいてからぶつ切りし、網で炙って具材に加えた。最後に、酪農側の菜園で栽培している西洋あさつきと呼ばれるチャイブのようなハーブを刻んでかけて完成だ。さらに、麺を加えた豪華版も作った。
「次は、ミルクワンタンとミルクワンタン麺です」
ホワイトシチューのような濃厚な味わいのスープに牛挽肉のワンタンや麺。
この組み合わせに、園長も副園長も同じ声を上げた。
「これです! 感動しました」
「これですわ、これこそ畜産酪農園のラーメンですわ」
「これを畜産園の目玉にします」
「いえ、酪農園の目玉ですわ」
「絶対に畜産園だ!」「ダメ! 酪農園よ」
突然、2人が激しい口論をし始めて驚いた。事前の情報では、園長のニックと副園長のミカは[口論ばかりしている犬猿の仲]・[2人は付き合っていて仲が良い]とあった。結局良く分からないので対応を注意することにしていた。
サクラが畜産酪農園のスタッフから内緒で聞き出した話によるとどちらも正しいようだ。園長になれなかったミカはニックをライバル視している。2人とも仕事に対してはプライドがあり妥協しない性格。プライベートでは恋人だ。結婚はしていないがかなり長い付き合いらしい。
「それについては考えてあります。後程話します」
次のラーメンをゴウが作り始めた。独特の匂いが漂い出した。
「なんかいい香り!」
「このスパイシーな香りは、私の大好きなアレの香りですね」
サクラの大好物の香りだ。
「これは、ミルク味噌カレーラーメンです」
これも『富多康明語録帳』に書いてあった青森の「味噌カレー牛乳ラーメン」のレポートを見て思い出しアレンジして仕上げた。
「うわー やっぱりカレーだ、美味しそう!」
カレーに真っ先に反応したのはサクラだ。トッピングのバターを見てミカも反応した。
「牛乳にバター、このラーメンも名物になるわ」
「バターが溶け出して、スープにコクが出て美味しい」
「味噌と牛乳とバターの組み合わせが凄い! そして美味しいです」
「天才! ゴウ殿は天才です」
このラーメンを作った青森のお店に感謝、異世界でも人気が出そうだ。
「次は、白雪ミルク味噌カレーラーメンです」
ミルク味噌カレーラーメンの上に大量のチーズを削って、雪が積もったようでインパクトが強い。冬限定ラーメンのイメージで作ってみた。みんなの満足そうな笑顔を確認したので次に進む。
「みなさん、向こうのテーブルの方をご覧ください」
テーブルの上には、ルーシーとカミラが鍋ラーメンをセッティングしていた。「ミルクワンタン鍋」と「ミルク味噌カレーラーメン鍋」をそれぞれ2セット用意した。1鍋4人用なので16人分だ。
内容は火魔石の上にスープが入った鍋、脇の籠には下処理した肉などの具材類、野菜類などが入っている。
麺は茹でこぼし不要のものを持ってきた。生麺のままスープに入れて茹で上げる。
調理方法は図解入りで分かりやすく説明したボードを置いた。
この説明を見てラーメン鍋を上手に作れるかの実験だ。
そのテーブル席には調理経験がほとんどないと思われる王子の護衛兵士を座らせた。本来は護衛に許される行動ではないが、カール王子に許可をもらった。
「さぁーみなさん、そこの説明を見ながらラーメン鍋を作って食べてください」
ワイワイと楽しく鍋を囲み手順に従って調理をすると簡単にラーメン鍋が完成した。
「俺たちは天才だ、このミルクワンタン、最高に旨く出来たぞ!」
「いやいや、牛乳とバターと味噌、そしてカレーのバランス、俺達の方が天才だ!」
かなり盛り上がっている。説明通り作れば誰でも美味しいラーメン鍋が作れる。少しぐらい失敗しても美味しく食べられるはずだ。畜産側にあるのは、野外バーべキューと室内の焼肉レストラン、どちらも自分で調理して食べるタイプだ。自分で作るラーメン鍋が畜産側のスタイルに合う。
「ゴウ殿、分かりました。畜産園は、鍋のスタイルですね。納得しました」
「園長、ラーメン鍋は畜産園にピッタリですわ」
「イェーイ」とニックとミカはグータッチして抱き合った。




