夜鳴きラーメン
《天海聖暦770年 異世界開店日より180日後》
「やっぱりケイの魚料理は旨い!」
久しぶりに、3人でゆっくりした朝食をとっている。ずっと慌ただしくしていたが今朝はのんびり出来そうだ。
「ゴウは頑張り過ぎだ。相当身体に負担がかかっているようだな」
「神ラーメンの全店リニューアルまでもう少し頑張ります」
「そういえば、戦争に発展しなくて良かったわ」
ベンが持ってきた情報によると、誘拐事件はロイダ王国の兵士達による個人的趣味による単独行動と確認され、その全責任を取りブン・ロイダ国王が国を潰すことで拳を振り上げた各国が納得した形で決着したようだ。
「その影響でガイロ王国連邦は揉めているようだわ」
ロイダの土地(島)や統治(国)の権利を巡って連邦内の2国で対立している。
「まったく嫌だな、醜い話は飯が不味くなる。この話は終わりだ」
「今日のゴウの予定は夜まで何もないわね」
「はい」
「中庭を癒し効果がある魔石で薬湯露天風呂にするわ」
「えっ」
「入浴とマッサージでゴウの疲れを取るわよ!」
「ケイのマッサージは最高だぞ」
いつもの2人がやって来た。マリーもサクラも夕方に迎えに来ると言っていたのに何か不測の事態が起きたのかと一瞬不安になった…
「おはよう、何か急な要件?」
「今、聞きましたよ。露天風呂にマッサージ、ずるいですよ~」
「実はもう薬湯露天風呂を準備してあるぞ」
「ジャジャーン! 私達も一緒に入るわ」
マリーもサクラも湯あみ着を掲げた。これは事前に計画されていたようだ。疲労気味の俺を心配してくれたようだ。みんなのその気持ちがとても嬉しい。
「ゴウ、全裸になって、湯から上がったらあたいのマッサージで疲れを癒してあげるわ」
「全裸は嫌ですよ! ケイがニャンニャン姿を見せてくれるなら考えます」
「うっ それは… 卑怯者」
これはしばらく使えそうだ。
魚屋を臨時休業にして温泉三昧だ。魔石の露天風呂は本当に癒される。湯から上がったゴウはケイに急かされてタオルの上にうつ伏せになった。ケイの力技による痛いマッサージになると覚悟をしていたが想像と違い繊細で気持ちが良いマッサージだ。いつのまにか眠ってしまった。その横でベンも寝息をたてている。まだ昼前というのに男2人は寝てしまった。
「のんびり、平和だね」
マッサージを受けながら眠っているゴウを愛おしく眺めながら2人は感傷に浸っている。ゴウに少しセクシーな姿を見せる為に2人で湯あみ着を選んだ。でもちゃんと見てくれたか分からないうちに眠ってしまった。
「ゴウが現れてから色々あったけど、とても楽しかったわね」
「決戦の日までもう少し楽しみましょう!」
夕刻、昼過ぎに一旦帰ったマリーとサクラのコンビが迎えに来た。今日の試食会はメインストリートの一本裏通りにある居酒屋街に行く。ほとんどの店が夕刻からの営業で、日中は静かで夜はとても賑やかな街だ。この国ではこのような居酒屋街を反転光街という。向かったお店は『ホワイト』という大きな居酒屋で、1階と2階に店がある。今夜は、2階の店舗を貸し切って試食会をする。
この店主はジル・ホワイト、反転光街では世話人として慕われている人物だ。居酒屋の仕事は店員に全て任せている。ジルは夜に開店するカウンター席のみの小さなラーメン店を自分の店の向かいに構えている。ラーメン店の厨房から、飲食を終えて出て来る満足そうな客の様子を眺めるのが楽しくて1人で厨房に立っている。
開店当初は、ジルを慕っている客が居酒屋から自然に流れてきて盛況だった。しかし1年以上経った今は立ち寄る客がめっきり減った。お付き合いで来てくれていると思うと申し訳ない気持ちになる。店を閉めるか悩んでいた。
そんな中、この反転光街用の神ラーメン改変試作会は楽しみでしかたがなかった。市場地下の秘密基地にある厨房室は、豚骨ラーメンを提供する予定の店主達の試作がずっと続いて、使用出来るのはあと10日後と聞かされたが待ちきれなかった。そこで、試作会場として自分の店の2階を提供すると申し出た。
この試作会を楽しみにしていたのはゴウも同じだ。ある意味、ゴウにとってのリベンジでもある。転生前、ラーメンで成功したゴウは36店舗を構えるようになった。その中の2店舗は漁師たちが飲み歩いた最後のシメとして食べる夜鳴きそば(ラーメン)を出す夜型の店だ。ある時、世界がウィルス騒動に巻き込まれ、ゴウのラーメン店も営業自粛に追い込まれた。特に夜営業が主体の2店舗は大打撃を受けた。
ショックだったのはある大手新聞社の経済専門紙のトップ面を飾った「シメをさらば」という文字。飲んだ後にラーメンを食べる時代が終わったという内容の記事だった。騒動が収まった後も地方都市では夕方以降の売り上げ回復は遅かった。夜営業主体の2店舗は一時閉店寸前まで追い込まれた苦い経験があった。他の店舗でも夜の売り上げは完全回復しなかった。
グルンジ王国内の国民は、がんやウィルスが引き起こす病気などに罹らない。その理由はシマモト先生が解明している。それは国民が飲んでいる水だ。その水の源泉は緑の水がシャンパンのように泡立った場所だ。それが薄まって流れてきた液体を飲み水にしている。その効果で国民の免疫力は異常なほどに高いらしい。ここなら思い切ってシメのラーメンも出せる。リベンジ開始だ。
「みんな、ゴウ殿が作る反転光街の名物になるラーメンを試食するぞ。楽しみだ」
街のみんなに慕われているジルの挨拶から試食会がスタートした。
「最初は、”夜鳴きラーメン、焼きニンニクのせ”です」
これは富多師匠が大学生時代、高円寺駅近くの小さな公園で夜営業していた屋台で食べた夜泣きそば(ラーメン)を再現したものだ。師匠から聞いて、ゴウが経営していた夜型のラーメン店に取り入れた人気メニューだ。
スープは鶏骨を主体に豚骨や野菜、そして干し魚を加えたあっさり醤油味だ。麺は全粒粉を加えたストレートの細い中加水麺にした。ニンニクは皮ごと網で焼き、皮を剥いて3、4粒をトッピングした。他のトッピングは少量、必要最低限に抑えた。
「あっさり、さっぱり、このニンニク、ホクホクして美味い!」
「夜鳴きラーメンって何?」
しまった、夜鳴きラーメンはこの世界には無かった。街の雰囲気づくりを兼ねて、店先に風鈴を吊るす、小さなラッパや笛を鳴らす、とりあえずそんなイメージで説明した。それは面白いとみんな乗り気になった。
「次は、”炙り干し魚のせ”です」
今度は、ニンニクに変えて、網の上で炙った干し魚をトッピングした。炙った魚の香ばしさがスープに移って風味と旨味が増す。使用する干し魚の種類によって味が変わるので店ごとの特徴も出しやすい。また、炙る炎の上に乗せる木切れや葉っぱの種類で香ばしさの違いが出るのも良い。
「これは、”焼き貝のせ”、スープは塩味です」
日本のホタテのような大きな貝を使った。貝殻の中に刃物を入れて貝柱をはずしたら流水で洗い水気を切る。網にのせて焼き始める。貝の汁が煮立ってきたらラーメンに使った醤油を少々と酒を数滴かける。焼きあがったら汁をこぼさないように注意しながら塩ラーメンの上に殻ごとのせて完成だ。
「塩スープに貝の醤油汁が染みてきた、これがまた美味い!」
「色々な貝で試したい!」
「イカやタコでも試したいわ」
試食会は大盛り上がりとなった。みんなから色々なアイディアが出た。店先に吊るす風鈴は春月と夏月はガラス製で涼しげな音にして、秋月と冬月は陶器製で暖かい音にする。風鈴の形はお店で使う魚介類を職人に特別注文する。ジルが不安になって声を上げた。
「ちょっと聞いてくれ、盛り上がるのは分かるが、決戦日までは情報が漏れないように注意して欲しい。分かっているとは思うが守ってくれ、お願いするぞ」
少し不安になったゴウの気持ちを代弁するようにジルが話してくれた。良かった!
あれっ 2人がいる… 連日仕事が続いて大変だろうとルーシーとカミラには今日は休みでいいと休養日にしたのに。
「今日は休みにしたはず、どうした?」
「サクラさまから夜に試作会をやると聞きました」
「私達も夜のラーメンを食べてみたかったのですよ」
「私の大事な優秀なスタッフの2人が体調を崩したらと心配だったので…」
「ゴウさんの方が大変でしょう。1人で調理して頑張り過ぎですよ」
「それにお2人の旦那さんに申し訳ないと思っています。毎日、夜まで仕事をさせて」
ずっと思っていたことを口に出した。忙しさを理由に話をせずにいた。
「大丈夫です」
「そうですぞ」
背中から声がかかり振り返った。2人のご主人達だ。
「久しぶりです、ゴウ殿」
「これはお久しぶりです」
2人の旦那はベンとケイの王国近衛兵団時代の部下だった。真面目な部下達にルーシーとカミラを紹介したのはケイだ。とても優秀で気が利く女性なので引き合わせた。結婚生活は順調だったが、何をやっても優秀過ぎる程の2人は、妻でいるだけで治まる器ではなかった。
何かが足りないと思って生活していたところに、ケイからゴウの仕事を手伝うスタッフにならないかと言われて飛びついた。最初にゴウの作ったラーメンを食べて凄いと思った2人はラーメン店を開業する気持ちになった。しかし、次々と新しいラーメンを提案しているゴウの凄さに触れ開業の話は一旦白紙にした。
ルーシーは、ゴウとの仕事の毎日が新鮮で面白かった。楽しくて、楽しくてしかたがなかった。旦那からは、最近は生き生きしている。出会った頃のルーシーに戻ったみたいだと褒められた。これを聞いたルーシーは旦那を不安な気持ちにしていたのではと反省し、遅い帰宅をしても出来るだけ旦那との時間を大切にするようになった。
「ゴウ殿のスタッフになってから、何故かルーシーとは新婚時代のようにラブラブです」
「あなた、恥ずかしいわ」
カミラも同じだ。毎日の生活にも旦那にも何の不満もないが、変化のない日常を変えたかった。ゴウとの仕事は自分を解放した。神レシピの呪縛から解放されたラーメンを作るのは刺激的だ。元々料理をするのは得意だったがワクワクする気持にはなれなかった。ところが今は、家に帰ると旦那にゴウの凄さや新しいラーメンのことを夢中になって話していた。最近は会話が少なくなっていた夫婦に変化が生まれた。
「カミラはとても明るくなりました。なんかキラキラしていて愛おしい! これはゴウ殿のお陰ですよ」
「あんた、やめてよ! それは家で言ってよ」
顔を赤らめたルーシーとカミラを見ていたのはゴウだけではなかった。試食会に集まったみんなにも注目されてしまっていた。ジルが手を上げた。
「みんな注目、試食会も無事終わった。各自研究して決戦に備えてくれ。これから美味しい肴を囲んで宴会だ。今日の美味しい魚は旦那さんに愛されているお2人の奥様だ!」
2組の夫婦を囲んだ楽しい飲み会は朝まで続いた。
飲みながら夜鳴きラーメンについても色々と質問を受けたゴウだが、酔いが回ってきてどこまで答えたか覚えていない。ちゃんと答えないといけないと慌てたところで目が覚めた。目を開けるとマリーの顔があった。唇に柔らかい感触を感じたのは気のせいか?
「おはよう、ゴウ」
「イテテテ、頭が痛い」
「はい、二日酔いの薬よ、飲んで」
どうやって自分の部屋まで帰って来たか覚えていない。みんなに迷惑をかけたのは間違いなさそうだ。服も着替えていた。警戒心が無さすぎるとサクラに怒られそうだ。
「ゴウ、おはよう!」
開いたままのドアの外から2人の様子を見守っていたサクラが入って来た。サクラは人差し指をマリーの唇に軽く触れて微笑んだ。
「警戒心が無さすぎですよ、もし賊が現れたら大変でしたよ」
「イテテテ」
頭が痛いのを口実として説教から逃げようとした。
「誤魔化してもダメです、飲んだのは一瞬で効く薬ですよ」
「ごめん、今後は注意するよ。ところで俺の着替えは誰がしてくれた?」
「たぶん、ケイですよ」
一瞬、サクラの視線が天井の方に泳いだ。着替えはサクラだ。この日のサクラの説教は長かった。




