カールの神ラーメン、リニューアルプラン
《天海聖暦770年 異世界開店日より105日後》
ここはカールの神ラーメンの建物の中にある会議室だ。
「今日はありがとう、そして悪かった。ゴウの貴重な予定を狂わせてしまった」
カール第三王子が運営を任されている店「カールの神ラーメン」のリニューアルをする為に、ゴウはいつものメンバーでこの店の会議室に来ている。
「カール、一昨日は大変だったわね」
マリーの言葉に頷いて、ふーっと息を吐いた。
「この店にもスパイがいたとは驚いた。色々あって2日予定を遅らせてしまった」
店には仕入れ台帳類の書類を保管している立ち入り禁止の小部屋がある。ここに無断で入ると魔石が関知して扉の鍵が閉まり、警備員に連絡がいくようになっている。
一昨日の早朝に3人の警備員が魔石の異常を感じ小部屋の鍵を開けて中に突入した。中には2人の賊がいた。警備員が取り押さえようとしたが、逆に剣を奪われ2人が刺されてしまった。
2対1と分が悪くなった警備員は自分もやられると覚悟した。そこにカールが突入して2人の賊の脚に剣を振るって倒した。そこに遅れてやってきた警備兵が2人を取り押さえた。
賊の頭巾を取ると2人とも最近雇った調理人だった。1人は女で包丁さばきが素晴らしく料理長が惚れこみ雇った。もう一人はその女の夫というのでお情けで雑用係として雇った。その2人が賊だったと知った料理長はかなりのショックを受けた。
「賊がどうしてこの店を狙ったのは分かりますよ」
「ゴウ、どうしてだ」
これまで食べた神ラーメンの中で一番美味しかったのがこの店だ。当然SSC側もその情報が入っているはずだ。そこで、神レシピをアレンジして作っているかを探る為に料理人として店に潜り込んだ。神レシピに忠実に作っていると分かると、仕入れの材料の質の差が大きいと考えるはず。
「なるほど、それで仕入れ台帳を盗もうとしたのか」
「はい、今後もこの店の神ラーメンの秘密をしっかり守ってください」
最高の食材を使い、最高の調理人が作る。同じレシピで作っていても他店よりかなり美味しい。さすが王族が経営する店だ。この味はシンプルなラーメンの一つの到達点だ。この味は残さなければならないと思った。神ラーメンのレシピは転生前に、渚に依頼されて家庭向け料理本の掲載用として主婦でも簡単に作れるレシピを俺が作ったものに似ている。でもこの店のラーメンはその時に試作したものより美味しい。
他店より高い価格で提供しているが、最高の立地であり、客層は金持ちの観光客と貴族などの富裕層で占められているので問題はない。王族経営なので貴族でも黙って並ぶ。それだけ評判が良いなら、味のリニューアルは問題が起こってからでも構わないと思ったが、カール王子の希望で取り組むことになった。
「いよいよ本題だ。どんな提案をしてくれるか楽しみだ」
「あくまでこの店のメインは最高の神ラーメンです。それにプラスして、限定メニュー、季節メニュー、追加メニューの提案をします」
カミラと料理長がラーメンを運んで来た。
「限定スペシャル神ラーメンです」
「神ラーメンのスープの色が濁っているぞ」
いつものようにレンゲでスープを口にしたカール王子は無言のままだ。麺をすすり、具材も口にして、またスープを… ここで声を出した。
「あ~ もう限界だ! 凄い、強烈に美味い! 声を出さずにクールに最後まで食べ切ろうと挑戦したが無理だった」
「ダメですよ、もうバレバレです。一口目から顔がにやけていましたよ」
ラーメンを食べ終わると質問攻めだ。
「このラーメンの説明をしてくれ」
「私が説明します」
料理長が前に出て話しはじめた。店の厨房では、大きな寸胴を6本使ってガラスープを作っている。昨夜、ゴウからの指示で閉店後に寸胴に残った骨などの材料とスープを1つの寸胴に集めて火力を強くして沸騰させた。一日中寸胴の中に入っていた材料はすぐ反応して乳化したような状態になり白茶色になった。
材料の旨味も凝縮されて、同じ材料でもいつものあっさりスープとは別物になっていた。これを濾して小さな寸胴に入れ替えて一晩冷却した。このスープを温めて、いつもの手順通りに醤油ラーメンを作った。一つ違うのは、新しい豚油を一度加熱して器に少量加えたことだ。
「この奥深い味わいとワイルド感が出たこのスープが神ラーメンと同じ材料とは…」
アンケートに書いてあった店の悩みは、大きな店だけに仕込んだスープが足りなくなり閉店時間を早めたり、スープがかなり余って高い材料が無駄になったりしていると。
「限定スペシャル、これでロスを無くせますよ」
これで問題解決だと料理長は嬉しそうに話す。
「カール王子、開店直後はみんな限定スペシャルを注文すると思います。すぐ売り切れになると思うので、数量限定品を目当ての客で開店前からの行列が長くなりそうです」
「スープをかなり多く作って余っても安心だ」
「常に食べられるのでは限定ではなくなりますから、作り過ぎは禁物です」
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トラキール帝国、大城皇帝会議室
作戦失敗の報告が、SSCのBのハヤブサ便で届けられていた。
「もっと詳しく話せ」
いつも冷静なベルゴス皇帝が興奮気味だ。
「帝国軍兵士の中でも上位の剣の達人5名を送り込んで失敗しただと…」
「計画は完璧のはずでした。誘拐して地下室に監禁したところまでは」
サクラの誘拐に失敗した報告に、腕利きの兵士を選定したドラクダール将軍も戸惑っていた。グルメだけが取り柄の小国と甘く見ていた。なぜあんなに早く監禁場所が見つけられてしまったのか? どのようにして5人の兵士が捕まったのか? 届いた報告内容では分からない。
「申し訳ございません。私の計画が甘かったのです」
「その件で一つお話ししてもよろしいでしょうか」
右手を軽く上げてSSCのAが話しに割って入った。
「A、いいぞ話せ」
「今後、この作戦に帝国軍を使うのは止めてください」
ドラクダール将軍が睨みつけているのを無視した。
「この件は、3つの大国にも情報が渡っています。例の宣言文に賛同した大国が動き出したら大変です」
宣言文とは、奇跡のグルメ国家グルンジの食文化を守る為の宣言[何者かによりこの国の食文化を壊そうとするような不穏な動きが発覚した場合、参加国がその排除に協力する]という内容だ。この世界は、3つの巨大国家によって平和バランスが保たれている。近年、中規模国家のトラキール帝国が金と軍事力で平和バランスを崩しているとの非難が絶えない。この宣言を理由にして、トラキール帝国に圧力をかけてくる可能性がある。
「分かった、今は大国に睨まれるのはマズイ、これからは我が帝国兵を使わない。よいな、ドラクダール」
「は! 畏まりました」
「ゴウの誘拐もしばらく見合わせだ。今は目立つな」
「私の方も大熊豚作戦を失敗してしまいました。申し訳ありません」
「Aが考えた大熊豚を怒らせて研究所を破壊する計画は傑作だった。失敗は残念だ」
豚を使って実行する作戦が、豚に阻止された。伝説化していたミニ豚が現れて計画を潰された。想定外だ。
「今、もう一つハヤブサで報告が届きました。…また失敗だわ」
ラグールで一番評判の良い神ラーメンの店で使用している食材リストと購入先が書いてある書類を盗めなかった。ベルゴス皇帝が娘のイサドラから「カールの神ラーメン」という店が一番美味しいと何度も聞かされていた。そこで、全く同じ味のラーメンを作らせて食べさせてやると娘に約束した。店にスパイを潜伏させたがこれも失敗した。
「イサドラ様を失望させてしまいましたわ。お詫びにこれをお渡しください」
「おー、これは娘が前から欲しくて探していた青魔宝石のネックレスではないか」
「これでお許しください。それと、別にもう一つ報告が届いています」
それはゴウの動きをずっと見張っていたSSCの優秀な女スパイからだ。
―報告内容―
・ゴウが頻繁に色々なラーメン店主と会って何やら作業をしている
・おそらく神ラーメンの改良をする為の作業だろう
・しかしどの店も改良した味の神ラーメンを提供するまでには至っていない
・この現状で考察すると神ラーメンの改良に取り組んでいるが全部失敗している
「今日の報告は全て失敗の報告だな。しかし、奴らは神ラーメンの改良に失敗し、こちらはすでに成功している。我々が1歩も2歩もリードしているのは愉快だ!」
不機嫌だったベルゴス皇帝が陽気になった。
「武力や裏金を使わずグルメで勝つぞ! ハハハハ!」
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カールの神ラーメン会議室
「カール王子、数量限定ラーメンの次は季節ラーメンの提案です。言い換えると期間限定ラーメンです」
「なんかワクワクする」
「このお店の期間限定ラーメンは、ミニマルラーメンにします」
「ん、ミニマル?」
このラーメンは転生前に新店舗で出すために取り組んでいたものだ。食材が重要な為に尊敬する先生方にアドバイスを受けることになっていた。富多師匠からミニマルラーメンの提案を受けた際は、シンプルなラーメンとどう違うのかと戸惑った。その違いを色々な角度で説明していただいた。最も分かりやすかったのが割算の1と引算の1の違いの説明だった。
10÷10=1 これはシンプル…10種の食材で構成した基本的なもの
10-9=1 これがミニマル…9種類を削ぎ落し1種類の食材の味を追求
同じ1でも大きく違う。
スープの美味しさを追求するとどうしても足し算になってしまう。新たな食材をどんどん加えて旨味の宝箱のようなスープになる。それと対局にあるのは必要最低限の食材を使用して作るあっさり味の透き通ったスープのシンプルなラーメンだ。それを新化、いや深化させたのが単一食材で作るミニマルラーメンという発想だ。
◇シンプル…基本的な豚骨・鶏骨・野菜類など10種類の食材を組み合わせて作ったスープとする。その味は10種類の食材の旨味がバランス良く一体化したものなので、1の中には10種類の食材の味が入っている。
◇ミニマル…(色々な食材を組み合わせて美味しいスープを作る発想から脱却して)
一つの食材にこだわり、他の食材を削ぎ落す。食材選びと調理方法で、1の中には1つの食材の味のみである。シンプルと同じに見えるラーメンでも食べれば違いに驚く。これを成功させるには食材次第だ。その点でこの異世界の食材は素晴らしいものが多く心配はいらない。
「割算と引算? うーん、なんとなく分かったような気がする。ミニマルラーメンは厳選した単品食材で勝負するということだな。食べれば理解が出来るかな?」
絶妙のタイミングでカミラがラーメンを運んで来た。
「期間限定のウマグロ塩ラーメンです。どうぞお召し上がりください」
予想はしていたが、王子の喜び方は凄かった。何度も食べながら声を上げた。
「いやー! ゴウは天才だ! こんなに美味いとは凄い、天才ラーメン王だ」
「このミニマルラーメンの味はこの魚です。この魚だけで作ったスープです」
この世界に転生して初めて口にしたのがこのグロテスクな魚だった。その旨さに立ち上がって美味い!と声を上げた自分自身に驚いたことを思い出した。ベン&ケイの店でしか扱っていない魚で名前も付いてなかった。
旨くてグロテスクなので、ウマグロとゴウが勝手に名前を付けた。焼いた魚のアラでスープを作った。最高に香ばしい焼いた骨や皮から粉末やペーストや魚油を作りラーメンに利用した。
「こんな魚は初めてだ」
「実はこの魚、王様一族が経営されている高級レストランで料理に使っております」
見た目がグロイので、白身魚の刺身として提供している。他にも切り身にしてからムニエルなどに調理し、魚の姿は見せないようにしてお客に提供している。王族の一流の料理人が惚れこんだ味だ。
「あの美味い刺身はこの魚だったのか! 何故こんなに旨いのだろうか?」
「この鋭い歯で食べるものが良いのでしょう」
海洋研究所の研究員から聞いた話だ。雑食の魚で、他の魚と違う点は、細かく鋭い歯で浅い海底の色々な種類の海藻を噛んで食べる点だ。養殖時、衰弱している魚の餌に海藻を混ぜて与えると元気になることが判明してからは、常に海藻入りの餌を与えている。この海藻がこの魚の旨味の源らしい。
「それともう一つ良いことがあります。このスープには仕入れ原価がかかりません」
王家経営の高級レストランの10軒以上がこの魚ウマグロを高値で仕入れている。高級レストランだから仕入れられる値段だ。しかし、アラは全部捨てていた。アラとは魚の身を切り出したあとに残る、頭、エラ、かま、ヒレ、中骨、尾、皮などの部分だ。このアラを各店舗から集め下処理をして焼いたものを魔石冷凍保管しておく。それを使用する。
「高級食材の仕入れ額がゼロとは嬉しい」
「ミニマル、期間限定ラーメンはこの魚ウマグロでスタートし、人気が出たら数量限定の定番ラーメンにしましょう。第二第三のミニマルラーメンの試食は後日にします」
集まった全員がウマグロのスープの旨さに絶句した。
次は各自に神ラーメンの醤油味か塩味のどちらかのスープが入ったどんぶりが配られた。不思議そうにしている皆に説明をする。
「今日はもう一つ提案が残っています。今、神ラーメンの麺を食べ終えてスープが残っている状態と思ってください」
アンケートには、スープのロスの問題の他に、もう一つの悩みが書いてあった。ラーメン店にしては、最高の立地と建物、優秀な料理人やスタッフとその人数の多さで、経費負担が大きく、連日行列が出来るほど繁盛しているお陰で利益を出しているが、まだまだ想定している利益には足りない。もっと稼いで、国民から徴収する税負担を軽くする役目を担いたいと思っていると。この国の王族の考えは凄い。王家が稼いだ利益の7割を国民から徴収予定の税額から差し引くようにしている。応援をしたくなる。
「追加のラーメン、和え麺です」
カミラ、ルーシー、そして料理長が運んで来たのは、蟹味、海老味、貝味、ニンニク味などの数種類の『汁なし麺』だ。極細の麺を使用している。
「まずは、タレと麺を良く混ぜてそのまま食べてみてください。次に混ぜた麺をスープの中に入れて、麺を食べ、スープを味わってみてください」
この試食はみんなでかなり盛り上がった。色々な種類の味を楽しんだ。
「このまま食べても美味しい」
「スープに入れると神ラーメンのスープの味が変化して楽しいわ!」
「麺も食感が違う極細で面白い」
料理長が得意げに話す。
「追加の和え麺で売り上げを2倍に伸ばします、ゴウ殿と色々とプランを練りました」
店の客層の大半は裕福な海外からのお客だ。高級な具材も盛り付けて客単価をアップする計画だ。料理長が交渉して、王家が運営しているレストランの高級な食材を分けてもらうことも決まっている。この店ならではのプランだ。




