真っ黒な醤油ラーメン
《天海聖暦770年 異世界開店日より70日後》
今日もゴウの部屋にはマリーとサクラが来ていた。
「カールはすっかりゴウのファンになったようですわ」
「さすがに王子は目立つからここには一緒に行けないと残念がっていましたよ」
そういえば、ラーメン改革勉強会や試食会にはいつも来ていた。
「先日、カール第三王子の立派な挨拶を聞いて驚いたよ」
「カールはとても優秀よ。兄のアーサーの前では一言も話せないけどね」
王立天海聖真校では政治・行政・指導者育成特別科を選択し首席の成績で卒業している。とても明るい性格で良く喋るらしい。まだ俺とは殆ど会話していないが…。
「マリーや私に付き合おうといつも言い寄って来たのが、今はゴウのことばかり」
「そうだ、そのカールから大切な情報よ」
ついにゴウを誘拐する命令が出たらしい。それも強い命令だ。怪我させても構わない。ゴウの周辺にいる者達が邪魔なら排除しろ。昨日捕らえたSSCのスパイからの最新情報だ。これに対して国王からの指示は、細心の注意を払いながらも相手には知らないふりを通せ。こちらの動きを察知されないように計画を実行してくれ。
「ほんと、無理難題だわ」
「俺もですが、2人にも危険が…気を付けてくださいよ」
「私は大丈夫よ、サクラがいますから」
サクラは大丈夫だとしてもマリーが心配だ。でも今は2人を含め周りのみんなを信じて行動するしかない。
「そろそろ出かける時刻ですよ」
これから向かうところは、『ブラック/ブックス&カフェ&ラーメン』という店だ。国内で一番大きな本屋で、ダミアン・ハーベスト・ブラックという店主が営んでいる。ラグールの街中に10店舗を構える有名な本屋だ。
店主が黒に異常なほどの拘りがあり、店の外観や内装に黒色を沢山使っている。友人から貰った黒豆茶を気に入り、店内の一角にカフェを作り、ダークチョコレートケーキと黒豆茶を出して人気が出た。さらにラーメンが人気の食べものとなると、カフェスペースを拡張して、真っ黒な器に入れたラーメンを出すようになった。
この本屋にはゴウは何度も通った。貴重な古書が何冊も立派な黒いケースに入れて飾ってあるのが印象的だった。調べたい本は殆どここで見つかった。特に料理専門誌やグルメ雑誌、街中のガイド地図など完璧に揃っている。しかし、一部の雑誌や料理本はケースに鍵がかけられて購入も閲覧も出来なかったのがずっと気になっている。
「私、あそこのカフェのチョコレートケーキ大好きです」
本屋がある表通りの一つ手前の細い通りを雑談しながら歩いていると、正面から2組のカップルが道を塞ぐように向かって来た。ゴウは、ナイフのような刃物を持っているのが見えた。慌てて4人に杖の魔石を向け痺れさせようとしたが、何の反応も起こせなかった。
しかし、サクラが4人の足を斬るのは一瞬だ、賊はみな地面に転がった。やはりサクラは凄いなと見とれていたが、それが油断というものだ。背後から短剣を持った男がマリーに迫っていた。サクラが気づいてマリーと言ったので振り向くと男は地面に転がっていた。すぐに潜んでいた私服の警備兵が賊を取り押さえた。
「今、マリーが投げ飛ばした?」
「勝手につまずいて転んだだけよ」
腑に落ちなかったが、もっと重大なことがあった。
「杖の魔石が効かなかった。壊れたのかな?」
サクラが警備兵に指示し賊が魔石を持っているか探させた。
「やっぱり持っていた。情報が伝わっているわ」
賊が持っていたのは、相手の魔石の攻撃効果を無効にする特殊な魔石らしい。高価な魔石を下っ端の輩に持たせることはあまり無い。こんなことが出来るのは大金持ちのトラキール帝国だと誰でも考えることだ。堂々と仕掛けて来る。
「これからは杖の魔石には頼らない方がいいわね」
「お腹が空いてきました。早く行きましょう」
何事もなかったようなサクラの態度に唖然としていた時期もあったが、今はその態度が緊張感に潰されそうな俺の心を救ってくれていると感謝すらしている。
この細い通りには〘ブラック/ブックス&カフェ&ラーメン〙の店員通用口がある。そこから飲食部門の厨房奥にある店員用の賄い休憩室に入った。飲食部門は昼前から夕刻前までが営業時間だ。この厨房にも朝からルーシーとカミラを派遣していた。
「ゴウ殿、お越しいただきありがとうございます」
「ダミアン殿、今日はよろしくお願いします」
「ブラックとお呼び下さい。その方が嬉しいです」
半年程前にゴウは、ラグール郊外の緑地にシマモト先生が設立した研究所を訪れて、そこで開発された味噌・醤油のような日本風の様々な調味料を紹介してもらった。その中でも黒大豆を主原料に使った黒い醤油に興味が湧いた。
原料は真っ黒な丸大豆に炒熟割砕した真っ黒い小麦を少し加えた物が主体だ。仕込み水に溶かす塩も真っ黒い塩、さらに麹菌も混ぜ合わせると黒くなる麹菌だ。この原料から作られた醤油は重厚かつ深い旨味がある。そして何より真っ黒である。漆黒とはまさにこの色だ。
欠点としては、丸大豆を使うとまろやかになるはずだが、この黒大豆の性質なのか、醤油感が全面に出て角が取れない。まだ用途が少ないので醸造量も少量だ。
この真っ黒な醤油を見た時、日本で食べたラーメンを思い出した。福島県郡山市の醤油ラーメン『郡山ブラック』だ。100年フードにも認定されている。時々無性に食べたくなり車を飛ばして郡山に行った。郡山ブラックと言っても作り方は色々ある。
今回は一番古い作り方のクラシックブラックに注目した。まだ日本でラーメンをどうやって作るか分からない時代、特に地方では情報が少なかった。その頃に参考にしたのは蕎麦の汁だ。醤油とみりんと砂糖で作って寝かせた「かえし」と鰹節や昆布で作った「だし」とを一つの鍋で合わせて作る。
それを真似て、肉を煮た醤油の「元だれ」を豚や鶏の骨が入った「がらスープ」の鍋に入れて合わせて作る方法が考え出された。今でも郡山の他にも一部の地方に残っている作り方だ。醤油感が強く角が立っている黒い醤油タレが、豚がらスープに合わさり馴染んで角が取れて深い味わいになる。見た目の黒さと違い塩辛くない。郡山の人は「しょっぱくない」と言う。
「準備が出来ました」
ルーシーが笑顔で休憩室に入って来た。その笑顔で満足に仕上がったのが分かった。
「ラーメンをお出ししてもよろしいですか?」
「お願いする、楽しみだ」
「ブラック殿は待ちきれないみたいだ」
今回使用するどんぶりは真っ黒の器から真っ白の器に変えてもらった。スープの黒さを強調するには、黒い器より白い器の方が際立つと押し切った。
「お待たせしました、ブラック醤油ラーメンです」
「おー! 真っ黒だ、白い器に変えて正解でした。ゴウ殿、ありがとう」
レンゲでスープを飲んだブラックがなんと言うか、みんなが興味津々で見ていた。しかし、時間が止まったようにブラックは動かなくなった。目から涙が溢れ出していた。
びっくりしたサクラは声をかけた。
「どうしたのですか? 美味しいから泣いているのですか…」
ハッと我に返ってゆっくり話し出した。
「嬉しいから泣いているのです、嬉しいから」
父親から古書店を受け継いだダミアン・ハーベスト(ブラック)は大失態を犯した。店主になって10日後のことだ。異国の衣装を着た夫婦が店に海外の貴重な歴史的書物をまとめて売りに来た。それを見たブラックは、驚き、そして喜んだ。それは顧客の王族や貴族から依頼されていた〔手に入れたい書籍リスト〕の上位に載っていた貴重な書物だった。
「こんな貴重な本をどうしてお売りになるのですか?」
「私達はある国のある伯爵家の者です」
仲が悪かった伯爵家の陰謀で、私達の伯爵家は取り潰しになった。命の危険を感じ国外に脱出して来た。家宝の書籍を売るのはラグールに家を買う為だという。真っ赤な嘘だが、ブラックにとっては新店主になって大きな実績を作るチャンスだと思い信じてしまった。
「買わせていただきます」
店の全ての資金を使って偽物を買ってしまった。さらに悪い事に王族や貴族に探していた本が見つかりましたと高額で売ってしまったことで信用を失った。
親に自慢話をしたら、それは詐欺の可能性が高いと言われた。父親と一緒に売り先の王族・貴族の屋敷に確認に行った。かなり高度な技を使った偽物と鑑定した父親は、土下座をして許しを請うた。どんな罰を受けてもしかたがないと自分も覚悟した。そちらから詐欺に気が付いて確認に来たのだから罪には問わないと言われたが、2倍の価格での本の買い戻しと1年間の王族・貴族への取引停止の処分が下された。
底をついた店の資金だが、地下の貴重本保管室に王様より売って欲しいと言われていた本がある。取引停止でもあの本だけは例外だ、それを売れ。お前は功を焦り過ぎだ。それからもっと勉強しろよと静かに言い放して店を出ていく父親の背中に頭を下げた。
それから10日間、店を閉め水と食料を持ち込んで地下の貴重本保管室に篭った。最初は一切の光が無い闇の中はとても怖かった。闇の中で、失敗した自分の不甲斐無さや勉強不足を嘆いたり怒ったりすると、その闇がもっと怖く不気味に感じて不安になった。闇の中で数日が過ぎると、悔しさ、怒り、悲しさも全て闇の中に溶けだし一切が無になったような感覚になり不安もない。そうすると、自分の大失態をかばってくれた父の愛情や、亡き母の笑顔など色々な愛情が闇に溢れ出した。
闇とは全てを無にし、全てを生み出す源だと感じた。それからは、主な顧客が王族や貴族だった古書店をどうやって再生するのか考えを巡らした。不思議な事にアイディアが自分の頭からなのか闇からなのかの判別出来ない程にどんどん湧いてきた。地下に篭って10日ぐらい経ったころに、魔石の灯りを燈した。闇に消えた貴重な書籍が闇から湧き出した。そんな感覚だった。
自分が生まれ変わったと思ったダミアン・ハーベストは、名前の最後にブラックと付けて名乗るようになった。店名も父親の許可を得て、ハーベスト古書店からブラック・ブックスに変えた。店の外装や内装に黒色を沢山取り入れた。
庶民が寄り付かなかった店を変える為、庶民に人気のグルメ本を王国一といえる品揃えにして話題になった。観光客にもグルメガイド本を買うなら黒い本屋と言われる程に有名になった。
闇に色は無いが、色で表すと黒しか無い。私にとって闇・黒は、破壊を呑み込み、再生と新たに価値を生み出す色だ。
熱弁だった。
「すみません、とても長々と話してしまいました」
「いえ、とても良い話をお聞きできました」
「ブラック醤油ラーメンを開発していただいてありがとうございます」
涙を拭きながら、黒に思い入れの強い自分の為に作ってくれた優しい思いが、奥深く旨いスープの中に溢れ、過去の思い出も頭に浮かんだことを話した。
「ゴウ殿の思いが、皆さんの思いが、嬉しくて、嬉しくて…」
「そんなに感動していただいてこちらも嬉しいです」
「あっ せっかく作っていただいたラーメンが冷めて…」
「大丈夫ですよ、無駄にしません、メチャメチャ美味しかったです」
ラーメンが冷める前にサクラがブラックさんの代わりに食べ終えていた。ブラックの話に涙を流しながらもしっかり食べていた。
「こら、まったくサクラは」
ここでルーシーが絶妙なタイミングでラーメンを運んで来た。
「どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとうございます、今度は全部ちゃんと味わいます」
笑顔で完食した。中細麺にスープが絡んで、麺をすすると小麦の風味と一体になり更に旨さが増した。大熊豚のもも肉を使ったチャーシューは極薄でそこにスープの旨味が染み込んでいる。
完食後に黒いラーメンの一体感に感動が押し寄せて来た。
「すみません、また泣いてしまいました。想像を超える完璧な一杯でした」
「ありがとうございます」
「一番驚いたのが、チャーシューのスープの染み込み具合が絶妙だったことです」
このラーメンはチャーシューをどれだけ薄くスライス出来るかに拘った。大熊豚のもも肉チャーシューは大きな塊だ。それを極薄にするのは難しいはずだが、ルーシーもカミラも簡単に超極薄にスライス出来るのに驚いたが、この世界の住民にとっては普通の刃物使いらしい。大きな超極薄チャーシューを器からはみ出るように敷き、黒いスープを注ぎ入れ、茹で上がった麺を入れ、最後に小さめの薄切りチャーシューと白葱と青葱をトッピングして完成させた一杯だ。
ブラックの黒に拘る思いを聞いて、この本店用にゴウは提案を修正した。スープの黒色を際立たせる為に白色の器を使用する提案をしたが、対比で黒にするのではなく、器も含めてラーメン自体を『闇』にしてしまうイメージだ。
「ブラック殿の強い思いを聞いて考え直しました。本店で提供するラーメンは徹底的に黒、いや闇にしましょう」
麺は黒小麦の中でも最も黒い小麦粉を使用した黒麺、黒猪の黒油、黒葱を使用。どんぶりも黒い器、レンゲも箸も黒に統一する。ブラックのこの闇(黒)への思いをお客に伝える作戦も考えた。
支店については器の内側は白とする。店ごとに、黒タケノコ、黒キノコ、黒卵とトッピングの一品を変えて提供することに決定した。
「今日の試食会は終了しますが、一つお願いがあります」
「なんでしょうか」
「ブラック殿が店を引き継いでから現在までの自叙伝や繁盛記を書いて欲しいです」
「私の自叙伝なんて恥ずかしいですよ」
「今日お話ししていただいた内容で構いませんのでよろしくお願いします」
ラーメンの宣伝戦略に使うからと説得し強引に引き受けさせた。




