試食会の罠
《天海聖暦770年 異世界開店日より66日後》
「お待たせしました」
レストラン&カフェ『マル』の個室で待機していたゴウ達のところにラーメン試食の準備が出来たと迎えが来た。秘密の地下通路を通って市場地下の秘密基地の1番と2番の厨房室に向かった。
6日前、回収したアンケートを精査して選んだラーメン改革に着手させる最初の100人を地下会議室に呼んで勉強会を開いた。呼ばれた店主達は騒然としていた。いきなりアーサー第一王子から極秘扱いのアンケートや極秘行動の指令が来て驚いていたのだ。
勉強会の冒頭にカール第三王子から説明があった。
◦トラキール帝国がラーメン戦争を仕掛けて来ること
◦その勝利を足掛かりにグルンジ王国の崩壊を目論んでいること
◦その対抗策の為に国王が天才ラーメン王と認めるゴウという男の指示を聞くこと
◦大勢の店主達が関わる作戦、各自が極秘行動を厳守し作戦を漏洩させないこと
カール王子がしっかり話す姿を初めて見た。理路整然として分かりやすく説得力もあり集まった店主に危機意識もしっかりと植え付けることが出来た。
続いてゴウから説明された店の『コンセプトの重要性』や『美味しい定義』の話は良く理解できていないようだ。これは想定内で個別に店ごとに説明していくことになる。
この勉強会の同日、新レシピに取り組んでもらう最初の店主と試食会をした。その店主はターク・ウルフという男だ。親は気性の荒い山狼豚を飼育している牧場主でウルフ家と名乗っている。このウルフ家の親戚や仲間が20店舗以上のラーメン店を営んでいる。そのラーメン屋のリーダー的存在がタークだ。
アンケートに書いてある問題点を見ると、高額の家賃を払えない為、タークの店を含め親戚や仲間の店の立地は最悪だ。中心街から離れた地域の路地裏の地下や狭い階段を上がった2階や3階と飲食店を営むような場所ではない。
地域に生活している住民の腹を満たす為、ラーメン以外の料理を出す店も多い。夜ともなると人通りが皆無で開店休業状態で早仕舞いする店がほとんどだ。激安の家賃に助けられてギリギリ店が潰れないという状況だ。
ゴウは新ラーメンのコンセプトの説明をして、3種類のラーメンを試食させた。その味を気に入ったタークは、翌日夜に地下の厨房室を借りてウルフ家の仲間の店主や家族を集めゴウのレシピを基にラーメンを試作し大試食会を開いた。そこで意見を出し合い最高の自信作が出来たのでゴウに試食に来て欲しいと連絡が来た。その試食日が今日だ。
1番厨房室の前に着くとタークが笑顔で飛んできた。
「ゴウ殿、こないだは大変ありがとうございました!」
試食会の罠、嫌な予感が的中しそうだ。
1番と2番の厨房室には合わせて20人以上が笑顔でこちらを見ていた。厨房室の前にテーブルと椅子が配置され、そこに座るようにタークの妻に案内された。
「我々ウルフ家の仲間で作った自信作です」
「ゴウ殿のレシピを基にしてみんなで作ったラーメンです」
1番の厨房からラーメンが運ばれた後に2番厨房からも運ばれ、味の比較が出来るように配慮されていた。マリーとサクラは「とても美味しい」と大喜びで食べていた。それを見ていたタークはさらに自信を持ったようだ。
「ゴウ殿、これで我々の店は大丈夫ですね」
ゴウは衝撃を受けていた。ここまでの味にするとは…
「いえ、この味ではあなた方の店は確実に潰れます!」
まさに師匠から聞いた『試食会の罠』そのものである。
個性あるラーメンを提案されたオーナーがその味を気に入っていたが、後で親戚知人を呼んで試食会を開いた時に色々な意見が飛び出し、みんながOKを出した改良したラーメンを自信作と勘違いする例である。開店前に「改良した自信作を食べに来てね」と言われ師匠が行ってみると、無個性のどこにでもあるラーメンに変貌していた。最初に一緒に考えた店の戦略も忘れている。最後は自己責任だが、結果は見えていたという。
今回は個人の自己責任では収まらない。王国の運命もかかっている。ここは引き下がらず強く出る。
「勉強会でコンセプトが一番と説明しました。タークさん達の店用に作った戦略に沿った味づくりをしてください!」
ゴウは、サクラに連れられてタークの店に一度だけ行ったことがある。その時に常連客だけに出すという特殊な餌を与えて育てた山狼豚の肉丼を食べた。
ウルフ家が開発した独特の餌は、イチョウの種子・銀杏の悪臭がする外種皮を緑草などに混ぜた物だ。この豚丼の独特の深い旨味に衝撃を受けたゴウは山狼豚を使ったがらスープを独自に開発していた。どこにもない個性的な旨味が味わえるウルフ家の山狼豚を利用しない手はない。
最悪の立地に観光客を呼ぶには、そこに行かないと絶対食べられない個性が必要だ。新しいラーメン作りのコンセプトはそこにある。
◦迷っても探し出して! 這ってでも辿り着いて! ウルフ一家の山狼豚ラーメン
◦それは超個性的! 超美味! 世界でここでしか絶対味わえない山狼豚ラーメン
◦あなたはこの個性派ラーメンの味を受け入れられるか? チャレンジ!
「このキャッチコピーは、コンセプトそのもの。もう一度見て考えてください」
神ラーメンの個性が1で、ゴウが提案したレシピで作る味の個性が100とすると、ターク達が作ったラーメンの個性は1~2だ。提案したラーメンは個性的で万人向けではないが嵌った人にはこの味から抜けられない魅力があるはずだ。
それに対してターク達のラーメンはウルフ家の山狼豚の特徴をほとんど消し去り万人向けの無個性の味になってしまった。
想定はしていたが正直ここまで個性を削ぎ落したラーメンになったのはショックだった。
「私はこれから数多くの店に色々な味のラーメンを提案していきます。このままではそのラーメンの影に埋もれます。もう一度言います、潰れますよ」
「すみません、ハッとしました。あれほどコンセプトが大事と言われたのに」
勉強会で聞いたコンセプトの重要性をタークはやっと理解した。仲間と試食会をした際にコンセプトについて仲間にきちんと伝えて無かった。最悪の立地に客を呼ぶための戦略的味作りを仲間内が美味しいだけの試食会にしてしまった。ターク達は話し合いでゴウから提案されたレシピに基づいたウルフ家の山狼豚の特徴を前面に出したラーメンをメインにすることに決まった。
ゴウは自分が提案したレシピで作ったラーメンが食べられるように6番の厨房室で準備させていた。
「自分の店で出すラーメンは、コンセプトを確認して、自分で納得し、自信を持って提供してください」
6番の厨房室のドアが開きルーシーとカミラが声を出した。
「お待たせしました、ウルフ一家の山狼豚ラーメンです」
出されたラーメンを食べたウルフ家の仲間は、あらためて山狼豚ラーメンの個性的な旨味の価値を知らされた。先ほど自分達が作ったラーメンがどんな味だったか思い出せない程に強力な味だ。タークの父親が叫んだ。それに続いてみんなが声を上げた。
「これぞウルフ家の山狼豚の美味しさだ! 一族の誇りのようなラーメンは最高だ」
「そうだ、我々の誇りのラーメンだ!」
「そうだ、そうだ、これだ!」
これでターク・ウルフとその親戚や仲間の店は大丈夫だろう。次だ。




