地下空間のラーメン戦争対策基地
《天海聖暦770年 異世界開店日より60日後》
「ゴウ、またボーっとして危なかったですよ」
ここ1年ずっと同じ女性からの視線を感じている。頭から布を被っていて顔が良く見えないが山本渚に似ている。あれは渚の高校生や大学生の時のスナップ写真の顔だ。転生していたら18歳の容姿のはず、あれは渚なのか? いやいや、それなら何故会いに来ない。
路上で考えていたゴウの背後に忍び寄る女がいた。鞄を盗もうと斜め掛けしている皮紐をナイフで切ろうとしていた。サクラがすぐ気づいた。ナイフを持った女の手首に手刀を振るい、同時に足払いをした。女はナイフを落とし見事なまでにひっくり返った。しかし、素早く起き上がり逃げ足は忍者のように早かった。
女は野菜が入ったカゴを持ち、サクラと同じメイドの衣装を着た格好で近づいた。完全に計画的である。もう何度も危ない目に合っているのにまたやってしまった。注意されるのは当然だ。
「またサクラに注意されてしまった。ごめん」
精神を乱しているのはマリーだ。顔を真っ赤にして怒っている。
「街中で隙をみせなければ、あんなことは防げたわ! 注意してくだい!」
マリーはゴウに怒っているというより、こちらを隠れて視ていたあの女性に怒っていた。時期が来るまで姿を見せないでとお願いしたのにと…。
ここは、市場の近くのレントラン&カフェ『マル』の個室だ。会議室や個室が多数あるラグールでも1.2位を争う大きな飲食店だ。この店の地下倉庫と市場の地下大倉庫とを繋ぐ地下通路を作った。市場の地下は、鮮魚倉庫と青果・食肉倉庫との間に使われてない大空間が広がっていた。
そこにゴウは目を付けた。最初にラーメン戦争の話を聞いた時点で、対策基地を作ることを先行して進めていた。秘密基地を作るのには最高の場所だった。
その地下空間に、富多師匠の製麺工場の敷地にあったテストキッチンを参考にした厨房設備を作らせた。可動する設備を多く入れて、それぞれの店主が自分の店と同じレイアウトにして試作出来るように工夫した。同じ厨房室を10室用意させた。
国王推薦の一流の職人の仕事とあって空調、給水、排水、光熱の設備も完璧に仕上がった。厨房室の向かいには200人程が集まれる広さに壁で仕切り、簡易的なテーブルと椅子を用意させて会議室も作らせた。
もう一つ作ったのが製麺室だ。これが1番難航した。ゴウは製麺の機械についてはあまり詳しい知識がない。ただ師匠から色々と教わっていた。
製麺は〔捏ねること〕、〔延ばすこと〕、〔切り出すこと〕。
単純に言えばそれだけだ。だからこそとても難しいと教わった。
製麺室は3室用意した。ラーメン戦争が終わったら、製麺機械一式を既存の3つの製麺業者に王国から無償貸与することを約束している。
製麺機の重要な部分の一つは麺を延すロールである。その材質はステンレスであるが、この世界では無い素材だ。師匠から、昔の日本では鉄の鋳物が使われていて、出来上がった鋳物ロールを3年程雨ざらしにして錆を出させる。それを綺麗に磨き上げて完成品に仕上げたロールで作った麺は最高だったが、今は完成まで手間がかかり過ぎるのと、衛生面からステンレス製に変わってしまったと聞いた。
製麺機の製造を誰に頼むかはベンに相談して決定した。
「あの爺さんしかいない、すぐに紹介する」と即答だった。
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鍛冶工房を訪ねてウロウロしていると。親方らしき男が声をかけて来た。
「あんたがゴウか、ベンから聞いておるぞ、2階に行くぞ!」
かなり急な石の階段を爺さんとは思えぬ軽やかさで上って行った。慌ててゴウとサクラも後に続いた。美しい刀剣が飾ってある応接室に入った。刀剣類に詳しくないゴウでも凄い職人技の逸品と分かった。
「親方お久しぶりです。この刀凄いです」
国王より褒美として下賜されたサクラの持つ刀は、この鍛冶師の作だ。
「薄く軽い、丈夫でしなやか、そして美しい。国宝となった剣を作るより難しかったぞ」
「最高の逸品です。大事にします」
「ところで頼み事とは何かな? 詳しく話してくれ」
「無理なお願いをすると思いますがよろしくお願いします」
製麺機の見取り図と使う用途を説明した。
「剣作り競争から勇退し、のんびりとグルメライフを満喫していたのに」
「すみません、ご迷惑をおかけします」
「この国の極秘任務に巻き込まれてしまったわ、はっはっは」
この鍛冶師は、武器の製造で有名で名刀・名剣の産地と言われるオーミスト帝国で3大鍛冶師と言われた人物だ。名前は、ランクル・バック。その銘が入った刀や剣は高額で取引される。剣作り競争に飽きて、この国に移住を申請した。その時期は審査が厳しく困っていたところ近衛団長をしていたベンの推薦で移住の許可が出された。
「ベンからの頼みと云う理由とは別に、この仕事面白そうだからお受けする」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
「よし、この国で採掘される魔鉱物を使った鋳物の凄いロールを作るぞ」
サクラは一回転した。
「流石、親方! ふぅー」
「ゴウの作るラーメンを食べたい。はっはっは! 面白くなって来た」
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ランクル親方の工房で秘密裏に作られた部品を地下の製麺室に運び、職人集団が製麺機を組み立てた。魔石も組み入れ電動と同じように動く製麺機が完成した。麺を切り出す多種類の切刃の完成度も素晴らしかった。これでラーメン戦争対策秘密基地が完成した。
製麺室の前の壁に富多師匠の言葉を自分の言葉として張り出した。
〘 最後の決め手 極めての麺 〙
ラーメンはスープが命である
しかし、スープに合った
良い麺がなければ
何も始まらない
麺をすすると
美味しい麺に
美味しいスープがからんで
口の中に旨味と風味が広がる
これが至福の時だ
麺の味は
小麦の種類や配合
加水量
混合方法と量と時間
製麺機の種類や大きさ
熟成時間
茹で方と茹で時間
スープの味や濃さ
色々な条件で変わる
多種類の
それぞれの特徴を
持った麺は
相性の良いスープと出会って
初めてその真価を発揮する
麺とスープ
究極の組み合わせを
見つけることが
繁盛店への入り口である




