鶏ラーメン
《天海聖暦770年 異世界開店日より45日後》
閉店直後のゴウの店のカウンター席に、カルロ・マルタン公爵とエンリケ・ロベールが顔を見合わせ気まずそうに座っていた。彼らは国王からの勅令でここに来た。アーサー第一王子に王城に呼び出されて聞いた〔トラキール帝国とSSCが仕掛けて来るラーメン戦争〕の内容に驚愕した。今後は全て極秘で行動すると誓約し国王の勅令書を渡された。
勅令書の内容を要約するとこうだ。
・指定する男と合って話を聞き、男の言う事全てを実行すること
・ その男とは元近衛騎士団長のベンの親戚のゴウという若者だ
・ベンを頼って辺境地から来た
・ ゴウは王も王子も認めるラーメンの天才
・ ゴウにグルンジ王国の運命を託している
・ ゴウは誘拐指令や命を狙われている可能性が高い
・ 会う時はゴウと呼び敬語は使うな
・ ゴウの指示は絶対だが質問は良い
・ 2人には賊に拘束され秘密が漏れないように庶民の服装をした護衛を付ける
・ 最後にゴウの事を詮索するな
「お越しいただきありがとうございます」
「国王の勅令ですから礼には及ばぬ」
「その通り、礼はいりません」
「それに、暗い路地裏口から入っていただき申し訳ありません」
「それも危険回避の極秘行動と理解しておるよ」
「お2人には以前食べて頂いたゴウラーメンの件でお詫びします」
「どういう事かな」
「詫びなんて思い当たる事がないですよ」
「まずカルロ様、旨いを押し付ける傲慢な態度ではなかったかと反省しています」
…私が氷の視線で脅したのを知っていてこう言うのか? 恐ろしい、何を考えている…
「そしてエンリケ様、田舎者を言い訳にして失礼な事を言ってしまったと反省しています」
…こちらが金を出せと失礼な事を言ったのに… 恐ろしい、何をやらされるのか…
「申し訳ありませんでした」
「とんでもない、こちらこそ態度が悪かった」
「私こそ、失礼な事を言いました」
「お詫びにはなりませんが、まず新たに作ったラーメンを会談前に食べてください」
緊張していた2人も食べ物の話となると元気が出た。今度はどんなラーメンを食べられるのか興味津々だ。
「今日は、こちらのルーシーとカミラがラーメンを作ります」
この2人の女性はベンが近衛兵団長時代の部下だった兵士の妻だ。夫は勇退してベンと同じ漁師の仕事をしている。ケイからベンの親戚がラーメン屋を始めると聞いて手伝いを申し出た。試作途中のゴウラーメンを食べたルーシーがあまりの美味しさに感動して「私もこのラーメンでお店を開きたい」と叫んだ。同時にカミラもやりたいと叫んでいた。
とても仲の良い2人は一緒にラーメン屋をやろうと意気投合し盛り上がった。ゴウは日本でラーメン屋を開きたいと叫んだ自分を思い出し微笑んだ。しかし、仲良し2人が共同経営者としてお店を開くのには不安を覚えた。
あれはラーメン屋の開店資金を得る為に自給の高い夜間の警備員のアルバイトをしていた時期だった。早朝の帰宅途中の街角で、以前に住み込みで働いていた会社の社長と偶然出会った。ラーメン屋を開店する為に頑張っている話をすると興味を示し、一度試食させろと言われた。
後日、その会社の賄い用の厨房を一日借りてラーメンを作った。それを食べた社長に「これはイケル! 私が金を出す。共同経営者になってあげる」と言われた。それを富多師匠に報告したが、あまり良い顔をされなかった。
共同経営が絶対ダメでは無いと前置きしてから「初めて開店させるラーメン屋の共同経営はお薦めしない」と言われ、数件の共同経営店で起きたトラブルの話を聞いた。
繁盛すると、利益の取り合いや方針の違いが出て来る。繁盛したのは自分の力だと互いに言い張る。業績が悪くなると責任を擦り付け合い、商売から我先にと手を引こうとする。相棒に逃げられ残され苦境に陥った経営者が銀行の紹介で相談に来た話。ラーメン屋以外の飲食店、さらには雑貨店や画廊や古書店などの事例を聞いて、小さくても自分で最初の店は立ち上げようと決意した。
ラーメン屋開店の手伝いはする。しかし、2人にいつまでも仲良くいてもらう為にも共同経営は止めてもらった。経営者にはルーシーかカミラのどちらか1人がなり経営の全責任を持つ。あるいは2人が別々の店のそれぞれの経営者になるかを選択させた。選んだのは後者で、仲の良い経営者仲間となり、良きライバルで良き相談相手になることだ。
「ゴウ殿、あなたがラーメンを作らないのですか?」
「はい、2人はもう立派なラーメン職人です! 心配しないでください」
「はぁ そうですか…」
「ルーシー、最初のラーメンを作って」
「うぅぅぅー 緊張します。でも頑張りますわ!」
ルーシーが作るラーメンは廃鶏を利用したスープがベースだ。廃鶏とは養鶏施設で1~2年の排卵期間を終えた鶏、つまり卵を産み終えて鶏舎から出荷される雌鶏のことだ。それを親鶏や成鶏と呼ぶこともある。食肉用に育てた鶏ではないので肉質は固い。
採鶏卵をメインにした養鶏業を営む叔父の愚痴をルーシーはよく耳にしていた。廃鶏が売れなくて価格も下がり悲しいと。ルーシーからそれを聞いて廃鶏を使ったラーメンを提案した。
「どうぞ、ルーシー・スペシャル・ラーメンです」
「これは~ 食べる前から鶏の香りと旨味が漂っておる」
「黄金色だ」
「熱いので気を付けてくださいね」
静かにスープを口にしたカルロ公爵だったが、旨い!と椅子から立ち上がっていた。ゴウが驚いていると、前回来た時は旨くて震えていたのを食文化堅固協会長の立場から我慢していたと弁明した。エンリケは食べながら何度も踊っていた。
「それではこのラーメンの説明をさせて頂きますわね」
「その前に一つ聞いていいかな?」
「なんでしょうか?」
「この味には旨いとは別に途轍もないパワーを感じてしまうのは何故かな?」
「私も言葉では表せない何かを感じます」
「ははは、それは怒りですわ、怒りの美味しさです」
「怒りですか?」
「女は子供を産んだ後は用済みだと云われているようで腹が立ったので…」
「ルーシー、ちゃんと説明してください」
「このラーメンは廃鶏がベースです」
「なんと、なんと、廃鶏がこの味になるとは信じられん」
頭、足、内臓取り除いた丸鶏を軽く熱湯に通し血合いを取り除く。その丸鶏を寸胴に入れ水から温め、沸騰手前のお湯で静かにスープを取っていく。最初に浮いてくる黄金色の鶏油はすくい取り後で利用する。使用する廃鶏は巨大なオオニワトリと普通サイズのニワトリをブレンドした。オオニワトリの肉は具材に使う。煮卵は、大卵か普通かお客に選択してもらう予定だ。
「うーん、説明を聞いてもまだこれが廃鶏だとは信じられない」
「廃鶏と呼ぶのを止めて、尊敬を込めて親鶏と呼びましょう」
「ゴウのいう通りだわ。私もこれから親鶏と呼ぶわ」
「親鶏の持つパワーとルーシーの思いが一体となった美味しさだと思いましょう」
「まさにルーシー・スペシャルですね」
自然に全員が拍手している。
「それではカミラ、次のラーメンを出してください」
次のラーメンも鶏ベースだ。最近見つかったアメナイ鶏という新種だ。養鶏が難しいとされていた鶏だ。雨に弱いことが判明し、屋根の下で育てると生存率が飛躍的に上がった。だが生態にまだ不明な点が多く、ごく少数の施設のみが養鶏に挑戦している現状である。
焼き鳥にして食べたその肉は、多くの料理評論家から絶賛され美味しさは保証されていた。このアメナイ鶏もルーシーの親戚の養鶏施設で試験的に飼育していた。2羽分を譲ってもらいラーメンを試作してみた。
「お待たせいたしました、アメナイ鶏ラーメンです」
「うっ あのアメナイ鶏?」
「驚くことばかりですね」
美味しい地鶏で出汁を取ると肉を食べる以上に感動することが多い。ゴウは転生前に比内地鶏の関連業者から、比内地鶏の肉は日本一ぐらい高価だが、味は世界一だ。さらに肉よりも比内地鶏から取った出汁はもっと感動すると聞かされた。それを思い出し、カミラに地鶏の使用をアドバイスした。完成したアメナイ地鶏から取ったラーメンスープは芸術的な究極の鶏スープになった。
2度ほど「旨い」と飛び上がった2人は、言葉が出ないという状態でラーメンと向き合っていた。その様子をカミラが微笑みながら優しく見ていた。
「あっ すまない、夢中で食べていた」
「旨すぎて、食べる以外になにも出来ませんでしたよ」
「とんでもありません。とても美味しそうに食べていただいて、私、感動しました」
80度ぐらいのお湯でゆっくりとスープを作った。トッピングの鶏チャーシューも低めの温度で優しく熱を加えた。カミラの詳しい説明にも食べた余韻が強く残っているのか2人とも上の空だ。
「麺は2つのスープの違いが分かるようにどちらも同じ麺を使いました」
スープの絡みが良いように、麺の幅1.4mm、厚み1.3mmの中細のストレート麺を使用した。ストレート麺は、麺と麺が重なっている部分が表面張力でスープを多く纏った状態で口まで引き上げてくれる。麺の味も感じやすい。一方、同じ太さのちぢれ麺を使った場合は、食感が軽やかで麺の味を感じづらい、しかしスープを口の中で弾かせてスープの味をはっきり感じやすい場合もある。スープの濃度や味の濃さで条件も変わってしまうので単純ではない。麺の選定も正解は多数ある。
「どちらが好みでしたか?」
「同じ鶏スープでも全く違う、どちらも好きだ」
「比較することすら失礼に思えるくらいです」
「ゴウ殿は、これ、これをやりたいのかな?」
「優劣を付けるとか、まして世界一を決めるとか、みんな無意味だとね」
「はい、ラーメンの力は、そんな表面だけの薄っぺらなものではないですから」
「きっ君は一体何者? いや何でもない」
「あっ! しゃべり過ぎました。本題に入りましょう」
ラーメンの試食が終わるとルーシーとカミラを店に残しゴウの部屋に移動した。そこにベンとケイも合流して秘密の会談が始まった。
ゴウは、カルロ公爵とエンリケそれぞれに極秘の仕事を依頼した。それはかなり詳細で具体的な内容だ。
ベンからは、トラキール帝国の手先となったSSCのスパイ活動が激しいこと。依頼された仕事の内容が漏れる事態を絶対に避ける為に2人の全ての仕事場に腕の立つ私服の警備兵を増員することなどが話された。




