異世界開店日、その後
《天海聖暦770年》
この世界で開店したラーメン屋の最初の客の食文化堅固協会長のカルロ公爵に対してラーメンを提供する自分の心構えが間違っていたのではないかとゴウは反省した。自信と傲りは大きく違う。師匠に「自分の味が分からないのはお客の舌のレベルが低いからだと傲り高ぶるような店主にはなってはいけないよ」と言われていた。
先ほどは客の強い視線に対抗して「どうだ、旨いだろう」という圧力をかけてしまったと思った。お客様には楽しく食べてもらわなくては… 勝負するのは自分との勝負でお客様と勝負してはイケナイ。まして圧力をかけるなどもってのほかだ。まずい、仕切り直しだ。
何の前宣伝もせず静かに開店した割には、昼ごろからお客が入り出した。2番目の客からはゴウが思い浮かべた展開だ。「このスープ凄い」「ウー!この麺は旨すぎる」「この肉はヤバイ」と皆の良い反応を見るのが忙しいくらいの雰囲気になり楽しくなった。準備した予定の数量が残り少なくなり店先の開店の木札をルーシーが外した。同時に開店日最後の客が入店して来た。カミラが耳元でささやいた。
「今入って来た青髪のお客は、レストラン・ガイド本の編集長のエンリケよ。お金に汚いという評判もあるから気を付けて」
…なんという開店日だ。神レシピの改良を巡って争っている堅固派と改革派のトップが最初の客と最後の客として来店するとは、ドラマでもなかなか無い展開だ…
「お待たせしました、ゴウラーメンです!」と今日最後の一杯も丁寧にそして素早く作って出した。エンリケは、最初はスープの香りを楽しんでいたが、いきなりガツガツと食べ始めた。しかも食べながらブツブツ話している。でも何を言っているのか分からない。顔を覗き見ると笑顔なので気に入ってもらえたのは分かる。
他の客は「美味しかったよ」「また来るね」「感動したわ」と嬉しい言葉を残し満足そうに店を出て行った。
最後に1人残ったのはエンリケも完食し声を出した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ 美味しかった! 感動したよ、凄いね」
続けて、本を取り出しながら
「初めまして、シェフ。私は、レストラン・ガイド本『ジャポ』の編集長をしているエンリケ・ロベールという者だ。有名で人気な本なので君も知っていると思うが、これが『ジャポ』の最新号だ、君に進呈する。第一版は直ぐに売り切れるから貴重本になる。第二版からは他国でも販売される人気本だよ。先ほど街中で、神レシピ改良ラーメンを食べて美味かったと盛り上がっていた人達に、ここを聞いて来たよ」
…うぅ 早口でよくしゃべる人だなぁ~ こういう人には早口で返してはイケナイ、相手のペースになってしまう。出来るだけゆっくりと話そう…
「エンリケ様、私はゴウと申します。すみません、私は北西の辺境地のハビラ村から出てきた田舎者で、『ジャポ』の事は知りませんでした。読んで勉強させて頂きます。それと、食べて頂いたラーメンは、神レシピを改良したものでは無く、自分で一から作ったものです」
「なんと! 一から自分で作られたと… 改良では無く、新神レシピだ。ゴウ殿、相談がある、聞いてくれ。次回の『ジャポ』にこの店を特集記事として載せたい。その為に味作りなどの話を聞いて〘新神レシピで作った新ラーメンの登場〙として新版の目玉にしたい。本に掲載されたらお客がどっと押し寄せて来るのは間違いない。そちらにも大きなメリットがあるはず…そこで掲載支援として金銭援助を頂ければありがたい」
「新神レシピなどと呼ぶのは止めて下さい。私は神ではありません、神を冒涜するなと批判されます。俺に金銭的余裕がありませんのでお金は支払えません。それと、今日のラーメンを毎日作る訳ではありません。別の完成形のラーメンを作って出す予定です。まだまだ試作研究中で、提供するラーメンが毎日変わるかも知れません。そんな状況なので本への掲載はまだ待ってください。またお越しください、ありがとうございました」
最後の客エンリケが店を出ていくとすぐにカミラが声を上げた。
「やっぱり、エンリケ編集長は金の亡者だわ! 閉店間際の時間に来たのは偶然ではなくて計画的ね。掲載料を断ったら悪口を書かないか心配だわ」
ルーシーが、レストラン・ガイド本『ジャポ』を開きながら話した。
「その心配は無いと思うわ。この本の中身を見ると分かるわよ。基本的に悪口は書かないし、独自の感性で良いと思ったレストランをエンリケ編集長が中心となって選んで掲載しているのよ。私の知り合いのレストランにも編集長が来て掲載料の話をされて断ったのよ。それでも好意的な内容でしっかり掲載されたそうよ。お金は貰えればラッキーという感じかしら」
「2人とも、今日はお疲れ様、開店日で初めてのことばかりで大変だったでしょう。後片付けは私がやっておくので、もう上がって下さい」
「ゴウ、何言っているのよ、最後までやるわ」
「そうよ、研修も兼ねているのよ」
「分かりました、それではもう少しよろしくお願いします」
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体よく店を追い出されたエンリケは、港にある古いベンチに座って考えていた。
私は凄い料理人に出会ってしまったのか。自分では料理に関しては誰よりも革新的な考えを持っていると自負していたが、ゴウという若い青年は自分の考えの範疇を大きく超えていた。
そもそも改革派として活動していた自分自身が神レシピに囚われていたのだと思い知らされた。神レシピに頼らず、一から作る発想を無くしていたのだ。
それに、いつもの癖で大変失礼なことをしてしまった。本に載せるから掲載料を出せと言って簡単に出すような料理人かどうか確かめる為に軽く聞いてみたが、それを言ってはいけない相手だったと感じた。
後悔した。




