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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第4幕 悠久の果て
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皇帝の風情

登場人物

〈漢〉

霊帝れいてい…………漢のみかど

夏育かいく…………護烏丸校尉ごうがんこうい。鮮卑征伐軍の大将。謀略を得意とし、次代を期待される将軍のひとり。

王衛おうえい…………張奐に仕えていた勇将。張奐の許を去り、夏育に仕える。

臧旻ぞうびん…………匈奴中郎将きょうどちゅうろうしょう。鮮卑征伐軍の副将。次代を期待される将軍のひとり。人材を見極め、差配を得意とする軍略家。

田晏でんあん…………破鮮卑中郎将はせんぴちゅうろうしょう。鮮卑征伐軍の副将。次代を期待される将軍のひとり。異民族を抹殺の対象とする猛将。

韓約かんやく…………涼州りょうしゅう軍閥ぐんばつを形成する梟雄きょうゆう

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。要職から身を引き、故郷の涼州にて隠棲する。

竇武とうぶ…………漢の大将軍。宦官かんがんにより自害に追い込まれる。

張譲ちょうじょう…………霊帝に仕える宦官のひとり。

徐栄じょえい…………北辺の各地で頭角を現し始めた将校。異民族の戦い方を熟知する。

丁原ていげん…………北辺の各地で頭角を現し始めた将校。異民族の戦い方を熟知する。

張楊ちょうよう…………北辺の各地で頭角を現し始めた将校。異民族の戦い方を熟知する。

鮮卑せんぴ

檀石槐だんせきかい…………鮮卑の部族の大人たいじん。各部族の大人を束ねる鮮卑のかい

素利そり…………鮮卑の部族の大人。鮮卑の軍師的存在。東部鮮卑を束ねる。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。万夫不当の豪傑。中部鮮卑を束ねる。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。鮮卑随一の狙撃手。西部鮮卑を束ねる。

成律帰せいりつき…………鮮卑の部族の大人。素利の弟。東部鮮卑に属する。

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。諸民族との盟約に奔走する。東部鮮卑に属する。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ。東部鮮卑に属する。

柯最かさい…………鮮卑の部族の大人。娘子むすめだが長柄の武器の扱いに天稟てんぴんを見せる。慕容の副官。中部鮮卑に属する。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。西部鮮卑に属する。

日律推演じつりつすいえん…………烏孫うそんの捕虜となっていた鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。西部鮮卑に属する。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。老衰にて世を去る。

趙娥ちょうが…………檀石槐の妻。漢人。捕虜の収容地を統括する。

破多羅はたら…………檀石槐の祖母。巫者ふしゃのような特性を持つ。老衰にて世を去る。

其至鞬きしけん…………破多羅の夫。生前は鮮卑の部族の大人。

如羅じょら…………檀石槐の母。其至鞬と破多羅の娘。あやかしの雷獣らいじゅうにより檀石槐を身籠みごもる。

和連かれん…………檀石槐と趙娥の子。

投鹿侯とうろくこう…………鮮卑の部族の大人。如羅の元夫。漢の王衛おうえいにより討たれる。

槐頭かいとう…………鮮卑の部族の大人。成長株の大人。東部鮮卑に属する。漢の王衛おうえいにより討たれる。

丁零ていれい

頡斤イルキン…………丁零の第二太子。盟約により鮮卑に合流する。慕容の副官。中部鮮卑に属する。

土耳古トルコ…………丁零の老将。丁零王の指示により、頡斤の助太刀に駈け付ける。

烏丸うがん

丘力居きゅうりききょ…………烏丸の部族の大人。成律帰の弟分。

南匈奴みなみきょうど

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于ぜんう。鮮卑の部族の大人、闕居を討った過去を持つ。病にて世を去る。

屠特ととく…………居車児の子息。南匈奴の新たな単于となる。

〈独立勢力〉

公孫延こうそんえん…………幽州遼東郡ゆうしゅうりょうとうぐん以東から朝鮮半島北部の楽浪郡らくろうぐんを本拠に漢から独立する。

 漢兵の足は鈍った。声がした方を振り返れば、鮮卑せんぴが群れを成していた。後ろを取られている。これに漢兵たちは、一様に青褪あおざめた。

「糧道を断ったと聞こえたぞ」

「糧食に火を着けたとも云っていた」

「妻と子を残して来たんだ。……こんな辺境で、死ぬ訳にはいかねえ!」

 突如、出現した成律帰せいりつきの五千騎が、真実味を帯びさせた。

 王衛おうえいが率いた漢軍二万五千は、鮮卑に立ち向かう者と引き返す者で、たちまち算を乱した。

 藍玉らんぎょくの耳飾りが、風に揺れていた。

「来るぞ。退路をけてやれ」

 不敵に笑みを浮かべた成律帰は、一目散に引き返してくる漢兵を通してやるように、一群を二つに割った。

「お、王衛さま、引き返す兵が続出しております!」

「――――⁉」

 王衛は、そのしらせに眼をくと、後方を振り返った。隊列を乱すのも構わず、軍から離れ、来た方向へ引き返す兵たちを目の当たりにした。離脱する兵もなく付き従っているのは、重騎兵を初めとする騎馬軍くらいのものだった。

「くっ!」

 王衛は、ほぞんだ。既に前方からは鮮卑が迫っている。引き返せる状況になかった。

「このまま当たる! 各々、鮮卑を斬れ!」

御意ぎょい!」

 長柄の武器を掲げた鮮卑兵が、猛然と突っ込んで来た。ひとり、二人、王衛は、截頭せっとう薙刀なぎなたり、閃光を走らせた。後続が斬られ始めている。突撃を得意とする重騎兵でさえ、鮮卑の猛攻に速度を奪われつつあった。

 鮮卑の戦士は、漢兵に群がるように詰め寄せている。頡斤イルキンが率いた五千が、逃げる兵と向かって来る兵の間を割るように駈けている。

 制御の利かない漢軍は、分断された。鮮卑との交戦を選んだ漢兵は、一万ほどに絞られていた。

 眼前に捉えたのは、見覚えのある男だった。朱矛を小脇に挟み、腕組みをしている。前方をにらみ据えるように駈けていた。

慕容ぼよう――‼」

 王衛は、叫んだ。一度、截頭の薙刀をぎ払うと、馬腹を蹴った。一目散に慕容に向かった。

 慕容は、王衛の声に気付いた。おもむろに取り出したのは、檀弓だんきゅうと矢だった。巨軀きょくの慕容が手にすると、一段と小さく見える。矢をつがえた。見本のような丁寧な所作だった。放った。

 その一矢は、馳せ寄る王衛の眼前、その左側に走った。王衛は、いとも簡単に右へ手綱を切って避けた。

 慕容は、馬腹を蹴った。疾駈しっくした慕容は、朱矛を両手に持ち直すと、王衛の左側を馳せ違った。胴を払うように走らせた截頭の薙刀よりも早く、慕容の閃光が斬り上がった。

 截頭の薙刀を手にした王衛の右腕が、鮮血を撒き散らしながら宙を舞った。

 馳せ違った慕容は、馬首をひるがえすとその脚を止めた。

 右腕を失った王衛も馬を止めて、馬首を巡らせた。血が滴る右腕を左手で押さえている。額からは汗が噴出していた。王衛は、皮肉に笑った。

「卑怯だぞ、慕容」

「あん?」

「一騎打ちの前に矢を放つなど、我が武を侮辱するのか?」

 苦痛に顔を歪めた王衛は、慕容をにらみ据えた。

「何を云ってるのかわからねえが、侮辱なんかした覚えはねえ。これが俺の、鮮卑の戦い方だ。俺たちの大地に踏み込むのなら、それくらい覚悟して来やがれ」

 先年の戦いから、慕容は王衛が右利きであることを見切っていた。馳せ違うならば王衛の左側、どうあっても両利きの慕容へ有利に働くであろうと踏んでいた。ゆえに、慕容は、向かい来る王衛を左に寄せるための捨て矢を放っていた。

「……私の……独りがり、だったのか……」

 王衛は、臍を噛んだ。その刹那せつなだった。

 馬蹄が横から聞こえてきた。反応するように、其方そちらへ顔を移した。首元に冷たい光が走ったようだった。

 天と地がひっくり返ったように、空が見えると、地が横にあった。王衛は、何が起きたのかわからなかった。視界が暗くなってきた。王衛は、察した。不意に、張奐ちょうかんの顔が浮かんだ。暗闇に包まれた。

 血飛沫ちしぶきの尾を引きながら、王衛のからだが馬上からくずおれた。

 怒涛どとうの疾駈で、王衛に電光石火の一閃を放ったのは、白銀の軽鎧けいがいまとっていた。緑の眼に白髭を蓄えている。丁零ていれい土耳古トルコだった。

 土耳古は、颯爽と駒を止めると、慕容に指示を仰いだ。

「慕容どの、頡斤さまが、追撃の許可を得たいと申しておりますが?」

「おう」

 慕容が、土耳古に応じた、その時だった。

「ぼ、慕容どの――‼」

 驚愕きょうがくの表情を浮かべた土耳古が、慕容の背後に眼を向けて叫んだ。

 まさに、田晏でんあんが大斧を振りかざし、慕容の後ろ背に斬り掛かろうとしていた。

 慕容に、田晏の凶刃が降り下ろされたかに見えた刹那、田晏の腹は、くの字に折れ曲がると、後方へ吹き飛んでいた。

たすかったぜ、土耳古」

 慕容は、虎髭とらひげ面貌めんぼうに笑みを浮かせた。

 唖然あぜんとしたのは、土耳古だった。後ろを振り返っていない。慕容は、気配だけで朱矛の柄の端、石突を後方へ突き出していた。神速の勢いで放たれたその突きは、田晏の腹に炸裂した。田晏の巨軀きょくは、見事に吹き飛んだ。

 土耳古は、安堵あんどの息を漏らした。

「こそこそと背後を狙うなんざ、どの雑魚ざこだ?」

 慕容は、吹き飛んで仰向けに倒れた者の許へ駒を進めた。見れば、豪壮な重鎧じゅうがいまとった巨軀だった。右手に大斧を携えている。腹を押さえながら慕容をにらみ付けていた。

「もしかして、手前てめえが田晏か?」

 田晏は、睨み返しただけだった。何かにかれたような瞳だった。

きょう族を相手に暴れ回る将軍と聞いていたが、どうやら、何の信念もねえ、ただの殺人鬼だったか」

 刹那、一閃が走った。慕容は、得物の朱矛で田晏を斬った。大斧を持った右手が、切断されていた。

「雑魚を殺す気もねえが、手前がやってきたことを許す気もねえ。その右手と大斧は、鮮卑に置いて往け。返して欲しけりゃ、また大軍引き連れて取りに来い」

 馬上の慕容は、冷めた眼で田晏を見下した。

 痛みと悔しさで顔を歪めた田晏は、近くの乗り手を失った馬まで、ふらふらと駈け寄った。それに乗ると、一目散に南へ退いて往った。

「これで奴も、簡単に騎馬民族を斬れませぬな」

 駒を寄せた土耳古が往った。その視線は、小さくなる田晏の背を追っていた。

「さあ、追撃に移ろうか、土耳古。ゆっくり追って、漢兵を休ませることなく長城まで走らせるぞ」

「はっ」

 土耳古は、慕容に畏敬の念を払うように拱手きょうしゅした。

 慕容は、再び朱色の矛を小脇に挟むと、腕組みした。軽く馬腹を蹴って馬を走らせた。


「よし、此処ここからは追撃だ」

 割った一群の間を退いていく漢兵が一段落すると、成律帰は下知した。

 その成律帰に向かって馳せ寄って来たのは、頡斤だった。浅手のようだったが、からだの前面が斬られている。敵に怯まず、背を向けなかった証左だった。顔が青白く見える。

「おいおい、お前ほどの手練者てだれ如何どうした? 大丈夫なのか、頡斤?」

 成律帰は、やれやれ顔をさらして頡斤に尋ねた。

「問題ない。まだ戦は終わっていない。最後まで、やらせてくれ」

 剛直だが、鮮卑を思慕するような奴だった。そんな頡斤を、成律帰も認めていた。

「おっ、慕容も来たようだし、皆でゆっくり追い討つとするか」

 成律帰の顔には、爽やかな笑みが浮いた。それに頡斤も微笑を返した。

「頡斤さま、頡斤さま――」

 駈け寄ってくる土耳古の、騒がしい声も聞こえてきた。

「えいえい、応――‼ えいえい、応――‼」

 誰人だれからともなく、鮮卑の戦士たちがときの声を上げていた。

 中部鮮卑を束ねる慕容は、圧倒的な武威で田晏軍を退けた。

柯最かさいの奴、しっかりやってるんだろうな?」

 朱矛を小脇に腕組みした慕容は、颯爽と駈けながら、心配げな面持ちを西の空へ向けた。

「まあ、余計な心配だったか」

 不敵な笑みを浮かべ、独りちた慕容の後方に、戦士たちが続々と付き従った。あたかも、領内を視察する皇帝のような風情ふぜいがあった。

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