平和なひと時
人間達の襲撃事件後。
NPCギルドは随分と平和になった。今ではNPCを特別に敵視している人間のプレイヤーはほとんどいない。もっとも、人間にもNPCにも色々なタイプがいるから、しょっちゅう小競り合い程度は起こっているのだけど。
ゲームに参加したばかりの初心者がNPCを頼るのはもう当たり前の光景になっていて、人間の街の近くにもNPCギルドは出張していた。NPCギルドは、元より不定形で何処か特定の場所で活動していた訳じゃないから、その辺りは融通無碍に対応できたのだ。
その頃になると、人間のプレイヤーに請われて、僕もダンジョン攻略に付き合ったりしていた。
もしゲーム内で死んでしまったら、現実の僕も死ぬというリスクがある以上は無理はしなくたなかったのだけど、“退屈”という苦痛には耐え切れなかったのだ。僕みたいなゲーム好きに、ゲームを我慢しろという方が無理があるんだ。
ただ、かなりレベルの上がっている僕らはダンジョンで死ぬようなピンチには一切陥らなかったのだけど。
何度か人間のプレイヤーと一緒にプレイした頃だった。ある日、街を歩いていると真面目そうな男の姿のキャラクターからこのゲームについての感想を求められた。本格的にこのゲームを始めようか迷っているプレイヤーなのかと初めは思っていたのだけど、どうにも態度や雰囲気が違う。そこで思い切って、
「もしかして、運営の人ですか?」
と、尋ねてみると、なんと本当に運営の人だった。ゲーム運営の参考にする為に、様々な人に感想を聞いているのだそうだ。ちょっと迷ったのだけど、僕は滅多にない機会だと思っていくつか質問をしてみる事にした。
「運営は、初めはNPCを敵役にしようとしていましたよね?」
運営の人は困ったような笑顔を浮かべつつも答えてくれた。
「当初の計画ではなかったのですけどね。NPC達が予想以上に強くなってしまったのでそうしたんですよ。
NPCを味方に付けられたユーザーとそれ以外のユーザーで差があり過ぎるのは問題でしょう? いかにNPCを味方につけるかが重要なゲームなんて面白くないですよ」
それを聞いて、“なるほど”と僕は思う。確かにそんなゲームはつまらなそうだ。
「でも、最近は許してますよね?」
「ええ、そりゃね。ユーザーのレベルも上がって来ているし、そもそも新規ユーザーを助ける役割を期待して、ゴーストが操作するNPCを投入したんです。やっと、本来の狙い通りになってきたって感じですよ」
僕はそれにまた頷いた。
ゲーム初心者のプレイヤーは、NPCのお陰でかなり助かっているようで、僕が見聞きした感じでは好評のようだった。
今度は運営の人が質問して来た。
「実際、NPCとの交流はどんなもんなんですか?」
「そうですねぇ」と、僕は答える。
「人間とは違った部分もやっぱりあって、当初は気になっていたんですが、いえ、今でもそれは気になっているかな?
でも、それでも、大切な仲間だって思えていますよ。正直、失いたくない。だから出来る限り彼らが死なないようにプレイするつもりでいます」
「なるほど」と言ってから、運営の人はこんな事を言った。
「実はNPCを再投入しようという話があるんですよ。随分と減ってしまいましたからね。
もっとも、新たなゴーストを購入する気は我々にはありません。つまり、もう一度同じゴーストを投入するのです。もし死んでしまっても、だからあなたの仲間も復活するようになりますよ」
「でも、ゴーストには、前回自分がプレイしていたキャラクターの記憶はないのですよね?」
「そうですね。レベルも最初から、記憶も初期化されてリスタートです」
「なら、それは“同じ”とは言えないのじゃないですか?」
「そうですか?」
僕の質問に運営の人は疑問の声を発した。
「だとするのなら、記憶喪失になってしまった人間は、あなたにとっては別人なのですかね?」
僕はその問いかけに言い淀んでしまう。
「いえ、それは……」
どうなのだろう?
正直、よく分からなかった。
「それに、逆も言えますよね? 同じ記憶を植え付けられていたとしたら、それだけで同じ人間だと言ってしまって良いのか?
前頭葉の損傷によって、別人のようになってしまったフィニアス・ゲージの事例もあります。彼は果たして前頭葉損傷以前のアイデンティティを継続していると言えるのですかね?
仮にあなたと過ごした記憶が失われてしまったとしても、あなたの仲間の性質は変わりありませんよ。
もっとも、彼らが“仲間”というのはあなたが一方的に持っている認識になってしまうかもしれませんがね」
そこまで語ると運営の人は軽く笑った。
「いえ、すいません。
私には“他人の同一性”なんて哲学的な議論をする気は別にないのです。このゲーム内で死ねば、あなたの仲間のNPCは失われるかもしれない。けれど、気に持ちようによってはまだそこにいるのですよ。それだけが言いたかったんです。どうかこのゲームを楽しんでください」
それを聞いて、僕は思わず引きつってしまった。
なんだか、含蓄ある話を装って単にゲームのPRをされただけのような気がする。そこで声がかかった。
「そろそろ出かけませんか?」
アーサーの声だ。
武器屋や道具屋がある方面から来たようだから、きっと装備やアイテムを揃え終えたのだろう。傍らにはサヨの姿もあって、僕を見るとゆっくりと笑ってくれた。
実は最近行けるようになった山のエリア(風景として存在していただけだから、エリアが新設されたと言うべきなのかもしれないけど)に出るモンスターがドロップするアイテムにレアで役に立つ物があるという噂を聞いたので、僕らで採りに行こうという話になっていたのだ。
「あ、すいません。つい、長話をしてしまっていました。行きましょう」
僕は運営の人に「それでは」と挨拶をすると、彼らの所に向かった。
「どうか、このゲームを楽しんでください」と運営の人は言った。
そこで“ん?”と違和感を僕は覚えた。
“そう言えば、どうしてあの運営の人は僕を人間のプレイヤーとして接していたのだろう?”
もしかしたら深い意味などなく、NPCの文字に気が付かなかっただけかもしれない。運営がそんな間抜けをするとは思えなかったけれど、僕はそれを特に気にしない事にした。
「なんだかんだで、新しいエリアってのはワクワクしますね」
街を出ると僕はそう言った。アーサーは大きく頷く。
「然り。どんなモンスターが出るのかも楽しみですし。新種もいるのでしょうな」
サヨがそれに続ける。
「二人とも、無理は禁物ですよ。少し様子見をして、危険がありそうだったらキサラさん達に協力を求めて再チャレンジです」
「そうですね。リスクを冒す必要はありませんからね」
僕はなんだかこの二人とずっとこのゲームで遊んでいられるような気になっていた。もちろんそれは有り得ない。このゲームは、サービス終了までしか続かないのだから。
ただ、それはまだまだ当分先のはずだった。今はまだ心配する必要はない。
彼らとの別れは数年先のはずだ。
その時は、僕はそう思っていた。




