人間が攻めて来る
その日も市場が開催されていた。既に顔馴染みになっている人間のプレイヤーもいて、それなりに親交も深まって来ている。そして、そんな内の一人から、僕らは不穏な噂を聞いたのだった。
「ここを攻める為に、義勇軍を募っているらしいですよ」
どうも一部の人間のプレイヤー達が、NPCギルドを攻めようとしているらしいのだ。
義勇軍なんて言っちゃいるが、僕らは何も人間達に危害を加えてはいない。降りかかる火の粉を払っているだけだ。だから義勇軍と言うよりは、盗賊団と言った方が良いだろう。まあ、もっとも、正当性を主張して、悪逆非道な行いをする軍隊っていうのは人間社会では珍しくもないのだけど。
「反対はしているのですけどね。あいつら、聞く耳を持ってなくて」
教えてくれた人間のプレイヤーは申し訳なさそうにそう言った。もちろん彼が悪い訳ではない。
「どうするんです?」
一緒にいたアーサーが相談して来た。サヨも心配そうな顔をしている。
「大丈夫です」と、それに僕。
「こーいう時の為に、対策をちゃんと考えてありますから」
それから人間のプレイヤーに「具体的な決行日とか分かりますか? 教えてくれるととても助かるのですが」と僕は頼んだ。彼は快くその日を教えてくれた。お陰で考えていた対策を実行できそうだった。
……NCP市場が賑わっている。
場所は丘の上にある平地を選んだ。
その市場が開かれてから、もう随分と時間が経過している。ただ、市場が閉じられる雰囲気はない。理由は簡単だ。期間限定のイベントだったNPC市場を常に開くように変更したからだ。
人間のプレイヤーが参加する場合は相変わらずに僕らの許可が必要だけど、徐々に彼らの人数を増やしてはいる。そのうち、この許可制も見直すかもしれない。
驚いた事に、人間の中にも店を出店したいと申し出て来た人が現れた。いらないアイテムを整理して、あわよくば欲しい武具やアイテムをゲットしたいのだそうだ。新たな交流にも期待しているのかもしれない。
市場の常態化で一番不安だったのは、自然消滅してしまわないかという点だった。はっきり言って、ここは交通の便があまりよろしくない。それでもNPC市場が好評だった理由の一つには、隠里を訪れているような非日常感があるのだと思うけど、常態化する事でそれが薄れないかと心配していたのだ。
が、それは杞憂だったようだ。NPC達がプレイ時間の多さにものをいわせて集めて来るレアアイテムは、人間のプレイヤー達の間で根強い人気があったのだ。
情報が正しければ、その日は“狩り好き”や“戦争好き”の人間のプレイヤー達がNPCギルドに攻め込んで来るはずだった。が、まったくそんな気配はなかった。極めてのどかで平和な光景が続いていた。あまりに何事もなく進むものだから、僕は何も起こらないのじゃないかと思いかけていたのだけど、突然に事は起こった。
爆炎と叫び声。
人間のプレイヤーが一人、爆弾を使ったのだ。
奇襲か?
と、僕は疑ったけど、直ぐに単なる目くらましだと判断した。
市場の真ん中でたった一人だった上に、そのプレイヤーはレベルが低そうだったからだ。一撃でNPCに倒されていた。恐らくは捨てアカウントだろう。パニックを起こそうと、初めから殺されても良いプレイヤーを忍び込ませておいたんだ。
それは僕の予想通りでもあった。
許可制にしているから、奇襲ができるほどの数の敵を客に紛れ込ませられるとは思えないし、連中が狩りや戦争を楽しむ為に攻め込んで来るという点を考えるのなら、そんな方法を執るとも思えなかったのだ。
「皆、市場の外に注意してください!」
そう呼びかけた。
連中は外から攻め込んで来ると、僕は考えていたのだ。
すると案の定、「来たわよー!」という声が響いた。キサラだ。見張り台の上から弓で遠くを狙っている。
彼女はずっと人間を信頼していなかったら、人間のプレイヤー達が攻め入って来る計画を知って一番やる気を出していた。もっとも少しばかり血の気が多過ぎる嫌いもあるけど。
「キサラ! 防御に徹してくれって言ったよな?」
「あんたの作戦が失敗したらどうするのよ?」
「その時は逃げるんだよ! それも前もって言っておいたよな?」
「冗談じゃないわ!」
議論は無意味とばかりに彼女は敵に向って矢を放った。矢の飛んでいった方角を見ると、人間のプレイヤーがいて、見事に矢は命中していた。
“過剰防衛とかないよな~”
と、それを見て僕は不安になる。
敵は南東から攻めて来ていて、それも僕らの計画通りだった。攻め込んで来る方向を特定する為に丘の上で市場を開いたのだ。
「皆は作戦通りにいってください! 魔法使いの皆さんは結界を張ってバリケードを築き、タンクの皆さんはその付近で直に侵入を防ぐ! 近付いて来たら近接戦闘が得意なメンバーが応戦します!
ヒーラーの皆さんは、傷ついた仲間の回復に努めてください。ただし、回復魔法の使い過ぎには気を付けて。回復アイテムもある事を忘れないでください!」
僕が大声で叫んで指示を出すと、それまで市場で物を売っていた皆は迅速な動きでそれぞれの持ち場についた。もちろん、アーサーはタンクでサヨはヒーラーだ。なんとなく、二人の近い位置に僕は移動した。敵が近付いて来たら応戦しなくちゃいけない。やっぱりこの二人の近くの方が安心する。
そして、人間達の本格的な攻撃が始まった。
遠くから魔法や弓矢が放たれ、結界が傷ついていく。危険を恐れないならず者が多いのか、結界に突っ込んで斬撃を浴びせる奴もいた。
そうしている内に、予想よりも早く結界の一つが破られてしまった。やはり人間のプレイヤーのレベルも相当に上がっているらしい。一人が突っ込んで来る。応戦する為に僕は前に出た。僕らが応戦している間で、魔法使い達が再び結界を張るという連携になっている。
「よー お前か」
その人間のプレイヤーが放って来た剣戟を受け止めると、そいつは僕に向ってそう言った。意味が分からなかったのだけど、「あの風神の剣は返してもらうぞ! お気に入りだったんだ!」と続けて来たので誰だか分かった。
「お前、あの時の変態野郎か!」
キサラやサヨを嬉々として攻撃しようした性的倒錯者だ。装備が変わっている所為で誰だか分からなかった。
軽く斬撃を入れると僕は言った。
「剣くらい、また買えば良いだろうが!」
「買えないんだよ。限定品で数が限られている」
「ここに客として買いに来い!」
と、言ってから僕は「いや、ダメだ。お前みたいな奴は来るな。許可しない」と言い直す。
「なんだそりゃ?」と奴。
「まー、いいさ。どうせなら、攻め落とした方が楽しいだろう? あの時の女の子達も仕留めたいし」
「だからお前は許可しないんだよ!」
そう言うと僕は奴を突き飛ばした。そのタイミングで魔法使いが結界を張り直す。
「さっさと帰れ!」
「嫌だね。俺はお前らに復讐する為にわざわざ計画と準備をして来たんだ」
結界の向こう側で奴はそう言った。
「何!?」
奴はにやりと笑う。
「お前がこの侵略の首謀者なのか?」
その僕の驚いた様子に、奴は楽しそうな顔を浮かべた。
「俺は少々金を持っているもんでね」
「金の無駄遣いするなよ。もっと有意義な金の使い道が他にいくらでもあるだろうが」
そう言っている間で、別の個所で結界が破れたようだった。他のアタッカーが応戦に向っている。
「充分に有意義だろう? こんなに楽しいんだからさ」
したり顔で奴はそう言った。
ここはゲーム世界だ。だから、それほど奴は狂っているって訳じゃないのだろう。けど、それでも性格はかなり悪そうだ。
「お前、早くこんな馬鹿げた事は止めないと、絶対に後悔するぞ!」
そう僕は忠告したが、奴は特に気にしていないようだった。
それからしばらくが経過した。戦闘は相変わらずに続いていて、結界が破られては応戦し、直ぐ張り直すという攻防が延々と展開されている。
これは消耗戦だ。
どちらか先に兵力が尽きた方が負ける。
それはこの侵略の首謀者の変態野郎も分かっているのだろう。はっきり言って、人数ではこっちの方が勝っている。が、何故か変態野郎は余裕の表情を崩さないのだった。しばらく戦闘をして僕は気が付いた。
“ん? おかしい。倒したはずのプレイヤーが復活をしているぞ?”
それを見て、奴は結界の向こうで「お? 気が付いたか」と楽しそうに言った。
「こっちの兵力は尽きないぜ。なにせ、命をいくつも持っている」
“まさか”とそれを聞いて僕は思う。
「復活アイテムを、運営が売り始めたのか?」
「正解~」
結界が破られると、奴は突進して来た。
「ほら、俺を倒してみろよ。まだ何回も復活できるからさ」
苛立った僕は、奴に斬撃を入れて突き飛ばした。
「残念! 一撃じゃ死ななかったな」
奴は笑っていた。
結界が張り直された。周りを見てみる。まだタンクまで破られた箇所はない。が、それでもかなり皆疲弊していた。そんな僕の心中を察してか奴が言った。
「そろそろ、どっかに穴が開くかな。そうしたら、一気に崩れるぞ。もう終わりじゃないか?」
その時、僕は遠くを見つめていた。
「大丈夫ですか?」
と、そんな僕の様子を心配してアーサーが声をかけて来る。サヨも心配そうに回復魔法をかけてくれた。僕は言った。
「確かに、そろそろ終わりかもな」
その僕の言葉に奴は笑った。しかし、それから僕は僕を慮って体力を回復してくれたサヨに“ありがとう”と手で返しながらこう続けたのだった。
「僕らの勝ちだ。お前らのタイムアップ負けだよ、この変態野郎!」
それを聞いて、奴は不思議そうな顔を浮かべた。僕の言っている意味が分からなかったのだろう。僕が何を見ていたのかも。
そのタイミングだった。場にそぐわない、とても呑気なフヨフヨフヨという気の抜けた効果音が聞こえて来たのだ。
登場の効果音も姿形も緊張感を削ぐが、あいつらの戦闘力はこのゲーム内でも間違いなく最強クラスだ。
何しろ、システム運営直属のパトロール隊なのだから。
空中に宇宙人のような天使のような造形のパトロール隊員達が何人も浮かんでいた。アナウンスをする。
『はーい。
こちらシステム運営直属のパトロール隊です。この近辺での戦闘行為は慎んでくださーい。戦闘禁止エリアです』
その言葉に変態野郎は顔を青くした。
「は? 戦闘禁止エリア? ちょっと待ってくれ。ここは街でも何でもないぞ?」
パトロール隊員の一人が返す。
『街だけが、戦闘禁止エリアなどと一言も公式は謳っていません。“時間によって変化する”となっています。
複数人のユーザーの皆様から、この辺りで市場が開かれているから、戦闘禁止エリアに指定して欲しいと依頼がありまして、運営としてはそれに応えた形になります』
それを聞いて、変態野郎は顔をますます青くした。
「そんな…… そんな…」
と、呟いている。
パトロール隊員は再び口を開いた。
『それでは、規約通りにペナルティを課します』
僕は笑う。
「僕らはもちろん対象外だよな? 攻められていたんだから被害者だ」
『委細承知いたしております。他のユーザー様からも報告を受けておりますので』
それに変態野郎は抗議をした。
「いや、ちょっと待ってくれ。こんな場所がいきなり戦闘禁止エリアって言われても分かるはずがないだろうが!」
パトロール隊員は首を傾げた。
『平和に取引が行われている時点で、普通は予想がつくはずですが?』
「しかし……」
見苦しく言い訳をしようとしている奴を皆が睨んでいた。戦闘に参加していた奴の仲間達までも。彼らにとっては奴にそそのかされた所為でペナルティを受けるのだから、無理もないだろう。
きっと、これからリアルの生活でも、この変態野郎は社会的スティグマを背負う事になるはずだ。
多少、憐れに思わなくもない。
“だから、後悔するって言ったんだ……”
僕はそんな奴をなんとも言えない想いで見つめていた。そして、それからパトロール隊のペナルティが始まり、攻め込んで来た人間達の悲鳴が丘の上にこだましたのだった。




