人間の味方を作る
吉田の話によれば、僕の容態は一時急激に悪化したらしい。原因はよく分からず、医者は「精神的なものが影響しているのじゃないか?」と述べたらしい。意識不明の重体のまま僕がこのゲームをやり続けていると知って、吉田は関連を疑ったのだ。
「生と死の境界を彷徨っている状態では、気力が重要って言うから、有り得る話だと僕は考えたんだ」
その彼の言葉を聞いて、僕は頭を抱えた。
“マジか? このゲーム世界で死んだら、僕は現実でも死ぬのか?”
今までも“どうなるか分からない”という不安を抱えてはいた。けど、はっきりと言われると重みが違う。
「悪い。吉田。お願いだから、もう一つだけ頼まれてくれ!」
少し考えると、僕はそう吉田に懇願した。
「いいけど? なに?」
妙に軽いノリで彼はそう答えた。
“お前、僕の生き死にがかかっているって分かっているだろうが!”
と、僕は少し苛立ったけど、それは口にしなかった。絶対にこいつの協力は必要だからだ……
市場が開かれた。
森の中の比較的開けた場所に皆が集まって武具やアイテムやゴールドを交換している。運営側が用意した訳じゃないからとても拙かったけれど、逆にそれがリアリティを演出しているようにも思えた。
心地良い喧噪。汗と体温すら感じられそうな。
もちろん、ゲームの世界だから、全て幻なのだけど。
――実はNPCギルドがある程度の大きさになってからは定期的に開かれているのだけど、今回はいつもとは大きく異なった点が一つあった。
なんと、人間のプレイヤーが市場に客として参加しているのだ。
前もって人数と名前の通知を受け、目印に頭に白い色の装備を身に付けてもらい、信頼ができると判断した人間達だけを僕らは招いたのだ。
ずっと前から、NPCギルドに“狩りの対象”以外の理由で興味を持っているプレイヤーは実は少なからず存在していたらしい。吉田に連絡役をやってもらって僕らはそれを知った。
まだレベルが低かったり、武器や装備が強くないプレイヤーはミッションクリアの為に傭兵としてNPCを雇いたがっているし、NPCが持つ武具やアイテムに惹かれている連中もいるのだとか。
つまり、NPCギルドと交流を持ち、取引をしたいと考えている人間のプレイヤーがいるという事だ。
「……このままじゃ、いずれ詰みます。人間のプレイヤー達と交流を持ち、一部を味方に引き入れるべきです」
そう言って、僕は皆を説得した。
人間のプレイヤーはどんどんレベルが上がっているし、こっちでは手に入らないような強力な武器やアイテムも手に入れられる。そして、その気になれば人数も集められる。
今のところ、数の力では圧倒的にNPCギルドが勝っているけれど、人間のプレイヤーはいくら倒しても復活ができる上に、“戦争”というキーワードが好きな連中もいる。
だから「NPCを壊滅させよう」と、どっかの目立ちたがり屋が言い出せば、参加する人間は多くいるに違いない。大人数で攻め込まれたら、はっきり言ってピンチだ。
「残された手段は一つだけ。人間の味方を作るんですよ」
その僕の提案に皆が同意してくれたのは、やはり人間の人格をコピーされているとはいえ、根本的には彼らがAIだからなのかもしれない。仲間を殺されたという恨みよりも、メリットの大きさを優先させたんだ。人間と敵対し続けている状態では、NPCギルドを離れられないが、人間と交流を持ち、傭兵になればもっと広い世界を冒険できる。それに大きな魅力を感じたNPCもいたようだ。
もっとも、
「人間と交流するなんて冗談じゃない!」
と、最後まで反対していたキサラみたいなNPCもいたけれど。
「おお! これ、“煉獄の剣”じゃん! 限定武器だから、もう売ってないんだよ! 絶対に買う!」
「“回復の蜜”が、街で売っているのよりも随分と安いぞ!」
「“黒の指輪”だ! ちっともドロップしないから諦めかけていたんだ」
「実はダンジョン攻略に困っていてさ。マップ関係のスキルの高い協力者を探していたんだ」
様々な声が飛び交っている。
人間のプレイヤー達にNPCギルドの市場はかなり好評だった。
四六時中、モンスターを倒し続けている僕らは、なかなかモンスターがドロップしないレアアイテムを多く持っていたし、襲って来た人間のプレイヤーがドロップした限定品のアイテムや武具もある。もう手に入れるのを諦めていたプレイヤーは大喜びだった。それに早速傭兵にスカウトされたNPCもいた。
もっとも、それは人間のプレイヤー達にNPC達と交流するメリットを実感してもらう為に僕らが充分なサービスした結果でもあったのだけど。
ただ、どうであるにせよ、NPCの市場に人間達を招く試みは大成功した。彼らは次回の開催を強く要望し、それを受けて何度か人間参加有のNPC市場は開かれた。そのお陰なのかNPCを狩ろうという連中は徐々にではあるけど減っていった。
つまり、僕らの計画通りという事になる。
吉田は定期的に僕を訪ねてくれるようになっていて、僕の容態やクラスの近況なんかを報告してくれた。
僕は相変わらず意識不明らしい。ただ、少なくとも悪化はしていないようだ。最も残念だったのは、運営が僕が生きている人間だという事実をまだ認めてくれていない点だ。吉田が連絡しても駄目だったらしい。
「そんな事があるはずないって言うんだよ。まぁ、確かに俄かには信じ難い話ではあるのだけどさ」
落ち込んだ僕は、「それって運営が落ち度を責められるのを嫌がっているとかないのかな?」と藁にも縋る思いで訊いてみた。
もしそうなら、僕には責める気なんてないと伝えて欲しいと思ったんだ。
「それはあるかもね。責任回避の為に、過剰に怖がっているのかも。君は別に怒ってはいないのだろう? 賠償請求も公表もする気はない?」
「ないよ。どうせ意識不明状態なら、人間扱いされていても大差なかっただろうし」
むしろ、ゲームリリース前にこの世界に入れてラッキーだったとも言える。
それを受けると彼は「オッケー」と言ってから、まるでそれを合図にするように、「ところで……」と続けた。
「藪沢君はまだここに来ていないかい? 大事になると思って、君の事は他の人には言っていないのだけど、彼にだけは伝えておいたんだ。君のゲーム仲間だから」
「まだ来ていないけど?」と僕が言うと、吉田は「ふーん」と返す。何か妙な様子だった。
藪沢は無課金が基本のプレイヤーだ。NPCギルドが開く市場は、取引目的で来るプレイヤーばかりだから当たり前だけど、課金プレイヤーがほとんどだ。あいつが来ないのはだからじゃないかと僕は考えた。
ただ、それにしても友達甲斐のない奴だとは思ったけれど、
ところがだ。何度目か市場が成功した後、突然藪沢は訪ねて来たのだった。しかも驚いた事にそれなりの装備と金を持っていた。そんなもの、課金していなければ手に入れられるはずがない。
吉田と同じで、姿形はゲームのキャラクターだから、見た目では分からなかったのだけど、話しかけられて藪沢だと分かった。
「――よお」
なんて、間の抜けた声で奴は話しかけて来た。黒色の火焔型土器っぽいデザインの鎧を身に纏っていて、なんだか悪魔騎士って感じだった。
その姿と“よお”という台詞の絶妙なズレに、僕は思わず笑ってしまいそうになってしまった。そして、その悪魔騎士が藪沢だと知って堪え切れずに笑ってしまった。
「アハハハハ! 藪沢! 今までお前の課金装備なんて見た事がなかったから知らなかったけど、お前って、そういうセンスをしていたんだな!
いやぁ、面白いよ!」
もっとも、その笑いの中には吉田以外の人間の友達に久しぶりに会えたという喜びと安心が含まれてあったのかもしれないけど。
「なんだよ、わざわざ来てやったのに」
大笑いする僕に、不機嫌そうな様子で藪沢は文句を言った。僕は相変わらず笑いながら「ごめん、ごめん」と謝る。
僕の笑いが治まると、不機嫌な表情のまま奴は訊いて来た。
「――で、なんでこんな事になっているんだよ?」
僕は肩を竦める。
「いや、それがよく分からないんだよ。多分、よっぽどこのゲームをやりたいと思っていたのだろうな、僕は」
「なんだそりゃ?」
「そう言えば、トラックに轢かれる前にこのゲームの話をしていたじゃないか。多分、それも影響しているのじゃないかな?」
それを聞くと奴は少し真剣な声で「轢かれる前の事を覚えているのか?」と訊いて来た。
「少しはな。なんか不自然につんのめった気がする」
僕がそう返すと「そうか……」と呟いて、何故か奴は剣に手を触れた。やや様子が変な気がしないでもない。それから、
「ところで、今、お前のレベルはどんなもんよ?」
と尋ねて来た。
「ん? 相当に高いぞ。このゲームの中でもトップクラスじゃないか? なにしろ、ずーっと眠りもしないでこのゲームをやり続けているんだからな。こんな経験は流石に生まれて初めてだよ」
僕の言葉に奴は笑った。
「ハハハ。そりゃ、良かったじゃないか。トラックに轢かれたお陰だな」
「いや、笑い事じゃないって。ゲーム内で死んだら現実でも死にかねないんだぞ?」と“笑い事じゃない”と言っておきながら僕は笑ってそれに返した。
その他愛ない会話に、僕はこのゲーム世界に来る前の生活を思い出してとても嬉しかった。
ただちょっとだけ、藪沢の様子がおかしいとも感じていた。やっぱり、僕に気を使っているのかな?と、僕はそれをそんなに気にしなかったのだけど。




