僕の今の状態
それからしばらくは僕が予想した通りになった。NPCがギルドを作って協力し合っている事を知らない人間のプレイヤー達が、NPCを狩りに来て、そして僕らが撃退するというパターンを繰り返したのだ。
その過程で特殊な武器やアイテムがたくさん溜まって来た。僕はその武器やアイテムを人間達も欲しがっているのじゃないかと考えた。
そうなると、ただの面白半分じゃなく、“お宝狙い”で、NPCギルドを攻めて来る人間も現れるかもしれない。ちゃんと計画を立て、人数を集め、装備も整えて……
そんな人間のプレイヤー達はもちろん脅威だ。
ただ、100人規模のNPCに対抗できる程の人数はそう簡単には集まらないだろうけど。
時間はある。
人間達が攻めて来る前に何か対策をしなくちゃいけない。
僕の許に吉田誠一が現れたのは、そんな事を考え始めた矢先だった。
「――君は、畑君だよね?」
文字通りの意味で、吉田は突然現れた。声が聞こえたと思ったら、何もない空間にいきなり浮かび上がって来たのだ。
ワープ?
と、少し思ったけどそんな感じではなかった。不思議に思っていると、
「“隠れ蓑”ってアイテムだよ。姿を消してくれる。ただ、攻撃とかをすると姿が見えちゃうのだけどね」
なんて彼は説明して来た。
どうやらそれも運営が販売し始めた新アイテムのようだ。
その時は、僕はそれを吉田だとは分かっていなくて(外見はゲーム内のキャラクターだから当たり前なのだけど)、もっと言ってしまえば人間のプレイヤーではなくNPCだと思っていた。NPCギルドの真ん中に、いきなり人間が出て来るとは毛ほども思っていなかったからだ。
が、彼にはNPCの文字がなく、そして僕の名を呼んでいる。僕がパニックにならなかったのは、彼から敵意がまったく感じられなかったからだ。
だから「僕は吉田だよ。吉田誠一」と彼が名乗った時は心底驚いた。
「えええええ!」
と思わず叫んでしまった程だ。
周りには他にNPCの仲間が何人かいて、その声で彼の存在に気が付いた。注目が集まった瞬間、彼は両手を上げて「僕は敵じゃないよ。ほら、武器すら装備していないだろう?」と皆にアピールした。
NPC達は彼を奇異な目で見つめていたようだったが、いきなり攻撃をするような真似はしなかった。どちらかと言うと、戸惑っているという感じだ。
「彼は人間ですけど、僕の知り合いです。危険はありません。どうか安心してください」
そう僕が言うと、疑わしそうな目でNPC達は集まって来た。武器を構えて警戒しているようだが、実際に攻撃はしなかった。
「何の用で来たんだ?」
NPCの一人がそう訊くと、吉田は滔々と説明した。
「ちょっとどうしても畑君に伝えなくちゃいけない事があってね。僕はこのゲームを遊んでいなくて、彼に会う為だけにアカウントを作ったんだ。
だから、君らが持っている“お宝”にも興味はないし攻撃の意志もない」
皆は説明を求めて僕を見る。
「つまり、一時的にしかこの世界にはいないって事だよ」
それに皆は頷いたが、まだ吉田への警戒は解いていないようだった。
「ちょっと彼と二人きりで話したいのだけど……」
吉田はそう言うと、アイテムやゴールドを近くにいるNPCに差し出した。それらを渡す代わりに僕と二人きりで話させてくれって事だろう。
彼からアイテムやゴールドを差し出されたNPCは僕を見やる。僕は無言のまま頷いた。“構わない”という意味だ。実は僕も早く吉田と二人きりで話がしたかったのだ。
吉田からアイテムやゴールドを受け取ると、皆は散っていった。「場所を移動しようか」と彼が言うので、僕は近くの池の畔にまで彼を誘った。周りにNPCはいない。
吉田誠一は僕の高校の同級生で、同じクラスだ。捉えどころのない不思議な男で、かなりのマイペースで知られている。変な知識を色々と持っていて、それで偶に皆から頼られたりもしているようだ。
「――どうして僕がここにいるって分かったんだ?」
二人切りになると、僕はまずはそう彼に尋ねた。
「その前に」と彼は言う。
「まず、君の今の状態から説明しておこう。驚かないで聞いてほしい。君は今、瀕死の状態で病院に入院しているんだ」
“驚かないでくれ”とは言われたけど、そんな話を聞いて驚かない訳にはいかなかった。
「なんだって? 一体、どうして?」
手で落ち着くように示しながら彼は答える。
「君は街でトラックに轢かれてね。そのまま救急車に運ばれて、それ以来ずっと病院で意識がない。
皆、心配しているよ。
つまり、君は意識不明状態のまま、ずっとこの“テック・ファンタジー”ってゲームをプレイし続けているんだ。
治療にも有効だから、ナノマシンはずっと君に注入し続けられている。だから、ゲームに接続していられるのだろうな」
冷静になると、僕は彼の話に納得した。僕がここに来る前の最後の記憶はトラックに轢かれた時のものだ。記憶にはないけど、あの後病院に運ばれたのだろう。吉田は語り続けた。
「君が病院に運ばれてから数日が経った辺りだったかな? 藪沢君が妙な質問をしてきてね」
藪沢卓也。僕がトラックに轢かれる前に一緒にゲームの話をしながら歩いていた奴だ。
「“意識不明の状態で、ナノマシンネットワークを通じてネットゲームをやり続けるなんて事ができるものなのか?”って。
僕は“理論上は充分に有り得るよ”って応えておいたのだけど、それがずっと引っかかっていてたものだから、ある日彼がこの“テック・ファンタジー”ってゲームをやっているって知った時に、なんとなくこのゲームの噂を調べてみたんだ。
そうしたら、“まるで人間みたいに行動するNPCがいる”ってのがあった。僕が読んだ噂では正体が人間の幽霊って事になっていたけど、僕は直ぐに意識不明状態の君を連想したんだ。君はなかなかのゲーマーだからね。もしかしたら、意識不明状態でもゲームにログインして遊んでいるのじゃないかって想像したんだ。
それでその噂の主に会いに来たという訳さ」
そこで言葉を切ると、吉田はまじまじと僕を見つめた。
「いや、しかし、まさか本当に想像通りだったとは思わなったよ…… 流石にちょっとビックリしたな」
そう言われて僕は何も返せなかった。我ながら、ゲームに対する執着心だけは物凄いと思う。
「このゲームの制御システムは、通常とは異なる状態にいる君を“ゴースト”と誤認識してしまったんだろうな。どういう識別ロジックになっているのかは分からないけどバグだと思う。
ただ、まぁ、ゲームの開発者を責めるのは少し酷かもって思うよ。こんなケースが起こるなんて普通は思わない」
ちょっと恥ずかしくなった僕は、頭を掻きながら、「そう言えば、藪沢にこのゲームをやるつもりだって伝えていたよ」なんて言って照れを誤魔化した。
「うん。だから彼も奇妙に思ったのだろうね。
ところで、藪沢君自身はここへ来たかい?」
「いや、来てないけど」
「そうか。ならきっと、ちょっと気になった程度で本気で君が意識不明状態でテック・ファンタジーをやり続けているなんて思ってはいなかったのだろうな……」
そう言った彼の口調には、何か思わせぶりな雰囲気があるような気がしないでもなかった。とにもかくにも、彼のお陰でようやく今まで謎だった僕の状態が判明した。決して喜べるような話ではなかったけれど。
「しかし、危険を顧みずによく僕の為にここまでやって来てくれたな、吉田。ありがとう」
僕は素直な感謝の気持ちを伝えたつもりだったのだけど、彼はそれを聞いて不思議そうな声を上げるのだった。
「危険?」
「いや、危険だろう? このゲームのNPC達は人間のプレイヤーを敵視しているんだぞ?
さっきだって警戒されまくっていたし、奇異な目で見られていたし」
それを聞くと彼は“何を言い出すんだ?”とでも言わんばかりの口調で、
「危険はまったくないよ。僕の本体は自分の部屋にいるのだから」
と応えるのだった。
“そう言われれば、そうか”と、僕は思って愕然となる。ゲームの世界にずっとい続けた所為で僕の感覚はどうやらすっかりおかしくなってしまっていたらしい。
それから吉田はまた僕をまじまじと見つめてこう続ける。
「それにNPC達が“奇異な目”で僕を見ていたって君の眼には見えたのか? 僕は何にも感じなかったよ」
“それは吉田がマイペースだから気にならなかったのじゃないか?”と僕は思ったのだけど、僕が返す前に彼はこう続けるのだった。
「多分、君は想像で補って、そう見えるようになっているのだろうな。NPCにそこまで豊かな感情表現は用意されていないよ」
僕はその言葉に驚く。ただ、その後で確かにこのゲーム世界に入った当初は僕もそう感じていたと思い出した。
“大丈夫なのか? 僕の感覚は…… すっかりおかしくなっている気がする”
僕の不安を察したのか、吉田はこう続けた。
「安心しなよ。特に異常な事じゃないから。人間の脳の能力を考えるのなら、充分に有り得ることだ。
――ただ、それは、君がNPC達を人格を持った存在として認識しているって事でもあるだろうけどね」
「それってどういう……」
侮辱されたような気がした僕は、慌てて口を開きかけたのだけど、それにも吉田は「安心して良い。繰り返すけど、別に異常な事じゃない」と返すのだった。
「人間ってのはね、影響を与え合う相手をコミュニケーション可能な存在だと認識するようにできているようなんだよ。
AIBOって知っているかい? 昔に流行った愛玩用の犬型のロボットなんだけど、なんとそのロボットを供養する為に、合同葬式が開かれているのだよ。これなんかは、元々愛玩用に制作されているからまだ分からなくもないけど、掃除用のロボットのルンバをペット扱いする人も少なくないらしい。ペットのように名前を付け、故障して取り換えようと業者が言うと“うちの子を取り換えるなんて、とんでもない!”と拒否をする」
「人間は幼稚な生き物だって事か?」
僕の疑問に彼は肩を竦めた。
「どうかな? 僕はその解釈は間違っていると思う。幼稚とかそういう話じゃなく、それはきっと人間に必要な能力なんだよ。そのお陰で情緒豊かな様々な感情の動きを身に付けられるのだと思うし、人間関係も円滑にできるようになったんだ。
その延長線上にあるテクノ・アニミズムだってきっと何かの役に立っているのだろうと思う」
僕は吉田の話に納得した。ただ、その所為で、ずっとこのままNPC達と一緒にいたら、人間の生活にはもう戻れないのじゃないかという仄かな不安は覚えた。
「ところで、吉田。運営に僕の状況を説明してもらえないか? 僕がいくら“僕はNPCじゃない”って言っても全然信じてくれなくて困っていたんだ」
僕がそう頼むと彼は直ぐに頷いた。
「それは元からやるつもりでいたよ。ちょっとした心配もあるしね」
「心配って?」
「随分前だろうけど、君はこのゲーム内で死にかけていないか?」
「ああ、死にかけたけど?」
このゲーム世界に入ったばかりの頃、バトルロイヤルに巻き込まれて死にかけたんだ。運良くサヨに巡り会えて、回復してもらったお陰で助かったけど。
それから吉田は信じられない事を言った。
「うん。多分、その時だ。君は現実世界でも死にかけている」
――は?
僕はその信じられない話に、ただただ目を大きくする事しかできなかった。




