このゲームで死ぬとお前は現実でも死ぬんだろう?
NPC市場が開かれていた。
僕らも先日の新エリアで集めて来たアイテムを出品する為に店を出していて、なかなかに盛況だった。お陰で開始して直ぐに目玉商品は売り切れてしまった。
ただ、目玉商品が売り切れると一気に客足が遠のき暇になった。三人も店番している理由もなさそうだったので交代で散策に出掛けようかと話し合っていると来客があった。
黒色の火焔型土器っぽいデザインの鎧。
珍しいタイプの装備だから直ぐに藪沢だと分かった。
「お前か」と僕が言うと、「“お前か”はないだろうよ。わざわざ会いに来てやったんだから」などと奴は言った。
「ちょっと二人で話したいんだけどさ」
それから藪沢がそう言って来たので、僕は二人に向けて「ちょっと出てきます」と断った。サヨが心配そうな顔をしているような気がしたが、きっと藪沢の禍々しいデザインの鎧の所為だろう。
「その装備、一体何なんだ?」
わざわざこんなに特徴的な装備を選ばなくても良いだろうにと僕はそう訊いてみた。
「タイプ“勇者”の特殊装備だよ。闇落ちをイメージしたのだと」
「へー」
タイプ“勇者”と聞いて、僕はちょっと嫌な気分になった。以前にNPCギルドを攻めて来たあの変態野郎もタイプは“勇者”だったからだ。
「勇者タイプって有料だよな? 高いんだろう? 無課金が信条のお前にしちゃ珍しいな」
何も返さない。
藪沢はどうも市場の外にある森を目指しているようだった。一体どんな用件なのだろう? 現実世界の僕の身体、または学校で何かがあったのだろうか?
“誰か、僕を好きな子でも現れたとかな~”
とか勝手に都合の良い想像をしたが、今はサヨがいるからそれほど女性に飢えている訳でもなかった。
やがて森に入った。森に入っても、藪沢はまだ進んだ。何処を目指しているのやら。あんまり歩くと、モンスターが現れてしまいそうだ。
ただ僕はもちろん藪沢も、モンスターが出ても大して問題はないだろう。この付近のモンスターはレベルがそれほど高くないから簡単にやっつけられる。
そのうちに藪沢が立ち止まった。「どうした?」と訊いてみる。「いや、あれなんだけどさ」と奴。奴の指し示す先には崖があるだけだった。
「あれ?」
僕は首を傾げた。よく見てみたが、何も変わった物はなかったからだ。
「あれってなんだよ?」
と問いかけたところで衝撃を受けた。奴の剣がぶっすりと僕の腹を貫いていたからだ。
「は?」
驚いた僕は後ろに跳ねて距離を取る。
ゲームの世界じゃなかったら即死しているところだ。
「いきなり、なにしているんだよ?! お前!」
にやりと笑いながら奴は言った。
「なに、お前を殺そうと思ってさ」
「冗談やめろよ。吉田から聞いていないのか? このゲームで死ぬと……」
「聞いてるさ。このゲームで死ぬとお前は現実でも死ぬんだろう? だから殺そうとしているんじゃないか」
僕は剣を構える。何故、藪沢が僕を殺そうとしているのかが分からない。本当にこいつが藪沢本人なのかすら疑った。
が、次に奴はこう言うのだった。
「お前をトラックに轢かせたのは俺なんだよ」
「なんだって?」
「ほら、あの時さ、お前はゲームの自慢話をしていただろう? なんかむかついちまってさ……
その時にトラックが来たのが見えて、“ここで押したら死ぬな”って何となく思ったのを覚えている。気が付いたらもう押していた。軽く押したつもりだったんだが、それでもお前はつんのめって転んでトラックに轢かれて救急車に運ばれた。
“魔が差した”ってああいうのを言うんだろうな」
「なるほど。それで、だからってどうして今ここで僕を殺すってなるんだ? 魔が差したってんなら、反省しているんだろう?」
言いながら、僕は“身体の感覚がおかしい”と思っていた。まず、魔力をかなり吸われている。きっとそういう魔剣なんだろう。しかも毒状態になっていて体力が徐々に減っている。そして、なんだか身体が動かし難かった。このゲームには、気絶があるが、もちろんそれとは違う。
「そんなの決まっているだろう? 意外に頭が鈍いんだな。お前の意識が戻ってお前が証言したら、俺は逮捕されちまうかもしれないじゃないか。だから、お前にはこのまま死んでもらおうって思ったんだよ。
あの日から、俺、うまく眠れないんだよ。きっとお前が死ななきゃ俺は安心ができないんだ。
お前を殺す為に生まれて初めてこんなに課金したよ。バイトで金を貯めてさ。運営は大喜びだろうな。レベルも充分に上げてあるから、“さし”なら絶対に負けない。大人しく死んでくれ、畑」
言いながら奴は一歩間合いを詰めた。
“これはまずい。ひとまず逃げないと”
そう思ったが、やっぱり身体をうまく動かせなかった。
僕の様子を見て奴は笑った。
「なかなか便利だろう? この魔剣。魔力を吸収しつつ、相手を毒と麻痺状態にするんだぜ。
一撃入れられなくちゃ話にならないが、不意打ちができるならこれ以上確実に勝てる武器はない。いやぁ、高かったよ」
“やっぱりか! とにかく逃げないと!”
僕は殺されてたまるかと後退りをした。周囲にNPCはいない。助けを求める事はできない。
「無駄だって!」
奴は勝ち誇った表情で黒い弾を飛ばす魔法を放った。闇落ち勇者らしい攻撃だ。闇魔法だろう。吹き飛ばされて僕は転がる。しかし、ダメージは受けたが転がったのは仲間がいるNPC市場方面だった。油断して吹き飛ばす方向を間違えたようだ。
“逃げ…”
しかし、立ち上がって気合いを入れて走ろうとしたが転んでしまった。麻痺は僕が想像していた以上に酷いようだ。
「だから、無駄だって! ハハッ!」
転んだ僕に、奴は斬撃を浴びせて来た。魔力が吸われ、毒と麻痺が悪化した。
「畑、お前、自分の方がゲームが巧いってよく自慢していたが、どうよ? まったく手も足も出ないじゃないか」
その言葉に僕は歯ぎしりをする。
何言ってやがるんだ? 課金で強化した上に不意打ちまでしやがったくせに! この卑怯者が!
僕は再び立ち上がると、なんとか逃げようとした。しかし、うまく足を動かせず、やっぱり転びそうになってしまう。
「足掻くねぇ、お前も。往生際が悪い」
そう言って奴はまた剣を振り上げた。余裕の表情がむかつく。
「こんな卑怯な手段で勝って嬉しいのか?! このクズが!」
僕が言うと奴は肩を竦めた。
「騙し合い込みだろう? このゲームはさ」
蹴り飛ばされた。
侮辱されてむかついたらしい。
転がる。
その時だった。何故か、突然僕を寂光が包んだのだった。
――なんだ?
体力が回復する。回復魔法だ。この感覚は何度も味わっている。サヨだ。辺りを見渡すと木陰に彼女がいて僕を回復させてくれていた。
彼女は藪沢と一緒に行く僕を心配そうに見ていた。きっと追って来てくれていたのだろう。
「チッ! ヒーラーか! 面倒くせぇ!」
サヨに気付いた藪沢がそう叫んだ。
「まずい! サヨ、早く逃げて!」
藪沢なら躊躇せず、真っ先にヒーラーを狙う。しかし彼女は逃げなかった。僕の毒と麻痺状態も治すつもりでいるのだろう。
「それはひとまず良いから! お願いだから逃げてください!」
だが、彼女は逃げなかった。
藪沢が迫っていく、
そう。分かっている。サヨはいつもそうなんだ。自分よりも他の人を優先させて助ける。優しい子なんだ。とてもとても優しい子なんだ。
「逃げて! お願いだから! 逃げろー!」
藪沢が迫っていく。
魔剣を振り上げる。斬撃が彼女の身体に入った。表情が歪む。僕は“まだ、大丈夫だ”と自分を安心させようと心の中で呟いた。ヒーラーは体力が低いとはいえ、一撃では死なない。
“二撃目が入る前に助けなくちゃ……”
が、足がうまく動かない。立ち上がれても走れない。彼女が体力の回復よりも先に麻痺を治していてくれていたなら……
二撃目が彼女に入る。彼女は切なそうな表情で僕や藪沢を見ていた。やめろ、藪沢。彼女は誰も傷つけられないんだ。お前ですらも。三撃目、四撃目、五撃目……
「やめろ、藪沢ぁ!」
やっと彼女の近くに辿り着き、僕は奴に剣戟を入れた。奴が吹き飛ぶ。しかし、それは彼女に最後の一撃が入るのと同時だった。
倒れる彼女を僕は抱きしめる。
彼女の身体は既に消えかけていた。
「お願い。これで体力を」
僕は回復薬を取り出して、彼女に使おうとした。しかし、回復薬は使えなかった。彼女の体力が既に0になっていたからだ。
「あ…… あ… 消える。消えてしまう」
僕は泣いていた。NPCには涙をこぼすモーションなんて用意されてはいなかったけど、それでも間違いなく泣いていた。
「逃げ…… て…」
彼女は最後にそう言った。
僕は叫んだ。
「うわああああ!」
僕の泣き叫ぶ様子を見やりながら、藪沢は立ち上がった。奴に向けて僕は言う。
「藪沢ぁ! お前、なんて事をしてくれたんだ! 彼女はとても優しい子だったんだぞ? 近くに傷ついた人がいたら絶対に助けてくれるような…… 殺されて良いような子じゃないんだ!」
奴は笑った。
「は? 何言ってるんだ、お前。相手はNPCだぞ? もしかして、身も心もNPCになっちまったのか?
そんなにその女が愛おしいんなら、一緒に地獄に行ってこい!」
それから奴は闇のオーラを身に纏った。魔力を使ったんだ。そして僕に剣を向けると突進して来た。僕の身体を剣で突き刺す。魔力を使った特別な技だろう。威力が高かった。
剣で刺され、魔力と体力が激しく吸収されていくのが分かった。麻痺が酷くなる。
「死ね! 畑!」
奴の罵る声が聞こえ、僕の意識は遠のいていった。
多分、これは強制ログアウトされている。ああ、僕は死ぬのか。ごめん、サヨ。君の最期の願いが叶えられなかった……
闇の中で僕はそう思っていた。




