-正体-
窓に虚像が映り込むなど、常識的に考えてもあり得ない。
もし見えるとするならば、それは見える方に問題があると考えるのが正しいであろう。
なのに何故愛する者の存在を疑い、気分を害する言葉を発してしまったのか……。
激しい後悔の念が和輝を押し潰す。
慌てて美佳の後を追い、和輝は店を後にする。
店から少し離れた公園の前まで来ると、そこには悲しみの表情を浮かべ、呆然と立ち尽くしている美佳の姿があった。
和輝は急いで近づき、土下座でもしそうな勢いで謝罪した。
「ごめん! やっぱり俺は疲れてどうかしてたんだと思う……美佳の気分を悪くするつもりなんて無かったのに……」
美佳は必死に謝る和輝とは視線を合わせず、何かを見つめている様子だった。
視線の先には一台の車が停まっている。
その車の窓には……。
黙って見つめている美佳の顔ではなく、壁を叩くようにして泣き叫ぶ美佳が映っていた。
「まさか……美佳にも見えているのか?」
問い掛けに答える声は無く、ただ沈黙の時間だけが過ぎて行く。
「どういう事なんだよ……窓に映っているのが俺の妄想や見間違いじゃないんだったら、俺が今触れている美佳は誰なんだよ……何か言ってくれよ……頼むから俺が愛する美佳なんだって答えてくれよ……」
溢れる涙を抑える事が出来ず、和輝は美佳を抱き締めたまま泣き崩れてしまった。
「ごめんなさい……私は和輝の事が大好きな美佳よ……でも……あなたが知っている美佳じゃないわ……」
思いもよらない言葉に動揺が隠せない。
驚きの表情を浮かべる和輝を見つめたまま、静かに静かに美佳が語り始めた。
「私は鏡の中に存在する美佳……本当の私は、あなたが見た、窓に映っている私……」
「鏡の中から出てきて本物と入れ替わったって言うのか? どうして! 何が目的なんだよ!」
強めの口調で攻めるように問い詰める和輝に対し、美佳は涙を浮かべながら話した。
「和輝は鏡の中の世界ってどんな所だと思う?」
「どんなって、こっちの世界と同じだけど左右が逆で……あとは……」
和輝が答えている途中だったが、美佳は静かに首を横に振った。
「鏡の中の世界なんてどこにも無いのよ……こちらの世界の人が鏡を見た時に、鏡に映る範囲だけが現れる……私が居たのは、そんな小さな小さな空間なの」
「…………」
「私はそんな空間に現れる心の無い幻影……ただ鏡を見た人の真似をするだけの存在……」
「心が無いって……でも美佳は俺の事を好きだと言ってくれただろ? それは心じゃないのか?」
美佳は小さく頷き、心が芽生えた経緯を話してくれた。