金曜日〜残業〜
飲み会。
そうこれは残業と言う名の飲み会だ。
俺はあまり強い方ではないのだが…
「あら、田中課長も飲んで下さいよぉ〜」
総務課の佐々木さんがビールを勧めてくる。
「あ、ああ」
「わー☆いい飲みっぷりぃ〜」
…はっ。
つい俺としたことが!
今日の目的は酔い潰れることではない。
そうだ。今日の目的はーー
「さ、もっとぐいっと〜」
「…うむ」
ーーなんと意志の弱い!
こんなんだから俺は次のステージへ行けんのだ。
言うぞ。いや、聞くぞ!
「佐々木さん、ちょっと聞いてもいいかn……」
「はぁ〜…私、課長と同じ課が良かったです〜」
唐突に何を言い出すんだ?
「な、何故そう思うのかね?」
「だって〜、ウチの上司なんて私の事くん付けで呼んでくるし〜…その点、田中課長はちゃんと私の事さん付けで呼んでくれるじゃないですかぁ」
いや、俺はただ単に課が違うからさん付けなだけで、きっと同じ課だったら俺も同じくん付けに…
「それに〜!君お茶、だの、君コピーはまだか、だの!私はあなたの雑用係じゃないし!」
まぁ、総務課の部長は古いタイプの人間だからな。
それも致し方ない。
…というか、何だこの展開は⁉︎
何故俺は彼女の愚痴を聞く羽目になっている?
「ま、まぁまぁ…佐々木さん落ち着いて」
「私、ぜーったい寿退社してやるんだから!」
何か話が妙な方向に…
「その為に料理教室とか通って、花嫁修業してるんだし〜」
ん?
料理教室?
そ、その手があったかぁぁぁぁっ!!!
こんな簡単な事にも気付かなかったとは…!
なら早速俺も…
「私の友達も料理教室通ってるんですけど〜、課長はやっぱ料理出来る女はモテると思います?」
「あ、ああ…そうだな」
いや待てよ。
友達って事は女友達だろう。
という事は、料理教室には女しかいないのだろうか?否、きっとそうに違いない!
くっ…
男の、しかも中年のおっさんが1人でのこのこと足を運んでみろ!
そこにいる全員から白い目で見られるぞ!
そして気まずい雰囲気が流れるんだ。
何と馬鹿で浅はかな考えを俺はしてるんだ…
「頑張ってる女性は魅力的だと思うよ」
「やっぱそうですよね〜!」
俺はつくづくダメな中年のおっさんだ。
そんな俺とは違い、料理男子山下くんを尊敬する。
彼は凄い男だったのか!
レベルの高い料理を普通だと言ってやり遂げる彼は。
これからは敬意を持って料理男子山下くんと呼ぼう。
「でもいろいろと大変じゃないか?材料とか調理器具とか揃えるの」
「ん〜、大変というか、料理するのにないと困りますよね〜」
「た、例えばなんだが…最低限必要なものとかあるのか?」
俺はさりげなく尋ねた。
そうこれが今日の目的だ。
「そうですね〜、包丁とかは必須ですよね」
それは持ってるぞ!
「あとは〜、菜箸とか」
持ってる。
「ヘラとかお玉も必要だし〜」
持ってな…
「あとはボウルとか軽量カップとか軽量スプーンとか」
ない。
そんなたいそうなものは持っとらん!
「その他は必要に応じて揃えていく感じじゃないですか?」
「な、なるほどな…」
メモしておけば良かった…
あの本にも載ってるものなのか?
「え〜、なんですか課長っ。料理するんですか?」
「あ、いや、カミさんがうちに顔出した時に何もなかったら何言われるか分からんならな(棒読み)」
すまん!嫁よ…!
「田中課長って奥さん想いなんですね〜」
「はは…」
佐々木さんの言葉に、俺は乾いた笑いしか出なかった。
収穫はあったが、何かを失いかけたようにも思えた。
(…今日はもう飲むのをやめよう)
そして最後の一口を飲み干した。




