24話
「で、わからなくなったから私に頼もうと…そういうこと?お兄ちゃん」
「うん…まあ、そんな感じです。はい」
「嫌だ」
ニコニコしながら発せられたフランの言葉に俺は絶句したまま立ちすくむ。…いや、もしかしたら聞き間違いかもしれない。俺はもう一度確かめることにした。
「だからフランに代わりに考えてもらえないかなっ…て…」
「だから嫌だってお兄ちゃん」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。フランは少し不機嫌そうな表情で俺を見つめ、そのまま続ける。
「お兄ちゃんさ、そういうの考えるのはいいと思うけど、肝心なところ押し付けちゃったらだめだよ」
「…ごもっともです」
フランの言う通りだ。それは確かであり、俺自身もそれをわかっていたからそこで踏みとどまることもせず素直にうんと首を頷かせる。
「それに、私は別に今は何もしなくてもいいと思うな。お兄ちゃんが急に気を使う必要もないよ」
そう言うとフランは「さあ戻った戻った」と俺の背中を押しながらリビングへと向かっていった。どうやらフランは面倒臭いという気持ちが強いらしい。
因みに俺たち二人は少し話があるということで、一度俺の部屋へと移動していた。なので今はフランと俺二人だけしかいないという状況である。
「フランがしたくないのなら俺もまた今度でいいかなって思う…けどさ」
俺はフランに押されたまま、ちぇっと舌打ちしながら皆のもとへ戻っていった。
そのまま戻ると、目の前で腕立て伏せを汗だくでしている最中のガレアが俺とフランの目の前に出現した。
なんとも暑苦しい状況だよ…。
ガレアが1人のときによくしてる行動って、だいたいいつも同じだけど、筋トレをしているガレアと一緒の部屋にいると暑苦しくて仕方がない。
「筋トレは外でやれって前も言ったのに…」
かなりご機嫌を損ねていらっしゃるフランさんはそう言うと遠慮なくガレアの上を踏みつけて中へと入っていった。
…外でする以前に入口の前で筋トレすること自体おかしいと思うけどね。
俺が呆れながらガレアをジッと見つめると、ガレアは「悪い悪い」と後頭部を掻きながら家の外へと退場していった。
「ガレア…一体何がしたかったんだろ…」
俺がぼそりとそう呟くと、それに気づいたセリーヌさんが椅子に腰掛けたまま、ふと俺の方へ振り向いた。そして苦笑しながらゆっくりと口を開く。
「何やら急に出て行かれたフラっぺとザッくんのことが気になってたようで、あれこれ悩んだ末筋トレを始めちゃったみたいで…」
「うん、最終的に筋トレになるのが最大の謎だね」
セリーヌさんに続くようにフランが頷きながらそう言った。
まあ謎と言ったら謎だけど、全部力で解決しちゃいそうなガレアだし、仕方ないような気もする。
「そんなガレアが出て行った後に言うのもなんだけど、実はさ、今みんな集まってるわけだし何か面白いことないかなってフランに相談してたんだ」
確かに急にフランを連れて出ていっちゃったら気になるのも仕方ないな…と思った俺は、ガレアはいないけれど、そうセリーヌさんとエレナに伝えた。
すると、珍しく静かに外を見ながら珈琲を口に運んでいたエレナは、それを耳にした瞬間それを勢いよく口から吐き出した。
そして慌てながら吹き出したものを処理すると、俺の方へ慌てたまま駆け寄ってくる。
「そう言う時は普通お姉ちゃんを頼るもんだよっ!!」
半泣き状態でそう訴えてくるエレナの姿はお姉ちゃんという存在とは程遠く感じた俺であった。
「まあまあエレナ。それくらいまだ頼りないということですよ」
「グハァっ!!」
そしてその瞬間、セリーヌさんの一言がエレナの心の臓を貫いた。
セリーヌさん…もうエレナのライフポイントはゼロだよ!!
頭の中でそうツッコむも、セリーヌさんの言動に納得してしまった俺はもがき苦しむエレナを見守ることしかできなかった。
頑張れエレナ…現実を受け入れることも大事だよ。それでお姉ちゃんアピールが激しくなるのもごめんだけど。
だってこれ以上俺とフランが被害にあうのも嫌だしね。
俺がうんうんと1人頷いていると、ふと近くにフランがいないことにきづいた。
「ってあれ、と、取れない…」
周りを見渡してみると、それはどうやら食器棚の方から聞こえてくる声のようで、俺はそこへ顔を向ける。
そして食器棚の上のほうを見てみると、小さな可愛らしい手がぴょんぴょんと上下に動いていた。
どうやらフランが食器を取れなくて困っているようだ。あれくらい背伸びをすれば届く高さなのにね。俺たちじゃ高いところは届かないから食器も俺が背伸びすれば届くところに全部置いてあるし。
俺はやれやれとフランの方へ駆けていくと、隣に立つフランに「手伝おうか?」と声をかけた。
だがフランはそんな俺を無視するようにぴょんぴょんと上にジャンプする。もう一度声をかけようとしたところで俺の方へ不本意そうに振り向いた。
「別にお兄ちゃんの手なんか借りなくても届くんだし」
「こういうときぐらい甘えたっていいんだよ?」
俺がドヤ顔でそう返すと、フランは納得のいかないような顔をして、その後俺をじーっと睨んでくる。
俺はそんなフランの目線を笑顔で受け止めると、背伸びをしてフランの取ろうとしていた食器に手を伸ばした。
伸ばした…が
「と、届かぬ」
この家にある食器は全て俺が背伸びをすれば届く位置に置いてあった…。そのはずなのに、俺が手を伸ばしても届かないなんておかしいよ。このままではドヤ顔で取ってやるってフランに言ったのに全てが台無しになってしまう…。
俺は隣にいるフランの目線に冷や汗をかきながらも必死に食器に向けて手を伸ばした。が、何度伸ばしたところで食器に手が届くということはなかった。
もしかして俺の身長が縮んだとか…?いや、まさかそんな…まだ成長期真っ最中だし、そんな筈はないよね。もしそれが原因だったらショックで寝込むよ。身長伸びるまで絶対起きないよ。
「ねえお兄ちゃん」
「…な、なに?」
ついに我慢の限界に達したのか…。俺は不安げな表情で隣で待っている妹の方へ顔を向けた。
「お兄ちゃんが取れなくて当たり前だよ。だってそこガレアが勝手に置いたところなんだから」
フランはそう言うと、笑いを堪えきれなくなったのか、俺に背を向けて肩を震わせ始めた。
確かにガレアが置いたっていうんなら俺が取れなくて当たり前なんだけど、こう…身長差を思い知らされるというか…なんだかつらい。
いや、でもそんなに面白かったかな…。というか、そこまでしてお兄ちゃんを馬鹿にしたいのかこの妹は。
隣で未だに爆笑しているフランを見ていると、怒りなんぞ通りすぎてなんだか呆れてしまう。
俺ははぁ…とため息を吐くと「じゃあもう戻るよ」とフランに一言言い、エレナたちと話してたところに戻ろうとした。
が、フランに裾を掴まれ俺の動きはそこで封じられる。
「待ってまだ食器取れてないよっ」
「いや俺じゃ取れないのわかっててさせる気なの!?」
俺の妹はいつこんなにSっ気のある子に育ったんだ…。
だってこの食器、俺なんかに頼まなくてもセリーヌさんくらいの身長なら簡単に取れる位置にあるんだしさ…。
「ってあれ」
そんなことを考えながら辺りを見回していた俺だが、ここで家の中に俺とフランしかいないことにきづいた。
ついさっきまで一緒にいた筈なのに…エレナもセリーヌさんと一緒にどこかへ居なくなってしまっている。役立たずのガレアは筋トレしに外へ行ったきり帰ってきていない。
「うん…、今お兄ちゃんしか頼れる人いなくて…さ。ついさっきまではセリーヌさんとかいたんだけど。お兄ちゃんを見て面白がってた間に居なくなっちゃった」
フランはバツの悪そうな顔をしながらそう言うと、食器の方へと目を向けた。キラキラと輝くその神々しい姿は、まるで俺たちに取ってみろと挑発しているようだった。




