21話
「強い…意志」
俺の記憶に無理やり入り込んでくるように、ベル兄さんの意志が俺の中へ入ってきた気がした。俺は反射的にベル兄さんの写真だての方へ目線を向ける。
今まで届いてなかったベルさん…いや、ベル兄さんの声が伝わった気がした。
「ごめんベル兄さん、俺…今までベル兄さんの願いに全然応えれてなかった」
他人に自分の意思を伝えることすらままならないくらいだし…。
でも、俺、今の人生に後悔はしてないよ。友達だってたくさんできたし、とても充実した毎日を過ごしているし。
ベル兄さんの写真だてを見ると、いつも笑っていたベル兄さんの顔がより一層笑っているように見えた。
「フランはこのことを知ってたんだな…。思い出したら多分またショックで倒れると思って黙ってたのかな…」
俺はベッドの上に飛び乗ると同時に窓の方へ体を向ける。そして、暗闇に染まる夜空をふと見上げた。いつも見ているこの夜空が、今日はどこか違うような気がした。
明日、フランにもこのこと伝えた方がいいよね。どういう反応するかわかんないけど、これでフランにももう心配かけることなんてなくなるし、ちゃんと伝えないと。
俺はそのまま目を閉じ、暗闇の中へおちていくように、深い眠りの中へと入っていった。
俺はベル兄さんのような優しくてみんなを守れるような人になりたい。そうベル兄さんに言ったら、すぐ否定するだろうけど…ベル兄さんは最期まで守り通してたよ。じゃないと俺はここにいないんだから。
ベル兄さんの教えてくれた、強い意志を持って…これから頑張っていくよ、俺。
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「お兄ちゃん?」
朝、俺の耳元に聞き慣れた声が聞こえてくる。
いつもなら朝からいるはずがないのに…まずフランが起こしにくるなんてありえない。
俺は聞こえてきた方向と逆側に寝返りすると再び眠ろうと考えることを止めた。
「だからお兄ちゃんってば。寝ちゃだめだっ…て!」
無理やり体を起こされ、そこでやっと妹が俺の部屋まで入り込んでいたことに気づいた。
まだ朝早いし、なんでフランがわざわざ起こしにきたんだろ…。何か今日することあったかな。
「もうお昼だよお兄ちゃん」
「…えっ?」
外を見てみると確かに朝とは思えないほどに空は明るくなっていて、涼しげな風が中へ入り込んでいた。
どうやら思っていたより長く眠ってしまっていたらしい。
俺はフランに「ごめんごめん」と手で会釈するとそのままベッドから降り、背筋を伸ばして盛大に欠伸をした。
「そういや俺、全部思い出したよフラン」
そして、フランに伝えなければいけないと思ったことをふと口にした。
「え…思い出した…って、なにを?お兄ちゃん」
さすがに急にそんなことを言われてはフランも戸惑ったようで、俺が何を言っているのかさっぱりわかっていない様子だった。いや、なんとなくはわかっているかもだけど。
「思い出したんだ。ベル兄さんのこと全部、おれがどうしてこんなに強くなったのか…、それと剣を扱えたのかも…。ベル兄さんがどうしていなくなったのかも、全部思い出したよ」
「じゃ、じゃあ…お兄ちゃんは」
「もうそれを受け入れようとしないなんて、そんなことはしない。それにベル兄さんは俺に託したんだ。逃げたりなんかしない。みんなを守れるようなそんなベル兄さんのような人に俺はなるよ」
俺がここまで口にすると、フランは急に静かになり、俺から視線を逸らすとそのまま下を向いた。
「そっか…ならお兄ちゃんはまた、今まで通り魔物と戦うってことなんだね…」
「…うん」
俺の返事を聞き、フランは何か思い出したくないことを思い出したのか、苦しそうに胸を押さえ俺の方を見上げる。その大きな瞳には、今にも流れ落ちそうなほど涙で潤っていた。
「私さ…、お兄ちゃんが1人で魔物と戦いに行く時、ここがすごく痛くなるんだ。
また、お兄ちゃんが戻ってこなくなりそうで…。またひとりぼっちになりそうなのが怖くて…恐ろしくて…」
この時俺は、フランが今まで俺を呼び止めてた理由がわかった気がした。俺だけじゃなくて…フランもまた過去に囚われていたんだってことを。そしてフランはそれを覚えていたぶん、俺と比べ物にならないくらい辛かったんだろうということを。
「もう私は大切な人がいなくなるところを見たくなんてない…。私のわがまま…そんなことわかってるけど…」
俺は、周りのことばかり気にしすぎていて、自分の妹のことは全く考えていなかったのだということを今のフランを見て思い知らされた気がした。みんなを守る守ると言ってばかりで自分のことはどうでもよく考えていて…、そのせいでフランにはこんな思いをさせてしまって…。
…でも。
「俺はいなくならないよ。絶対に帰ってくるから」
「…っ!!お兄ちゃんの嘘つきっ!!まえも…」
「今は、ガレアも他にも友達がいるんだ。前までの俺とは違うから、困ったときはガレアにも助けてもらうよ。もう俺は1人じゃないからさ、コミュニケーション力は未だに全然ないけど…」
ここまで俺が言ったところでフランは口を塞ぎ、まだ納得はしていないようだが、反論はしてこなかった。でも俺が言いたいのはこれだけではない。もっと…、フランに言いたかったことがある。いや、言わなければならないことが。
「フラン…今まで本当にごめん。フランの気持ち、全くわかってやれてなかった。でも…、もう今までとは違うから。
…俺、ちゃんと自分の体も大切にするよ」
俺は最後にそう告げると、そのままフランを見つめ、表情を変えないままフランの返答を待った。
しばらくフランは黙り込んだままだったが、ずっと下に向けていた顔を俺の方へと向けると、そっと口を開いた。視界が何でかぼやけ、フランがどんな表情をしているのかわからない。でも、さっきまでとは違うことは何となくわかった。
「今言ったの…忘れないからね?お兄ちゃん」
一言そう言ったフランは、俺の方へ飛びつき、そのまま俺の体をギュッと抱き寄せた。
ふと、フランの顔に目線を向けると、フランの頬から透明な雫が流れている。それは俺の衣服まで流れていくと、そのまま衣服の中へと染み込んでいった。
「おかえりっ…お兄ちゃん」
フランが震えながら口にしたその声は、俺の中に何か暖かいものを届けてくれた気がした。
本当に頼らない兄でごめん…心の中でふと思ったその言葉は口に出さず、代わりにフランを自分からも抱き寄せる。そして、視界が潤って何も見えない中、俺は震える口を開き、答えた。
「ただいまっ…」




