20話
邪龍の討伐が苦戦の末、なんとか完了したあと、ベルはすぐさまもう一体の魔物のいる方へ走った。
あちらにはザックもフランもいる。王からの命令がなければ、ベルは先にもう一体の魔物の方を討伐に行っていただろう。
ベルはザックとフランの無事を祈りながら、全力で街中をかけていった。このとき、既に遅かったということも知らずに。
ベルがもう一体の魔物がいたところへ近づくに連れ、人気はなくなり、荒れ果てた街がベルの視界に入ってくる。そこには幸運にも死体の気配はなく、兵士たちがまだ耐え戦っているのだとベルは少し安堵の息を漏らした。
この様子だと、フランもザックも既に避難し終えているはず、ベルはそう思い、そう願いながら走り続ける。建物が倒れ、道を遮っていても、それを一刀両断して道をつくる。炎が前を阻んでいても、切り裂き、道を切り開いていった。どんなものが道を塞いできても、ベルはひたすらとまっすぐ、前へと進んだ。
そして、そのような中、ベルは、その場に座り込んでいる小さな女の子の背中を見た。銀色の長髪に、大きな水色のリボン。とても見覚えがあったその姿を発見したベルはそうでないことを祈りながら、その少女のもとへ助けに向かう。
しかし、ベルの予想は的中していた。座り込んで動こうとしていなかったフランは、ベルの姿を見つけると涙を袖で拭いながら顔を見上げる。
「…フラン。もう、大丈夫だ」
フランの水色のリボンはベルがいつかの誕生日にプレゼントしたものだ。そのリボンに銀色の長髪、さらに銀髪の少女など、この街に1人、フランしかいないのだ。
「ベルお兄ちゃん。お兄ちゃんがっ…お兄ちゃんがっ…」
フランは泣きながらベルの服の裾を握ると、顔をそこへ埋めて、そう繰り返した。
そんなフランの様子を見て、ベルは最悪な事態を想定する。そして、フランの指差す方向を見て、それが一番高い可能性のあることだとベルは嫌々ながらも察した。「あの馬鹿っ…」ベルはそう言いこぼし、フランを抱えると火の海を切り裂き、その間へと突っ込んでいった。もう火がここまで迫ってきてしまっている以上、フランをここに置いておくわけにもいかない。自分と一緒にいた方が安全だとベルは判断した。
生きていてくれ、頼むから…。ザック…俺はお前まで失ってしまったら…。俺は…。
火の中を走り続けている中、神様というものが居たらと、そうベルは思った。
ベルは神様がいるだとかそんなことは全く信じていない。それほど辛い現実を目の当たりにしてきた。だから力をつけ、ここまで強くなったはずなのに…。
ベルが強く歯を食い縛ると、掴む剣の柄にも力が入った。
魔物の姿が、炎の中にあるせいでハッキリとはわからないが、だんだんと肉眼でも見えるようになってき、ベルはその脚を一層早めた。
地面に倒れている兵士たちが、ベルの気持ちを焦らせていく。傷の深い兵士、傷の浅い兵士、色々とあったが、何より数が多い。この様子じゃ、今戦っている兵士など2、3人ほどしかいないのではないだろうか。
本当は今すぐにでも手当がしたかったが、ベルは回復魔法など持ち合わせていなかった。何よりそんな時間がない。
ベルは表情を歪めながらも、「すまない」と一言つげ、その場から走り去った。走り去った頃には魔物の姿がベルの眼にもはっきりと映っていた。
巨大な3つの頭はベルの姿を捉えると、すぐにギロリとその鋭いが見開かれたまん丸な眼球でベルを睨みつけた。
しかし、ベルはそんなことよりその魔物の近くを必死に見渡す。すると、そこには満身創痍になりながらも、立ち、誰かを守るようにそこから動こうとしない2人の兵士の姿があった。
その後ろには致命傷を負った小さな身体が横に転がっている。誰が見てももう助からないだろうと思われるその子供を、2人の兵士は必死に庇っていたのであった。
魔物が腕を振り上げ、2人の兵士に向かって振りかざしている様子がベルの視界に入った。
ベルは頬をつたっていく涙をそのままに、自分でも何て言ったのかわからないような言葉をその場で発す。
直後、その2人の兵士は後ろを振り返り、安堵の表情を浮かべ、身体の力が抜けたのか、ゆっくりと地面に膝をついた。
そして、兵士2人が膝をついた瞬間に、魔物の大きな爪が2人の頭部へと走り、その2人の頭部は、…空中へと飛んだ。
ベルは、ぐっ…と歯を食い縛ると、安全そうな場所へフランを隠れさせる。そして、2人の兵士と、その後ろにいた子供へと目線を向けた。
「これも、全部…俺のせいだ。…俺は、何も変われてなどいなかった」
ベルは青く染まった髪を上へと掻き上げると、手に持っている剣を魔物へ向かって突き出した。
…俺は強くなった。そう信じてた。だけど、それだけでは何も意味がなかった。強くなれば守れるはず…そんなの嘘っぱちだった。必要なのは、そんな強さだけじゃなかった…。
「俺には、意志の強さが足りなかった」
抜刀したベルの剣は、空中を斬り裂き、その延長線上にあった魔物の両腕も深く斬り裂いた。
魔物がバランスを崩したところを瞬間的に移動し、魔物の頭部へと音もなく着地する。
剣を上段に構え、真下にまで振り下ろす。このときのベルの眼は、この魔物に対しての怒り、そして自分への怒りに満ちていた。
この瞬間、ベルの剣から紅色の煌めきが放たれた。今までのベルの剣からは、一度もこのような現象が起きたことはない。そして、その剣から放たれた斬撃は魔物の身体を一瞬にして真っ二つに両断した。
ベルはそのとき、自分の力がよくない方向に肌で感じていたが、特に気にしない様子で剣を鞘へと戻した。なぜなら、もうこの剣を使う機会も二度とないからである。
「まだ、…助かる。」
ベルはそう言いこぼすと、地面に横たわっている少年の元へ急いで走った。その身体の腹部は深く抉り取られており、大量の血が地面に染み込んでいる。
隠れていたはずだが、いつの間にかフランが出てきており、その身体へと抱きついたまま、離れようとしなかった。
ベルはその様子を見て、自分の足りなさを思い知り、ぐっと拳を握り締める。
…あの時の光景と同じだ。両者とも銀髪で、片方が満身創痍、その身体をもう1人の銀髪が泣きながら抱き抱えている。そして、それを立ちすくんだまま眺めている俺…。
「でも、今はもう前までとは違う…たとえ守れなかったとしても、助ける方法は…ある」
ベルはそう言うと、倒れている少年に向かって優しく手を当てた。
「今まで、頼りない師匠で悪かったなザック」
…お前は強い意志を持ってくれ。そして、俺とは違う道を歩んで、後悔はしない人生を…。




