11話
いつも朝はまず鳥の声が聞こえる…はずなんだけど、今日は外からの気合のはいった掛け声によって無理やり起こされた。
この声は恐らく…、いや絶対ガレアの仕業だろう。こんな朝早くから稽古に励むのはいいことだけど、人の家に泊まっている間は休んでくれないかなぁ。
欠伸をしながら自分の部屋から出ると、すぐ側にいたのか、セリーヌさんのおでこにドアの角がぶつかる。
「わぁっ!?だ、大丈夫…!?」
「うぅ…ちょっと部屋を覗こ…。はぅあっ!?ざっ…ザックさんっ!?」
セリーヌさんやっぱりどこか変わってるよなぁ。
俺と目があったセリーヌさんはわざとらしく咳き込みながらドアから離れると、「おはようございます♪」と何事もなかったように俺に挨拶してきた。
しかし、額からは大量の冷や汗らしきものが流れている。
これは自分も何も見なかったことにしたほうがいいのだろうか…。
「えっと…。あ〜…おはよう、セリーヌさん」
「はい、おはようございます♪」
なんだろう…その笑顔、すごく怖いんですけど!?絶対触れるなオーラがそこら中漂ってるよっ!
俺がセリーヌさんからの押しつぶされるような笑みを受けている中、それを近くで見ていたフランがちょこちょこと近寄ってきた。
「2人共何やってんの…。まだ朝も食べてないのに」
フランは呆れた顔をしながらそう言うと、1人階段をさっさと降りて行った。
だが、ここで俺の中で一つの疑問が生じた。
なぜなら、もうすでに朝ご飯らしき鼻をくすぐるいい香りがここまで漂っていたからである。
いつもならフランが朝ご飯をつくるから、この匂いがしているときは既にフランは食卓についている。
だが、フランは今階段を降りて行った。
既に俺の鼻に匂いは到達してるのに!だ。
ウムムムムー?ん…まさか、でもアレって料理とかできるのかなぁ…。
いまいち頭の整理が追いついていない中、俺はセリーヌさんと一緒に階段をゆっくりと降りて行った。
一階に着くと、やはり匂いの元である朝ご飯が俺のために待っていてくれていた。
「よぉザック!目ぇ覚めたか?今日は俺が朝一で食材買ってきてみんなのぶんまで朝飯つくったからな!残さず食べろよぉ!」
ガレアの言ったことを聞き、テーブルの方を見てみると、既にパンを口の中に詰め込み、リスのように膨らませた頬をモフモフしているフランがちょこんと椅子の上に座っていた。
「あ、お兄ちゃんっ。このパン美味しいよ。モフモフしてて、こんなにモフモフしてるとほっぺたもモフモフになっちゃうよ。あとね!これガレアさんの実家のパンなんだって!あとモフっ」
「わかったから美味しいのはわかったから、一回落ち着こ?ね?」
俺は膨れた頰っぺたを上下に揺らすフランの鼻に人差し指を当てると、そのままピンと鼻の先を上に跳ね飛ばした。
すると、正気に戻ったフランが「お、お兄ちゃんも食べたら絶対こうなるからっ!」と膨らんだ頬を赤く染めながらフンっと俺から顔を背けた。
そんなフランを後にすると、俺はガレアの方へ振り返る。
「えっと…ありがとガレア。まさか朝ご飯を用意してくれてたなんて」
「まあ、泊まらせてもらってる身だしな!それに、朝たまたま冷蔵庫の中見たら何も入ってなかったからよ…。これはマズイなと」
…あぁ、冷蔵庫の中見たんだ。えっと、なんで冷蔵庫の中を覗いたんだろうね。まあ、こうして朝ご飯を作ってもらってるわけだから特に何も言うつもりはないけどねっ?
そんな微妙な表情をしている俺を見て、ガレアは焦りながら俺の体を食卓の方へ向け、ドンと押すと、「いいから食べてみろって!」と無理やり椅子に座らせた。
既にセリーヌさんとフランはその魔性の料理たちに手をつけており、2人の意識は天国にでも旅立ってしまっているのか、2人共幸せそうな顔をしたままどこか遠くを眺めていた。
俺もこうなってしまうのかと思うとかなり不安だけど…、ガレアのつくった料理、どんな味がするのか楽しみだし、食べてみなければ…。
俺は、まずこれから、とすぐそばにあった何やらいろいろな具が挟んであるパンを手に取りパクっと一口だけ口の中に入れた。
だけど、そのパンは何故かみんなと同じような感想を言えるような味ではなくて…これは、このパン…は、
「かっ、辛ァッ!!こんな辛いの食べれないよっ!!」
「お、そいつぁアタリだアタリ〜。普通に作るのも面白くなかったからなー、一つだけ俺特製の激辛スパイスを混ぜ込んでみたんだよ」
なんって余計なことを…!!
早く水を飲まないと舌が燃えてなくなっちゃうよ!!
俺はガレアに向かって必死に飲む動作を繰り返して水を求めた。
だが、ガレアは面白がって水を汲んできてくれたのはいいものの、なかなか俺に渡してくれない。
「みっ、みじ、水っ!!がれあッ!!」
視界が水分で歪んで見えなくなってきたところで、ガレアは悪りぃ悪りぃと笑いながらやっと渡してくれた。ガレアはこの辛さがわからないからこんなイタズラができるんだ。絶対いつか仕返してやる!
そんな様子でゴクゴクと俺が水を飲み干していると、やっと天国から帰ってきたフランがジーッと俺の様子を見ていた。
「…ん?何フラン。顔に何かついてる?」
「いや…、なんだかお兄ちゃん。だいぶ他の人とも話せるようになってるなーって」
フランの様子を見て、俺はフフンとドヤ顔をしながらドンと胸をはった。
俺ももうコミュ障卒業まであと一歩というところまで成長しているのさっ!!
ガレアとフランにはもう完璧な対応をとることができるしねっ!!
そんな俺の調子に乗った態度を見て、フランは「どうせ仲のいい人以外とはまともに話せないだろうけど」と呟くと食べ終わった食器を下げに席を立った。
フラン…ちょっとくらい褒めてくれてもいいじゃん…。いや、わかってるけどさぁ…。
ただ、そう言ったフランの表情はなんだか嬉しそうだった。
俺も水を飲み干すと、まだ口の中に辛さは残っていたが、食器を重ねてその場を離れた。
セリーヌさんもいつの間にか食べ終わっていたようで、自分の食器を持っていたあと、自分で洗おうとしているのか蛇口の水を流し始めた。
「せ、セリーヌさん。あ、えっと…大丈夫だよ。俺がするから」
「でも、自分だけ何もしていませんし…」
セリーヌさんは申し訳なさそうな顔をしながら手に取った食器をスポンジで擦り始める。
だが、なんだか手慣れていない感じだ。そういや隣の国のお嬢様なんだよね?大丈夫かな…。
「わっあっ!!」
と、思った瞬間。セリーヌさんの手から食器が一枚滑り落ち、勢いよく床と衝突した。その衝撃でその皿は半分に割れてしまい、細かい破片も話周りに散らばってしまう。
セリーヌさんの顔は真っ青になり、彼女は必死にその散らばった欠片を寄せ集めようと手をのばそうとした。
「だ…大丈夫だよセリーヌさん。それに、手を怪我しちゃうかもしれないし、ここはオレに任せて」
「ごめんなさい…。でも、これは私のせいですし…ザックちゃんも怪我したらどうするのですかっ」
再びセリーヌさんは飛び散った欠片に向かって手を伸ばす。
うーん…、セリーヌさんって責任感強いのかなぁ、本当に大丈夫なのに。でもこれでセリーヌさんが指を切ったりしたらどうしよう。
いや、それだけは絶対に許されないッ!!
「だっ…、大丈夫俺に任せてっ!」
そう言って、セリーヌさんの手の動きを止めながら俺は散らばった破片の一つを拾った。 しかし、そこで若干皮膚を裂く痛みが俺の指を襲い、赤い液体が床に垂れる。
「痛っ…」
「ざっ、ザックちゃん!!」
「うぅ…、ごめんセリーヌさん…」




