16-2 精神の仮装で涙腺が火葬
有瀬家を訪れるのは、今日で三回目だ。
慣れるとまではいかなくても、もう緊張はない。
でも今日は前回前々回と違って、城咲さんがいる。しかも仮装して、だ。
あんな美少女のコスプレ姿なんて、眼福しかないじゃん!
有瀬くんのコスも楽しみだなぁ。顔が良すぎることに加えて背も高いから、どんなコスもハマりそう。
あぁー、個人的には執事をお願いしたい……ンンッ、和装もいいな、崩れた浪人風とか間違いなくヤバい……そうだ、陰陽師! 陰陽師コスもいいぞ、たまらんぞ……んあぁ、有瀬くんなら何着ても美味しい! 想像だけで生パスタ、ソースなしで五人前はいける!
有瀬くんに会えるのがこんなに楽しみになるのって、もしかしたら初めてかもしれない!!
ウッキウキで車を降り、ワックワクでアプローチを駆け抜け、ドッキドキで玄関扉を開けた次の瞬間。
「ぎゃあああああ!!!!」
恐怖のあまり、喉から大絶叫が迸った。
ホッケーマスクを装備したホラー映画で有名な怪物殺人鬼が、チェーンソーを手に立っていたからだ!
ザボザボ涙を流しながら、私は中学の時に使っていたスクバから飴を掴んで思いっ切り投げ付けた。武器がこれしか思い付かなかったんだから仕方ない!
「何だこれ、いてっ! いてぇ、いってぇな!? てめえ、ふざけ……いって! やめろ、何しやがる!?」
殺人鬼が悲鳴を上げる。
飴といえど、ハロウィン仕様のウニみたいなトゲトゲのパケだ。それを何度も何度も繰り返し投擲することで、多少のダメージは稼げたらしい。
「那由多ちゃん、何やってんの?」
「うぬには見えぬのか! 殺人鬼じゃ、殺人鬼が現れたのじゃ! ここは呪われた地じゃ! 祟りじゃ、皆死ぬのじゃ!」
怖すぎて大混乱して、ホラーでフラグを立てる老婆みたいな口調になりながらも、私は背後から声をかけてきた志貴さんに縋り付いた。
が、忘れていた。この人も大概雑だということを。
「え」
「あ」
私に力一杯掴みかかられたせいで志貴さんの肩からズルリとシーツが剥がれる。すると、目の前に生おっぱいが現れ出た。
え、この人、今日も下に何も着てなかったの……?
「ぎゃあああああ!? すみませえええええん!!」
再び絶叫し、慌ててシーツを戻そうとするもツルツル滑ってうまくいかない。
こんな雑なコスにサテンなんか選ぶんじゃないよ! 黒く塗った麻の貫頭衣でも着ててくれれば、こんなことにはならなかったのに!
「…………何かあったのか? 父、死んでるみたいだけど」
冷ややかなイケボに振り仰ぐと、階段の上から有瀬くんがポップコーンをモリモリ食べながら、玄関の大惨状を眺めている。
恐る恐る視線を向ければ、ホッケーマスクの殺人鬼は廊下に蹲って顔を押さえていた。
「今日ほど人に殺意を覚えたことはねぇぞ……」
ホッケーマスクの化物殺人鬼――に扮していた真央さんが、低く唸るように声を漏らす。
いやいや、あんなハマるコスしたそっちが悪いと思う。持ってたハンディクリーナーがチェーンソーに見えたくらいだもん。……なんて、恐ろしすぎてとても言えない。
「誠に申し訳ございませんでした。どうか鎮まり給えください」
リビングでフローリングに正座した状態で、私はソファーに座る殺人鬼……ではなく真央さんに三つ指をついてお詫び申し上げた。
わざわざ訂正したけど、人に殺害衝動抱いてる鬼だから、殺人鬼で間違ってなかったわ。
「なるほど、日本語もまともに使えねぇバカなんだな。ウチの中学に手続きしてやるから、そのカッコで来週から通え。てめぇにゃ高校教育なんざまだ早え」
「真央、もうやめたれよ……ぐふっ、閻魔に魔王に殺人鬼に化物って……どんだけ属性増やすんだよ……っぶふ、ファー! ぎゃははははは!」
殺人鬼の隣に腰掛けて笑いを堪えていた志貴さんが、ついに暴発した。
この人もなかなかのゲラだよなぁ。仲裁するならちゃんと全うしてほしい。見学はしたいけど、サラチューに通うのはやだよ。家から遠いし、早起きしたくない。
「新たな猛者が現れたと思ったら、また那由多だったんだな。閻魔と魔王に続いて、殺人鬼と化物も倒したのか」
何故かソファーではなく私の隣に一緒に座っていた有瀬くんが、私のスクバを漁りながらのほほんと言う。廊下に散らばってたキャンディを全部食べてもまだ足りないらしい。
ていうか今日も『息子専用』の腐れスウェットなの、何でなん? コスどこいったのよ?
それが楽しみで来たのに、これじゃ化物殺人鬼に殺意抱かれるわ転校させられるわで散々じゃん!
「猛者って何だよ!? 今回化物退治したのは私じゃなくて志貴さんのおっぱいだからね! 私は大したダメージ与えられてないからね!」
「オイ那由多、お前本気で黙れ。その口、ハロウィンらしく飾り縫いにしてやろうか、ああ?」
「アーッヒャヒャヒャ! おっぱい見てあんなに狼狽えるとかないわー、まじないわー! 真央こそ中坊じゃん! おっきしちゃった? ねえ、おっきしちゃった!?」
憤怒の形相の真央さんにアイアンクローを食らっても笑い続ける志貴さんに、私は心から感謝した。
ありがとうございます、私より一言も二言も余計なことを言ってくれて。おかげで殺人鬼の標的から逃れられました。あなたの屍を越えて、私はこのままエンディングまで生き残りますね。
志貴さんの説得でようやく殺意の波動が収まった真央さんにコーヒーを淹れてもらうと、やっと一心地つけた。
真央さん、赤い顔したまんま志貴さんを連れてっちゃったけど……DVとかしてないよね? 服を着せに行っただけだよね?
城咲さんは支度に手間取っているようで、まだ自室で奮闘しているらしい。
しかし有瀬くんはいつまで経ってもお菓子を食べ続けるだけで、リビングから一向に動く気配がない。
「ねえ、有瀬くんは何のコスプレするの?」
お披露目までのお楽しみに取っておこうと思ったけれどさすがに焦れて、私はソファーの隣で真央さんお手製のパンプキンクッキーを無心に口に入れている有瀬くんに尋ねた。
「もうしてる。吸血鬼だ」
いつもの何も考えてなさそうなぼんやり顔で、有瀬くんが答える。
「きゅ……? 中に衣装を着てるってこと?」
腕まくりした袖からは何も覗いてなかったし、どう見てもスウェット一枚のみ……だったけれども、しかし私は一縷の望みに賭けて再度問いかけた。
すると有瀬くんは私の方を向き、綺麗な目元を怪訝に顰めて言った。
「何言ってんだ? 吸血鬼に衣装なんかいらない。吸血鬼は、こっそり人に紛れて潜んでる。変に目立ったら退治されるだろ」
だから普段着が完璧なコスプレだ……と言いたいらしい。
私はがっくりと項垂れた。
もう、こいつほんとやだ。ほんと雑。雑のくせに快適な雑ライフのためには頭回してくるからほんと腹立つ。
私も、今ほど殺意を覚えたことはないよ……有瀬くんがとんでもない雑野郎だと知っていながら、素敵なコスを期待した自分に!




