16-1 悪那由多「謙遜なんてクソだぜ」善那由多「謙遜なんてウンチだよ♡」
明日から暦が変わる十月の最終日。
金曜日、学校から帰るとすぐに自室にこもり、峯岸さんと電話しながら『恋生き』の次話の相談に乗っていたところ、インターフォンが鳴った。
パパとママは仕事、恒河も部活で、我が家には私しかいない。
渋々一旦通話を切り、階段を降りて応答した。
『那っ由っ多っちゃーん! 今から家に来なーい?』
「わ、お久しぶりですね、志貴さん。はい、行きません。ではさようなら」
さっくり答えて、私はドアホンのモニタをオフにした。
が、しつこくインターフォンが鳴らされる。
ああもう、面倒臭いなー!
「もー何ですかー? 私、超忙しいんですけどー?」
『そんなつれないこと言わないでよー。さて、問題! 今日は何の日でっしょーかー!?』
モニタに顔を寄せ、志貴さんが蜜を含んだように笑う。
久々に顔を見たけど、イケメンとも美女ともつかないこの中性的な雰囲気、やっぱ素敵よね。茉絢が有瀬くんに正論吐かせるほど興奮したのもわかるわー。きっと老若男女にモテモテだったんだろうなぁ。いや、今もモテモテなんだろうなぁ。
「何の日? ハロウィン、ですよね?」
『せーいかぁぁい! ってことで、仮装パーティーしよー!』
仮装パーティー? 何言ってんの、この人。しよーじゃないよ、しないよ。
「えー……いや今、友達と大事な話をしてるところでして。申し訳ありませんが、今回は不参加の方向で」
『留佳と明日香も仮装するよ!』
「すぐ行きます」
高速で掌を回転させて即答すると、私はダッシュで部屋に戻り、峯岸さんに電話をかけ直した。
急遽仮装パーティーに出席せねばならなくなったと告げて、今日の相談の延期を申し出ると、峯岸さんは明らかにホッとした様子だった。
ちょっと失礼すぎん?
自分からお願いしてきたってのに……私、そんなにキツいかなぁ? 一エピソードに十くらいダメ出ししてるだけじゃん。
せっかくなので、ついでにハロウィンの仮装について、何か良い案はないかと尋ねてみたら。
『それなら中学の時の制服でも着てったら? 手っ取り早いし、一度きりの仮装のためにわざわざ買うなんてもったいないじゃん』
といった答えが返ってきた。
さすが峯岸さん! この閃きの鋭さを、是非とも『恋生き』の二人の未来のために活かしてほしい。
キスから心折れて読んでなかったけど、いきなり湧き出た当て馬によるすれ違い開始か、唐突なご都合遠距離決定からの泣き別れ展開あたりが妥当かと思ってたのに、まさかのまさかのセッに進もうとしてたなんて。
ちょっと見ない間に実來と理仁、どうなっちゃてんのよ。あんた達、まだ私と同じ十六歳でしょーが。そんなフシダラなことをするなんて、生みの親の峯岸さんが認めても私は認めないからね! 初心に帰って、キスのやり直しを要求する!
峯岸さんとの通話を終えると、私はクローゼットを開けてクリーニングから戻ってビニールにかけたままのセーラー服を手に取った。
もう半年ぶりになるのかぁ……って懐かしんでる場合じゃないや。志貴さんを待たせっ放しだし、さっさと着替えなきゃ。
「おおー! セーラー服だあ! チョー萌えるー!」
「いや、おおーじゃないですよ。ナンスカ、ソノカッコ」
「え、魔女だよ。真央のリクエスト。どうしても魔女がいいって聞かないから」
律儀に玄関前で待機していた志貴さんは、黒いシーツを纏っただけという何とも無残な格好だった。
やたらモニタに顔近づけてくると思ったら、コス隠しとったんかい。てかこんなのコスじゃないし魔女でもないやんけ。旦那のリクエストなら、もうちょい真面目に応えてやれよ。
てか真央さん、嫁に魔女コスとか要求するのか……ちょっとキモイ。
路肩に停めてあった車に乗り込むと、私は持ってきたゴムで髪を低い位置でツインテにして、クロスさせて軽く編み込んでからバレッタで留めた。ついでにサイドにもピンを刺す。これで中学時代の柊那由多の再現完成だ。
「那由多ちゃん、手慣れてるねー」
「中学じゃ、ほとんど毎日こんな感じで髪まとめてましたからねー。部活の時に邪魔になるから」
「真央から聞いたけど、バレーボール部だったんだっけ? 試合観に行きたかったなー」
「一回もレギュラーに選ばれたことないってこともどうせ知ってるでしょ……ベンチで戦う仲間の勇姿に胸打たれてひたすら泣いてるだけの私を鑑賞して何が楽しいんですか……」
「那由多ちゃん、頑張れーって精一杯声援送るよ? 有瀬家一同で応援団結成して」
「ただの嫌がらせじゃないの! さらに泣かせる気満々じゃないの! バレーはどんだけ人を泣かせて遊ぶかってスポーツじゃないんだからね!?」
涙目になりながら志貴さんと会話している間に、気付けばターミナル駅付近にまでやってきた。
駅周辺は、仮装した人達で溢れている。イベントでもあるのかもしれない。金曜だから盛り上がるんだろうなー。
「…………那由多ちゃん、ありがとね」
有瀬家に近付いてきたところで、志貴さんが静かに零す。
「あーいいですよ。友達もちょっと疲れてたみたいだったから、すんなり了承してくれたし。できれば次回は前もって伝えてくれると助かります」
「そうじゃなくて、留佳のことだよ」
思わず、私は助手席から志貴さんの横顔を見た。
「あの子のために、訓練したんだってね? 努力の方向性はさておき、嬉しかったよ。那由多ちゃんも、留佳のことを大事に思ってくれてるんだってわかって。あの子、何だか毎日楽しそうなんだ。那由多ちゃんのおかげだよ!」
いきなりの感謝に、正直戸惑った。
そんなことないですよ、と出かかった言葉が止まる。努力の方向性については間違ってないはずだから、そこは否定したい。
だけど有瀬くんを大事に思ってる……っていうのは否定できない。
恋人云々はさておき、皆と一緒に力を合わせて支えたいと思うくらい、有瀬くんは大事な友達だから。
それにたとえ志貴さんの気のせいであっても、有瀬くんが毎日楽しそうにしてるなら、そこに私の要素が少しでもあればいいなと思った。ほんのり混じっているかもしれない私のおかげっていう可能性を、否定したくなかった。
「えっと、私こそありがとうございます。あの時、有瀬くんを迎えに来てくれて、本当に助かりました。その節は誠に申し訳ありません……体操着、弁償しなくて大丈夫でしたか?」
多数決で『そんなことないですよ』は取り下げ、私は志貴さんからの感謝の言葉を素直に受け取った。代わりにこちらからもお礼と謝罪を告げ、ついでにひっそり懸念していたことを尋ねる。
「大丈夫大丈夫、そんなの気にするタイプじゃないから。留佳ならたとえ着るとこなくなっても平気で着るよ」
ほぼ廃棄物な傘の姿が蘇る。あーね……。
「那由多ちゃんこそあの後お目々、大丈夫だった? 留佳の話じゃ、目玉がメントスコーラみたいになってたって聞いたけど。帰ってからメントスコーラの動画観せられて、これだこれだって大笑いしてたから私も一緒に笑っちゃったよー」
その時のことを思い出したのか、志貴さんがふふっと小さく笑いを零す。
が、私は笑えなかった。
へーえ? 私が家に帰ってプレゼント開封してまた感涙してた時、有瀬くん、そんなことしてたんだ? すごい温度差だね、サウナで整った気分だわ。
オーケー。あの野郎、いつか必ずしばく!




