15-5 今、我が内に眠る鬼が覚醒す
笑いの発作が収まると、峯岸さんはドリンクのおかわりをオーダーしてくれた。お次はキャラメルラテだ。
「柊さん、消すことは約束するんだけど……一つ、お願い、聞いてくれない?」
オーダーした二つのラテが届いたところで、峯岸さんはもじもじしながら尋ねてきた。
「何だろ? 私にできることかな?」
「というより……柊さんにしかできないことだよ」
それを聞いて、私は再び固まった。
私にできることなんて、泣く以外なくない?
五リットル涙を流しても本当に目玉が落ちないか確かめたい……とか?
そこは私も気になるところではあるけど、実際に落ちたら大変じゃん。限界にチャレンジしたくないなぁ。
「柊さん、お願いします! ワタシの作品に、アドバイスをくださいっ!」
「…………ナシテ?」
カタコトで問い返した。いや、だってお相手は五十嵐先生ですよ?
「だって、柊さんはあの有瀬くんと付き合ってるんでしょ?」
頬が引き攣るのを感じた。
何かさぁ……ここ最近『有瀬くんの恋人』って肩書が、悪い方にばかり働きすぎてんだけど?
卵焼き毎日作ってこいだとか、アンなことヤンなことしろだとか、尻見せろだとか、皆して私のこと何だと思ってんの?
私は平のJKであって、万能便利グッズじゃないんだよ!
「最近、行き詰まってるんだよね……」
「え?」
陰鬱なトーンで絞り出された声に、私は『フィクションみたいに秘められし異能力も無自覚モテ要素も持ってないから他当たってくれ』という言葉を飲み込んだ。
「ワタシ、彼氏どころか好きな人すらできたことないんだ。ずっと空想オンリー、しかも自分じゃない子を主役にした恋愛ばっかり妄想してきたわけ。この頃になって、周りがリアルで彼氏作るようになったのを目にする機会が多くなって、ワタシの描く物語は薄っぺらいんじゃないかって不安になってきて……『恋生き』のストーリーも全然浮かばなくなってるの」
ま、まじか……五十嵐先生、スランプなの!?
やばいよ……『恋生き』が連載休止なんてことになったら、茉絢も城咲さんもメンタル激落ちしちゃう!
「そこで、柊さんに協力してほしいの!」
五十嵐先生である峯岸さんは、私の手を握って縋るような目を向けた。
あ、峯岸さんてば、まつパしてんじゃん。私もまつパしたら今より少しは目が大きく見えるかな?
などとどうでもいい方向に走りかけた思考を振り切り、私は峯岸さんを諭した。
「えーと確か、有瀬くんの観察してたのは、有瀬くんとの恋愛妄想のため、だったっけ? 私を恋人確定するとこまで追っかけてたみたいだけど、あんまり細かいとこは伝わってなさそうだね。あのね、有瀬くんと付き合ってるからって、峯岸さんが期待してるようなロマンチックな話なんざ叩いても出てこねーですよ? 私に協力できることなんてありゃしませんて」
協力したいのは山々だけど、自分なんかがどうにかできそうな問題じゃない。
大体有瀬くんは顔がとんでもなくイケメンなだけで、中身は雑がとっ散らかった赤ちゃんだ。あんな雑な男との雑エピソードが、五十嵐先生の創作の役に立つとは思えない。
『デコチューで変温動物と認定されました』とか『腕組んで雑草食うもんだからワキと肩を持ってかれそうになりました』とか『ポテトにレモンとガムシロぶっかけてキスを要求されました』とか『卵焼きを食う権利を獲得するためにグミごとごっそり髪の毛毟られました』とか『一番よくもらうプレゼントはゴミです』とか、そんな糖度が高いのは彼が食べるお菓子だけみたいな雑な恋愛漫画、読みたい奴なんかいる? 少なくとも、私は読みたくないよ。
私に頼るくらいなら、マメな彼氏がいる子に協力を仰いだ方がよっぽど良いと思うの。
「ううん、そうじゃないよ、柊さん。ワタシ、有瀬くんで恋愛妄想するのはやめたの。だって、リアルが妄想に追いついたんだもの!」
峯岸さんが目を輝かせて言う。
「と、言いますと?」
「ワタシ、一生懸命頑張ったの……でもダメだった。ワタシの平凡ちゃんは、有瀬くんの顔の良さに怖気づくばかりで話しかける勇気すら持てないまま、卒業を迎えてしまった……。だけど高校に入学した途端、あの有瀬くんが恋人を作ったの。それだけでも心臓が十二回転するくらい驚いたのに、しかもそのお相手は城咲さんみたいな完璧超人じゃなかった。ワタシ達と同じ、平凡な女の子だった。そう、柊さん……あなたこそが私の妄想を超えた、リアルにして理想の平凡ちゃんなんだよ!」
えぇ……えぇ……えぇぇぇぇ……?
「柊さん、お願い。平凡ちゃん代表として、ワタシの作品に助言して。どうかワタシを助けて。ワタシの平凡ちゃん、有瀬くんとの恋愛に挫折してから恋する勇気を持てなくなったみたいなの。もう今は、柊さんだけが頼りなの!」
「つまり……有瀬くん関係なく、私個人のアドバイスがほしい、と」
「そういうこと! あ、グループ消しといたよ! だからどうかお願い、柊さんの力を貸してください!」
スマホを見せて、峯岸さんがまた頭を下げる。
…………ああ、そう。そういうことなら。
「言っとくけど……私、少女漫画にはこだわり超強いから、結構キツいこと言うよ? それでもいい?」
腹の底からふつふつと湧き上がる感情を押さえ、私は低く尋ねた。
「もっちろんだよー! 批判、非難、否定、罵詈雑言、何でも来いだよ! むしろ反対意見こそ、作品をより進化させるスパイスになるんだからね!」
そう言って、晴れやかに笑った峯岸さんだったけれども――しかしその笑顔は、即座に失われることになる。
それから数時間に渡り、私は言葉で殴打する勢いで、峯岸さん――否、五十嵐ネミ先生に酷評を浴びせた。浴びせるに留まらず、沈めては死ぬ直前で引き起こしてまた沈める拷問みたいに詰り倒した。
叩いて叩いて叩きまくったのは主に、ずっとモヤってた『恋生き』のキス回。
くっついたばかりの二人の急展開に納得いかないっていうのもあったけど、あれのせいで散々な目に遭ったんだからね! この際だから、思いっ切り言わせてもらうよ!
峯岸さん、私の怒涛の糾弾ラッシュで軽く精神やられたようで、後半は泣きながらゲラゲラ笑ってた。
私も、腹立たしいやら悔しいやら悲しいやらで訳わかんなくなって、ワンワン声上げて号泣してた。




