15-4 オトーサンオトーサン(が)コワーイヨ
峯岸さんは幼い頃から少女漫画が大好きで、小学校になると読むだけでなく描くようにもなったという。
少女漫画の定番では、平凡ちゃんがイケメンくんとラブストーリーを展開する。
峯岸さんも私と同じで、そんな非現実なことが自分の身に起こるわけがないと弁えてるタイプだったけれど、ありえない空想の世界を形にする行為はとても楽しくて夢中になった。
クラスのカッコイイ男子、大人っぽい近所のお兄さん、イケメンなミュージシャン、素敵な俳優さん――そんな人達をモデルに、適度に平凡設定を組み込んだ架空の女の子との恋愛を妄想しては、自分好みのキュンキュンエピソードを描いた。
相手役が自分にならないとこ、めちゃ共感できる。畏れ多いし、妄想しようとしてもねーわって我に返って冷めるんだよね。
そして中学に入学した彼女は、素晴らしいモデルに出会った。
有瀬留佳、当時十二歳。
これまで出会った誰よりも美しいモデルの出現に、しかし峯岸さんは喜びのあまり笑いが止まら……なくなることはなかった。むしろ笑えなかった。理想すら遥かに超えてきた顔貌の凄まじさに、恐怖した。
「だって、どう頑張っても妄想できなかったんだよ……妄想しようにも顔が良すぎて、あんなのと恋愛できる奴なんているの? ってワタシの架空平凡ちゃんもビビって動けなくなっちゃって。それでも、諦めたくなかった。あの鬼クソヤベェ弩級のイケメン相手に、己の妄想力がどこまで通用するか、とことんまでやってやる! って火が点いたんだよね……」
しかし有瀬くんは知っての通り、中身は超有瀬くんだった。
顔に色気はあっても、言動行動その他諸々に色気など皆無。ぼーっとしてるか、お菓子食ってるか、寝てるかしかなく、ちっとも妄想が捗らない。
唯一城咲さんが矢印を向けて突き刺していたけど、それもスルー。
顔の可愛い久月くんでいってみるかと思ったけれど、久月くんも久月くんで平凡とはかけ離れている。あんな可愛い平凡がいてたまるか! 平凡の意味を辞書で調べてこい! と現実に引き戻されてしまう。
「エーセン……ああ、有瀬くんに難癖つけてサラチューの永久戦犯になったアホのあだ名ね。そのアホのエーセンが、何故か有瀬くんと親しくするようになったから、一応頑張って挑んでみたけどそれも無理だったよ。いろいろとアホすぎて。といっても、エーセンもよく見りゃイケメンだったんだよね。アホなせいであんまり認識できなかったけど、あれも平凡枠をギリ掠める程度だったから、多分アホを差し引いてもダメだったと思うわ。チョロ要素はそこまで悪くなかったのになー、何食ったらあんなアホに育つんだか」
八重樫くん……中学の同級生からはやっぱりエーセン呼びなんだね。
すごいね、この短時間で何回アホって言われたのか、数えるのも嫌になるくらいアホ扱いされてるよ。
靴舐め事件のことは知ってるけど、ここまで言われるからには相当なことやらかしてるよね?
城咲さんと同じく、あなたも何してんのよ……ちっとも知りたくないから敢えて聞かないけど。
あと八重樫くんはハンバーグが好きだけど、ハンバーグに罪はないと思う。あの子がアホなのは、食物のせいじゃないよ。そこのところだけはわかってほしいな。
「と、ここまで話したらそろそろわかると思うんだけど……ワタシが有瀬くんを観察してたのは、有瀬くんをモデルに妄想したラブストーリーを描いてみたかったからなのね」
「は、はぁ……」
勢い込んで顔を寄せた峯岸さんに、私は力無い返事をした。
「もしかしてここに私を呼び出したのは、どんなことしてるか教えてほしかったから、なのかな? 実情を知る私としては、夢は夢のまま、触れずに心の宝石箱にしまっといた方がいいと思うよ。私、峯岸さんの夢を壊したくないよ」
真剣に忠告したのに、峯岸さんはからから笑った。
「実情については大体把握してるよ。ゴールデンウィークにお宅訪問したこととか、ファミレスでエーセン達と合流したこととか、久月くん家に集まって勉強会してたこととか、夏にショッピングモール行ったこととか……最近だったら、カフェの個室席で長いこと二人で籠もってたらしいね? で、プレゼントもらって駅の改札前で号泣してたことも知ってる」
峯岸さんの言葉に、ゾッと背筋が冷えた。
な、何でそんなことまで知ってるの?
梨奈ちゃんが城咲さんに怯えてグループ退出しちゃったせいで、例のトークは見られなくなったけど…………その間、私もストーキングされてたってこと?
怖い!!!!
家を特定されて、インチキ臭さ満点の魔法陣と謎いゆるふわポエムが書かれた怪文書投げ込まれるかも!?
学校までの通学路の道筋にお米を撒いて、鳩まみれにされるかも!?
バッグの中に、こっそりオカリナとかハーモニカとかリコーダーとか入れられるかも!?
やだやだ、誰が口を付けたかわかんない楽器とか無理すぎる! せめてケースに入れてほしい!
ドバドバ涙の滝を流し始めた私を見て、峯岸さんは慌ててハンドタオルを渡してきた。
「ご、ごめんね、柊さん。あなたが有瀬くんの恋人だって確証を、なかなか得られなかったからさ。危害を加える気なんて全然ないの。これだけは本当に本当。だから、そんなに泣かないで。今日でこのグループ消すから」
思わず、私は目からタオルを外して峯岸さんを見つめた。
「卒業後もグループの皆にお願いして、有瀬くんの動向を探ってたんだけど、今日で終わりにする。皆にも伝えて退出してもらったから、この通り、ワタシしかいないよ」
掲げられたスマホには、峯岸さんの言う通り、グループには一名のみといった状況が映っていた。
涙で霞む目をスマホから峯岸さんに移すと、彼女は大きく頷いた。
「協力してくれた皆にも、申し訳ないことしたと思ってるの。イケメン鑑賞が好きな子達ばかりだったけど、高校生になったらそれぞれ忙しくなるでしょ? なのにワタシの作品のためになるならって、わざわざ時間を割いて付き合ってくれてたんだよね」
トークの後期が一文での報告のみになったのは、峯岸さんが簡単に伝えてくれればいいから、とお願いしたせいらしい。
「安心して。ストーカーしてまで有瀬くんを追いかけたいって命知らずは、ウチらの中にはいないから。最大級にして最上級は梨奈っちだと思うよ。そもそも皆付き合うどころか口きく勇気も出なかったし、何より守護女神の城咲さんだけじゃなくて、アリセンっていう危険な保護者もいるんだからね。皆、命の方が大事だよ」
「アリセン……って真央さんのこと?」
「そうそう。有瀬先生、略してアリセン。魔王って呼んでる子もいたよ。まさにシューベルトだよね。オトーサンオトーサンってやつ」
何だよ、真央さん、やっぱり分類品目は魔王なんじゃん。
誰が魔王だ、とか言って凄んできたくせに。誰も何も、あんただよ。あんたこそが魔王じゃないの。
「いやいや、あれはオトーサンに助け求めてるんだよ。オトーサンが魔王って最悪パターンじゃん。坊やが救われなさすぎる。オトーサンコワーイヨーって有瀬くんが歌ったら、ダヨネーシッテーターとしか返しようないけどさ」
「ごふぁっ! や、やめーや、柊さ……うけけけけ! シッテーターじゃねーよ! ぐひぇっふぉっふぁー!」
可哀想に、また峯岸さんの笑いのドツボに何かハマってしまったようだ。
まあストーカーっぽい行為はもうしないって言ってくれたことだし、安心していい……んだよね?




