3-1 世紀末なアイツらの行きつけの店が知りたい
「ナユー! 大丈夫なの!? 連絡もなしに休むから、心配したんだよ!?」
ドキドキしながら初めて教室に入ると、中学からの親友、茉絢が飛びついてきた。
長い髪をゆるく編み込んで一つにまとめたヘアスタイルは中学の時と同じ。でも眼鏡は、高校入学を機にフレームを変えたみたいだ。新しい眼鏡以外は見慣れた親友の姿に、私はやっと肩の力を抜いて笑った。
「うん、心配かけてごめん。入学式、一緒に写真撮る約束してたのに、それも破っちゃって本当にごめんのごめん、ごめんの重ね塗りだよ」
「塗り絵じゃないんだから塗らんでいいって。とにかく、ナユの無事な顔見られて良かったよ。昨日の夜にラインもらうまでは、宇宙人にでも攫われたのかと思ってもん」
茉絢は冗談で言ったんだろうけど、私には笑えなかった。
昨日の状況的にはほぼそんなようなもんだったし、何なら今朝の登校は逆に宇宙人になったみたいな状態だったし。
「チッ」
茉絢に教えてもらった自分の席につくと、左隣から舌打ちが聞こえてきた。顔を向けると、見覚えがあるようなないような、キツい顔立ちの女子が頬杖をついてこちらを睨んでいる。
はて、どちら様でしょう?
「……ウザ。マイムマイム号泣女と同じクラスかよ」
ぼそりと彼女が小さく呟く。それで思い出した。
「あっ、そうそう。ええと確か、宅配事業サービスを展開してる会社っぽい名前の……」
「佐川よ、佐川梨奈! 回りくどい思い出し方しないでよね!」
「そうだ、佐川さんだったね。私は柊那由多だよ。結構気まずいけど、これからよろしくね」
「気まずい自覚あるなら、ヘラヘラ笑いながらよろしくしようとするんじゃないわよ! あんた、相当図太いわね!」
佐川さん、またもや般若化しちゃったよ。ウェーブがかった長い髪がメデューサみたいで怖さ上乗せだ。
茉絢も他の子も、石化したのかこっち見たまま固まってるし……えぇー、いきなりしくじった? 『新しいクラスで友達を作るなら、まずは笑顔で挨拶しよう!』ってネットに書いてあったのに。ネットの記事って、やっぱり当てにならないのかなぁ。
ううん、諦めちゃダメ。他にも書いてあったことを実践してみよう!
「佐川さん、どこ中? 私は宝浜中学だよ。タカチュー、ハマチュー、二つの呼び方があって紛らわしいんだけど、どっちに転んでも宝のラの字だけがいらない子みたいな扱いで、ちょっと可哀想なんだよねぇ」
気を取り直して、私は次なるステージ『お互いのことを知り合おう!』に踏み出してみた。
「…………あたしは有瀬くんと同じ、更科中学よ。中学の入学式で有瀬くんに一目惚れして、それからずっと追いかけてたの。ぽっと出マイムマイム号泣女なんかより、あたしの方が彼のことをわかってるんだからね。有瀬くん観察日記だって毎日つけてるんだからね。瞬間的にあたしを出し抜いたくらいで、調子に乗らないでよね」
やったあ、今度は怒らせずにうまく会話のキャッチボールができた! しかもたくさん話してくれたし、いろんなことも教えてくれた!
「わあ、サラチュー出身なんだ! すごいね、全然聞いたことないし、どこの地区なのかも知らないけど。部活は? 私は一応バレーボールやってたんだ。でも下手すぎて一回もレギュラーになれなかったの」
「全然聞いたことないのに略称呼びかよ。すごいと思ってないのが丸わかりでいっそ潔いわね。あたしは有瀬くんと同じ、美術部だったの。有瀬くんにお近付きになるために入部しただけで、絵心は恐ろしいほど全くないわ」
「えっ、ほんと!? 私も絵心全然ないんだー、似た者同士じゃん。ねねね、今から同じテーマで絵を描いてみようよ。それを皆に見せて、どっちが絵心ないか、決めてもらうの」
「フン、あたしと勝負しようっていうの? 上等よ、受けて立つわ!」
佐川さんが不敵な笑みを浮かべて筆記用具を取り出す。
よっしゃ! さらに次のステージ『共通点を見つけて仲良くなろう!』にまで進めたぞ!
「じゃあテーマは『ヨハン・セバスティアン・バッハ』ね!」
「いきなり難易度高いな!?」
「あれれ、怖気づいたぁ? なら私の不戦勝になるけどぉ?」
「くっ……誰が怖じ気づいたって? 悪いけどあたし、難易度が高い方が燃えるタイプなんだからね! そっちこそ敵前逃亡するんじゃないわよ!?」
……といった流れで佐川さんと二人、うろ覚えの音楽室の肖像画を必死に思い出しながら、バッハの顔を描いた。
一時間目が始まる前に何とか仕上がった二つの絵は、教室内に大爆笑を巻き起こした。クラス全員が涙を流し、呼吸困難になり、腹筋を捩れさせて笑い転げる様には、大きなグルーヴ感すらあった。実に熱いひとときだった。
「いやー、梨奈ちゃんの絵、すごかったなー。ベースに人の形を保ってる分、より破壊力が高かったよ。さすが元美術部だね」
「そう? あたしは那由多の絵の方がヤバかったと思うわ。人を描いてるのに人にならないを通り越して未知なる物体になるなんて、前代未聞……ぷっ、やめて、思い出しちゃったじゃない!」
そう言って、佐川さん改め梨奈ちゃんは、机に顔を埋めて震え始めた。
あの後――一年一組初のグルーヴはなかなか収まらず、一限の授業開始時間に現れた英語の先生に皆で怒られた。
でもその甲斐あって、梨奈ちゃんとは下の名前で呼び合う間柄になり、こうして休み時間に語らえるくらい打ち解けられた。結果良ければ全て良しだよね。
疑ってごめんなさい、ネット記事。お友達をありがとう、ネット記事。
「こ、今回はあたしの負けね……でも、諦めないわよ」
笑いを堪え過ぎたのか、ヒューヒューと息を漏らしながら、梨奈ちゃんが瀕死の顔で宣言する。
「いいよ、いつでもかかってらっしゃいだよ。次は梨奈ちゃんがテーマを決めていいよ」
「そっちじゃなくて。絵心もあるけど……有瀬くんのことよ」
有瀬くん、と聞くや、肩周りがまた痛くなってきた。これも幻肢痛ってやつの一種なのかな。
「せっかく友達になったんだし、あんたと仲良くして、あんたのことを分析して、自分にはなくてあんたが持ってる魅力を盗んで自分のものにしてやるわ。いつか必ず、有瀬くんを振り向かせてみせる。友達だからって容赦しないからね。覚悟しときなさいよ、那由多」
「うーん……盗むほどの魅力なんか、家探ししても見つからないと思うなぁ。そこらの廃屋探索した方がまだお宝発見できそうだよ。そんなんでもいいなら、空き巣でも強盗でも何でも好きにやっちゃってどうぞー」
適当に相槌を打ちながら、私はスマホに乗せた指を滑らせた。
「ところで那由多、さっきから何やってんの? もしかしてゲーム? もしかしてもしかして乙女ゲーかな!?」
隣から梨奈ちゃんが、ウキウキした様子で私の手元を覗き込む。
「ううん、そんな楽しいことじゃないよ。世紀末っぽい感じのショルダーアーマー探してるの。肩を保護したくてさ。それらしいのはそこそこ出てくるんだけど、脇までしっかりガードできるタイプはあんまりないみたいなんだよね。困ったなぁ」
ショッピング検索でヒットしたショルダーアーマーの一覧を一つ一つチェックしながら、私は溜息をついた。
梨奈ちゃんは頬を引き攣らせたきり、何も言わなかった。




