3-2 閻魔様は閻魔様という種族
四時間目は、別の教室での授業。
食堂に近い場所だったからお弁当を持って移動して、チャイムが鳴ると同時に食堂に駆け込んだ。
千極高校の食堂には半ドーム状のガラス張りのテラス席があるんだけど、すごく競争率が高いんだって。学校案内のパンフ見てからずっと行ってみたいと思ってたのに、早くも夢が叶っちゃったよー!
私、茉絢、梨奈ちゃんの三人で、春の陽射しが降り注ぐテラスでランチ……すごく楽しかった。
茉絢と梨奈ちゃんは最初こそぎこちなかったけど、乙女ゲーマー仲間だと判明するとすぐに意気投合した。ゲームの話をしてる二人、私より仲良さげに見えてちょっと嫉妬しちゃったくらい。
五限が終わると、担任の先生――茉絢がラインで教えてくれた通り、頼れる姉御って感じのボーイッシュレディだった――が『新生活開始直後だし今日は疲れただろう、心身共に健康第一!』と私達を気遣い、早めにホームルームを切り上げてくれた。
このまま帰るのももったいないってことで、茉絢と梨奈ちゃんと三人で近くのファミレスに行って、ゆっくりじっくりまったり語り倒してきちゃった。
えっへへー。新しい友達もできたし、やっと憧れの高校生活が始まったって感じ! これからが楽しみだなー!
「…………うわぁ、まじかー……」
しかし、ふわふわ綿飴みたいに浮き立った心は、雨に打たれて縮むようにしなしなと萎えた。
ルンルンで帰宅したら、玄関前の短いアプローチに、どどーんとデカいマグロの屍が横たわっていたせいだ。
うっ……戦いを終えたはずの肩が疼く……! 保ってくれ、私の精神!
「おかえり、柊那由多」
「ヒィ!」
驚いて私は飛び上がった。
くっ、仕掛けがあるとわかっていたのにビビらされたよ! お化け屋敷の仕掛けみたいな声のかけ方しないでほしい!
恐る恐る近付いてみると、マグロの口から有瀬くんがのっそりと顔を出していた。
何ともシュールな姿だけど……なのにそれでもどうしてやっぱりカッコイイのが悔しい。マグロに丸飲みにされかかっても飄々として動じないヒーローっぽくて、とても素敵。あんまり明るくないウチの門柱灯も、有瀬くん相手だと、闇の死闘を静かに盛り上げていい雰囲気を醸し出す照明アイテムになるから不思議だわ。
「た、ただいま? 有瀬くん。ええと、まだ八時過ぎだよ? 昨日もこんな時間からスタンバイしてたの? あ、お菓子でも食べる?」
一応の礼儀として形式的に挨拶を返し、私は彼のそばに屈み込んで尋ねた。すると有瀬くんはマグロから上半身まで這い出てきた。
おおー、シンプルな白いTシャツですか!
とても良きです! 高級ブランドの広告みたい! マグロより似合ってる!
「昨日はもっと遅い時間だった。お菓子は食べたいけど食べられない。もう歯磨きしたから。ところでお前ん家の玄関、結構寝心地いいな。自分の部屋より安眠できる。羨ましい、取り替えてくれ」
有瀬くんは私に向き直り、真剣な眼差しで訴えてきた。
うわ、これマジトーンだ。本気で取り替えてくれっつってんのかぁ……。
真顔もイケイケメンメンで惚れ惚れしちゃうけど、滅茶苦茶雑な思考と言動もさることながら、白Tをさらりと纏った綺麗なイケメンの上半身と描写が緻密すぎてやたら生々しいマグロに包まれた下半身とのギャップが凄まじくて、見惚れるどころじゃないのが残念だわ。
にしても玄関の出入口の寝心地がいいって、褒められてんの? 誰にも自慢できないし、ちっとも誇れないよ。
「取り替えるのはちょっと難しいんじゃないかな。取り敢えず工事費の見積もり出してみて、自分で支払えそうだったら私のパパに相談してくれる?」
「わかった。自力で工事できるか検討してみる」
「うん、DIYはやめてね。謎の爆発事故が起きそうだから」
このイケメンなら不可能も可能にしそう……なんて、脳内お花畑な夢見る乙女的妄想はさすがにもうできなかった。昨日今日で有瀬くんのヤベーレベルの雑っぷりを思い知らされたからね。
ここは心を鬼にして、しっかりと釘を差しておかねば。
「ダメか……そうか……ダメか、どうしてもか……」
ああっ、項垂れる下半身マグロな人魚的なイケメン、すごく可哀想……泡になって海に帰っちゃいそう……トロになって口の中で溶け消えそう……って揺れるな、流されるな、ほだされるな! イケメンに負けるな、私!
「あ、あのさ、私からも有瀬くんにお願いがあるの。私のこと柊那由多って呼ぶの、やめてほしいんだよね」
懸命に己を叱咤して引き止め、私は何気に引っかかっていたことを口にした。
「何でだ? お前は柊那由多だろ?」
有瀬くんが首を傾げる。
「だって有瀬くんは、城咲さんのこと城咲明日香ーなんて呼ばないでしょ。城咲さんだって、有瀬留佳ってフルネームで呼ばないじゃない。なのに私だけ柊那由多って姓名きっちり呼びなのって、おかしいじゃん」
「そ、そうか? きっちり呼ぶ方が恋人らしい、と俺は思うけど、どどどん?」
「嘘だね」
目を泳がせて言葉を噛むという非常にわかりやすい行動に、私は刃の如き鋭い突っ込みを放った。
「フルネームセットで覚えたから、どこが苗字でどこが名前かわかんないだけだよね。有瀬くん、今、私に嘘ついたよね。嘘ついたら閻魔さんに舌抜かれるのにね」
「ち、違う、嘘じゃない。盛っただけで嘘じゃない。ギリでセーフだ。セーフなはずだ。セーフ……だよな?」
ぷるぷる震えながら、有瀬くんは私の肩に縋り付いてきた。
ひゃああ、近い近い近い!
美顔接近警報、発令ですよ!
うわぁぁん、ほんのり潤んだ瞳、至近距離で見たら色っぽすぎてクラクラする。そんな目で見られたら、私、私私私……ん? 有瀬くんの髪、まだしっとりしてない? おまけに、ふわっとアクアシトラス系の爽やかな香りが鼻を心地良くくすぐるんですが……おおおおい、ここここのイケメン、ままままさか、ふふふ風呂上がりなのか!?
そりゃお風呂に入ってからここに来てるんだろうけど……お風呂……イケメンの、お風呂……オフッ……オフォ、オフォフォフォフォ!
「どうした、柊那由多。顔色が赤青に点滅し出したぞ。具合でも悪いのか?」
脳内の暴走が顔にまで現れていたみたいだ。私の肩に置かれた有瀬くんの手に、ぐっと力がこもる。
かと思ったら、そのまま引き寄せられ、整いすぎるほど整ったお顔が近付いてきて――待って待って待ってナニコレちょっとまさかキスされるんじゃ何でどうしてこんな流れに――と、やっと焦り始めたところで――ガン! と凄まじい衝撃が額から脳天を突き抜けた。
「オロロロロロロ……」
したたかに頭突きを食らったオデコを押さえて、私は呻きながら蹲った。
「うん、熱いし冷たいし固い。お前、多分変温動物だぞ。体温調節にはもっと気を使った方がいい。水槽で暮らすのがオススメだ」
半白目で涙をはらはら零す私に、有瀬くんは得意気に診断を下した。
しんっじられない!
この人、なんでこんなに雑なの!?
イケメンがデコ・TO・デコで熱を測ってくれるって、普通なら素晴らしい萌えシチュなのよ!? それをどうしてここまで激萎え案件にできるの!?
それに変温動物な人間なんていてたまるか! 人間はどいつもこいつもあいつもそいつも恒温動物だ!!
「……頭突きで記憶をふっ飛ばそうったってそうはいかないよ。そんなんじゃ誤魔化されないからね。私、忘れないからね。有瀬くんが、嘘ついたこと」
涙目で睨むと、ギクッという音が聞こえるくらい有瀬くんは身を震わせた。
最高のシチュを忘れたいメモリアルにしてくれたこの恨み、晴らさでおくべきかぁぁぁ……許すまじ、顔だけイケメン雑野郎!
「嘘つきになりたくないなら、私の言うことを聞くしかないよ! 柊那由多呼びはやめること。柊か那由多、どっちかにすること。わかった? わかったら返事!」
「わ、わかった。どっちかにすれば、俺は閻魔さんに許されるんだな? お前が保証してくれるんだな?」
再び縋り付いてきた有瀬くんに、私は頷いた。
「もちろんだよ。もし誤認で有瀬くんの舌が抜かれそうになったら、この世からでも天国からでも閻魔ランドにすっ飛んでって私が弁護する。閻魔さんだって話せばわかる人……人? 鬼? 超生命体? いや種族はわかんないけど、諦めずに訴え続ければ、有瀬くんは無罪だって理解してくれるはずだよ。それでも閻魔さんが聞いてくれなかったら、逃走経路確保しとくから有瀬くんはそこから速やかに脱出して。それでもそれでも無理そうだったら、代わりに私の舌を差し出す。どう? 完璧な保証でしょ?」
仕上げに任せろとばかりに胸を叩いてみせると、有瀬くんはやっと安心してくれたようだ。
「……お前、いい奴だな」
そして、目を柔らかく細めて、口角をそっと綻ばせて――えっ、笑った? 有瀬くんが、微笑んだ!?




