3-3 映画のタイトルはきっと『振り向けばマグロといる』
ンンンンン!
顔面形状の美しさを堪能するなら、いつもの何考えるかわかんないようで何も考えてなさそうなデフォルト無表情一択だけど、笑顔は別の意味でヤベェスゲェパネェ! だって一瞬とはいえ、私に心を許してくれたってことだもの!
はいっ、愛想笑いとか苦笑いって可能性はこの際無視しますねっ!
ひゃー! ブチ切れ顔と不機嫌顔以外で、初めて感情表現を示してくれたよー!!
親戚が飼ってる俺様気質の元野良猫が膝に乗ってくれた時並に嬉しいーー!!
あいつ、元気してるかなー? 私の顔見るだけでフーシャー威嚇して近寄りもしないくせに、おやつだけはきっちり横取りする根性悪だったなー! 散々泣かされまくったけど、なんか無性に会いたくなってきたなー! 久々にまた泣かされに行ってやるかー!
「…………お前を恋人にして良かった」
親戚の家のクソ生意気な飼い猫のことを思い出していたら――さらに、火の気なしでも燃え上がるような超燃料がぶち込まれた。
デレ、た……? 有瀬くんが、デレた……!?
ぎゃふーーん! ギャフンと言わせるって言葉を聞くたび『ギャフンなんて言う奴おらんわ、言わせられるもんなら言わせてみいや』とか生意気なこと思ってたけど、言わされたわ。言うてもうたわ。言うしかなかったわ。
嗚呼、これが……本当の、本物の、真なるギャフン…………!
「お前のおかげで、閻魔さんによる即死判定を一回回避できるようになった。これは大きい」
が、続いて吐き出された有瀬くんの本音に、私のギャフンは瞬時に消え去った。
ふざけんな、デレたんじゃないのかよ! 私を犠牲にして己の業から逃れようとするな! 私の舌はライフでも残機でもないのよ!
「言っとくけど、有瀬くんが本当に嘘ついた時は庇わないからね。逆に閻魔さんにないことないこと噴き込んで、反論の余地もないくらいに追い詰めるからね」
有瀬くんは、え!? そこは保証外ですか!? とでも言いたげに目を見開いたけど、スルーした。ビックリ顔まで初披露してくれたのはありがたいけど、そんなの拾う余裕もないくらい精神がフリーフォール乗り放題状態で疲労してたので。
そうよ、披露と拾うと疲労をかけたギャグよ。ええ、ええ、引くほどつまんないのはわかってる。でも自己嫌悪に陥るようなギャグをかましちゃうくらい、私とてもとても疲れたの!
「それよりさー、柊にするの? 那由多にするの? 今のうちに決めとこうよ」
投げやり気味に話題を戻すと、有瀬くんは顎に手を当てて少し考えた。
「ヒーラギナユタで覚えたから、苗字の方が言いやすい。でもそうすると、慣れの勢いでフルネームになりそうだ」
「あーもー面倒だなー。こんなの悩んでも意味ない意味ない、とっととあみだくじで決めよ。そうしよそうしよ」
雑にまとめてから、私ははっとした。
ち、違う。これは断じて彼の雑さが伝染ったわけじゃない。そ、そう、これも疲れてるだけ、疲れてるせいなのよ!
「…………あーなーたーたーちー……たーのーしーそーうーねーー……?」
恨めしげな声と共に、ぐっと肩を掴まれる。疲労も自己弁護も忘れ、私は文字通り凍り付いた。
ぐぎぎ、と固まった首を動かして背後を伺うと、至近距離に城咲さんの血走った目がある。だらりと垂れた髪から覗いたその眼差しは、憎悪と怨嗟に満ち満ちていた。
人って、想像を超えた恐怖に見舞われると、全く声が出なくなるんだね。十五歳にして、身を以て知ったよ……。
「明日香、遅かったな。もう寝ていいか?」
「いいわよ」
「良くない! 寝る前にあみだくじ!」
素っ気なく答えた城咲さんを慌てて制し、私はノートに書いたあみだくじを有瀬くんに差し出した。
「何よ何よ、あみだくじって何なのよ。私がちょっとコンビニに行っていた間に、何があったというのよ。トイレついでに、ホラー漫画とホラー小説とホラームック本を立ち読みして、ムック本の付録のDVDを念力で見られないか小一時間ほど頑張ってきただけの間に、どうしてあみだくじの流れになってるのよ」
城咲さんがガスンガスン地団駄を踏んで尋ねる。
城咲さんって、ホラー好きなんだ……納得の嗜好だわ、有瀬くんみたいな良い意味でも悪い意味でもUMA的な存在と、ずっと一緒にいても疲れるどころか、恋心まで抱いちゃってるっぽいんだもん。
「周りに音響くから静かにね。近所迷惑になるからね。ウチの敷石が傷むからね。有瀬くんが、私の名前をまともに呼ぶためのあみだくじだよ。柊那由多ってフルネームで呼ぶのは、閻魔さんのコンプライアンスに引っかかることが判明したの。城咲さんだって柊さんって呼んでくれるし、有瀬くんもそれを見習うべきだと思ったんだ」
どうどうと城咲さんを宥めながら、私はざっくりと説明した。城咲さんはちょっと落ち着いたみたいで、地団駄を止めて私を真っ直ぐに見つめた。
薄暗がりに佇む制服姿の美少女……うーん、美しいことは美しいんだけど、さっきの恐怖演出満載な登場が災いして、翳りを帯びた雰囲気も相まってホラーっぽくてほんのり怖い。呪われた学園を舞台にしたジャパニーズホラー映画のメインビジュアルを飾ってそう。
「あみだくじについては合点理解したわ。それより柊さん、あなたどこに行ってたのよ。校内でも捕まらないし、待っててもなかなか帰ってこないし。もしかしたら柊那由多という存在は幻の産物だったのかもって、己の認識機能を疑ったわよ?」
私からすると、あなた達二人の方が幻の存在寄りですけどね。逆に幻サイドから見ると、私みたいな普通の子は空気すぎて透明人間みたいに感じるんだろうか。
「ちょっと遊びに出かけてただけだよ。それにウチのクラスは今日移動が多かったから……って、私のことを探してたの? どうして?」
「どうしてって、恋人同士ならできるだけ多くの時間を一緒に過ごすものでしょ。あなたが見つからないせいで、仲良しランチもラブラブ下校できなかったじゃない! どうしてくれるのよ! それに、約束……」
声を荒げかけた城咲さんだったが、急にトーンダウンして口ごもった。それからプイとそっぽを向いて俯く。
「柊さん、いろいろ貸してくれるって言うから……待ってたのに……」
そう言った城咲さんの見事なEラインを描く横顔には、照れているような悲しんでいるような、複雑な表情で揺れていて――その時、私は確かに百合沼に落ちた。
なんっぞ、こんの可愛すぎるクリィィチャァァアは!
朝のあの言葉を真に受けて、ずっと待ちぼうけしてたっていうの!? この超絶美少女が、私なんかを!?
百合ジャンルは日常系を浅く齧った程度だけど……これは……っ、萌え不可避……っ!
こいつめー、私を萌え殺す気か、こいつめこいつめ可愛い奴めーー!!
「ごめん……っ、長いこと待たせて、本当にごめんね、城咲さん! もう少しだけ待ってて、今すぐ持ってくる!」
言うが早いか、私はイケメン魚を飛び越え、玄関扉を開けて家に飛び込んだ。そして『ただいまぁぁぁあああぁぁぁぃぃいってきまぁぁぁすぅぅぅすぅぅぅぐ戻るねぇぇぇ!』と家族に挨拶する間に、階段を駆け上がって自室に行き、棚という棚を漁って書籍映像あらゆるものを旅行用のバッグに詰め、階段を駆け下りて玄関から飛び出した。




