3-4 カリスマグロイケメンは恐怖をも伝播する
「お、おまたせ、城咲さん……。これ、約束の品。かなり量があるから、消化するのは、時間かかると思うし、返すのは、いつでも、大丈夫、だからね」
息を切らせながらパンパンに膨らんだ旅行バッグを手渡すと、城咲さんの表情がぱぁっと明るく輝いた。
「あ、ありがとう、柊さん! あの、私……こんなふうに女の子から何か借りるのって、初めてなの。だから、柊さんに声かけてもらえて、その……嬉しかった、のよね」
普段は絢爛に咲き誇る紅薔薇の花束のように華麗だけれど、はにかみ混じりの微笑みは楚々と花開く一輪の白百合のように可憐で……ねえ、この華麗可憐の二面性、どう見ても最高よな?
なのに――こんな最高な彼女が、誰より自分を可愛く見せたい人には全然伝わってないんだろうな。
私のノートを勝手に千切って紙飛行機を作ってる有瀬くんを横目に、私ははぁぁと切なみ成分混じりの溜息をついた。
「有瀬くん、あみだくじ、ちゃんとやったんでしょうね? あみだくじやらずに紙飛行機にしてたら、閻魔さん保証、即取り消すからね?」
「ちゃんとやったぞ。ほら」
有瀬くんがすっかり薄っぺらくなったノートを差し出す。開いて確認してみると、彼が引き当てたのは私の下の名前だった。
「じゃ、これからは那由多って呼んでね。言いにくいかもだけど、頑張って練習してね。これにて今日は解散! 二人共、気を付けて帰ってねー」
結果もわかったことだし、私は有瀬くん並に雑に帰宅を促した。
時刻は既に午後九時半を周っている。電車の時間も考慮してここらで切り上げないと、条例違反になりますし。
「たくさんのお品をありがとう、柊さん。帰ったら早速吟味させてもらうわね。じゃあまた明日」
バッグを愛おしげにギュッとハグして、城咲さんは微笑んだ。
あのバッグになりたい……とちょっと思ったのは、ここだけの秘密だ。
「俺は帰らない。俺はここで寝る。ここがいい。ここは寝心地がいい」
が、問題は有瀬くんだった。
イヤイヤするみたいに首を横に振る、駄々こねイケメンも可愛い……けど、もう本当の本当に帰ってほしい。そろそろお腹空いて我慢できなくなってきたし。ファミレスではドリンクバーメインで、三人でモリモリイモをシェアしただけだから、全然足りなかったし。自分、成長期なんで。
「ダメだよ、補導されたら大変じゃん。昨日はまさかこんなとこで寝るとは思わなかったから止めようがなかったけど、今日は見過ごせないよ。ほら立って。電車なくなるって」
「イヤだと言ったらイヤだ。俺はここをベッドにすると決め……」
開いたその口に、私はポイとキャンディを放り込んだ。
フフン、ウチの中学ではポケットにお菓子を常備しておくのが女子の嗜みの一つだったのよ!
「あーあ、お菓子食べちゃったね。じゃあ歯を磨かなくちゃね。ウチには客用の歯ブラシなんて置いてないから、お家に帰るしかないね」
もぐもぐと有瀬くんが頬を動かす。そんな姿もはい、イケメン。菓子食ってても人の新品のノートを破り散らかしても玄関周りを紙飛行機だらけにしてもはいはい、イケメンイケメン。
「この飴」
「ね、ねえ、寝袋に入っていれば違反にはならないでしょ? だって寝袋は寝床、言い換えれば自室みたいなものじゃない? 自室なら家と変わりないじゃない? 家にいるのと同義なんだから、補導されることはない……はずよね?」
慌てて戻ってきた城咲さんが、懸命に謎理論を展開する。
やっぱりこの人、思考が斜め上下左右螺旋を描いてるなぁ。
「そんなわけないじゃん。それが許されるなら、繁華街は寝袋持った若者で溢れ返ってるよ。昨日は運良く見付からなかったみたいだけど、このまま放置してたらいつかきっと有瀬くんが補導される日が来るよ? 有瀬くんの輝かしい未来に傷が付いちゃうよ? それが嫌なら責任持って、ちゃんと持って帰ってね」
さくっと答えると、城咲さんはバッグごと項垂れた。
「完璧な計画だと思っていたのに……! 寝袋でも条例違反になるとは、盲点だったわ……! 危うく留佳を犯罪者にするところだったなんて……ああ、私としたことが何たる失態……!」
「おい、この飴」
「留佳、帰るわよ! 今すぐ即刻速やかに!」
何か言いかけた有瀬くんだったけど、城咲さんの手で素早く寝袋に詰め直されファスナーを閉められて再びマグロにされた。
マグロで電車乗るのもなかなかデンジャラスな行為だよなぁ、その前にものすごく歩きにくそうだなぁ、周りが全く見えないけど大丈夫かなぁ、などと考えながら、私は門から出ていく二人に手を振った。
「城咲さん、有瀬くん、おやすみなさーい。また明日ねー!」
「明日は留佳が起きられたら迎えに来るけど、遅かったら先に行ってていいわよ。おやすみなさい、柊さん」
城咲さんはバッグを抱えた手を小さく振り返してくれた。
ちっちゃいバイバイかわゆーーとニヤニヤして見てると、マグロも足……というか尾ビレを止めてこちらを振り向く。
「おやすみ…………那由多。また明日」
その瞬間――――私の心臓は、確実に止まった。
名前……呼んでくれた。
有瀬くんが、あのイケボで……私の名前を……那由多、って……。
微妙に間が空いたのは、ヒーラギ部分を無音で発声したからだろうけど……おかげで那由多のナの部分がきちんと発音しきれてなかったけど……確かに、呼んでくれた。あの超雑な有瀬くんが……顔の良さを忘れるくらい超絶雑な有瀬くんが……閻魔さん保証のためとはいえ……ちゃんと、私の言うことを聞いて……那由多、って……。
心臓が止まると、約十秒で意識を失うらしい――が、その前に、私の心肺は瞬く間に自力蘇生した。即座に沸き起こった怒りによって。
イケメンに名前を初めて呼ばれた記念すべきシーンだったのに、何で全面マグロで覆われてるんだよ! モザイクの方がまだマシだよ! バカバカ、マグロのバカ! 赤身も中トロも大トロもカマトロも大嫌い!
ごめん、嘘……違う違う、盛っただけ。嘘じゃない。
嘘ついてないから閻魔さんに舌を抜かれることはない……って私、何をビビってるの!? いつの間にやら、有瀬くんに毒されてる!?
怖ー! イケメンの影響力、怖ー!! これがカリスマってやつかー! そうなのかー!!




