4-1 頭脳は平均以下、お腹はぽよんぽよん、その名は名探偵ナユタ!
「ナユ……ちょっと聞きにくいんだけど、さ」
分厚いレンズの重力に負けたように、俯いた茉絢が固い声で言う。
「ナユってもしかして、彼氏、できた……?」
「んー、そうみたいだねー。私も知らなかったよー」
さらっと答えて、私は数学の課題の見直し作業に戻った。今週末に、全教科の新入生テストが行われると通知されたためだ。
合格したからって浮かれていられるのは、ほんの一瞬だけ。受験勉強から解放されても、喜びに浸る暇も与えられないなんて世知辛い世の中だよね。
茉絢は頭が良いからノー勉でも余裕だろうけど、ギリギリで受かった私にとっては新入生テストも文字通り必死。成績が悪すぎたら、やっぱりあなたにはこの学校に通う資格はありませんって退学にされるかもしれないじゃん。
そんな悲しい末路を回避しようと、こうして嫌々ながらも休憩時間まで復習に勤しんでいるというわけよ。付け焼き刃でも、付けたり焼いたりしないよりはマシだもん。
「ちょっとナユ、真面目に答えてよ! 何で教えてくれなかったの!? 親友だと思ってたのに! ナユのバカ! ナユのアホ! オタンコナス! ウンチ! ウンコ! それからそれから……ええと……そうだ、ウンチ!」
私はやれやれと肩を竦め、問題集から手を離して茉絢の頭をいいこいいこナデナデして宥めた。
茉絢って、ほんと悪口の語彙力ないんだよね。ウンチ、二回言ったし。
「茉絢、そんなに那由多を怒らないであげて」
救いの手を差し伸べてくれたのは、左隣で私と同じく絶賛復習中の梨奈ちゃんだった。
「那由多はいまだに現実を受け止めきれていないのよ。あたしだって信じられないし、信じてないし、信じてやるものかと頑なに受け入れ拒否してるくらいだもの」
「えっ? リナリナ、ナユの彼氏知ってるの?」
茉絢は私の席から梨奈ちゃんの席の前に、シュッと高速で平行移動した。
「よく知ってるわ。同じ中学だったし、同じ部活だったし、未来を共に歩く約束を妄想の中ででっち上げて偽装した仲だからね」
「ねーねー、どんな人なの? 二組の子が一緒に登校してきたとこ見たらしいんだけど、ヤバいレベルのイケメンだって聞いたよ?」
「すごいね、茉絢。梨奈ちゃんの妄想の件には一切突っ込まないんだ。逆に突っ込ませてもらうけど、リナリナって言いにくくない? リナでいいじゃん。リナ一個でいいじゃん。二個もいらないじゃん」
「はあ!? 一緒に登校!? 那由多、あたしそんな話聞いてないわよ! あんた、有瀬くんに何させてんのよ!? もしや彼の家にまで押しかけたのか!? 嫌がる有瀬くんを無理矢理引きずって登校したってのか、おおん!?」
「へー、有瀬くんっていうんだ。引きずられてたのはナユの方だったらしいよ。しかもぉ、腕組んでたってー! ウェーイ! アオハルーい!」
「おい那由多、表出ろ。貴様のゆるふわな涙腺枯れるまで泣かせてやっからよ」
般若化した梨奈ちゃんが物騒なことを言い出したところで、授業開始のチャイムが鳴った。
貴重な勉強時間を浪費しちゃったけど、茉絢の機嫌が直ったから良しとしよう。
でも代わりに梨奈ちゃんの機嫌が急降下したみたい。あーあ、梨奈ちゃんってばまだ般若化したまんま、メデューサみたいに髪揺らしてこっち睨んでるよ……石化の犠牲者が出る前に、何とか次の休憩時間で収めないとなぁ。
「ええっ、ナユの彼氏ってそんなにカッコイイの!?」
「そうよ。正確には未来のあたしの彼氏予定よ。予定は未定だけどね」
今日の四時間目は体育だったので、私達は急ぎ足で教室に戻っていた。こうしている間にも、昼休憩の時間がどんどん減っていくんだから必死だ。
けれどその道中も、茉絢と梨奈ちゃんは私の彼氏とやらの話で盛り上がっていた。
話題の張本人である私は、あんまり口出しすると梨奈ちゃんの般若メデューサ化が促進されるため、黙って愛想笑いするに留めている。
「もーナユってば、いくら照れるからってわたしにまで隠すことないじゃん。今度ちゃんと紹介してよ? ね、お願い」
茉絢が私の肩にもたれて、上目遣いでおねだりする。
低身長眼鏡女子って、ズルいよねー。私もこんな小悪魔テクが使えたら、今頃本物の彼氏がいたかもなぁ……なーんて、ちょっと身の程知らずなこと考えちゃったな。反省反省。
「ちょっと茉絢、有瀬くんを紹介してもらうなら事前にしっかり心の準備をしておくのよ。あまりにもイケメンすぎるから、何の構えもなく目にしたら心停止する危険性があるわ」
梨奈ちゃんが私達の間に割り込んでアドバイスをする。が、茉絢は笑って受け流した。
「まったまたー。リナリナはオーバーだなぁ。心停止なんてするわけないっしょ。わたし、こう見えて結構頑丈なんだよ? 毎日青汁牛乳飲んでるおかげで、風邪だって滅多に引かないし」
「オーバーじゃないわよ。念入りな準備運動はもちろん、魂と肉体の結び付きを強くするためにある程度の鍛錬を積むこともオススメするわ。万が一、魂が抜けたらどうするの!」
梨奈ちゃんは茉絢の手を取って、真剣な表情で訴えた。
「んもー、心停止とか魂抜けるとか、リナリナ錯乱しすぎっすよー。大体そんな殺人級のイケメンなんて、この世にいるわけが」
しかし、茉絢の言葉はそこで途切れた。いきなり白目を剝いて倒れたせいだ。
「ひいーー! 茉絢ーー!?」
突然の事態に慌てふためきながらも、とにかく茉絢を抱き起こす。
良かった、眼鏡のレンズは割れてない。新品のフレームも歪んでない……って無事を確認するのはそこじゃないってば!
ああっ、茉絢の意識と一緒に、私の冷静さも吹っ飛んじゃったみたい!
「…………那由多」
気怠げに自分の名を呼ぶ声を聞き――私は茉絢が最期に視線を向けていた先――自分達の教室の前を見て、すぐにこうなった原因を特定した。
謎は全て解けた!
茉絢をこんな目に遭わせた犯人は、あそこに突っ立ってる殺人級のイケメンだ!!




