14-11 先月は、不意に感動物語を思い出して号泣してたら保護された
どうやって時間を潰そう、なんて考えていたのが嘘みたいに、あっという間に時は過ぎた。
「カフェでこんな長居したの、初めてかも……」
実験のせいで半ばぐったりしながらカフェを出ると、窓の外に広がる景色は夜一色になっていた。
窓のない席でずっと居座ってたから、こんなに暗くなってるとは思わなかった。日が落ちるのも大分早くなったもんだ……といってももう午後九時なんだから、たとえ夏至でも同じだったよね。
「俺が全部払うって言ったのに。那由多の誕生日なのに。好きにしていい日なのに」
会計の時に全額払おうとしたところを無理矢理ワリカンにされたことが気に入らないようで、有瀬くんが不満げに漏らす。
もちろん、プリン・ア・ラ・モードもちゃんと私が出しましたよ。
「有瀬くんはプレゼントなんでしょ? プレゼントが支払いするなんておかしいじゃん。自分の分を払っただけでも大いなる偉業だよ。自腹切るプレゼントなんて、有史以来有瀬くんが初だよ、きっと」
我ながら無茶苦茶な理論だとは思うけど、さすがに全額出してもらうわけにはいかない。ここに来ようって言ったのは、私なんだから。
ドリンクバーがない分ファミレスより高くなるのはわかってたのに、長々と付き合わせた挙句、金まで毟り取るなんて非道な真似できませんって。
「あ、プレゼント、そうだった」
私の無茶苦茶理論に納得した――のではなく、有瀬くんは何かを思い出したようだ。すぐに肩にかけていたスクバを乱暴に漁り始める。
うわぁ、バッグの中、カオスなんだろうなぁ……と若干引き気味で眺めていたら、目の前にラッピングされた黒い四角い箱が差し出された。
「え、何」
「何ってプレゼントだ。俺の分、渡すの忘れてた」
「俺の分って……え? だって使い放題は?」
「俺は明日香のプレゼントだろ? これは俺のプレゼントだ。明日香のプレゼントが俺で、俺のプレゼントはこれだ」
頭がこんがらがった。
んん? 俺が多すぎて何が何だか……ちょっと整理しようか。
「えっとつまり? 有瀬くんを好きにしていいっていうのが城咲さんからのプレゼントで、有瀬くんからのプレゼントはまた別に用意してた、ってこと?」
「うん。それがこれ」
恐る恐る、私は有瀬くんの手から細長い箱を受け取った。
お菓子ではなさそう、だけど……何だろう?
凶器とか兵器とかビックリ箱とか玉手箱とか、そういう怖いものじゃないよね?
「あ、あの、開けてみていい? 探知機とか心配だし」
「探知機は多分大丈夫だ。俺も同じの持ってるけど、引っかかったことないから。これ」
有瀬くんはまたガチャガチャとバッグをかき回して、黒いシャーペンを引っ張り出して見せた。
「那由多のは色が違うだけで、これと同じの買った。他のに比べて壊れにくくていいぞ。買い替えてもずっとこれにしてる」
シャーペンを手にした有瀬くんを見上げて、私は呆然としながら目を瞬かせた。
でも手にあるプレゼントの感触も、目に映る有瀬くんも、消えない。変わらず、ここに在る。
てことは……これ、夢じゃないの?
有瀬くんが、私に……?
有瀬くんが、ちゃんとしたプレゼントを……?
有瀬くんが、わざわざ買って……?
あのクソほど雑な有瀬くんが、ゴミ箱扱いしてた私に……?
理解した瞬間、勢いで目玉が飛び出たんじゃないかってくらいの涙が暴発した。
「うえええええん! 有瀬くううううん! ありがとおおおおお! すんごい嬉しいいいいいい! 嬉しくて死にそうううううう! 死んでも大事にするねえええええ!!」
「……別の意味で死にそうになってるけど大丈夫か?」
「うわああああん! 大丈夫ううううう! 慣れてるからああああ! 有瀬くん、そろそろ帰らないとやばいよねええええ!? 私ならこのままほっといていいよおおおお! 家近いし泣きながら歩いて帰るからああああ!」
「うん、全然大丈夫じゃねぇな。こんなん放置して帰れないだろ。迷子と間違われて保護されるぞ」
「よくあることだからああああ! 何回も保護されてるからああああ! 大丈夫大丈夫ううううえっ!?」
ドカ泣きする幼児みたいになってたら、顔を白い何かに包み込まれた。
「とろけるローズじゃないけど我慢して使っとけ。そこまで臭わないと思うから。今日の体育、器械だったし」
被せられたのは、有瀬くんの体操着らしい。
やっぱりハンカチは出てこないのか……とちょっと思ったけど、確かに今の私の顔面は非常事態だ。もしハンカチを持ってても思い付く余裕もなさそうだし、仮に思い出せてもハンカチじゃこの未曾有の災害は防げない。
あの有瀬くんが気を遣ったくらいだから、相当ひどいことになってたんだろう。
体操着の中でこくこく頷いて、体操着に涙をたらふく飲ませ、体操着を噛み締めて嗚咽を殺し、体操着に残るシトラスの香りごと鼻水を吸い込んで、私は泣いた。泣きに泣いた。
有瀬くんは泣き止むまでそばにいてくれた。
保護も補導もどうせ警察のお世話になるなら同じだと言って、一緒にベンチに座って隣にずっと付いててくれた。
特に言葉をかけるでもなく、ずっとスマホでゲームしてたけど。聞こえてくる音でものすごく下手なのがわかって、軽く……いや、かなりイラッとしたけど。
さすがに一分で十回以上ゲームオーバーする音声を聞かされ続けたら、いくら嬉し泣きの真っ只中でもストレス溜まるって。
結局、連絡を受けた志貴さんが途中の駅まで迎えに来てくれて、有瀬くんは何とか条例の規定時間内には家に帰れたらしい。
有瀬くんにも関係者各位にも大変ご迷惑をおかけしました。誠に申し訳ない。
体操着も、本当にごめん。狂喜の狂乱のザバ濡れ地獄変の大惨事にしちゃって。
綺麗に洗って返すけど、それでも着たくないって気持ちは嫌というほど理解できるから、無理そうなら言ってね……ちゃんと買って弁償しますので……。
プレゼントのシャーペンは、有瀬くんの言った通り、見せてくれたのと全く同じ形の品だった。
青飴をくれる人ってイメージが強いだろうから青色を予想してたけど、何故かカラーは赤だった。




