14-10 君がデレるまで息を止めるのをやめないッッ♡
カフェラテとリンゴジュース、ガトーショコラとプリン・ア・ラ・モードがテーブルに揃ったところで、落ち着きを取り戻した私は次なる質問に移った。
「有瀬くん、筋肉どうなってる? バキバキ? ゴリゴリ? ガリガリ……ではなさそうだけど、実は体脂肪率高いとかある?」
これは結構重要だ。
もし万が一の有事の際、止められるか否かがかかっている。
お菓子ばっか食べてるし、スラッとした外見してても、実は体脂肪率50パーセント超えとかだったりしないかなぁ……だったら私でも倒せそうなのに。それはそれで、健康面が心配になるけど。
「どうってことないと思う。体脂肪率は知らない。紅よりはない、八重樫よりはある……前はあった。今は俺の方が筋肉ないかも。八重樫の高校の部活、結構厳しいらしいし」
久月くんはバッチリ見たからわかるけど、八重樫くんはタンクトップ姿が限界だったから詳細不明なんだよね……。
でも、肩周りと腕はそれなりにムキッてたかな?
陸上部なら足の方がすごいんだろうなぁ……って待て待て待て!?
「有瀬くん、何ばしよっと!?」
「見せた方が早い」
ちょっと記憶の糸を辿っている間に、有瀬くんはブレザーを脱いでネクタイも外し、今まさにシャツのボタンに手を掛けているところだった。
「いいよいいよ! 脱がなくていい! そ、そうだ、腹筋! 腹筋だけ見せて!」
私は半泣きになって、必死に懇願した。
こんなとこ、もし誰かに見られたら、イケメンを脅して裸に剥こうとしたヤバい女子高生だと思われちゃうじゃん!
世間は哀れなイケメンの味方につくに違いないし、ヤバい女子高生は社会的に抹殺されるしかないじゃん!
そうなったら私、城咲さんにお土産でもらったフサフサがモリモリ付いたド派手なカーニバルマスク被って生きてくしかなくなるじゃん!
あれ、夜中に目を覚ました時に視界に入ったら何気に怖いんだからね!?
「腹だけでいいのか。これでいいか?」
乱雑にシャツを捲りあげて、有瀬くんはぽんぽんを披露した。
「…………うひゃー」
有瀬くんの生腹を目にした私の口から漏れ出たのは、情けない悲鳴だった。
自己申告通り、久月くんほどのゴリゴリ感はなかった。
いやいや、それにしたって腹筋きっちり割れてるじゃない……こ、これで八重樫くんより筋肉ないっていうの? もしかして今のDKって皆こうなの? まさか恒河も二年後にはこんなんなっちゃうの? そ、そんなわけないよね? 喧嘩になる度に殺されるじゃん……。
真央さんから筋トレは続けてると聞いてはいたけど、想像の三割増しヤバかった。
夏服の時に見た感じだと腕とか肩とかもしっかり筋肉ついてるっぽかったし……細マッチョの部類なんだろうけど、細かろうがマッチョはマッチョだよ……。
この肉体で己の限界超えた攻撃してくるんでしょ? そりゃパンチングマシンも逝っちゃいますよね!
「…………勝てる気がしない」
「何だ、俺と戦いたかったのか? コンディション整ってないなら、別に今日じゃなくてもいいだろ。誕生日だからって無理することない、今だと思った時が戦い時だ。俺ならいつでも受けて立つぞ。そうだ、俺の誕生日にマッチメイクしとくか?」
「いえ、結構。私、戦いなど知らぬまま生を謳歌したい平和主義者なので」
「そうなのか。てっきり戦闘民族かと。あの父も秒で倒したし……ぅぐ」
「違うよ! 誰が戦闘民族だよ、あれは平和主義者による暴力への精一杯の抵抗だよ! この話は終了! はい、服戻して! いつまでもぽんぽん出してたらおなか壊すよ!」
思い出し笑いを始めかけた有瀬くんだったけど、私が叱ると素直にシャツを戻した。必死に笑いを堪えて震えてたけどね。
あの腹筋でも、八重樫アタックの猛攻に続いて魔王クラッシュ食らったら裂けるかもしれないな……。
「続いていきますよー。有瀬くんは、どうしてお菓子を好きになったの?」
私が質問を口にした瞬間、俯いて震えていた有瀬くんの体が静止した。
え? 何かまずいこと聞いた感じ……?
「…………青飴」
小さな低い声が、耳を打つ。
「昔、青飴くれた奴がいた。お菓子なんか興味もなくて口に入れたこともなかったけど、そいつのおかげでお菓子が美味しいって知った」
その言葉で、私はブレザーの内ポケットの中にある青飴の存在を思い出した。
ああ、だからだったんだ。
有瀬くんが青飴を知っていたのも、青飴をやたら気に入ってるのも。
もしかしたら……今、こうして私と仲良くしてくれてるのも、青飴を持ってたせい、なのかもしれない。
「そ、そっか。青飴がきっかけだったんだね。だから青飴を知ってたんだ。かなりローカルなお菓子なのに、どこで知ったんだろうって不思議だったんだ」
何故か少し凹んで、だけど凹む必要なんかないじゃんと振り切って笑ってみせると、有瀬くんは顔を上げて頷いた。
「うん。そいつにもらった飴見せたら、母がこれは青飴だって教えてくれた。でも顔も覚えてない。向こうも覚えてないと思う」
向こうは覚えてるんじゃないかなぁ……と、私は久月くんと真央さんに写真で見せてもらった幼い有瀬くんの姿を脳裏に描いた。
あんなに綺麗な子に出会ったら、忘れようがないと思う。
その子は今も、有瀬くんのことを忘れてなくて、ちゃんと覚えてて……いつか出会ったら、あの時の! って声をかけて……でも有瀬くんは全然顔を思い出してくれなくて……だけど話してる内に記憶が蘇って……相手が女の子ならきっとロマンティックな展開になるんだろうなぁ……いやいや、男の子でも心温まる友情物語になるし……もしかしたらそこを超えて『性別なんて関係ない、俺にとってお前は運命の人なんだ』なんて狂おしくも熱く切ないストーリーだって期待できる……!
「那由多、何で泣いてるんだ?」
「うぅ……運命とすれ違いに翻弄される二人……行く末はどうなっちゃうの……私はハッピーエンド以外、認めないよ……モブ女子の一員として、さり気なくサポートしながらあたたかく応援しつつ優しく見守りたい……」
「那由多はたまに意味不明なこと口走るよな。はい」
有瀬くんに差し出された紙ナプキンで、私は目を拭く……のはやめて、押さえるだけにしといた。
こんなガサガサしたので拭いたら、目周りが荒れるもん。目周りの皮膚は繊細なんだから、特に私みたいな泣き虫は気を付けなきゃなんだよ。
あーあ、久月くんは綺麗なハンカチ貸してくれたのになー。
まぁ有瀬くんはハンカチなんて持ってなさそうだもんね……いや、あの真央さんなら持たせてるはずだよね? てことは、持ってても持ってること忘れてるんだな、きっと。
そんなんじゃ、恩人の子の顔すら忘れるよね……。
「有瀬くん、その子と再会したら教えてね……! 私、応援するから!」
いまだ涙目のまま、私はテーブルに置かれてた有瀬くんの右手を掴んで握り、まだ見ぬ恩人の子に向けて応援宣言した。
「応援? 何を? どっちも覚えてねぇんだから教えようがないだろ。応援とか、そんな面倒臭いことしなくていいぞ」
なのに有瀬くんは、反対側の手で頬杖をついたまま興味なさそうに吐き捨てた。
こいつは本当に……!
「那由多が今一緒にいるんだから、俺はそれでいい。再会とか別にいらない。求めてない」
綺麗が過ぎる顔の中央、流麗に切れ上がる目尻の下、青みがかって見えるほど澄んだ漆黒の瞳が、曇りのない眼差しで真っ直ぐに私を射る。
一気に怒気が引っ込んだ。ついでにさっき胸によぎった変なモヤモヤも消滅した。
う、うん……青飴の供給源について言ってる、ってことはわかってるんだけどね?
わかってる、けど……いや、それでもこの言い方は……。
「那由多、どうした? また赤くなってるけど、酸素がどうとかの実験再開したのか? その実験、多分失敗してるぞ。窒息死する前に諦めた方がいいと思う」
流れで握りっ放しだった私の手を、有瀬くんが握り返して諭す。
高温に発熱した顔を今更隠すこともできず、私は唇を噛み締めて心の中で叫んだ。
うるさい、黙れ! 何と言われようと、私はこの実験を続ける!
でないと……窒息するより先に、心臓が飛び出して死ぬ!
くそぉぉぉ、有瀬ぇぇぇ! デレと勘違いするような発言するんじゃないよぉぉぉーー!!
八重樫くんの変顔なんか可愛いもんだと思えるほど殺傷力高いわーー!!!!




