14-9 只今、歓喜を酸素に変える実験中
いきなり致命傷を負わされたけれど、ここで止めたらただ怪我しにきたようなもんだ。
これだけ痛い思いしたんだから、それに見合った報酬を得なくちゃ割に合わない!
「笑い止んだ? 止まなくてもとっとと次いくよ。有瀬くん、誕生日いつ? こんだけ盛大に祝ってもらったし、私も仕返ししたいから教えて」
まだ有瀬くんはお腹を抱えて蹲っていたけど、勝手に進めることにする。
「……多分、三月だったと思う」
「多分じゃないよ。思うじゃないよ。そのくらい覚えときなよ。ちょっと生徒手帳見せて」
素直に差し出された生徒手帳によると、三月っていうのは間違ってなかった。
三月二十一日……スリーツーワンで覚えやすいな。私も記憶力にら自信ないから、スマホに入力しとこ。
「一応聞いてみるけど、城咲さんの誕生日は?」
「知らない」
「だよねぇ……本人に聞くかぁ。しっかしさすが有瀬くん、添付写真もイケメンだなー。落としたら売り飛ばされそうだから、大事に持っときなよ?」
「イケメンって何だ?」
……え?
声も出ず、私はカレンダーに誕生日を入力し終えたスマホから、目の前に鎮座するイケメンに目を向けた。
「イケてるメンズ……の略だったかな? 顔が良い男子に使う言葉、のはずだけど」
「顔が良い? ってどういう意味だ?」
おいおい、まさか……。
「有瀬くんさ……顔が良いって誰かに思ったこと、ないの?」
「良い顔ってことか? それなら紅と二人で作った巨大落とし穴にハマった八重樫が、現時点で俺史上ナンバーワンだな。あの時は死ぬほど笑った。スマホに写真あるけど、見る?」
見るけどさ。
見たけどさ。
私も死ぬほど笑ったけどさ。
人の顔面にここまで可動域があるのかと驚いたらさらに笑えて止まらなくなったけどさ。
笑いすぎて変なボタン押して、うっかり連射モードになったってエピでもさらに笑いに拍車がかかったけどさ。
おかげでズラッと並んだ写真の群れが生き生きとした躍動感と臨場感を放ってて、本気で笑い殺されるかと思ったけどさ。
今死んだら『死因、八重樫』になるんじゃないかって想像したらまた笑えて、腹筋も腸も限界寸前まで追い込まれたけどさ。
違うよ……顔が良いと良い顔してるは違うんだよ……!
「あ、有瀬くん、顔が良いとか、イケメンとか、美形とか、言われたこと、ない……?」
息も絶え絶えに尋ねてみる。
「ち、父の、知り合いとか、母の、親戚とか、そのへんには、言われたことある、気がする……けど、人ん家の子を、褒めるのは、礼儀、みたいなもん、だろ……」
有瀬くんが途切れ途切れに答える。釣られ笑いと当時の記憶蘇り笑いのミックスで、こちらも同じく瀕死だ。
有瀬くんクラスにまで顔貌の美しさが突出すると、面と向かって『何とまあイケメンですこと』『カッコイイ! 素敵! 抱いて!』『美形男子よ、今日も眼福センキューだぜベイベー』なんて言ってくる人はほぼいない。言える人がいない、というのが正解か。
高校入学して半年経った今も、ほぼ誰も話しかけたことがないらしいし、ウチのクラスに来た時も皆遠巻きに鑑賞してるだけだったからね。
おまけに有瀬くん本人も、雑ゆえに人の顔の造形に一切興味がないようで、あの美しすぎる城咲さんも『明日香って感じの顔』、可愛すぎる久月くんも『紅って感じの顔』といった適当な感覚でしか認識していない。
というわけで、有瀬くんは自分がイケメンだと自覚してないことが判明した。
まぁ雑だしなぁ。自覚したところで何も変わらないよね。
「じゃあ自分の顔は好き?」
「嫌い。たまに父と見間違えて引くから。鏡に映った時にこっち見る目が感じ悪い」
即答だよ。
てか遠回しに、父親の顔を引くほど感じ悪いって言ったね。確かに感じ悪い顔してるけど。
全部じゃないにしても目なんて特に似てるし、否定できないからフォローもできないや。
「那由多の顔は好きだ」
「へ?」
いきなりの告白に、注文ボタンを押そうとした手が止まった。
「見てて面白いし楽しいから。泣きパターンのバリエーションがあんなに豊富なのは、那由多だけだと思う」
理由を聞いて、納得した。要するに八重樫枠ってことだ。
何だよ何だよ、ドキッとさせといて……と、落ち込もうとしたけど、湧き上がる喜びは押さえ切れなかった。
ううん、八重樫枠でも嬉しい……やっぱり嬉しい……とっても嬉しいぞ……!
こんな人外級のイケメンに、平凡ここに極まれりな顔を気に入られるなど、この先きっとないぞ……!
嗚呼、人生最大の誉れぞ……!!
「……〜〜っ、あ、有瀬くん、スイーツ奢るよ……っ、どれがいい……?」
「何でだ? 那由多の誕生日なのに……顔赤いけど、息でも止めてんのか? 肺活量鍛えてんのか?」
「っううん、内から溢れ出すエネルギーを酸素に変換できないか、っ、実験してただけだよ……いいから奢らせて……感謝の気持ちと栄誉の証として……っ!」
有瀬くんはいつものぽかーん顔で頷き、プリン・ア・ラ・モードを選んだ。




