14-4 面とは線とは点とは何だ? 次元とは何だ?
「おおー、つむじだー。有瀬くんにもつむじがあるんだねー」
「そうなのか。あるんだな」
「ついでにブラシしてあげよう。痛かったら言ってね」
「うん」
椅子に座らせた有瀬くんの形良い頭を一頻り眺めると、私は手持ちのブラシを髪に通した。
しなやかなのに柔らかい。跳ねはあるけど、ブラシは全然引っ掛からない。ってことはこれ、クセなんだ。そういえば子ども時代の写真でも、同じような跳ね方してた気がする。
しっかし艶があって綺麗な髪してるなぁ。雑だしお手入れとかしてなさそうだけど、使ってるヘアケア用品がいいのかな?
「ねー茉絢ー、オイル持ってるー?」
「えー、持ってるけどやめといた方がいいよ。有瀬くんからいきなり香り高いローズが漂い始めたら、学園七不思議になるかもじゃん」
「あーね。オイルはやめとこか、確か三時間目体育だったもんね。汗で流れてベタつきそうだしなー。とろけるローズになっちゃうよね」
「体操着からとろけるローズ臭か。何だか新境地の次世代フレグランスが爆誕しそうだね。流行るかもわからん。有瀬くん、やっぱ貸そうか? 君もローズになってみるかい……?」
「ぶはっ! 有瀬留佳改め有瀬薔薇が爆誕すんじゃん。なってみるかい、じゃないよ。無駄にイケボで囁くなよ。やめたれよ。男臭満ちる中で哀れに咲く薔薇を生み出すんじゃないよ」
「俺は何を生み出してもいいぞ。というか、こんなんでいいのか? それよりアンとかヤン」
有瀬くんが余計なことを言いかけたので、慌てて口に青飴を押し込んで黙らせた。
そうして私が心ゆくまでブラッシングしている間、有瀬くんは飴を舐めながら、学校に着く前に解いたリボンを手持ち無沙汰にいじっていた。
ちなみにあの無駄にゴージャスなリボン、志貴さんが巻いたんだって。ものすごく楽しそうに息子をデコレーションする顔と姿が目に浮かぶわ……。
今叶えてもらったお願いは、『つむじが見たい』だ。
一度しっかり見てみたかったんだよね、有瀬くんのつむじ!
有瀬くん、背が高いから、後頭部をじっくり目にする機会なんて滅多にないもん。つむじの数は一個だったから、ハゲにくいかもね。有瀬くんなら、ハゲてもカッコ良さそうだけどね。
予鈴が鳴ったので、私は有瀬くんに自分の教室に戻るよう促して見送った。
はー、ブラッシングも思う存分できたし満足満足。いやー、今朝はどうなることかと不安しかなかったけど誕生日様々だね。
「那由多コロス那由多コロス那由多コロス……」
席に戻ると、般若化した梨奈ちゃんに出迎えられた。
メデューサ化の方は、茉絢にフレンチツイストに髪をまとめ上げられているおかげで何とか鎮圧できている。
「いーじゃん、誕生日なんだからさー。わざわざ来てくれてるんだし、何かしなきゃ逆に申し訳ないじゃん」
私がヨシヨシと宥めても、梨奈ちゃんの般若化は解けなかった。
んもー、ここぞとばかりに撮影しまくってたくせに、後になって怒るのはズルいと思うんだ。
どうやら有瀬くんは今日一日、休み時間の度にこちらに来て私のお願いを叶えてくれるつもりらしい。
体育の前後はさすがに時間がないだろうからいいって言ったんだけど、頑として譲らなかった。
有瀬くんって、変に意固地なとこあるよねー。
「ナユ、何があっても有瀬くんに食物の名前を言わせないでね。週末に推しのイベント控えてるんだから。ナユだけが頼りだよ!」
茉絢かぎゅっと手を握って懇願してくる。
その必死の形相を見て、次の願い事が閃いた。
うん、休み時間内には無理でも、今日一日かければきっと……。
「……柊さんって、本当に有瀬くんと付き合ってたんだね」
クラスメイトの女子の声に、私ははっとして顔を向けた。
「そうだよ? 嘘なんてつかないよ。嘘ついたら……うん、良くないことだからね、嘘は」
閻魔さんの名を飲み込んで誤魔化すと、他の女子も近付いてきた。
「いや、疑ってたわけじゃないんだけどね? 二人でいるとこ、見たことなかったから」
「実物をこんな近くで見たの初めてだったけど……やっばいね、あれ。ぬるぬる動く立体二次元じゃん。え、でも立体って三次元よね? だけど二・五次元とも違う……あれ? 次元って何? そもそも私達、点で構成された物体よね? だったら世界も存在も等しく0次元なの? 待って、だったら点とは何で構成されているの? 次元とは何?」
さらに別の女子も加わる。
何か激しく混乱し始めたようだけど、大丈夫かな……。
「マーヤンも結構親しげっぽかったけど、やっぱ二次元的なノリで話してんの? マーヤン、乙女ゲーのエキスパートだし、攻略対象と会話するみたいな? どう、ナユチより好感度上げて攻略できそうっすか?」
他の子もやってきて、茉絢の肩を肘でつっついてイジる。
「ちっとも親しくないよ? 攻略対象どころか、ダイエットの敵として認識してるけど? あの野郎、これ見よがしにお菓子食いやがるし、あれ食えこれ食えって唆してくるし。好感度上げたいと思ったことなんざ一度たりともないよ。わたしが可哀想だから、そういう誹謗中傷的な発言はやめてね? 次はねーぞ?」
茉絢がしれっと返す。
また敵とか言ってー! 目の前でお菓子は食うけど、唆してはいないってば!
「要するに、めっちゃ仲良いってことじゃん。あんなやべー美形相手に何がとろけるローズだよ……。アホみたいな話ばっかして、どんなメンタルしてんだ、二人して」
ついには、遠巻きにしていた男子まで参加してくる始末。
茉絢と私は顔を見合わせると、同時に言った。
「顔の問題じゃないからね」
私達の言葉を肯定するように、本鈴が鳴った。




