14-2 金太郎飴の海に突き落とし、髪を毟るのが正しい恋人の在り方
「俺が約束した品だ。明日香にはやらない。俺専用の卵焼きだ」
謎理論を展開して、有瀬くんは城咲さんの目線から外すようにコンテナをさっと避けた。
城咲さんはそんな有瀬くんの幼稚な行動をじっと見つめていたけれど、やがて諦めたように頷いた。
「それもそうね。手作り料理を作って食べさせるのは、恋人ならではという行為ですもの。留佳、早く食べてみて! せっかくなら柊さんに、あーんしてもらう?」
「しないよ。見ての通り、今とても忙しいんだよ。私も早くご飯食べなきゃ、昼休み終わっちゃう」
有瀬くんに勝手に乗せられた謎物体をおこわからせっせと除去しながら、私は早口で告げた。
梅ジャムはどうしようもないとしても、残りは何としても排除して本来に近い形でおこわを味わいたい。
「……うん、甘いのいいな。ケーキみたいでうまい。俺はこれから那由多派になる」
「え、ほんと?」
思わず顔を上げて問い返すと、有瀬くんはもぐもぐ顔でこくこく頷いた。
よし、卵焼きは甘いの派ね。
まだ食べ比べてもらってないから確定ではないけど、後でメモっとかなきゃ。
「そんなに美味しいの? 私も気になるわ……」
相変わらず固形栄養補助食品を齧りながら、城咲さんが溜息をつく。
「じゃあ、城咲さんにも作ってくるよ。こっちは友達同士の約束ね!」
「え? 友達……?」
城咲さんが、大きな目を見開いて固まる。
「え? 私達、友達……じゃないの?」
顔貌こそ大きく違えど、私も同じ表情で固まった。
え? え?
まさか私が勝手に思ってただけ?
城咲さんの中では友達認定されてなかったの?
夏休み終盤の数日のみとはいえ三人で長電話したし、イタリア土産にお高そうなベネチアングラスとデカくて謎い不思議な仮面までくれた仲なのに……だったら私と城咲さんの関係って何?
恋人のサポーターってのは役名であって関係を表すものではないし……か、考えたくないけど、今までずっとただの顔見知りだと思われてたってこと!?
やばー! ナチュラルに友達なんて言っちゃった私、超恥ずかしい奴ーー!
「ご、ごめんね、城咲さん……私、てっきり友達だと」
己の驕った勘違いを詫びようとしたら、隣からぐっと両手を握られた。驚いて見ると、城咲さんが少女漫画のハイライトみたいに目をキラキラさせている。
「そう、私達は友達。私と柊さんは友達。誰が何と言おうと友達よ。だって、柊さんがそう言ったんですもの! 今更嘘でしたー、なんて聞かないわよ? 嘘ついたら、閻魔様に舌を抜かれるんですからね!」
「え、ええ……?」
「卵焼き、楽しみにしてるわね! だって私達、ト・モ・ダ・チ、だものね!」
城咲さんは嬉しそうに念を押すと、固形栄養補助食品を延々と口に入れる作業に戻った。
鼻歌まで歌ってるし……何なの、このテンション?
よくわかんないけど、友達として認めてくれた、ってことでいいんだよね?
「おい、那由多。恋人とも約束しろ。明日も卵焼き作って持ってくるんだ。明後日もだ。毎日だ。手料理は恋人ならではの行為なんだろ?」
今度は何故か、有瀬くんまで面倒臭いことを言い出してきた。
どこまでも変な奴の次は、どこまでも雑な奴の相手か……そろそろ落ち着いてランチ食べさせてほしい。
「何で命令してんのよ。毎日は厳しいって、せめて週一にしてよ。わざわざ早起きするの大変なんだからね? 大体どうして私ばっかり苦労しなきゃなんないの? 不公平じゃん」
正論でビンタすると、有瀬くんは少し考えてから再び唇を開いた。
「わかった、じゃあ俺も那由多に手料理を作」
「おぉっとぉぉお!? いやいや、無理して手料理に拘らなくていいんじゃなぁ〜い〜!? 手料理以外にも恋人らしいことはできるよねぇ〜!?」
慌てて私は有瀬くんの提案を遮った。
有瀬くんの手作り料理なんて、想像だけで胃腸が恐怖で泣き喚くってば……毎日自作のやばい弁当見せつけられてるんだから、それだけはほんと勘弁して。
「それもそうか。あ、そうだ」
有瀬くんが思い付いたように、黒の大きなトートから何かを取り出す。
手にしていたのは、ひらがなグミだった。名前の通り、ひらがなの形をしたいろんな色と味のグミが入ってる知育にもオススメっていう定番のお菓子だ。
パケを力任せに引き裂いて開封する有瀬くんを横目に、私はひっそり肩を落とした。
切り取り線ってもんがあることも知らないのかぁ……雑だなぁ……。
梅ジャム風味のおこわをもすもす食べ始めたところで、左側の横髪が引かれた。
「……何してんの、有瀬くん」
冷ややかな問いは無視された。
有瀬くんは真剣な表情で、ひらがなグミを人の髪にくっつけている。
無心になって遊ぶ子みたいだけど、ほっこり眺めている場合じゃない。私の中で、こいつはやべぇことをやらかす気だぞと警報が鳴り響いている。
「有瀬く……ぎあっ!?」
制止しようとしたその時、左の頭皮がごっそり持ってかれるような激痛が走り、私は鋭く悲鳴を上げた。
「ついてた」
そう言って、有瀬くんは私の髪から抜き取るように一気に引き剥がしたひらがなグミを一つ食べた。
こ、この男、まさか……。
「今のシーン知ってるわ! 柊さんが貸してくれた漫画にあったわよね!? うっかり金太郎飴の山に埋もれて寝ちゃったせいで髪に飴を鈴なりにくっつけてたヒロインに、気になってた男子が飴を取ってあげて『ついてたよ』って言ってパクッと食べるの! 今の留佳みたいに!」
城咲さんの解説に、有瀬くんがよくできましたと言わんばかりに満足そうに頷く。
ちくしょう、やっぱり『飴と無茶は使いよう!』ネタだったかー!
「ほら、恋人らしいことは返したぞ。ゆえに俺には恋人として、手料理を要求する権利がある」
有瀬くんの訳のわからない主張に、涙目になっていた私はさらに涙目になった。
何が権利だよ、こんなの暴挙だよ、ふざけんな!
「異議あり! ついてたんじゃなくて、有瀬くんが勝手につけたんでしょ!? 漫画のあれだって、夢夢海の髪に偶然金太郎飴がついただけであって、皇光が自己都合でつけたんじゃないからね!? ほら、何もかも間違ってるじゃん! こんなの私は恋人としての行為とは認めない!」
「異議を却下するわ。留佳が自ら学び自ら考えて恋人らしいことをしたのよ? この素晴らしい功績は、ノーベル平和賞に匹敵する! 社会にももっと認知を広げて、大きく評価されるべきだわ!」
「そうだそうだ、評価されるべきだ」
どれだけ正論を吐こうとも、二対一では敵うわけがない。
結局、変と雑に押し負ける形で、私は明日二人分の卵焼きを作って持ってくることを約束させられた。
アホなことに時間を取られたせいで、せっかくのランチは一気飲み方式で無理矢理終えるしかなくなったよ。
真央さん、しっかり味わえなくて本当にごめんなさい……文句はあなたのお弁当を台無しにした上に食べる時間まで奪った、あなたの可愛い可愛い息子くんにお願いします。




