14-1 謎食物、やがてイケメンの血となり肉となり
高校生となって初の二学期が開始した。
茉絢はこの夏に行きたかったイベントを全制覇できたそうで、毎日汗だくで駆けずり回った甲斐あって二キロ痩せたと喜んでいた。
見た目的にはあんまり変わって見えなかったし、それよりもバッグの裏にデカデカと描かれた文字の方が気になったなぁ。憧れの声優さんに直筆でお願いしたらしいけど……何だよ、罵詈雑言大歓迎って。痛バの域を超えてるよ。
梨奈ちゃんは海の家のバイトのせいで、綺麗に小麦色になっていた。でも私が紫外線の恐怖を教えると真っ青になってたよ。貯めたバイトのお金はたいて、美白化粧品買い揃えるってさ。
何のために働いたの、って聞いたら失礼だよね……。
楽しい楽しい夏休みは終わった。
となると、次のイベントは…………来月の中間テストかぁぁぁ……。
「何言ってるの? 次のイベントは、柊さんの誕生日でしょ?」
「へ?」
艶やかな長い黒髪を細い指先でさらりと肩に流し、大きく潤んだ瞳を煌めかせながら柔らかく膨らんだ唇を綻ばせ、ママが言うところのフェアリーテイルプリンセスクラスの超絶美少女――城咲さんはやけに愉しげに告げた。
十分で熱中症待ったなしの猛烈な暑さに耐えかねて、梅雨入り頃からランチを過ごす場所は校内に移動した。
因縁のベンチ周りには一応藤棚の日除けがあるけれど、そんなもんじゃ梅雨のどしゃ降りも殺人級の直射日光もとても凌げない。とはいえ食堂はいつもいっぱいだし、教室では城咲さん達の美貌が目立ちすぎてこちらも皆も落ち着いて食べにくいだろうしってことで、いろいろ探して発見したのが旧棟二階の踊り場だった。
全くといっていいほど人が来ないから、そこにレジャーシートを敷いて壁を背に横に並んで昼食を摂るのが、今の私達のランチタイムスタイルだ。
でもここ、寒くなったらお尻から底冷えしそうよね。冬はまた別の場所を考えなくちゃならないかもしれない。
「テストなんてイベントにならないわよ。だったら、小テストだってイベントになるじゃない。ということは、毎日がイベント尽くしってことになるじゃない。そんなの日常と同じよ。よって、テストをイベント扱いすることは間違いだと私は思うわ」
城咲さんによる説明を聞くと、私はほうと感心の吐息をついた。
な、なるほど。学年トップクラスの才女が言うと説得力あるね! 頭の悪い私にも言いたいことは理解できた!
とはいえ……城咲さんほど頭が良ければ、中間も期末もイベントには入らないだろうけど、私には死活問題なんだよねぇ。この感覚のズレはきっと、頭の出来の差なんだろうなぁ。
「那由多、前祝いだ。少しやる」
反対隣からお弁当箱に、得体の知れないナニカがスプーンで放り込まれた。ラムネおしゃぶり昆布カルパス梅ジャムミックスだ。
おいおい、よりにもよって何ちゅー地獄の組み合わせなんだよ……いらないっての……。入れるならせめて空いてるスペースのとこにしてよ……。
真央さん作の絶品きのこおこわが、ラムネおしゃぶり昆布カルパス梅ジャムミックス味になっちゃったじゃないの……。
「わー、ありがとー、有瀬くん……」
軽く泣きたみを覚えて目を潤ませつつ、渋々お礼を言う。
「どういたしまして」
涙でふんわりぼやけた視界に、二次元から抜け出たような麗しき美貌が映る。
少し髪が伸びたおかげで寝癖が付きにくくなったようで、あちこち跳ねてはいるけど無造作ヘアと呼べるくらいには落ち着くようになった。目元の色気は今日もバッチリ健在、長い睫毛が落とす影の憂いと切れ長の目尻の鋭さとの三重奏でコンサートツアーが開催できそうだ。
Eラインの美しさはもちろん、顎から喉のラインも大変に艶めかしい。どこを取っても、はい美形!
なのにこの異次元クラスのトンデモ美形の現在の胃の内容物は、ラムネおしゃぶり昆布カルパス梅ジャムミックスなんだよね……。
そして体内に取り込まれたラムネおしゃぶり昆布カルパス梅ジャムミックスが、近い未来、この美形を作る一部になるんだよね……。
そう考えると、壮大に薄気味悪いなぁ。
と、ここで私は大事なことを思い出した。
「そうだった! 有瀬くん、やっと例の卵焼き作ってきたよ。まだ胃の容量に空きある?」
空腹に染み渡る真央さん弁当の美味しさに夢中で、すっかり忘れてた。夏休みの遅起きが祟って毎日ギリで、ずっと作れなかったんだよね。
新学期が開始して一週間過ぎた今日、私は持参したランチバッグから、ついに約束の品が収められたミニコンテナを取り出した。
「俺は口だけの八重樫と違って、本当に無限に食える。いくらでもかかってこい」
「何何? 何よ、例の卵焼きって。私にも見せなさい!」
有瀬くんの返答に被せて、私を跨ぐようにして城咲さんが身を乗り出してくる。
ひゃああ、ふわっとあったかい体温ががが!
鼻の穴拡張して吸いまくりたいほど、いい匂いががが!
この下賤なる我が身が触れるなど許されないほど、美し麗しいお顔と華奢なお体ががが!
「え、これ、柊さんが作ったの……? 買ったんじゃなくて……?」
コンテナの蓋を手に、城咲さんがほぼ鼻先の距離から尋ねる。
やばい、やばいって!
今ちょっと背中押されたらキスできちゃいそうじゃん!?
ってダメダメ! キスっていうのは心と心が通じ合った瞬間、二人同時に神託が降りて初めて行われる秘儀中の秘儀なんだから!
「う、うん……何回かやり直したけど」
迫りくる美顔の脅威に怯みつつ、私は答えた。
自分で言うのも何だけど、なかなかの出来だと思う。
だって、実際は何回かどころじゃない。有瀬くんにあげるんだからちゃんとしたのを作りなさい! と、鬼講師化したママに何度もダメ出しされ何度も作り直しさせられ、朝から号泣させられながら完成した涙涙の結晶なんだから。
有瀬くんなら多少焦げてようと形が悪かろうと、どうせ気にしないだろうし気にもならないだろうし、気付くこともないだろうから、ちょっぱっで作るつもりだったのに……泣かされるわ遅刻しそうになるわで散々だったよ。理不尽すぎる。
「食っていいのか?」
「くっ、うぅっ……いいよ。あ、城咲さんも食べてみる? 我が家特製の甘めの卵焼きなんだ」
思い出し悔し泣きを堪え、私はコンテナを覗き込む城咲さんにもオススメしてみた。
「ダメだ、これは俺のだ」
が、思わぬ反対意見が飛んだ。有瀬くんだ。
製作者は私なのに、何故一消費者の貴様が偉そうに言う?




