13-11 実はメニューを開いた瞬間から狙ってた
「めちゃくちゃ叱ったが、留佳はちっとも理解しなかった。『相手が降参しなかった』『まだ制限時間内だった』『向こうが勝手に動いて自分で関節を外した』……そればかりで、何が悪いだとか何が問題だとか、全く伝わらなかった」
「うわぁ……城咲さんの歯を折った頃から、ほとんど変わってなかったってことですか……」
そろそろライスのおかわりがほしくなり、私はタブレットを取った。
肉ばっかじゃなくて美容のためにサラダも食べとこかな、サンチュもオーダーしよう。
「その後、すぐにジムを辞めさせた。あいつに格闘技は向いてない。格闘技ってのは、相手を殺す肉のマシンを育成する機関じゃねぇんだ。相手も自分も人を人とも思わず、戦った相手に敬意を示せねぇんなら、どれだけ強くてもその世界に置いておくわけにいかねぇ。本人も大して興味なかったようだから即答で了承したがな。問題は紅だ」
「唐突に名前出てきましたけど、久月くんがどうしたんです? あ、真央さん、何か飲みます? 烏龍茶でいい?」
真央さんが頷いたので、私は送信ボタンを押した。
「紅はあの試合をそばで見ていたんだ。一応、勝者は留佳になったが、お祝いムードなんかどこにもありゃしねぇ。皆が遠巻きにしてる中、紅も近付けずに真っ青な顔して震えてるだけだった。可哀想にな……その時に親友を擁護できなかったことを悔やんで、ずっと自分を責めてるんだ、あいつは」
ああ、だから。
届いたサンチュにお肉とサラダを包んでちょっぴりヘルシー感を味わいながら、私の中で合点がいった。
申し訳なく思っているから、久月くんは有瀬くんの話をする時、いつもあんなに悲壮な顔をするんだ……。
有瀬くんが辞めた後も彼だけは格闘技を続けたのも、親友を庇えなかった弱い自分を倒したかったからなのかもしれない。今度こそ、有瀬くんを守れるようにって。
でも、久月くんに言いたい。
大丈夫だよ、そんなに一人で頑張らなくて。
一人じゃ無理でも、二人なら有瀬くんがどれだけ癇癪起こしたってきっと止められる。
それに有瀬くんだって、人の腕の関節外してケロリン顔だった小学生の頃とは違う。
感情豊か……とは言えないまでも、あんなに楽しそうに友達と戯れ合う有瀬くんがここに在るのは、ずっと支えてきた久月くんのおかげだと思うから。
「その辺のフォローは今夜のメールで私がしときますね。あの……ところで、ちょっと相談が。えっと、こんなこと言っていいのか……怒らないで聞いてくれると助かるんです、けど……」
恐る恐る、私は真央さんに切り出した。
「何だ? こんな話を聞いといて、留佳と別れたいっつったら殺すぞ」
真央さんが殺意をたらふく漲らせて睨む。
聞いといても何も、そっちが勝手に話したんでしょうが! という突っ込みはやめて、私は意を決して口を開いた。
「あの………………シャトーブリアン、いっちゃっていいです?」
次の瞬間、とんでもない衝撃が脳天を見舞った。
真央さんに拳骨を食らわされたのだと知ったのは激痛のあまりギャン泣きした後のことで、泣きながら食べたシャトーブリアンは一口で泣き止むほどとても美味しかった。
「何というか……お前、本当にバカだな」
「人の頭叩いといてそれですか? あーあー、真央さんが叩いたからさらにバカになっちゃったかもぉー? 責任取って、高校に掛け合って私の内申上げてください!」
「無茶言うな。たとえ自分の学校の生徒でも、お前みたいなバカの成績改竄なんざできるか。でもまぁ……バカの方がいいのかもな。賢いと、紅みたいに考えすぎちまうから」
「褒めるならストレートにお願いします!」
「褒めてねぇよ。お前のどこに褒める要素がある?」
焼肉屋を出た後は、いつものように真央さんに家まで送ってもらった。
にしても、やっぱりあの拳骨は納得いかないなー。注文していいなら、拳骨落とすことなかったじゃん。
「ていうか、何で私なんかに有瀬くんの昔話を聞かせたんですか? 別にいいって言ったし、あんまり話したくなさそうな感じだったのに」
今もまだ疼く頭を、これ見よがしに撫でながら尋ねる。
向こうは運転中だから見てはくれないし、見てもスルーだろうけど、でもやっぱり納得いかないものはいかないの!
「何でだろうな……お前ならいいか、と思ったんだろうな……多分」
真央さんがそっと零す。
「えらい抽象的かつ他人事な言い方ですねー。私みたいなバカの手も借りたいほど、息子が心配だったからって、素直に言えばいいのに。息子くん大好きパパちゃんだってことはバレてるわけだしー?」
「おい、お前」
「でもね、真央さんが心配することないですよ」
一気に不機嫌へ急降下した真央さんの声を遮り、私は明るく告げた。
「有瀬くん、すっごい成長してるから。私の話に共感してくれたり、興味なくても付き合ってくれたり、自分と向き合って学ぼうとしてくれたり、そういう優しさとか思いやりみたいなのもちゃんと育ってますよ。だから、そんなに心配しなくて大丈夫だと思うな」
笑ってみせたところで、家に到着した。
「真央さん、いろいろありがとうございました! 二学期のお弁当も楽しみにしてますね」
「那由多」
シートベルトを外して車の外に出ると、真央さんに呼び止められた。
「留佳を、頼んだぞ」
真剣な目に射られても、もう胸は痛まなかった。
偽物の恋人だからって、罪悪感に苛まれることもない。
だって、私は――私も――。
「任せてください。じゃまた再来週!」
笑顔で手を振ると、真央さんはふっと力が抜けたように笑って片手を上げた。
去っていく車を見送り、私は胸に芽生えた小さな決意を確かめるように拳を握った。
噛み付いたり殴ったり突き落としたりすることでしか意思表示できなかった、雑すぎる有瀬くん。
でも私なんかに頼るほど、こんなにも真央さんに愛され、志貴さんに慈しまれ、久月くんに大切に思われ、ゆっくりと育ってきた皆の大切な人。
恋人だろうとそうじゃなかろうと、関係ない。
恋人じゃなくなったって、変わらない。恋人の役割を終えて誰かと交代したって、変えたくない。変わりたくない。
私もチーム有瀬留佳育成会の一員となって、皆と一緒に大きな赤ちゃんを育てたい。成長を見守りたい。いざという時は止めて、叱って、いろんなことを教えていきたい。
問題は、恋人を解任された時に有瀬くんが私を友達として再受付してくれるかどうかだけど……まあ、その時のことはその時に考えよう!




