13-10 【悲報】お菓子じゃバカは治らない【大惨事】
「何にも興味を示さねぇ奴に喜怒哀楽を教えるってのは、キャンバスも画材も持たねぇ状態で絵を描くようなもんだ」
「あ、そういえば有瀬くんって中学の時は美術部だったんですよね? やっぱ画伯でしたか? それとも志貴さんの血を受け継いでめちゃうま?」
ふと思い出したので、ついでに聞いてみる。
「……少なくとも俺には、何を描いてるんだかさっぱりわからなかったな。志貴は笑いすぎて、過呼吸まで起こして大変なことになっていた。多分まだ志貴が持ってるだろ、今度見せてもらえ」
真央さんは溜息混じりに言って、お肉を私のお皿に寄越した。
有瀬くんは画伯、また一つ情報が増えたよ。
喜怒哀楽の教育に難航していた矢先、思わぬ事態が起きた。何と、あの息子に自ら興味を持つものができたのだ!
「そ、それって……もしや」
「そう、お菓子だ」
真央さんの答えに、私は脱力した。そこまで根深いのか……有瀬くんのお菓子愛は。
お菓子という興味の対象を得てから、息子の情緒はみるみる発達した。
久月くんというお友達ができたのも、彼の名前がクッキーに似てることから、自ら話しかけて打ち解けたおかげだ。
久月くんに和菓子という新たなジャンルを教えてもらって胸が浮き立つのは、喜びという感情のせい。
そんなお友達をいじめた子をぶん殴ったのは、怒りという感情のせい。
お菓子禁止を言い渡されて落ち込むのは、悲しみという感情のせい。
かけっこで一等賞になったご褒美のお菓子を心待ちにするのは、楽しみという感情のせい。
「とはいえ、根本はあんま変わってなかったみてぇだがな……あいつ、無駄に身体能力高いだろ? あれは己の限界を無視してるからだ」
真央さんの静かな呟きに、ボッキリ折れたパンチングマシンの無残な姿が脳裏に蘇る。
「普通はこうしたら痛い、こうしたら折れるかも、こうしたら壊すかも、と無意識に考えてセーブされるもんなんだ。なのに、留佳にはそれがない。相手にも自分にもな」
それに気付いた真央さんは、自身と他者の限界を学ばせようと知り合いのジムに息子を預けた。市井さんのところの、キッズなんちゃらとかいうやつだ。
久月くんも興味を持ってくれたので、一緒に通うことになった。
城咲さんも通いたがったそうだけれど親に止められ、それでもジムに勝手に忍び込んで混じろうとするものだから、仕方なく真央さんが直々に手解きすることで納得させたらしい。
何だよ、私より先に弟子がいたんじゃん。幼子に優しく教えられるなら、私にももうちょっと加減してくれても良かったじゃんね。
てかやっぱり城咲さんも戦闘民族なんだぁ……しかも、各務真央から英才教育受けてるんだぁ……。驚くより、ですよねーって感想しか出てこないわ。
「結果は大失敗だった。今も後悔している。最初から誰にも頼らず、俺が教えれば良かった。同年の子達の方が共感しやすいだろうなんて考えた、自分の浅はかさが本当に腹立たしい」
心底悔やんでいるようで、真央さんは片手で顔を覆って俯いてしまった。
さすがに、私も茶化すことはできなかった。その間に、お肉が焦げる前にそっと自分の皿に避難させたけれども。
美しい顔貌で華々しく目立っていた有瀬くんは、一人の男の子に目を付けられた。
その男の子は有瀬くんと同じ小学校のクラスメイトで、久月くんの話によるとどうやら城咲さんに好意を抱いていたらしい。
学校では城咲さんの目もあって手出ししなかったものの、彼女のいないジムでは今こそ憎きライバルを叩きのめす時だとばかりに、たちの悪い絡み方をし続けた。
寸止めがルールのマススパーでも平気で打ち込んだり、ひたすら関節技の練習に付き合わせて筋を傷めさせたり、マシンの設定を勝手に変えてとんでもない速度で延々と走らせたり。でも、有瀬くんは全然気にしてなかったみたい。
城咲さんの時と同じだったんだろうね。反応しないもんだから、どんどんエスカレートしていって……ってところまで想像ついたよ。
そしてその事故は、地区大会の試合で起こった。
初めての大きな試合、しかも昇格の可能性もあるとのことで、件の男の子は気合十分で挑んだ。
その初戦の相手が、有瀬くんだった。男の子はいつも何の抵抗もしない有瀬くんをなめていたそうだから、楽勝だと思ったんだろう。
「開始して秒で、何の躊躇も何の加減もせず、日常動作みたいに腹に蹴り食らわせて関節キメやがって……あんなもん、小学生にゃどうしようもできねぇよ。大人だって、あんなふうに襲われたら一溜りもねぇぞ」
呻くような真央さんの声に、お肉が口から溢れ落ちそうになった。
いやいや……やっと地獄から抜け出たとこなんだから、ビビらせないでほしい!
何が起こったかわからないような顔をしていた男の子だけど、すぐに自らを襲う苦痛に気付いた。しかしバカにしていた相手に降参してなるものかと、必死に抵抗した。
有瀬くんの技は完璧に極まっていて、抜けられないと悟っても懸命に堪えた。
その間、有瀬くんはちっとも動かなかった。置物みたいに男の子の腕を捕らえたまま、ぼんやりと空を仰いでいた。
いつまでも終わらない苦痛は恐怖に変わり、男の子はついにパニックに陥った。
「で、そいつがおかしな方向に暴れて、関節が外れたんだ……」
なのに、有瀬くんは微動だにしなかった。審判に止められて、やっと手を離した。
男の子は腕の関節だけでなく蹴られた内臓も傷めていて、即入院となった。
退院後はジムを辞めたのはもちろん、学校まで転校したらしい。




