13-8 我こそは腹を笑う奴絶対許さないマン
「いや、那由多ちゃん、泣きすぎでしょ。このくらい全然平気だよ。あーあ、久々に相手してもらったのにやっぱ一発も取れなかったぁ、悔しいなあ!」
学校が開始することを考慮して、真央さんが顔はやめなボディにしときな方式を取り入れてくれたおかげで、久月くんの可愛い顔には傷一つなかった。でもお腹や腕や足のあちこちに刻まれた痣が痛々しい。というか痛い。
うぅ……この共感性の高さが今は憎い。
「てことは、俺が鈍ってたわけじゃねぇんだな……」
スポドリを飲みながら、真央さんがしれっと言う。たった今自分がフルボッコにした相手を前にしても涼しい顔だ。
そういう世界なのでしょうけれど、か弱い乙女には理解できないわね。
「那由多ちゃん、動体視力と反射神経がすごく高いんですよ。筋肉もそこそこあるんじゃないですか?」
久月くんもフルボッコにした相手に平然と笑う。
格闘技の世界、やっぱ怖い。この件が解決したら、二度と関わらないようにしよう。
「どうしてお前がそんなことを知ってる?」
真央さんが久月くんのお腹に湿布を貼りながら尋ねる。
「音ゲーがものすごく上手かったんですよね。プレイするのは初めてだって言ってたのに、ほぼ満点で。あとは留佳が暴露したんですけど、見た目より重量が」
「ちょっと! 体重の話は忘れてって言ったよね!? 何で言うの!? 乙女の秘密を何だと思ってるの!? 今度こそ忘れて、さあ早く!」
慌てて久月くんに掴みかかり、私は半泣きで訴えた。
「確かに筋肉量はやたら高いな。ぽよんぽよんの腹してるくせに」
さらに真央さんまで余計なことを漏らす。
「二人共いい加減にしろよ!? 人が気にしてることを人が気にしてることを人が気にしてることを! 私が閻魔様なら、即舌抜きコキュートス直行コース一択だからね!? 二人まとめて、乙女を傷付けた口ごと凍ってしまえ!!」
可愛い顔した鬼とモロ鬼顔の鬼の二鬼に全力で非難すると、私はオイオイ泣いた。
もう泣くしかないでしょ、こんな非道なことされたら!
真央さん曰く――私は中学の時、バレーボール部に所属していたものの、一度もレギュラーになれないまま、三年間ほぼ基礎練に費やしていた。先輩、同級生、後輩達と過ごせる時間が楽しくて、部活はもちろん朝練も休んだことがない。
むしろ一度でいいからレギュラーに選ばれたくて、自主練にも勤しんでいた。だけど悲しくなるほどのノーコンで、受けることは得意でも狙った場所に球をトスできないわアタックどころかサービスまでほぼ入らないわで、結局レギュラーの夢は潰えた。
とはいえ練習だけは誰よりも熱心に頑張ってきたから、そのおかげで無駄に筋肉と反射神経と動体視力が発達したんじゃないか――とのこと。
「体力がねぇのは、心肺機能がついてきてないからだろうな。すぐへばるくせに、やたら復活が早いのもそういうわけだ。生まれ持っての身体の資質がずば抜けてるってのが一番大きいんだとは思うが……何でこんな訳わかんねぇ育ち方してやがるんだ、てめぇは……」
真央さんが憎悪すら滲ませた眼差しで私を刺す。
睨まれても知らないよ! というか睨まれる理由がわからない!
「これで根性さえあれば、なかなかの逸材なんだけどね……本当にいろいろと惜しいよね……」
市井さんが溜息をつく。
何でそんな残念な生き物を見るような目で見るのよ? 頼まれたって格闘技なんてやりたくないってば!
「那由多ちゃんほどの素質があれば、僕もプロ目指したのになぁ……各務真央をボコボコというか、あんなにポコポコしたのなんて、那由多ちゃんが初めてだろうな……いいなぁいいなぁ……」
久月くんが羨望の目を向ける。
格闘技なんて絶対やりたくないから才能なんかいらないよ。その可愛い顔と交換してよ。最大限に使いこなすから。
「まあ……認めたくねぇが、俺が教えるべきことはほぼクリアしたな。精神力も多少は向上したし、相手に一発入れる技量も持ってる。後は力の入れ方くらいだが、そこは自主練でどうにかできるだろう。週一くらいで様子を見てやるから、ここに来い。来週はちと忙しいな……再来週の土曜、夜六時でいいか?」
真央さんがスマホをチェックしながら尋ねる。
「と、いうことは……?」
頷きながら、私は問い返した。
「今日で俺のトレーニングは終了だ。お疲れ、那由多」
真央さんの拳がこちらに向けられる。
グータッチを求められたのだとわかったから、私は呆然としながらも拳をこつんと当てて返した。
終わった……? 終わったのね……?
ぃやっ……!
「ったーー!! ついに地獄から解放だーー!! っしゃー、現世に戻って遊ぶぞーー!! ヒャッハァアアーー!!」
バンザイして立ち上がり、私は凱旋とばかりにジムを駆けた。嬉し涙がキラキラと私の軌跡を描いて、皆の目には少女漫画のエフェクトみたいに見えて……るといいな、と思った。
うん、多分見えてない。皆揃って、すんごい呆れた顔してたから。
どうせヒロイン演じるレベルの顔じゃありませんよ! 悪かったね!
久月くんは夏期講習のオンライン授業があるため、先に帰るという。
早く安心させてあげたかったから、私は問題が解決したとだけさらっと伝えた。久月くんは目を丸くしていろいろ聞きたがったけれど、本当に時間がないようで、後ろ髪を引かれるようにしてジムを去っていった。
詳しくはメールでお送りします!
「最初はとんでもないアホの子が来たってドン引きしてたけど、君、いい子だね。真央くんが肩入れするのもわかるよ。留佳くんと仲良くね! 気が向いたら、入会してくれていいからね! いつまでも待ってるからね!」
市井さんの言葉に、私は頬が強張った。
何よ、アホの子って。気が向くことなんか永遠にないから、いつまでも永久に待ってればいいよ。
この人、悪意なく息をするように無礼を働くタイプなんだろうなー。私とそっくりじゃん……身につまされて心が痛い……。
カフェで最後のご褒美、たらこクリームパスタをいただき、荷物を取って駐車場に向かうと、子ども達もちょうど帰るところだった。
「あっ、各務真央をポコポコしてた人だ!」
「泣き虫のお姉ちゃん、ばいばーい!」
「ぽよんぽよんのおねーちゃん、さよーならー」
「ちょっ……待て、最後の奴! 言っちゃいけないこと言ったよね!? 子どもだからって何言っても許されると思うなよ!? 私は許さんぞ!?」
追いかけて説教してやろうとしたら、肩を掴んで引き戻された。
「あれくらい可愛いもんだろ。少しくらいファンサしてやれよ。お前こそ煽り耐性低すぎるんじゃねぇのか?」
しかし、ちょうどやって来た真央さんに吐いた言葉をしっぺ返しされると、悔し涙を滲ませて唇を噛んで黙る他なかった。




