13-6 【ゆるぼ】恋人の返しがクソつまんねー時のリアクション
「えっ、城咲さん、明日帰ってくるの!?」
『うん、ちょっと早まったって母に連絡あったらしい』
「良かったじゃん! 有瀬くんも寂しかったでしょー?」
『特には』
茶化し気味に聞いてみたけれど、有瀬くんの平坦な声音からは本音かどうか判別できない。
強がりなのかなぁ? でも有瀬くんに限っては、嘘はつかないはずなんだよね。
強がりはサプライズとおんなじで、嘘に入らないのかも。
真央さんのトレーニングと平行して、有瀬くんとの夜の情報交換通話は続けている。地獄の後のイケボ天国は、癒やしのひとときだった。よく似た声で怒鳴られ続けた後だから、尚更だ。
けれども、城咲さんが帰ってくるなら今日で終わりにしなくてはならない。
『何で?』
その旨を告げると、有瀬くんは不思議そうに問い返した。
「だって城咲さんが帰ってくるんでしょ?」
『うん。明日香がいたら何かまずいのか?』
返答に詰まった。
確かにやましいことをしているわけじゃない。でも、城咲さんは家でも常に有瀬くんの様子を窺っているという。
真央さんに禁止されているとはいえ、今も盗み聞きしている可能性は高い。おかしなことを言おうもんなら、カチコミ第二弾、城咲明日香編の開幕待ったなしだ。
時間さえ気にしておけば防げた真央さんと違って、あちらは何がトリガーになるかわからない。
隣に爆弾置いてるみたいな状況で、おちおち落ち着いて喋ってらんないって……。
しかし城咲さんの監視が当たり前になっている有瀬くんには、この黒ひげ的なハラハラ感が理解できないようだ。
「うーんとね、私達二人だけで喋ってたら、城咲さんが仲間外れみたいになるでしょ? 逆の立場で考えてみてよ。私が城咲さんと仲良くお話してて、有瀬くんはぽつんと一人ほっとかれてるの。何か嫌じゃない?」
というわけで、私は別の方向から解説を試みた。
『……何か嫌だな』
少しの間を置き、有瀬くんが答える。
お、良かった。また特には、って言われたらどうしようかと思ったよ。
「城咲さんは私にも有瀬くんにとっても大事な人なんだから、自分がされて嫌なことするのは良くないよ。あ、そうだ、城咲さんがオッケーしてくれたら三人で話さない? 向こうでのお土産話も聞きたいしさ」
『三人か。わかった、明日香に聞いてみる』
有瀬くんがお願いすれば、城咲さんならあっさり乗ってくれるよね!
この三人で通話するなんて初めてだから、楽しみだなぁ。明日からは美少女の美ボイスも独占できるぞ。
美ボイスとイケボ、夢の共演! 耳から全身癒やされそう!
……でも。
「あーあ、早く直接顔見て話したいなぁ。新学期まであとちょっとなんだけどねー」
つい、本音が漏れた。
慌ててお口チャックするも、時既に遅し。
やばい、私への恐怖克服中の有瀬くんに、余計なプレッシャーを与えたかも!?
『うん、俺もそう思う』
有瀬くんの言葉が鼓膜から脳に達して理解の域に届くや、心臓が跳ね上がった。
え、まじすか……?
「あ、有瀬くんも、私の顔見て話したいって思ってくれてるの? ほんとに? 嘘偽りなく?」
『何で嘘つく必要あるんだ? 舌を犠牲にするほどのことか?』
そう……そうだよね。
怖くて電話を拒否できないにしても、嘘つくことはないもんね?
あの有瀬くんが、最恐の閻魔さんを敵に回すなんてこと、するはずないもんね!
「良かったぁぁぁ……私の一方通行じゃなかったぁぁぁ、ほっとしたぁぁぁ……」
『大丈夫、対面通行だ。逆走にはならないから違反は取られない』
何だこいつ、クソつまんない返しするなぁ、と思ったけど口には出さなかった。でも間違いなく、顔には出ていただろう。電話で良かった。
そう、電話じゃ表情が見えないから、こうして黙ってしまえば本心は簡単に隠せる。
有瀬くんの方にしたって同じだ。言いたくなければ言わなければいい。嘘をつかずにやり過ごす方法なんて、いくらでもある。
だから毎晩話そうと、情報は得られても本当の心は掴めない。実際に顔を見たところで表情筋が仕事サボり魔だから大して参考にはならないけど、声だけじゃもっとわからない。
やっぱり顔を見て話さないと、気持ちは伝わらないよね。
好きなものはどれだけ好きか、嫌いなものはどれだけ嫌いか、きっと顔を見れば電話よりわかるはず。
でもまあ、とにかく良かった。
有瀬くんも、私とおんなじで顔見て話したいと思える程度には怖さが薄れてきたみたいで。
おかげで安心して新学期を迎えられるよ!
しかし新学期に元気に登校するためには、この地獄から脱獄せねばならない。
「よし、このくらいでいい。休憩の後は、今日からスパーリングを始める」
「ひぃひぃ……はひぃん……」
真央さん相手にタックルし続けるという無限の激突死から解放された私は、涙と汗で失われた水分を補給しながら情けない返事をした。
いやもうね、初めてタックルした時は方向を誤って壁に激突したのかと思ったよ。何が起こったかわからないまんま、衝撃で気を失ったからね。
あのジャージの下、どうなってんの? 脳筋どころか細胞まで筋肉でできてんじゃないの?
「真央くん、防具ここに用意しといたよ」
「市井さん、こっちはいいから向こうに行っててくれ。それと、見世物じゃねぇと釘刺しといてくれないか。あいつら、全然トレーニングに身が入ってねぇ。視界に入るとイライラする。親に金払わせといて何しに来てやがんだ、ったく……」
苦笑いする市井さんに、真央さんは忌々しげに舌打ちした。
ずらりと並ぶサンドバッグの向こうから、小学生くらいの子達がこちらをチラチラ見ているのがひどく気に入らないらしい。
「もー、憧れの各務真央にテンション上がってるだけでしょ? 可愛いものじゃないですか。相手は子どもなんだからそんな冷たい言い方しないで、ちょっとくらいファンサしてあげたらいいのに。あ、でも今の子達って賢いし、もしかしたらわざと真央さんを苛つかせて、俺が稽古つけてやるーって言ってくるのを待ってるのかもしれませんよ? だったら効果的だぁ、真央さん、笑えるほど煽り耐性低いもんね!」
あははは、と笑っていたら、がしりと頭を掴まれた。
「すっかり元気になったようだな、那由多? これだけ無駄口叩く余裕があるなら、手加減一切無しでいいな? よし、休憩は終わりだ。立て」
「え、まだ一分残って」
「終わりだと言ったら終わりだ! とっとと立て!」
鼓膜が弾け飛ばんばかりの怒声を食らい、頭を引っ掴まれるようにして私は無理矢理立ち上がらされた。
もぉぉぉ、どうして私という奴はこうも余計なことを言っちゃうんだぁぁぁ……自動お口チャック機能がほしいよ、切実に。




